学校教育にプログラミングって向いているのかな。

本の虫: 60%の人間はプログラミングの素質がない


以前にこの記事を読みました。
今日はそのことについて書いていこうと思います。


僕自身、大学で物理を学んでいます。真面目かどうかは別にして。
成績は飛び抜けていいわけでもないですけど、それなりに成績もいいほうだと思ってます。
たぶんですよ、たぶん。


そんな僕がつらつらと思ったことを書こうと思います。


大学で始めて学ぶものでも


大学で始めて学ぶことなんか山のようにあります。
僕も大学に入って始めてプログラミングを学びましたし、始めて微分方程式を学びました。
他にも山のように始めて学んだことはたくさんありましたが、プログラミングだけは他とは違うように感じました。


何が違うか。

これは僕の経験だけの話ですが、物理に関することを始めて扱ったとする。僕の学科では70~80%くらいの人間は課題を出すため、試験で合格するために理解をし、それなりに使えるようになっています。それもそうです。使えないと単位がもらえませんからね。それに大学で物理を学ぶ間では絶対に必要な知識だからほとんどの人は勉強します。

それに対してプログラミングについて初めて扱ったとするとどうだろうか。僕の学科では30%くらいの人間が課題を出すため、試験で合格するために使えるようになってます。(理解しているかは別の話。)

でも30%。これも多くてだと思ってます。
多分、僕の学科で大学で学ぶ以前からプログラミングを学習していた人はいません。つまり完全に足並みは揃っているはずなのにも関わらず、できる人とできない人に雲泥の差ができてしまう。講義の回数を増すごとにその差は開くばかり...。
大学で物理を学ぶなら避けることはできないのにも関わらず、できない人間に限って学ぼうとはしない。なぜなのか。


よく考えてみる


プログラミングには才能がいるとかいらないとか、よくそういう話を聞きます。
微分方程式が解けるような人間、テーラー展開ができる人間が、5つの教科の点数の合計と平均を出すプログラムを作れないことがありますか。あれだけ日々ブラウザゲームをしている人間がそのプログラムを作れないことがありますか。

でも実際はできないからこの記事が成り立つわけですね。
ただプログラミングの基礎に関しては人に教えられてどうこうってよりも、自分で学ぶことのほうが大切なような気がします。

あとは自分のパソコンにプログラミングの環境を作れないから自分で学習ができなくてつまずくのかなと思います。


できない者とかろうじてできる学習者は、授業の進み方が速すぎると文句を言い、すばらしくできる者は授業の進み方が遅すぎると文句を言う。

僕はすばらしくできる人間じゃないけども、遅すぎるとは文句は言わない。だって進みが早ければ早いほど課題は面倒なものになるし、暇になったら別のことをしてますから。ただ何度も講義を受けて思ったことは、このような意見が出るときは教え方が悪いことが多いと思いました。

1回でPythonの説明を終えて、そこから数値計算させたりとかね。そういうことをするよりはすばらしくできる人間に我慢してもらうのが教育かなって思います。



学校教育は長所を伸ばすものではない。


僕が何年も受けてきた教育は長所を伸ばすような教育であるとは思いません。
たとえば数学、理科、英語が飛び抜けてできる人間でも社会、国語ができなければ大学にはいけないです。

僕は高校からしか入学試験は受けてないですけど、やっぱり大事なのは全体の能力であると思います。学校教育で重視されているものは長所が伸びることではない。これが僕の中での謎。


最後に


ただタラタラ書いた記事になりました。
長所は自分で伸ばすもの。それが大事。

伸び過ぎた芽はたまに刈られることもありますけどね。(経験済み)



では今回はこの辺にしたいと思います。


以上、たけるんこりったでした。








いっぱい作ったから週末はシチュー。