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視点・論点 「"はやぶさ2"の宇宙探査」2015年01月26日 (月)
JAXA月・惑星探査プログラムグループ 教授 國中均
昨年末2014年12月3日、H2Aロケットで「はやぶさ2」小惑星探査機の打ち上げに成功しました。現在は順調に試運転を行っており、もうしばらくするとイオンエンジンを噴射して本格的な巡航運転を開始します。3年半後2018年に1999JU3という名前の小惑星に到達し、表面観測をして、複数回の着陸とサンプル採取、さらにインパクタによるクレータ生成実験を計画しています。2019年に小惑星を離脱して、2020年に地球帰還を目指しています。
この「はやぶさ2」はどのような経緯で、どんな目的をもって、そしてどんな世界貢献が期待できるか、説明したいと思います。
日本の宇宙技術は、今から60年前、1955年ペンシルロケット水平発射から始まりました。1970年、今から45年前、ラムダ・ロケットで「おおすみ」人工衛星の打上に成功しました。さらに射程を伸ばし1985年、30年前には、「さきがけ」「すいせい」と2機の人工惑星がミュー3型ロケットで太陽を回る軌道に投入されて、ハレー彗星の観測を行いました。
ここまでの歩みを世界と比較してみましょう。
日本が24kgの「おおすみ」人工衛星を打ち上げた1970年2月の半年も前、1969年7月に米国はアポロ11号で人間を月に到達させています。1985年の「さきがけ」「すいせい」人工惑星はたった140kgの質量しかありませんでしたが、ソ連は5トンのベガ1号・2号、欧州は600kgのジオット、米国は400kgのアイスをハレー彗星に送り込みました。このように日本の宇宙技術は、世界に対してたいへん遅れていたと言わざるを得ません。
「さきがけ」「すいせい」人工惑星を打ち上げた1985年に「小惑星サンプルリターン小研究会」という集まりが宇宙科学研究所で催されました。その小冊子の表紙を示します。
宇宙飛行士が小惑星に取り付いて、削岩機で表面に穴を開けてサンプルを採取し、地球に持ち帰ろうとする様が描かれています。当時の日本の実力からして、到底実現できるはずのない崇高な目標でしたが、このような未来を拓くために、科学技術研究開発に果敢に挑戦をしていたのです。
1990年代になると、ミュー5型ロケット開発が進み、深宇宙探査計画の検討が行われました。いくつかの候補から選ばれて、小惑星サンプルリターン法の技術実証を目的として、工学試験機「MUSES-C」の開発が1996年から始まりました。私は、電気推進イオンエンジンの担当として本計画に加わり、独自のマイクロ波放電式イオンエンジンの宇宙実現に挑戦しました。こうしてMUSES-C改め「はやぶさ1号」は、野心的な工学の粋をたった500kgの機体に詰め込んで、2003年打ち上げられました。
各技術や各担当者がバトンを繋ぎ艱難辛苦を乗り越えて、7年を要して惑星間往復航海を成し遂げて、カプセルが大気を突破し地球帰還を果しました。
地球にもたらされたサンプルは地上にある精密な分析装置にかけられて小惑星の研究が進んでいます。
ここに世界で初めて「小惑星サンプルリターン観測法」が確立しました。
「はやぶさ1号」に引き続き、現在進行中の「はやぶさ2」の目的を改めて説明しましょう。目標とする小惑星は、S型イトカワとは異なる組成のC型であり、水や有機物を含むと考えられています。第一の目標は、その場観測やサンプルの直接分析から、太陽系宇宙の生い立ちや生命の起源に迫り、「宇宙科学」を前進することにあります。「はやぶさ1号」ではたくさんの故障を起こしてしまいましたが、これを克服し、より完全な探査機を実現させるという「宇宙工学」上の目標が第2です。
本日は、第三の目的「宇宙探査」に時間を割きたいと存じます。宇宙技術の利用は、天文観測・超高層/磁気圏観測・無重力利用・地表観測・地表監視・気象観測・放送・通信・測位…と、たいへん広範囲に及びます。技術が進歩し、次の新しい領域が可能となってきました。それは、地球を離れ太陽系宇宙に乗り出し、人類の活動領域を拡大させるとともに、地球に還元させる活動「宇宙探査」(Space Exploration)という概念です。後から人が出かけるために、まずはロボットで宇宙探険するのです。月周回衛星「かぐや」や小惑星探査機「はやぶさ1号」は、斥候として事前に探ってくるロボット探査の典型です。特に「はやぶさ1号」が先鞭を付けた「小惑星サンプルリターン法」は、日本の実情や国力に見合っていて、どこの国々も手を付けていない新領域として見出され、高い波及効果が実証されました。そのことは、NASAが追従し小惑星サンプルリターンOSIRIS-REx計画として来年2016年に打ち上げを目指していることからも窺い知れます。おおすみ・アポロの時代やハレー彗星観測の頃、米欧ロにはるかに遅れていた宇宙技術でしたが、小惑星探査というほんの小さな領域ですが、日本は初めて世界から追われる立場になったと言えるでしょう。
小惑星に関連した話題として、2013年ロシアでチェリャビンスク隕石による被害がありました。恐竜絶滅も小惑星衝突に由来すると言われています。当に自然災害であり、これに対する予知と対策を具体化させる必要があるでしょう。「はやぶさ2」の打ち上げ直後に実施されたNASAオライオン有人宇宙探査船の飛翔実験にも着目しなくてはなりません。これは最終的には火星有人飛行を目指していて、その練習として2020年代には小惑星への有人探査の計画もあります。NASAが描く有人小惑星探査の想像図をお見せしましょう。
小さな小惑星を捕獲し月近傍に運搬した後に、オライオン有人宇宙探査船で接近して、小惑星の調査を行うというシナリオの一例です。宇宙飛行士が小惑星に取り付く様子は、私達が30年前に語り合った小惑星サンプルリターン小研究会のイラストと重なって見えるのは私だけでしょうか。
これらを実行するためには、小惑星に対する詳細な知識が不可欠です。「はやぶさ1号」が到達した小惑星イトカワは差し渡し500m、「はやぶさ2」が目指す1999JU3は900mで、人類が間近で詳細観測したもっとも小さな天体です。日本は、他国に先んじて微小小惑星への往復能力と知識を備えています。宇宙探査のための技術そのもの・その開発への結集力・得られる知識は、青少年教育・人材育成・大型プロジェクト遂行能力・産業の活性化・波及効果などを含み、日本の財産であり、国際社会への存在感、プレゼンスをもたらします。その知識を隕石衝突回避や有人小惑星探査などに直接還元して世界と協力する宇宙活動に貢献しつつ、もっと先の将来の小惑星資源利用を射程範囲とすれば、日本の独自性や権益を保ちながら世界から一目を置かれ尊敬される立場が得られるはずです。
イオンエンジンを駆る「はやぶさ1号」「はやぶさ2」は敢えて「船(ふね)」と呼んでいます。たった600kgの小舟の「はやぶさ2」で、宇宙の大海原にのり出しました。けっしてたやすい航海ではないでしょう。日本の技術でこのような宇宙探険ができます。宇宙理工学振興のため、宇宙探査を拓くため、最善を尽くします。ミッション達成を目指します。今後共、応援いただければ幸いです。