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【コラム】

筆洗

 【狼狽(ろうばい)】字引のその説明のようにうろたえている。あわてふためいてしまう。二〇一五年一月という期間を切り取ると浮かんでくるのは干支(えと)にちなんだ、おとなしい羊ではなく、【狼狽】の狼(おおかみ)の貌(かお)かもしれぬ▼不条理で心を凍(い)てつかせる事件が続いている。日本人がテロリストに拘束された。要求に応じなければ、殺すと脅されている。「人を殺してみたかった」。若い女性は曲がった願いに取り憑(つ)かれ、おので七十七歳の女性の命を奪った▼漫画の内容が気に入らぬとテロリストが新聞社を襲撃した。事件は人の心を次々と上書きしていくせいか、ずいぶん経過した感覚になるが、これとて、新年の「狼の月」に起きたことである▼【狼狽】の語源は奇妙な二頭のオオカミである。「狼」の方は、後ろ脚だけが極端に短い。逆に「狽」の方は前脚だけがやはり短い。したがって、一頭だけでは歩けない。二頭は前後に連なるように体を合わせて、協力して歩く。だから、引き離されてしまうと二頭は「うろたえ、あわてふためいてしまう」▼平穏な日々を願う心と、それを裏切る理解を超える冷酷な現実。その足並みそろわぬ二頭が人の胸を掻(か)きむしり、【狼狽】させるのか▼<狼は飢え牙をとぎて来れるなり。ああわれはおそれかなしむ すさまじき金属の疾行する狼の跫音(あのと)をおそる>萩原朔太郎。狼狽なき日常の戻らんことを。

 

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