100分de名著 岡倉天心 茶の本 第2回「源泉としての老荘と禅」 2015.01.21


今なお世界中で読み継がれている日本文化論の名著「茶の本」。
「茶の本」といっても茶道の正しい作法やお茶のおいしい飲み方が書かれている本ではありません。
著者岡倉天心はお茶には日本人の根底にある思想や哲学が込められているといいます。
お茶は老荘と禅の思想と共に中国から伝わりました。
茶の思想や文化は日本で独自の発展を遂げたのです。
第2回は一杯の茶から広がる奥深い世界に迫ります。

(テーマ音楽)「100分de名著」司会の…さあ今回ご紹介する本は名著「茶の本」という事ですが前回ちょっと面白かったですね。
そうですね。
「茶の本」の入り口も入り口。
特に岡倉天心さん著者の方のお話とか出来た時の時代背景とかそんな話を聞いてたんですけどそれだけでもかなりぐっとくる。
割と目からボロボロとこうくる感じ。
うろこというか本当に何でしょうね。
涙出るぐらいのじんとくるものがありましたね。
さて「茶の本」2回目でございますけれども今回は更に茶が東洋的な思想や哲学も含みながらどのように日本文化としての茶道として発展したのか更に迫っていきたいと思います。
指南役ご紹介いたしましょう。
比較文学をご専門になさっています東京女子大学教授大久保喬樹さんです。
よろしくお願いいたします。
これもともと茶の文化は中国から来たもの。
はい。
最初は中国では薬用薬としてですね茶は飲まれていたそうですけどまあそれがやがてまさに日常的に飲むようになってただ飲むだけではなくてだんだんだんだん上流階級の人たちに教養のある人たちに洗練されたものとなってそして……というような具合で発展していったとまず中国においてですね。
は〜なるほど。
中国から来た時点で既にそういう思想であるとかそういったものももう含まれてお茶だったわけですか。
いかに日本文化として発展していくかというところを今日見ていこうと思いますがまず茶道がどのように日本に伝わったのか見てみたいと思います。
茶はもともと中国が原産で疲れを癒やす気分を爽快にする意志を強くするなどと言われ薬のような存在として広まりました。
その後禅の僧侶たちが老荘の思想を取り入れお茶の細かい礼儀作法を打ち立てていきました。
禅の祖である達磨の像の前に集まり神聖な儀式を行い一つの茶わんから抹茶を飲み回したのです。
これが茶道の原型です。
しかし13世紀に入るとモンゴル民族が中国を侵略。
その後も中国は次々に王朝が入れ代わり抹茶の作法はすっかり忘れ去られてしまいます。
そして茶葉に熱湯を注いで飲むだけのシンプルなものとして定着したのです。
しか〜し!実は宋の時代に抹茶は日本に伝わっていたのだ。
1191年中国に禅の修行に来ていた僧侶栄西が日本に茶をもたらしたのである。
そしてはいここ注目!茶は日本で頂点を極めた。
その根本となったのが道教と禅の思想なのである。
まず道教と禅というところを教えて頂いてもよろしいですか。
老子・荘子の思想というのは社会の外の自然に身を委ねようという考え方ですね。
我々はこの日常生活の中ではいろんな会社だとかですね学校だとかそういう枠組みの中で生きてるわけですけれどもそこから一旦離れてその自然の広がりの中に身を置いてみようという考え方が老荘思想から始まって道教に引き継がれていったと。
そして禅ですけれども禅というのは言うまでもなくこれは仏教の一派なんですね。
ですから老荘思想とは本来は別のものであるわけですけどもこの禅というものが確立されていく過程で一種の老荘思想の大きな影響を受けて独自の発展をしていくと。
ですから禅というのはですね…この老荘思想と禅が茶にどんな影響を与えたのかというのを天心はこのように言っているんですね先生。
老荘思想というのは不完全性というもので。
要するに老荘思想の基本は人間の行う事というのは宇宙とか自然の大きさに比べればちっぽけなものであって絶対完全というものはありえないんだと。
不完全性分かりにくいんですけどね「虚」というのはからっぽという事ですよね。
完全という事で閉じてしまうんではなくて…そして一方禅という事では小さいものの偉大さという事。
その禅の修行においてはただ本を読んで勉強するんではなくて草むしりをしたりそういう一杯のお茶を飲んだりする事によってその真理というものをいわば体得していく。
そういうように小さなものちょうど例えば植物で言うと植物はこう花開いて大輪の花を咲かせるようなものの可能性は全て種の中に含まれてる。
そういう考え方を禅が説いたんであってそれがお茶というものの中に生かされていくと。
老荘思想によるこの「虚」とそれから禅の思想である小さいものの偉大さという考え方が茶道と融合したという事なんですが具体的に見ていきましょう。
はぁ〜。
最近の抹茶味のドリンクっておいしいのね。
ねえ。
えっ?あっ回ってる?フフフ…これは失礼。
ではまずは老荘思想からいってみましょう。
第一のキーワード「虚」。
まずは「虚」とはどういう事であるのか。
(せきばらい)
(天心)水差しの本質は見た目の形やその素材などではなくからっぽの空間を持っているという事である。
水差しは中がからっぽであるからこそあらゆるものを受け入れる無限の可能性を持っているのだ。
この考え方は日本文化の基本原理になっていると天心は続けます。
例えば絵画。
こちらは日本画家長谷川等伯の作品です。
空白部分が多いですよね。
等伯がこの空白部分をあえて残した事で見る人は自分の想像力でその空白を補おうとします。
(天心)すると鑑賞者は更に作品に引き込まれついには絵の一部になったかのように思えてくる。
作品に対する美への追求が無限に広がるのだ。
更には柔道や合気道など日本の武道にも同じ事が言えます。
これらのもとになっている柔術は自分をからっぽにして相手の攻撃を呼び込み相手の力を利用して倒す事が勝利の極意だと言われています。
(天心)例えば柔道では背負い投げ。
普通では持ち上がらない大きな相手でも相手が向かってくる力があるからこそ投げる事ができるのだ。
「からっぽ」であるからこそできる事なのである。
とても哲学的でもありますけどほんとに今出てきたこの長谷川等伯の絵もほんと言われてみれば余白だらけと言いますか。
だって芸術的センスがない人が言うとさ両サイドの2枚無駄じゃねえかって話になる。
何も描いてないだろという。
その無駄あってこそのまあ森の深さというか壮大さみたいな事ですよね。
まあこの等伯の「松林図」私日本の最高の傑作だと思うんですけどもね。
例えば欧米の近代絵画から見るとこれまだ完成してないんじゃない。
全部カンバス塗らなければこれ完成とは言えないんじゃないかというのがその当時の常識的な考え方。
今はまあかなり違ってきてますけどもね。
それに対してじゃあこの絵の価値というのはどこにあるのか。
まさにおっしゃったようにこの余白である。
ここは何も塗ってないからこそあらゆるものが我々のイマジネーションでここに風が吹き込んでる事を想像する事もできれば梅の匂いが漂ってるとかあるいは海の音が聞こえるとかそういうさまざまな可能性を我々がここに注ぎ込む事ができるわけですよね。
不完全であるからこそ…からっぽだからここの所がですね。
面白いですね。
でもその「虚」その余白という思想が茶の中にも入っているという。
そう。
それは今度僕の中でまだお茶とつながってないですね。
お茶もそうですか?その天心が言ってる事は茶室についてはからっぽの家という意味で茶室というのはふだんはその掛け軸にしても花にしてもその茶会が終わるごとに片づけてしまう。
からっぽにするんだ。
そうすれば次の茶会の時にはまた別の花別の軸というものを例えば季節に応じてバリエーションというものは無限に可能であると。
あるいは茶会というのも一期一会という言葉であるようにそのつどそのつど一回限りの茶会として催されてそしてあとはからっぽになってまた別の機会に別のお客さんを呼んで行うというふうに「から」であるからこそいいんだという考え方なんですね。
無の中にさまざまな可能性があるんだと。
これは非常に日本独自の哲学として発展していくわけですけれども。
なるほど。
僕は最初落語の話芸の中で師匠に大事だよと言われたのが黙ってる時間。
ほんとに僕はやっぱり詰めたがるんですよ。
僕の考えてる事を人に伝えたいと思ってる時に隙間をなくして僕の思ってる事同じ事を思って下さいと思うとまあどんどん余白がなくなってちょっと違う誤差の部分をこう言ってああ言ってとやってくうちにまあただうるさい話になっていくし聞いてる側からしたらよく分かんない話になっていくんですけどこの黙るっていう。
例えばそうですね…何か技術の組み立てたりなんかする時に職人さんの何かちょっとこうかみ合わせる時に遊びの部分がないとガチッとやっちゃったらもうそれで固定されちゃって動かなくなっちゃうけど。
少し隙間遊びを入れる。
遊びってよく言われますけどね。
そうすると自在に動けるんだと。
関節みたいに。
要するに思想としては特に欧米近代の考え方というものは完全を目指していく事が中心だったと思いますよね。
欧米にしても結果遊びはできてると思うんだけどそれは計算して計算して計算して結果得た答えとしてそこにあるんだけど日本のそういうもんなんだからさというところから派生してるとアプローチが真逆ではあるとは…。
さあそして茶道と融合した思想もう一つは禅の思想です。
どういうものなのかご覧下さい。
(天心)皆さんは禅寺というと座禅を組んで修行する僧侶の姿が思い浮かぶかもしれんが実は修行はそれだけではない。
禅では日常生活そのものが修行であるのだ。
禅においてはほんのささいな日常茶飯事も宇宙全体につながる真理となります。
日々の暮らしの中の全てが修行であり全ての物事には大きい小さいの区別はありません。
(天心)それも位の高い僧が見習いの僧よりさまつな作業を割り当てられる。
しかもどんなささいな作業も徹底して行われるのだ。
これは目の前の現実を掛けがえのないものとしてありのままに受け入れて味わえという教えなのである。
つまり一杯のお茶を飲むという小さな日常の行為にこそその思想が集約されていると私は考えたのである。
もう何だろう茶道がすごいのか天心がすごいのか全部すごいのか。
そうですね。
ささいな事。
知り合いの定食屋のおやじがいるんだけど「俺の煮物が宇宙だ」と言うのねそのおやじが。
いや「茶の本」読んでないと思うけどな。
すごい。
全部分かるんだって自分の煮物の味が変わる時に僕の体調や気分やみたいな事からもっと言うと今どの野菜の値段が高いのかという事やら全部入るという。
だからなかなか同じ味のものができないんだよみたいな話をしてた中で出てきたんだけどでもそんなささいな事です。
世界的な企業の動向を見て分かるんじゃなくてそのおやじのしかもちっちゃいその小鉢に入って240円かな今…の煮物の中に入ってるというのは多分同じような。
世の中全体の動きというものが凝縮されてると。
…というこの思想を最もよく日本文化の中で代表してるのは俳句だと思うんですよね。
短歌を半分ぐらいの言葉数に切り詰めるところから生まれてきたわけですけどもそこにさまざまなイマジネーションの可能性というものを広げていく。
例えばまあちょうどこのころというとすぐ思い出す句に…。
有名な句がございますよね。
「梅一輪」というのはもうほんとに小さな花ですよね。
一輪の花にすぎないわけですけれどもそこにやがて近づいてくる春の足音の気配という事は結局宇宙全体の自然の運行というものを感じさせるわけですよね。
一つ一つの事を考えるとほんとに小さな一つの毎日私たちがやってる事掃除一つにしても歩く事にしても食べる事にしてもが尊い事のように思えてきますね。
天心の「茶の本」に最後にこのような事が書いてあるんですね。
茶道はここだというふうに言ってるんですね。
先ほど日常茶飯事というふうに広げて考えた時にその一つ一つの小さな事の中に宇宙の真理というのはあるんだと。
梅一輪の一輪の梅そういうものの中に宇宙の運行というのはあるんだという考え方が天心の根本思想だと思いますね。
一杯の茶を飲むというところにもう集約されている。
そうです。
そこの中に宇宙がある。
だって今家でさ帰って旦那とでも子供とでもうちだとかみさんとでもいいんだけど茶を飲むって考えた時にこの茶を一番楽しく飲むという事がどうだというと結構いろんな事できますもんね。
部屋の掃除から始まり僕で言うとスケジュールの調整も含めていろんな事ができるしあとできなかった事も含まれてると思うんですね。
その時のお茶があんまりうまくなきゃうまくないでできなかった事もこの中に入っててって考えるとほんとにこんなささいな事の中にね。
無限のものが入ってく広がってきて何かちょっとこれからお茶の一杯が普通のものじゃないようにますます思えてくる。
そうですね。
多分そうすると逆にこれから始まってお茶に限らずなんでしょうけどね。
普通に台所仕事一つしててもそれ自体が何なのかという事をつまんない仕事っちゃつまんない仕事でも何かが多分見いだせるはずでつまんなきゃつまんないほど入ってる可能性があるという。
やっぱり哲学ですねこれね。
それはそうですね哲学ですね。
次回は老荘思想と禅の考え方を茶を通して更に掘り下げてまいります。
大久保先生どうもありがとうございました。
2015/01/21(水) 12:25〜12:50
NHKEテレ1大阪
100分de名著 岡倉天心 茶の本 第2回「源泉としての老荘と禅」[解][字]

「茶」の極意は老荘思想や禅にある。その根本思想を読み解き、日常茶飯のひとつひとつが修行でありその中に至上の境地を見いだそうとする「茶の精神」に迫る。

詳細情報
番組内容
「茶」の根本には、老荘思想や禅の影響を受けた「虚(不完全性)」「小さいものの偉大さ」という二つの理念が存在する。人間は不完全であるからこそ完成に向けて無限の可能性が開かれているという老荘の人間観。そして「極小の中に宇宙大の真理が宿る」という禅の思想。その影響から、日常茶飯のひとつひとつが修行であり、その中に至上の境地を見いだす「茶の精神」が生まれたのだ。
出演者
【講師】東京女子大学教授…大久保喬樹,【司会】伊集院光,武内陶子,【朗読】山中崇,【語り】斎藤英津子

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
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