最近あちらこちらで「ロリコンはセクマイ」という主張を目にすることが増えて,それに対する「とうとうこいつらロリコンはセクマイとか言い出したよwwwwww」という反応も目にすることが増えてきたんだけど,なんというか,どっちも正しくてどっちも間違ってると思う.
前者は一般論としては疑う余地なく正しい.小児にしか性愛の感情を抱けないひとは一定数いる.それは変えられない.同性としか恋愛できないひとがいる,自分は違う性の身体に閉じ込められたひとがいる,というのと同じ次元で,彼らはセクシャルマイノリティと言われるべきだし,彼らが現実の子供に手を出さない限り彼らがそのために迫害されたり「治療」の対象になっちゃいけないと思う.
http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/1531
実際に↑のような迫害を受けているひともいる.彼らはどう考えてもセクマイだ.
しかし後者も一定の理があるというか,現代日本の,というかぶっちゃけて言うとオタクのあいだで言われる「ロリコン」って,ぶっちゃけファッションであってそんな切実な性的志向じゃないだろ! と思うことが多々あって,もちろんガチのペドファイルのひとたちがある程度いることは間違いないだろうけれど,雷ちゃんかわいいとか響サイコーとか薫ちゃんにせんせえと呼ばれたいとか言ってるひとが同時に愛宕萌えーとか加賀さんかわいいとかしぶりん結婚してくれとか言ってるの見てると,それもうロリっぽくデザインされたキャラに萌えてるだけで実際は小児性愛者でも何でもないようにしか思えなくて,そして肌感覚としてそういうひとたちの方が多数派なように思えるので,そういうのを見ているひとが「何お前らがセクマイ気取ってんだよ!」みたいに言うことも,まあ,よくわかる.
もちろんオタクの中にも,本当にセクマイとしてのペドファイルはいるだろう.でも,大学に行っても自分は7歳くらいの女の子しか好きになれないんだ,と絶望したことのない俺のような「マジョリティ」に属す人間が,第六駆逐隊に萌えているという理由だけで「俺たちもセクマイだ!」と叫ぶことは醜悪だと思う.
セクマイは,多分,そんな軽い在り方じゃない.
セクマイは,多分,そんな軽い在り方じゃない. ああ、そうだな、レインボーパレードやプライドパレードも一般人からすれば楽しそうに見えるよな、苦悩なんてなさそうに。 そこを...