オーストラリアとパプアニューギニアの間にある小さな島々、トレス諸島のマレー島にメリアム族は住んでいます。
彼らは儀式がある時には、重量140キロを越す海ガメを何頭もごちそうとして宴に供します。それら、宴用の海ガメは、島の「海ガメ漁師」が無償で、気前よく提供しています。
彼ら漁師は何故、海ガメを無償で提供しているのでしょうか。その結果、何が起こるのでしょうか?
メリアム族の海ガメ漁
メリアム族は原住民族で、半径1キロに満たない小さな島マレー島に約430人で暮らしています。その中の数パーセントが海ガメ漁師です。
儀式がある数日前、儀式関係者がその島で一番腕の立つ海ガメ漁師に、海ガメ捕獲を依頼します。依頼された海ガメ漁師は、腕に自身がある若者を数名集め、海へ出ます。
海ガメ漁師は、長年の感を頼りに、大物の海ガメをラグーン(浅瀬)から見つけ出します。大物の海ガメが見つかると、リーダーである漁師が若者に、海に飛び込んで海ガメを捕まえるよう命じます。若者の事は「ジャンパー」と呼ばれています。
巨大な、そして骨折くらいなら簡単にさせられる海ガメを、若者たちは必死で押さえつけ、暴れる海ガメをなんとか船に引き上げます。新鮮さを保つために海ガメは生きたまま捕獲されるのです。数頭捕まえるのに半日から1日かかるそうです。
その後、捕まえた海ガメは、儀式関係者に無償で引き渡されるのです。船の燃料代など必要経費すら支払われる事はありません。
海ガメ漁師は、費用、労力、時間などのコストを割いてなぜこのような事をするのでしょうか? 海ガメの肉はおろか、こうらも装飾品として大変価値があるものなのに。
海ガメ漁師は何を得ているのか
人類学者エリック・スミスの調査によると、そういった大一番で海ガメを捕獲する漁師は、他の人々よりも多く、そして若い女性を妻とし、子供もたくさんいる事が調査により確認できたそうです。これは、政治家など他の名誉ある職業についている男たちよりも、有意に高かったそうです。
海ガメ漁師は10代でジャンパーになり、リーダーに出世し、ほとんどが40代で引退します。彼らは、その後どうやって生活するのでしょうか?
彼の妻たちが、海ガメ漁師を養うのです。
優秀な海ガメ漁師は大変女性にモテます。彼らは若く、働きものの女性を選べる立場にあり、そういった女性を妻として娶っていきます。他の男達より先んじて。
働き者の妻をたくさん娶ると、彼女たちの釣りや貝殻集めで、暮らしはおろか、他人に施しができるほど十分な稼ぎを得る事ができるというのです(メリアム族の貝殻は通貨に等しいものです)。
スミスは女性たちにアンケートをしました。
「夫にするならどんな男が良いですか?」
結果「優秀なカメ漁師」という答えはほとんど無く「たくましくて有能な男」という答えが多く帰ってきたそうです。
ようするに、危険でコストの高い海ガメ漁の見返りは「部族の中で一番、有能で男らしい」という名声であり、その結果、有能な女性を多く妻にできるという事なのです。
コストリーシグナル(シグナル理論)と評価経済社会
海ガメ漁師は、ここ一番で、養殖という楽な方法を使わず、危険で才能が必要な「海ガメ漁」という方法をあえて選び、その結果部族の中で一番、有能で男らしい評価を獲得しました。
その結果が名声、それに続く多くの働き者の妻たち、そして楽な余生です。
これは昨今の評価経済社会論に通じるものがあります。「物質的な価値が薄まり、個人の善悪が評価が経済価値を生み出す」「良いことをすれば、おのずと見返りが得られる」といった理論です。
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実のところ評価経済社会論は、経済学や行動生物学の世界では広く「シグナル理論」として知られています。
「あなたにとって良い存在である事を、大きなコストを払って証明する」それによって、評判から便益を得るのがシグナル理論です。
動物界では雄鹿の立派な角や、孔雀の羽は大きなコストを負担して「生物的に優位である」とシグナルを発しています。
人間界では高い学歴を取得する事で「知的人材として他者より優位である」とシグナルを発しています。
フェラーリや高級セダンを所有し見せびらかす事も「こんな無駄使いができ、金銭的に優位である」とシグナルを発しているわけです。
ようするに評価経済社会は、何も最近始まったわけではなく、生物界にごくありふれた現象だということです。
また、コストの高いシグナルを受信したものは、論理というよりも動物的本能に従って、それらを高く評価するということです。
【関連記事】
↑コストのかかっていないシグナルは簡単にできるという話です。
【参考文献】
The benefits of costly signaling: Meriam turtle hunters
Wikipedia:シグナリングゲーム
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昨日は競艇場で数千人のおっさんと同化してた。最近外でおっさんみないなーと思ったら、みんなあんな遊園地でこっそり遊んでやがった!
— きりんの自由研究 (@giraffree) 2015, 1月 25