挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第2話 逃亡と出会い

 細い道に入ってすぐ、周りを木々に囲まれ始める。
 逃げだそうと思っている俺にはうってつけだ。
 季節的にそれほど葉は茂ってないが、それでも視界はかなり遮られる。

 手入れをする人もいないらしく、背の低い藪が多く、かがんで移動すればすぐに視界から消えることが出来るだろう。
 あとは二人の目をどうやって誤魔化すかが課題である。
 物腰から言って、それほどの腕ではないだろうが、長く戦場に身を置いてきたことは体にある傷跡を見ればわかる。

 素人の俺がどうこうできる相手ではないし、目の前で逃げ出せば体力的にもすぐに追いつかれてしまうだろう。
 何とかして追われないように逃げ出すしかない。
 二人はまるで道がわかっているかのように進んでいた。

 それほど歩くこともなく、人が近くに住んでいるであろう形跡が現れ始めた。
 それと同時に、二人は道脇の藪に分け入った。
 ここからは見つからないように道を使わず、目的の村を見つけるつもりであるらしい。

 慣れた手つきで藪をかき分け音も立てずに進んでいく二人に、俺はついて行くだけで精一杯で逃げ出すチャンスなど見つけられなかった。
 少し急な斜面を登っていくと、崖の下に小さな集落らしきものが現れた。
 10軒ほどの家が、狭い窪地の中に短い間隔を空けて建てられている。

 仕事の時間は終わったのか、家の前で話をしている人がちらほらと見える。
 村人の着ている物から見て、生活水準はそれほど高いと思えない。
 よって、警備や戦える者の存在は期待できそうになかった。

「結構大きな家もあるじゃねえか。あそこに一番乗りしたら金目の物も期待できるかも知れねえ」

 煉瓦で作られた大きめの家が2軒ほどある。
 それを指して、片方の男が言った。
 二人は村の中を遠目に物色するのに忙しい。

 逃げ出すチャンスがあるとすれば今しかない。
 俺は地面に手頃な大きさの棒を見つけた。
 二人に気付かれないよう静かにしゃがんで手に取ると、少し湿り気がある柔らかい感触が伝わってくる。

 たぶん腐っている。
 これなら全力で殴ったとしても死にはしないはずだ。
 俺は二人から慎重に距離をとると片方の背中に狙いをつけた。

 心臓の鼓動が大きくてうるさい。
 足が震えて力が入るような気がしない。
 しかし、これは絶好のチャンスなのだ。
 逃すわけにはいかない。

 俺は静かに助走をつけて、片方の背中を思い切り蹴飛ばした。
 うまく体重の乗った蹴りが入った手応えを感じる。
 そしてもう一人がこちらを振り向くと同時に、俺はその頭めがけて木の棒を全力で振り下ろした。

 その瞬間、目の前で鮮血が飛び散った。
 そして男は白目を剥いて倒れた。
 崖の下に蹴り落とした方の男を見ると、そちらもうつぶせに倒れて動かなくなっている。

 死んではいないと自分に言い聞かせて次の行動を考える。
 このまま放っておけば村人は酷い目に遭うだろう。
 考えるまでもなく、俺は外に出ていた村人に向かって叫んだ。

「傭兵団がやってくる。みんな逃げろ!」

 俺の言葉に村人が血相を変えたのを見て、意思が伝わったことに安堵する。
 散り散りに逃げ始める村人たちと一緒に、俺も森の中を目指して走った。
 夕闇に飲まれた森の中は決して素人が全力で走れるようなものではない。

 そんなことをすれば10メートルごとに二回は足首を捻挫するだろう。
 それでも俺は出来るだけ速く走った。
 飛び出した木の根につまずかないよう、木々の間をすり抜けるように走る。

 しばらく走ったところで、俺は何かに足を噛まれたような痛みを感じた。
 急に足を引っ張られれて、頭からつんのめり、俺は木の幹に頭から突っ込んだ。
 そのまま俺は意識を失った。


 近くで人の声がして、俺は目を覚ました。
 やけに頭が痛む。
 顔に感じた不快感に手をやると、ぬるっとしたものが手に付いた。

 月明かりに照らしてみると、それは俺の頭から流れた血だった。
 しびれの残る足に目をやると、トラバサミのような狩猟用の罠が足を挟んでいた。
 もうろうとした意識を振り払い、やたらと強力な罠から足を外す。

 罠にやられた右足は血が出てアザになっている。
 そのアザがよく見えたことに俺の意識は警鐘を鳴らした。
 月明かりが明るすぎる。

 とっさに姿勢を低くして、周囲の状況に目をこらした。
 木々と闇しか見えない。
 その時、風に揺られてざわめく木々の音に混じって人の声が聞こえるのに気がついた。

 それと同時に、金属製の装備がぶつかる音もする。
 村人が全部逃げてしまったせいで山狩りが始まったのかもしれない。
 そのことに考えが至った瞬間、俺は方向も確かめずに走り出した。

 途端に、いたぞっ、という声が後方から聞こえる。
 俺はズキズキと痛む足を引きずりながら、必死に走った。
 すぐに口の中に鉄の味が混じり、何度も足を踏み外して窪地の中を転がった。

 それでも月明かりだけを頼りに、懸命に足を前へ前へと動かした。
 捕まれば命がないとわかっているのだから、そうするより他にない。
 血を失ったせいか体が重く、運動不足で酸素の足りてない筋肉が悲鳴を上げている。

 後ろを付いてくる足音はしつこくどこまでも追いかけてくる。
 追われていることを実感するたびに恐怖で膝から崩れ落ちそうになるのを必死でこらえた。
 その時、目の前に山小屋のようなものが見えた気がした。

 それに気をとられた瞬間、俺は何かに蹴躓いて地面の上に倒れた。
 胸をしたたかに打ち、肺の中から空気の漏れる音がして呼吸が止まる。
 酸素が足りなかった体に追い打ちとなって、俺の意識は遠のきかける。

 それを必死で押しとどめるが、意識は朦朧とし、体の筋肉は痙攣を起こす。
 のたうち回る俺の上に、無慈悲な声がかけられた。

「おい、こいつ……。あの野郎だぜ」

 その声は、俺が最も聞きたくなかった、あの二人組の片割れのものだった。

「お前のせいで村の奴らが金目のもんを全部持って逃げ出しやがった。これだけのことをしたんだ、どうなるかわかってるよな。生きたまま手足を斬り飛ばしてやる」

 男は腰に吊っていた斧を留め具から外した。
 ところどころ錆びて切れ味の悪そうな斧を前に、こんなもので切り刻まれるのかと思うと、心の底から震えが起こった。

「こっちは楽しみにしてたのによ。女どころか人っ子一人いやしねえ。よくもやってくれやがったな。人の頭、カチ割っといて楽に死ねると思うんじゃねえぞ」

「俺にも崖から突き落とされた恨みがある。腕はお前に譲ってやるが、足は俺に斬らせろ」

 いつの間にか、二人組のもう一人も追いついて、並んで俺を見下ろしていた。
 どちらももう話が通じるような状態じゃない。

「まあ、お前が持ってる珍しそうなものをいただくつもりだったから、どっちにしろ戦場に着く前にはこうなる運命だったんだがな」

 その時、遠くの木陰に村から逃げてきたであろう老夫婦の姿が見えた。
 最後の光明と思い、必死に助けてくれという視線を送るが、二人は静かに闇の中へと消えた。

 我ながら馬鹿なことをしたものだと思う。
 人助けと思ってしたことが、結局は自分の首を絞めただけだった。
 正義は勝たないし、努力は報われないし、親切は返ってこない。

 そんなこと前の人生でさんざん学んだのに、またこうして同じ過ちを繰り返している。
 こんな盗みのために人を殺すような奴らの手にかかることが悔しくてやるせない。
 どうやら自分には、生まれ変わっても不幸からは逃れられない何かがあるのだろう。

 結局はこうなるのかと、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
 片方の男が俺の手を踏みつけ、もう一人が俺の胴体に足を乗せて斧を振りかぶる。
 それにあらがう力はもう残されていない。

「やめなさい!」

 その時、この場に似つかわしくない可憐な響きの声がした。
 こんな状況なのに、思わず聞き入ってしまうような綺麗な声だった。
 しかし滲む視界の中で斧は振り下ろされる。

 そんな斧など見たくないのに、どうしても目が離せなかった。
 斧が振り下ろされる寸前、暗闇の中で何かが光った。
 その光が男たちに吸い込まれて、二人はそのまま音を立てて後ろに倒れる。

 何が起きたのかわからない。
 それでも綺麗な声の主が何かしたのであろう事はわかった。

「もう大丈夫よ。怪我はない?」

 見たこともないほど綺麗な金髪に、蒼い目をした少女だった。
 可憐で愛らしい、恐ろしいほどの美少女だった。
 死ぬ前にいいものが見れてよかったと思いながら、俺は出血と疲れとショックでもう一度気を失った。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ