はやぶさ2:JAXAの飛行状況説明会 一問一答 全文
2015年01月29日
昨年12月に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ2」について、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が28日、はやぶさ2の初期機能の確認結果や現在の飛行状況について報道関係者向けに説明会を開いた。出席者は国中均プロジェクトマネジャーと吉川真ミッションマネジャー。説明の概要と主な一問一答は以下の通り。【永山悦子】=文中敬称略
◇非常に順調に推移、万全な状態
はやぶさ2の分離後は2日間のクリティカル運用(打ち上げ直後の重要な機能確認)になり、それがスムーズに実行でき、すぐさま終了を宣言した。引き続き初期運用(さまざまな重要機器のチェックをする期間)として、搭載されている機器に順番にスイッチを入れて、機能と性能を確認する作業を現在実施している。現在のところ非常に順調に推移している。初期運用は3カ月ということで、現在約2カ月がたったところだが、大変順調に各機器の初期性能チェックが行われている。残り1カ月ほどかかるが、より高度な協調運転のデータを取り、試験運転にかかる計画だ。
現在、探査機の状態は大変万全な状態。今後は、3月をめどに小惑星を目指した巡航運転フェーズに入りたい。イオンエンジンを噴射して軌道変換をして、今年12月ごろに地球スイングバイを計画している。スイングバイでさらに加速し、小惑星へ向かう軌道に乗り換えて、2018年到着を目指している。
小惑星に着いた後、1年半かけてリモートセンシング、着陸点の決定、着陸、さらに衝突装置をぶつけてクレーター(くぼ地)を作る、そしてそこに着陸するという、大変高度なオペレーションを計画している。「はやぶさ」より高度なオペレーションを実施することで、より戦略的、計画的に小惑星の観測、試料採取をしたいと思っていて、1年半という短い間にこれだけ難しいミッションをしなければならないので、ここに向けて観測順やデータ処理などの段取りを決める相談、計画、必要なソフトウエアの開発に着手する。
これまでは探査機を作るのに全力を投入してきたが、これ以降は小惑星観測に向けた作り込みをしていきたい。カプセルはオーストラリアへの帰還を目指すが、オーストラリア政府とのさまざまな交渉もある。それに向けての準備作業も必要になる。またカプセルが帰ってきて、持ってきた物質を受け入れる施設の充足、分析するための取り組みも現在仕込みにかかっている。
◇24時間連続運転も成功
昨年12月末(23〜26日)にイオンエンジンの試験運転を1台ずつ実施した。正常に機能すること、正常な推力が発生することをデータから確認し、健全性を確認した。Ka帯の通信機(平面アンテナ)を使ってのデータ受送信(ダウンリンク)を確立した。これは日本の探査機としては初めて、深宇宙におけるKa帯通信を実証したことになる。日本国内には深宇宙向けのKa帯の受信アンテナがなく、米航空宇宙局(NASA)の協力を得て作業を進めた。
これができると、周波数に比例して伝送量を増やせる。はやぶさはX帯という通信アンテナで8ギガヘルツの伝送量だったが、今回のKaは32ギガヘルツなので、4倍の伝送量を確保できる。その技術を手中に収めることができた。Ka帯通信が確立したことで、予定よりも太いパイプラインでデータを地上に下ろすことができるようになったのは確実で、朗報と受け止めていただければと思う。
次に、1月半ばからイオンエンジン(A、B、C、D)の複数台運転、長時間運転を実施した。巡航運転に向けて、探査機が自動でイオンエンジンを使いこなして加速を続けることを目指した。複数台のエンジンの組み合わせで、エンジンを自動に使いこなして、地上からの監視なしに探査機が自分で考え、危険であればエンジンを止めることも含めて、自動運転の作業をした。19日から20日にかけては24時間連続で2台のエンジンを監視なしで自動運転することに成功した。さらにACDの連続運転では、約28ミリニュートンという、1台10ミリニュートンの目標をほぼ満足できる推力を発生させることも確認できた。エンジンは4台あるが、2015年の間は2台運転できれば地球スイングバイが可能。当面は2台運転で十分なので、現在はADで24時間運転をしている。Bは他のエンジンに比べて性能が良いのだがバックアップに回し、ACDを使い回して当面の軌道変換を実施していきたいと考えている。
イオンエンジン連続運転では、地上からの監視がなくても、何かあった場合、探査機が自動で止まる機能、重心を外れて傾くとリアクションホイールで補正しながら姿勢を正して運転する機能、推力の方向を微妙に調整してリアクションホイールの回転数が変動しないように運転する機能などすべてを調整し、24時間連続運転に挑戦した。
1月19日夜に臼田局でイオンエンジンの加速を開始した。深夜に臼田の可視がなくなり、NASAの追跡で5〜6時間監視した後はどこの監視もなく、その後、20日午後7時ごろに24時間に達し、計画的に停止させて成功した。
はやぶさ2はいま、地球の少し後方にいて、地球からの距離は約2200万キロ。光の速度で往復145秒かかる。地球から指令を送って、はやぶさ2から返事が地球に届くまでに145秒、2分半ほどかかる。
◇はやぶさの経験生かした
−−小惑星への軌道に乗るのは12月?
国中 現在は地球スイングバイを実施するための軌道にいる。12月から具体的に小惑星へ向かう軌道に乗るが、打ち上げから3年半かけて小惑星へ向かうという形になる。
−−はやぶさの時、イオンエンジンでいろいろトラブルがあったと思うが、それと比較して現状はどういう意味があるか。
国中 はやぶさの時は4台のイオンエンジン(A、B、C、D)のうち、初期段階でAがあまり良い状態ではないことが分かった。そこで、残りのBCDで小惑星へ向かうことにした。もともと3台使い切れば小惑星間往復ができる設定だったが、当初から1台が十分でなかったのは、大変危ない状態だったと思う。
今回は、4台とも健全な状態で軌道投入することを最大の目標に開発してきた。イオンエンジンは湿気、真空度やガスが完全でないと良いオペレーションができない。衛星を打ち上げた直後は衛星自らがガスを出す。温度が上がると揮発性のものがもっと出てくる。はやぶさの時、イオンエンジンが一つ落ちてしまったが、「ベーキング」といって、宇宙へ行った直後にガスを積極的に出すという作業について十分な知見がなく、1台の機能が出なかった。(今回は)イオンエンジン運転前にベーキング作業をした。それが12月19〜22日。
その後に、イオンエンジンの試験に入った。特に、イオンエンジンが設置されているXパネルの近傍をヒーターで50度に温め、姿勢を傾けて太陽光を入れて当てる、そしてプラズマだけをつけて温めるという方法でベーキングした。そういった工夫でエンジンの試験に移った。はやぶさの経験が非常に良く生きて、はやぶさ2では万全にエンジン4台を健全なまま初期の軌道変換に使えるようにできたと思う。
往復運転には3台が必須だが、予備機を加えた4台で軌道に投入できたことは、機材としては十分余裕を持って乗り出せたと評価している。
−−そのことについての感想は。
国中 「やったな」と思っている。
−−はやぶさ2に向けての改良で「成果があった」と思うのは。
国中 はやぶさではイオンエンジンが多くの不具合を起こしたということもあり、技術者として完成したものを提供したいと考えていた。寿命もさることながら、推力も増強させることを目指した。はやぶさの7ミリニュートンから、今回は10ミリニュートンに増強した。やっと高性能なものが宇宙で実現できたと自負している。
−−アウトリーチ(情報発信)はどのように展開するか。
国中 これまで打ち上げ、初期運用に注力して、アウトリーチについての努力が足りないということだと思うが、今後は労力、資力を展開していきたい。スイングバイに向けて、皆さまに関心を高めていただくため、いくつかの企画を計画している。
吉川 なるべく多くの人にはやぶさ2を知っていただき、一般的な太陽系科学や技術に関心を持っていただきたいと思っている。このため、はやぶさの経験を生かし、はやぶさ2の中にアウトリーチチームを今作っている。広い範囲のメンバーで構成し、内部的にも議論しながらどんどん情報を発信してミッションを知ってもらおうと思っている。
◇小惑星の名称は「苦慮」
−−1999JU3(小惑星)の名称は。
国中 その質問はナーバスな質問で答えにくいのだが、はやぶさが大変良い名前、「イトカワ」と付けてしまったので、はやぶさ2では正直苦慮している。どんな名前をつけたらいいか、どういった方法で決めるのがいいか、各方面と相談しているところ。なるべく早く皆さまの期待に応えるような処置をしてお知らせしたいと思っている。名前を付けないとか、行き先が変わるということはないので、もうしばらく待っていただければ。
−−はやぶさの時はイオンエンジン4台、それぞれくせがあったと思うが、今回は。
国中 かなり粒のそろったものを作ることができた。機材の作り込み、部品もかなり国産度を高め、自前で部品が調達できるようにしたこともある。エンジンだけではなく、(燃料の)ガスの供給装置も、はやぶさよりかなりきめ細かく流量を制御できるような運用をしてきた。ガスの流量が変動すると推力も変わってしまうが、今回は大変首尾良くできているので、推力も安定している。
−−「巡航運転」とは具体的にどんなことか。
国中 英語で「クルージングフェーズ」。具体的には、計画を立てて、計画通りにイオンエンジンを噴射して、必要な軌道変換ができたかどうかをチェックし、さらにそれまでのノルマの達成状況を見て、次の軌道計画を立て、それをノミナル(期待通り)の軌道計画に近付けていく作業を繰り返していく。
−−観測機器の健全性のチェックはどのように進めるのか。
国中 現状は、通電をして消費電力等が順調ということをチェックできた程度。カメラ類については、地球のそばで月の写真を撮って、正常ということを小規模だが実施している。また、非常に冷たい温度でないと機能しない機器がある。打ち上げ直後は衛星はたくさんのガスを含んでいて、そのガスが出きらないうちに観測装置を冷やすと、そこにガスが凍り付いてしまう。そこで、段取りを踏むことが必要。低温状態を保たないと性能が出ない機器は、まだ十分な試験ができる段階ではない。自由気ままに姿勢を変えることもできないので、見たい星が観測装置の前面に来たときに観測することも考えている。時期とタイミングを見計らいながら、機能性能確認をしていく。巡航運転の道すがら、行っていく予定。
−−はやぶさではイオンエンジンが止まってしまい、苦肉のクロス運転(別のエンジンの部品・装置をつなぐ)をしたが、はやぶさ2でもその回路が埋め込まれているのか。
国中 当然ながら、はやぶさの機能はすべて取り込んでいて、そういった段取りもしている。しかし、今回はそういった機能は使わないで帰ってくると皆さんにお知らせしたい。
◇運用支える陣容を育てたい
−−小さなものでもトラブル、不具合はなかったのか。
国中 難しいですね。あまり思い当たらない。今のところ、深夜の運用で人の手配が大変だなと思っている。探査機は単独で動いているわけではなく、地球の設備、ネットワーク、それを動かす人の技量で動いている。特に私が心配しているのは、小惑星の探査には1年半しかなく、NASA(DSN)のサポートも受けながら24時間連続でたくさんのデータをとって分析しなければならない。そういう意味では、8時間3交代で1年半、やり切らないといけない。それに足る実力を持つスタッフをそろえなければならない。
たくさんの人で探査機を支え、データを分析して着陸点を決めなければならない。たくさんのサイエンティストを動員しないと成り立たない。どう人を育て、人を準備して3年半後(の小惑星到着時)に投入できるような陣容を作り上げられるかということが最大の心配。JAXAはもとより大学、研究機関の方々にご協力いただいて、万全な体制で、他の国に負けないような探査をしたい。
−−ハード面については思いつかないくらい順調ということ?
国中 はい。
−−今後、太陽光圧影響評価はどのようなことをするのか。初号機では、姿勢制御のスラスターが使えなくなって苦肉の策で使った方法だが(太陽光を使って姿勢制御をした)。
国中 探査機に加わる力を分析する必要がある。まず太陽の重力、天体の重力。次はイオンエンジンの動力。次が太陽輻射(ふくしゃ)圧(太陽光によって発生する圧力)。非常に微量だが、宇宙では3番目に大きな力になる。探査機を傾けるなどして、いろいろな方向から光を当てて測る。これは非常に時間がかかる。姿勢制御系が不十分になったはやぶさの例だけではなく、精密な軌道決定のためには太陽輻射圧の計測が必須であり、時間をかけて計測することになる。
もう一つ、リアクションホイール(姿勢制御装置)は、はやぶさよりも1台増やして4台搭載しているが、今回はXYに1台ずつ、Zに2台という、通常とは異なる置き方をしている。はやぶさでZ軸のものが生き残り、なんとか地球に帰ってこられたという知見があったからだ。そこでZのうち1台は温存したい。難しい時以外はXYは休ませ、Zの1台で姿勢を保つ、その代わり太陽光を積極的に利用した姿勢制御をしていきたいと思っている。
−−太陽光圧の利用は非常時ではなく積極的に使うということか。
国中 はい。
−−次の山場は地球スイングバイか。
国中 精密に地球近傍まで誘導しなければならない。これにはイオンエンジンとガスジェット系も使うかもしれない。さらに、精密な軌道決定も必要。DDORという方法での軌道決定も折り込み、探査機をスイングバイポイントまで誘導することも難しい。(スイングバイまでの作業も)醍醐味(だいごみ)というか山場になると思う。はやぶさ2は、より計画的、戦略的に安全な航海ができるような探査機として作り込んだ。2カ月弱で初期運用がうまくいっていると報告できるのは、はやぶさより大きな進歩だと思う。2003年5月に打ち上げたはやぶさが、ようやく運転できるようになったのは8月になってからだったと思う。非常に計画的にものごとが進んでいる証拠だ。
−−スイングバイまでのイオンエンジンの稼働時間は。
国中 計画通りなら2カ月くらいの運用になるかと思う。
−−打ち上げ時の会見で「今は笑える状況ではない」と言っていたが、現在は。
国中 小惑星に向けた航海に耐える探査機を投入できたと報告できた。やっと航海が始まったので、ハードウエアも地上系も、運用するスタッフも準備が整ったといえる。そういう意味では、今日はちょっと笑わないといけないかな、と思う。とにかくお知らせしたいのは、今まさに宇宙航海が始まったところ。ぜひ今後も応援いただきたい。