第4話 魔法と精霊
しばらく森の中を歩いていると、川の流れに突き当たった。
俺は暗い中で水質も確かめずに、その流れから水をすくって飲んだ。
俺は釣りが好きだから、匂いさえ嗅げば大体の水質はわかる。
この匂いで流れている水ならば、近くに動物の死体でもない限り腹を壊すこともない。
「あいつらは追ってこないわ。どうやらあそこで引き返したみたい」
「それじゃ、これからどうしたもんかね」
「アメリアがこんな状態だし、火を起こして暖めてあげたいから薪を集めてきて」
「火なんか起こして、あいつらに見つからないかな」
「間に森を挟んでいるから大丈夫よ。昼間なら煙を見られてしまうけど、夜なら問題ないわ。私たちに散々迷惑を掛けたんだから、薪くらい黙って集めなさいよ」
生意気なリリーの言葉に俺は落ちてる木を拾い始めた。
そしてそれを一カ所に置く。
しかし、近場にあったのを集めただけじゃ足りそうにない。
仕方なく俺は、大きな石がゴロゴロしている川沿いを歩いて薪を探した。
川沿いに歩いていれば、はぐれる心配もないだろう。
しばらくして戻ってくると、最初に集めた薪に火が点っていた。
たき火の近くにアメリアが座っている。
うつむきながらまだ泣いているようだった。
近づいて集めた薪を地面に置くと、俺も手頃そうな石の上に腰掛ける。
「まだ落ち着かない?」
「当たり前じゃない。ずっと住んできた家が燃やされたのよ。アメリアにとって両親との思い出が詰まった大切な家だったのに、正体もわからない馬の骨を助けたばっかりに燃やされて、かわいそうなアメリア」
確かに俺が来たばかりに、アメリアの家は燃やされてしまった。
不可抗力とはいえ、恨まれても仕方のない事なのはわかる。
それでも俺を助けてくれたアメリアには、感謝したくらいでは足りない恩がある。
「その、色々とごめんね」
「あやまって済む問題かしら。貴方さえあそこに逃げてこなければ燃やされることもなかったのに」
「もういいのよ。本当はね、戦いがすぐ近くまで来ていることはわかっていたの。だから避難しなきゃいけないこともわかっていたのね。でも、ずっと思い切りがつかなくて、離れられずにいただけだから、ちょうどよかったのよ。だから気にしないでね」
そう言って、俺のことを気遣いながら無理して笑う彼女の顔は、俺の中に何か新しい物を芽生えさせたような気がした。
なんだか顔が火照るのを押さえられず、それに気付かれないように焚き火の中に枯れ枝を放り込む仕草でごまかした。
そのまま無意味に枝でたき火の中をつつき回しながら心を静めようとしていた。
よく映画などで見る光景だが、何の意味があってやっているのかは知らない。
よくわからず突いていたら、突然たき火の中で何かがはじけて火の粉が飛んだ。
「あっつ」
「馬鹿ね。焚き火なんかつっついてたら、そうなるのはわかるでしょう? どうしてそんなに間抜けなのよ。そんなだから人に迷惑掛けるのよ」
アメリアは天使だが、このクソ猫は悪魔の親戚かなんかに違いない。
人が傷つくような言葉を選ばせたら、こいつの右に出る物はいないだろう。
どうして、よりによって彼女のような天使が、こんな悪魔と一緒にいるのかわからない。
「ところでさ、俺の知ってる猫は普通、喋ったりしないんだけど。どうしてリリーは喋れるのかな。もしかして魔法か何かなのかな」
「魔法じゃないわ、精霊よ。どうしてわからないの?」
「精霊っていうのは?」
「あきれた。ねえねえアメリア聞いて、こいつってば精霊も知らないんだって、信じられる? どうやったらそんなことも知らずに、この年まで生きてこられるのかしらね」
「もう、からかったりしたら悪いわ。精霊というのはね、うーん、なんて言えばいいのかな。人間に力を貸してくれる、大自然の中の存在かしら。それを依り代に宿して、魔法使いが契約によって力を借りるのが、リリーみたいな使い魔なのよ」
「魔法使い? 魔法が使えるの!?」
「使えるわよ。貴方を助けた時にも使ってたでしょう?」
「あれって魔法だったの!? 魔法ってどんなものがあるの?」
「あきれた。魔法も知らずに、どうやってその歳まで生きてこれたのよ。遠い国には魔法も知らない国があるのかしら。もしかして、わざと馬鹿なふりしてるのかしら」
「よしなさいってば。魔法はね、数え切れないくらい沢山あるの。火を起こしたり、色々なものを呼び出したり、ものを作り出したりね。貴方を助けた時に使ったのは、精神に干渉して相手を気絶させる魔法ね。それ以外にも空間や時間を操ったり、雷を起こしたりとかもあるわ」
「マジ? それって俺も使えるようになるのかな」
「練習すれば、誰でも使えるようになるわ。だけど、生まれ持った資質も大きく左右するから、あんまり難しいものは使えるかどうかわからないけどね」
さすがの異世界だ。
魔法が使えるなんて思わなかった。
ちょっと気になったの資質という言葉だ。
もしかして、異世界から来た人間だから魔法は使えませんなんてオチはさすがにないよな。
「そんなことより、もうそろそろ寝ましょうよ。私、疲れちゃったわ。あいつらももう追って来ないみたいだし、安心して大丈夫よ。そういえばまだ名前も聞いてなかったわね。教えてもらえるかしら」
確かに、まだ俺は名乗ってもいなかった。
でも、元の世界の名前を名乗るというのも格好悪い感じがする。
アメリアとかリリーとか凄く格好いい名前を前にして、日本名というのも気が引ける。
何か格好いい名前はないだろうか。
……モンテクリストなんてのはどうだろうか。
だけどモンテ・クリストなのだから、モンテと呼ばれることになるのか。
なんだか猿みたいで嫌だな。
「何考えてるのよ。まさか偽名を使うつもりじゃないでしょうね。魔法を使いたいなら、契約に関わる名前は重要なのよ。名前を偽ることは、魔法使いとしての資質を下げることになるんだから。どうせ臭そうな名前で名乗りたくないんでしょ」
リリーの言葉で、俺は新しい名前を名乗ることをあきらめた。
それにしてもリリーの言葉は的確に俺の心を抉ってくる。
銀杏坊やとあだ名された小学校時代を思い出して、少しへこんだ。
「カエデだよ。一葉楓」
「思ったより普通の名前ね。聞いたことないけど」
「すてきな名前じゃない」
なんだかアメリアと話してるとすべての汚れが洗い流されていくような気がする。
さっきまでのことも忘れて、異世界って最高だななんてことを考える。
「それじゃ、カエデ。寝床を作るための落ち葉を集めてきてくれるかしら。命の恩人の寝床を作るくらいはしてくれるんでしょ?」
俺はへいへいと不承不承に呟いて、森の中へ入り、落ち葉をかき集めた。
アメリア用の方はなるべくホコリとか土とか入らないように上の方からかき集める。
自分の方は適当にささっと集めた。
さして時間もかからずに落ち葉の山が二つできあがった。
そして背負っていたリュックサックをその場に下ろした。
そういえば、こいつがやたら重くて大変だったのだ。
何が入っていたかと開けてみれば、晩ご飯用に頼まれていた大根とキャベツがまず出てくる。
こんな物のために重い思いをしていたのかと思うと気が遠くなった。
こんなもの最初に捨ててくるべきだった。
いやしかし、こっちの世界に同じものはないだろうから結構貴重なのか。
夕食の材料の他にはお菓子が少々とiPod、フリースの上着が入っていた。
あとは財布と必要がなくなった眼鏡くらいが全財産だろうか。
大学時代の友人とはメールでやり取りをしていたので、携帯は持っていなかった。
ipodは電池が切れたら終わりだし、野菜とお菓子は一度食べてしまったらそれまでだ。
唯一まともな資産といえそうなのは爺ちゃんの日本刀くらいか。
しかしこれも手入れもせずに放っておけばすぐに錆びて駄目になってしまうだろう。
これはよっぽどのことがない限り鞘から出さない方がいい。
一応、手入れをする道具はあるが、一回錆びてしまえば研ぎ直すことは出来ない。
お菓子などはアメリアたちにあげよう。
助けてくれたお礼もあるし、俺が食べるよりは有意義だ。
俺はがっかりしながらリュックサックに荷物を戻し、その上に日本刀を置いた。
フリースは枕にでもしようと思って取り出してある。
「その格好じゃ寒いでしょ。毛布を使う?」
背後からアメリアの声がした。
アメリアの毛布の匂いを思い出した俺は、フリースを背後に隠した。
あの甘い匂いに包まれているような感覚が蘇ってくる。
「ありがとう。でもアメリアも必要なんじゃないの?」
「もう一つあるから大丈夫よ。はい、これ」
どこにこんなものを入れていたのかと疑問が沸いたが、きっと魔法か何かだろうと気にとめなかった。
こっちの世界は何でもありだ。
猫は喋るし、想像もつかないような美少女はいるし、魔法も飛び交う。
俺は毛布を受け取ると、フリースをリュックの中に戻した。
そして渡された毛布を体に巻き付けてから、落ち葉の山の上に倒れ込んだ。
落ち葉は柔らかく、思った以上に寝心地はいい。
隣ではアメリアも同じように落ち葉の上に横になっている。
悪魔の猫はまだたき火の近くの石の上に陣取っていた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「変なこと考えずにさっさと寝ることね。アメリアに何かしようとしたら魔法の炎で灰にするわよ。忘れないでね」
横になって急に疲れが出た俺は、そのまま眠りに落ちていった。
黒い悪魔が、何か物騒なことをほざいていたが気にする余裕も起きなかった。
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