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J's GOALニュース

【J2 第44節川崎F vs 広島戦レポート】川崎、「勝ち点差1」の重み(03.11.24)

川崎F 2 - 1 広島 (13:04:等々力) 入場者数 22,087人
-あの激闘を写真で振り返ろう!This Week Photo-


 練習時から始まった応援は、勝利で終わった試合後も終わることはなかった。彼らは「その瞬間」を信じて応援を続けた。しかしピッチ上では、試合を終えた選手たちがうつろな表情を浮かべていた。ベンチも沈黙した。結果は聞くまでもなかった。

 場内アナウンスが、他会場の結果を伝える。新潟の昇格はここでスタジアム全体に伝わった。川崎が44試合の中で積み上げてきた勝ち点は、ここで完全にリセットされた。激しい悲しみがスタジアムを覆った。

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 小野監督が試合を振り返る。

「今日は負けましたが、最後の最後にサッカーをやらせてもらったかなと。選手もそういう印象を持っていると思います」

 また、森崎浩司もこんなコメントを残している。

「川崎はJ1でもおかしくないチーム。一番、やりがいがあったし、やっていて面白かった。それだけに勝ちたかった」

 石崎信弘のチームへの最大級の賛辞だった。

 その川崎が広島戦で見せたのはいつもと変わらない、石崎監督が志向するサッカーだった。労を惜しまない運動量によって作り出される強烈なプレッシャーは広島のボール保持者を追い詰めた。そんなプレスを交わす方法の1つに早いボール回しがあげられる。しかし広島は、ゴール前に人数をかけ分厚いブロックを形成してきた。この試合の川崎を相手にしたとき、そうせざるを得ない状況だった。両者ががっぷり組み合う強烈な試合を期待していたが、広島が守勢に立たされる時間は増えていった。

 お互いが集中する大事な試合では、なかなか流れの中で得点は生まれてこない。そういうときに重要なのがセットプレーでの得点である。前半23分。多少遠目のポジションで得たFKをアウグストが直接蹴りこむ。逆転昇格へ望みをつなぐ先制ゴールとなる。

 しかし広島も35分に服部の鋭い突破をきっかけに得たPKをマルセロが決めて同点に追いつく。

 小野監督の「お互いにサッカーをやっている。久々にサッカーをやらしてもらっている」というハーフタイムコメントでわかるように、両チームとも持てる力を発揮しつつ前半終了。舞台はシーズン最後の45分間へと移る。

 広島は、55分に左からの大きな展開を経て中山、マルセロとつなぎ、決定機を迎える場面があったが得点にはならない。

 その一方、川崎は終始広島のゴールを脅かし続けた。作り出したチャンスは決定機にまでには至らないが、確実に広島にダメージを蓄積させていった。そして迎えた81分。ジュニーニョから受けたラストボールを、我那覇がペナルティエリア右隅からファーサイドのゴールネットに突き刺す。川崎は試合時間も残り10分を切ったところで、ようやく昇格の可能性を手にした。

 87分にその我那覇を下げたとき、普段は特に何もしない石崎監督が、我那覇に握手を求め、そして様々な思いを込めた事をうかがわせるかのように強く頭を押す姿が見られた。

「おもしろいサッカーと勝てるサッカー」はこの試合に限って言えば両立した。しかし悲劇は訪れた。

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 石崎信弘はJ1昇格を勝ち点1の差で逃した試合後の会見で笑顔を作った。それはこんなやり取りの中での事だった。

「2万人以上入ると選手が実力以上のパフォーマンスを出してくれるんじゃないかと。これが毎試合来てくれれば、大丈夫でしょう、来年は。毎試合来てください(笑)」

 すべてが遅すぎた。

 フロントスタッフの苦労やサポーターの地道で精力的な活動は知っている。それらが様々な状況と重なって最終節の広島戦で川崎のクラブ史上最多の観客を集めるまでになった。ただ、それが最終節だったのが悔やまれる。選手たちに対してサポーターが掲げ、アウグストがいい言葉だとほめた「人事尽待天命」という横断幕の意味を、クラブに関わるすべての人たちがかみ締めなければ、同じ悲劇は繰り返されるのではないだろうか。

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 3位が確定した試合後に、選手たちがサポーターの所まで行ったときのこと。サポーターたちは戦いを続けてきた選手に対して歌を歌い続けた。ブーイングが出てもおかしくない状況だった。それでも彼らは途切れることのない歌を歌い続けた。ふと子供時代に見たあるアニメの最終回のラストシーンを思い出した。

 作品のクライマックスに一度は死んだと思われた主人公が生還し、その姿を見た仲間たちが喜んで迎える、という場面だ。そのときに主人公が、こんなセリフを残している。

「まだ、ぼくには帰れるところがあるんだ。こんなにうれしいことはない」

 手を伸ばし、笑顔で主人公を受け入れる。その場面が等々力の最後の光景とダブって見えた。サポーターたちは戦い終えた選手たちを受け入れ、その姿は選手たちの脳裏に焼きついた。選手も、サポーターも、スタッフも。みんな、泣いていた。

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 箕輪がこんなことを口にしていた。

「上がるチームというのは、数年惜しいところを経験しているのが多くなってきている。今年をいい糧にして、あれがあったから上がれたんだといえるように来年、再来年がんばりたいです」

 心の底からの悲しみを経験してはじめてJ1への切符を手にできる。ここ数年を振り返れば、そういうチームは多い。そしてそうやって苦しみを乗り越えたチームは、強い。

 選手を乗せたバスがスタジアムから出て行くとき、正面玄関入り口前に待っていた子供たちやサポーターから多くの拍手が生まれた。そこからは、夢を与えてくれたチームに対する愛情と優しさ、そして感謝といった感情が伝わってきた。

 その様子を真っ赤に充血した目で見守った武田社長は、経営者として石崎信弘をどのように評価したのだろうか。

2003.11.23 Reported by 江藤高志

以上