堤修一氏が失敗から学んだ、フリーランスのiOSエンジニアとしての生存戦略【30分対談Liveモイめし】
2015/01/29公開
『ツイキャス』を運営するモイの代表取締役で、経験豊富なエンジニア赤松洋介氏が、週替わりで旬なスタートアップのエンジニアや起業家を招いて放談する「モイめし」。今回のゲストは、iOSエンジニアとしてフリーランスで活動している堤修一氏だ。
大手企業からカヤックを経てフリーランスになった堤氏は、シリコンバレーのスタートアップ参画、『WHILL』や『Moff』といったハードウエアスタートアップと連携する仕事も多く手掛けるなど、豊富な経験を持っている。
その中には、さまざまな失敗と呼べる経験も少なくなかったという堤氏。そうした失敗をどのように糧に変え、次の仕事へとつなげているのか。その生存戦略に、赤松氏が迫った。
iOSエンジニア
堤修一氏(@shu223)
京都大学大学院で信号処理を学び、NTTデータで音声処理、キヤノンで画像処理の研究開発に従事。その後、面白法人カヤックでiOSアプリ開発者となり、30本以上のアプリを開発。2013年、シリコンバレーの500 Startupsのインキュベーションプログラムに参画。フリーランスとしてWHILL、Moffなど外部ハードウエアと連携するiOSアプリを多く手掛けている。カンヌ国際広告祭やAppStore Best of 2012等受賞多数。書籍『iOSアプリ開発 達人のレシピ100』執筆
仕事選びの基準は、興味があることにつながるかどうか
赤松 フリーランスのiOSエンジニアとして活躍中の堤さんですが、今回は作品を振り返りつつその失敗談を話していただこうかと。まず何からいきましょうか?
堤 カヤック時代に作った『EncountMe』というアプリがありまして。すれ違った人とバックグラウンドでプロフィールを交換できるというものでしたが、ローンチしたのは2011年1月で、iOS4でバックグラウンド機能がついたばかりのころに持ち上がった企画でした。
赤松 そのころは位置情報が流行っていたんですよね。『EncountMe』は、起動するとステータスバーから位置情報取得中を示すアイコンが消えないというのでも話題になってましたね(笑)。
堤 黒歴史を知っている人がいて、今ドキドキしてます(笑)。Significant Location Change Monitoringという基地局ベースで位置情報を取る仕組みだったんので、ある程度省電力ではあるんですけど。
赤松 でも、そうやって新しい技術にいち早く取り組んでいることが次につながるんでしょう。
堤 『EncountMe』はただプロフィールを交換するだけなのであまり流行りませんでした。そこで今度はゲーム性を付与しようということで、SNKさんと格闘ゲームのキャラクターを借りる契約を交わして、『KOF すれちがいバトル!』を作りました。すれちがった人とバトルをするゲームで、テスト段階で社内でも流行するぐらい面白いものができ、AppStoreのユーザー評価も非常に高かったのですが、ビジネス的に目標に達せず、クローズしてしまいました。ユーザーがユーザーを呼ぶ昨今のソーシャルゲーム的な巧みさに欠けていたんです。
赤松 なるほど。今はGoogleの出した『Ingress』にはまっているそうですね。Ingressのようなゲームが作りたかったとか。
堤 リアルな位置情報を使ったゲームで、実際に自分でやってみても面白いし、世界的にも流行っている。自分が『EncountMe』や『KOF すれちがいバトル!』でやりたかったことが、完璧な形で実現されている、と思いました。
赤松 カヤックにはどうして入社することになったんですか?カヤックに入るまでの経歴は大企業ばかりですよね。そこからカヤックへというのは不思議なようにも映るんですが。
堤 自分は大企業の中でも特に手を動かさない社員でして、こっちの会議で聞いたことをあっちの会議にもっていくような仕事ばかりしていました。8時半始業、5時半終業という働き方でしたが、それでも1日が長く感じていた。そんなときに、カヤックが出していた『会社案内』の本を読んで、書いてあったことにいろいろと共感したことがきっかけです。
赤松 大企業には合う人、合わない人がいますからね。そういった仕事の仕方でも回るのだから、大企業はすごいともいえるわけですが。
堤 優秀な人が次々に入ってくるし、あれだけの人数がいるからこそできることもある。辞めるときは迷ったのも事実です。
赤松 では、フリーランスになった今、仕事を受けるかどうかの基準も面白さになるわけですか。
堤 当然、来る仕事すべてを受けることはできないですから、その時に興味のあるものかどうか、次にやりたいと思っていることにつながるかどうかを強く意識しています。
海外で働くなら、向こうから必要とされたタイミングで
TVなどでも取り上げられ話題になった『しゃべる名刺』を使って自己紹介する堤氏(左)
赤松 カヤック退職後、海外で働くことになったのはどういった経緯だったんですか?
堤 そもそも、カヤックを退職した理由自体が海外で働いてみたいというものでした。ただ、ツテは一切なかった。ちょうど『iOSアプリ開発 達人のレシピ100』執筆の話が来たタイミングだったので、本はどこでも書けると思い、とりあえず行ってみようということでスペインへ渡ったんです。行けば何かあるかもといった軽い気持ちでしたが、行ってみてそんなものはないと気付きましたね(笑)。
赤松 スペインではさすがにないでしょう(笑)。
堤 現地の人にも仕事がないくらいですからね。LinkedInを利用してSkype面接をしたこともあったんですが、ビザの問題などであっさり断られました。
ただ、そういった経緯をブログに書いていたら、AppSocialyから問い合わせがあったんです。ちょうど500 Startupsのインキュベーションプログラムに受かったので、メンバーを探しているという話でした。海外で働きたいという思いから受けることにしました。
赤松 日本に帰ってきた理由は?
堤 ひとつは英語の壁です。日常会話は問題ないんですが、アプリについて魂をぶつけ合うような議論は難しかった。そういうレベルで仕事をしていても、アウトプットのスピードと質が落ちるのではないかという危機感を感じました。
ただ、実績も技術も不十分な時点で英語の勉強に時間を費やすのも違うと思った。だからまずは実績と技術を固めよう、それなら日本の方がいいだろうということで、その後は日本を拠点にすることにしたんです。
『ツイキャス』は世界でも利用されていて、すごいですよね。
赤松 日本のユーザーが多いですが、ブラジルでもそこそこ使われているので、力を入れていきたいとは思っていて。サンフランシスコに拠点を置いています。ITなので、もともと世界で使われるものをと思ってやってきたというのもあります。
堤さんはまた海外で働こうと思いますか?
堤 今は、海外に行くのは、向こうから必要とされたタイミングがいいと思っています。そのほうがコミュニケーションは成立しやすいし、仕事の質も高まりやすいですから。
自信がないからこそ、とことんまで追求する
赤松 最近は『WHILL』や『Moff』などBLE関連の仕事が目立ちますね。
堤 ハードウエアとつながるアプリの分野が楽しそうと考えていたところに、話をいただいた形ですね。『WHILL』は500 Startupsの時に知り合ったことが縁で、まだBLE関連の案件をやっていなかったころに声をかけてもらって。やりながら詳しくなっていきました。
もともと電子工作にあこがれがあったのですが、昨年Arduinoで「Lチカ」(LEDをチカチカさせる。プログラムでいうHello World的な位置付け)をやってみたときに、これは自分の作りたいものを作れるようになるまでの道のりが非常に遠いなと感じまして。それでハード側の方は完全にあきらめて、BLEからこっち側(アプリ)に専念しよう、と。それからだいぶ詳しくなって、今はまさにBLE関連の本を書いていたりもします。
赤松 機能をいろいろと試す人はいますが、それをまとめられる人は少ない。本を書くのはどういったモチベーションで?結構大変ですよね?
堤 エンジニアとしてのあきらめ、わきまえがあるからできるんだと思いますね。自信がないから、ここまでやって初めて勝負できる、自分はブログを書いてなんぼだと思っているんです。
赤松 ブログには仕事の過程も丁寧に記されていて、非常に注目されていますね。そのブログに関しても失敗談があったりしますか?
堤 最初のころのエントリは今見るとクオリティーが低いものも含まれていますね。カヤック時代の先輩に「リーダーではなくプレイヤーとしてやっていきたいなら、エンジニアコミュニティで影響力があるぐらいにならないといけない。まずはブログでもやってみたら」と言われたのがきっかけでブログを書き始めたのですが、そのころは今よりさらに自信がなかったので、自分の技術力をさらすのは怖かった。
でも、質が無理なら量でごまかそう、ということで、まずは3カ月毎日書くことにしたんです。そうするとだんだん、チラホラとはてブがつくようになり、自分でも書くコツみたいなものが見えてきた。次第に勉強会で「ブログ見てます」と声をかけてもらうことも増えてきました。
赤松 そういう最初の苦労があってこそ今があるということなんでしょうね。
iOSにこだわりすぎると、飛び移るタイミングを失う気も?
赤松 ブログ以外にも、GitHubに上げているiOS-Samplerは画像がたくさん使われていて非常に分かりやすいと思うんですが、作るのは大変では?
堤 大変ですね。iOS7-Samplerは自分の勉強がてら始めたんですが、実際に上げてみると反応がすごかった。であれば次もということで、iOS8-Samplerの際には、その作業のために仕事を入れない時間を確保し、文章もあらかじめ書いておいて、万全の体制で誰よりも速く上げました。7、8とやることで、9も自分がやるという流れができればという狙いもありました。
赤松 海外からも反応があったんじゃないですか?
堤 そうですね。ブログは日本語ですが、GitHubのOSSであれば海外からも簡単に来てもらえる。英語の苦手な僕にとってはすごくいい入り口だと思っているんです。
赤松 もし海外からオファーが来たらどうしますか?例えばGoogleのIngressチームだったら(笑)。
堤 フリーランスのまま参加させてもらえるなら飛びつくでしょうね。でも就職だとすれば今のままの方がいいですかね。いろいろなところと仕事をさせてもらえるのはすごく楽しいし、飽きないんです。ちょっとずつ時代の流れに合わせて軌道修正することもできます。自分の体質にフィットしている感じがするので、Ingressといえど就職は考えづらいですね。
赤松 この先もずっとiOSに特化したエンジニアとして活動を続けるんですか?
堤 そこは難しいところです。特化していたおかげでiOSの面白い仕事をいただいていると感じるのですが、一方で、次の時代にiOSがどうなっていて、東京オリンピックのころに自分が何をしているのかはイメージできていません。
開発し続けること自体はできると思うんですが、今みたいに自分に裁量がある形で続けられるかどうかは、さじ加減一つ間違えると難しくなると思っています。今、iOSがいい感じだからといって、そこにこだわり過ぎると飛び移るタイミングを失う気もしているんです。
赤松 堤さんのような技術者であれば言語を選ばないように思いますがねえ。では、今年はどういう年にしたいですか?
堤 いろいろと悩んでいるところではありますが、昨年も目の前の仕事を頑張っていったら何となく良い方向に流れていったので、今書いている本をきっちり書いて、抱えている仕事をきっちりして、それをきっちり発信するということを粛々とやっていきたいと思っています。
取材・文/鈴木陸夫(編集部)
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