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神姫は戦場にて花開く 作者:花来れん

第一部 華王は戦場にて返り咲く

1-5 最後の忠告は秘密裏に

 それからふたりは日が暮れるまで、市井で聞き込みを続けた。聞き込みと言っても、桜姫が望むものをルシフェルが上手いやり方を使って聞き込む形だ。
 結果としてふたりは、有益な情報を幾つか仕入れることができた。

『鉱山にできていた大きな穴といい、以前に比べたら活気のない市井といい……これはもう、確信を持ってもいいのかもしれないわね』
『むしろサキは、鉱山にできていた穴を見たときからそうではないかと気付いていたように思えましたが』
『そうねえ。でもまぁ、確実じゃない憶測は不安要素しか生まないでしょう? それに、市井に入って気付けたこともあるし』

 大通りを外れながら、桜姫はぼやく。ぼやくと言っても口は使っていないため、ふたりの間に会話というものはなかった。
 ひと気がめっきりなくなった細道には、足音だけが響いている。

『市井に入って、何かありましたか?』
『まぁ、本当に些細だったからルゥは気付かなかったみたいだけど。市井、というか南洲の中心部の幾つかの場所に、術式を発動させるための媒体があるわ』

 ルシフェルは息を呑んだ。

『媒体、と言いますと』
『そうねー。おそらくは鉱物の類だと思うわ。波長からしてみて、防御に特化した術式の構築式が編み込まれていたの。十中八九、結界よね。しかも、中心部全部を覆い隠すほどの規模のもの』
『なるほど。ならば、もう決まりですね』
『そうね。ただあの結界、致命的に結合しない箇所があるのよね。大丈夫なのかしら』
『そんなことを見ていたのですか……しかし別に、直してやらなくとも良いのでは。自業自得でしょう?』

 そうね、と頷く桜姫は、ちらりと背後を見た。そして歩幅を上げながら、ルシフェルに向かって笑みを浮かべる。

『ところでルゥ。気付いてる?』
『ええ。半刻(一時間)ほど前から』
『やっぱりあれかしら。ちょっと騒ぎすぎた?』
『かと。なんせ気が立っている状態ですからね、南洲は。怪しまれても仕方がないかと思います』
『そうねえ。……だけど、面倒臭いわ』

 そう吐き捨てるように言った桜姫はとうとう、ルシフェルとともに砂利道を駆け出した。
 それに合わせて、背後から足音が聞こえてくる。

『背後からの数は十七、前から八、右から六、左から十二というところですね』
『完全に包囲されちゃったわね!』
『楽しそうに言わないでください、サキ』
『だってねぇ、こんなふうに追いかけっこすることなんて、滅多いないじゃない? 楽しまなくっちゃ損よ!』

 ルシフェルは笑った。どんな状況下においても、桜姫は桜姫らしいままだったからだ。
 まるで子どもが鬼ごっこでもするかのように、ふたりは夕暮れの中を駆ける。しかし当然のように、そこには別の者たちが佇んでいた。

 そして気付く。

『あら……朱家のご当主様まで来ちゃったみたいよ?』
『これはまた、随分とたいそうな鬼ごっこになったものですね』

 夕暮れに照らされたその向こうには、金髪をなびかせた美女がいた。
 豪奢な漢服を着た朱麗鸞は、夕暮れに照らされながら微笑む。

「そこの方。ちとええですか?」

 それを聞いた桜姫は、唇を歪めた。
 そして四方を囲まれた状態でもなお、余裕のある態度で佇む。

『ねぇ、ルゥ。ひとつ、遊んでもいいかしら?』

 ルシフェルは首を傾げて『遊び』の内容を聞く。

『このまま放置しておくのはなんだから、ちょっとだけ手助けしてあげようと思うの。それにこれが成功したら、人神たちの無様な報告が聞けそうでしょ? それはとても面白そうじゃない?』

 至極楽しそうに言う桜姫に、ルシフェルは目を見開く。しかし仕方ない、というように首を振ると、彼はひとつ頷きを返した。
 そんなルシフェルの後ろに隠れるように、桜姫は背後へと回る。

『さてさて、始めましょうか』


 ***


『変な二人組が、市井で怪しい動きをしている』

 そんな情報を腹心である宰相から聞いたとき、麗鸞は嫌そうな顔をした。

 こんなときに、面倒臭いもんどすなぁ。

 そのように思ってしまったためだ。
 それもそのはず。現在南洲は、とあることを阻止するために水面下にて動いていたのだ。
 そのために、天界からは食糧を普段の百倍近く買い集めた。日持ちするようにと加工も進めたし、気を遣ってきたのだ。そして当の神たちの元に情報がいかないように、細心の注意を払ってきた。

 そしてそれも完成間近というところでやってきた不審者の報告は、麗鸞にとって予期せぬことでもある。

 麗鸞は眉をひそめ、宰相に向けて疑問を投げかける。

「その不審者たちは今、何処に?」
「未だに市井にいるとの報告が入っとります」
「そうどすか……なら、面倒やし捕まえてまいましょうか」
「……ええんですか? 外交問題にも発展しかねないんですが……」

 渋る宰相に、麗鸞はきっぱりと言い放つ。

「これから閉じこもろうとしとるのに、外交云々言うてる暇はないやろ? はようしなさい。できるかぎり少数で四方を固めて、手荒は真似はせぇへんように捕まえておくれやす」
「……分かりました。信用に足るもんを集めさせます」

 そうして立ち去った宰相の後ろ姿を見送り、麗鸞はため息をこぼした。

「どないして、こないときにそんなことになるんやろなぁ……面倒臭ぅてあらしまへん」

 朱家特有の朱色の目をすがめれば、目の前に積まれた紙の山にぶち当たる。それを見てさらにげんなりした麗鸞は、後ろ髪を引かれる感覚に肩の力を抜いた。

「一応、うちも行きましょか。ほんまに面倒なことになっても、困りやすし」

 そして麗鸞は、細い路地に入った二人組を追い詰めたのだ。

 ふたりは確かに変だった。どちらもフードのついた外套を羽織っているため、顔はおろか体型さえ分からない。しかし見たところ、片方は男でもう片方は女であることは分かった。この辺りは報告でも上がってきている。どうやら女のほうがしゃべれないため、男のほうがしゃべっているらしい。気も弱いらしく、男の後ろに隠れるようにしていた。

 ここまで見るならば、ただの恋仲同士だと見てもいいだろう。

 しかし麗鸞には何故か、そうは見えなかった。

 四方を囲んだことを確認した彼女は、ひとつ息を吐き出してから声を上げる。

「お初やす、おふたりさん。うちは南洲の代表をしとります朱麗鸞言います。おふたりさん、どっから来はったの? おとなしくついてきてくれはりましたら、痛いことせえへんのやけど」
「もし、嫌だと言ったら?」
「そらもちろん、おいたは覚悟しといてもらわへんと」

 男は酷く低い声をしてそう言った。何故か聞いたことがあるような声である気がしたが、思い当たらない。そのため彼女は、早々に考えることをやめた。

 二対四十三だ。もしものことがあっても問題ないように、腕利きを連れてきた。
 しかし麗鸞は、なんとも言えない違和感を感じていた。

 それは不安であり焦りだ。急がないといけないような、そんな気がしたのだ。

 それは麗鸞の長年の経験により培われた、勘と言ってもいいだろう。とにかく麗鸞は、直ぐに合図して捕まえられるようにと笑みを貼り付けながら考えていた。

 しかし返ってきたのは、嘲りともいうような笑い声だ。

「本当にそんなことができると、思っているのですか? このわたし相手に? 笑わせるな弱者が」
「……なら仕方あらへん。ちと、手荒なことさせてもらいますわ」

 そう言い麗鸞は、合図を送ろうとした。
 そんなときだった。

「黄昏、って、知っています?」

 男がそんな、突拍子も無いことを呟いたのだ。
 麗鸞は思わず、閉じようとしていた羽根扇を止めてしまう。それが合図だったため、武官たちも動けないままだった。
 男は再度言葉を発する。

「黄昏と言うのは、誰そ彼、という言葉からきているんだそうです。隣りにいる者の顔すら認識できなくなったときこそ、黄昏時なのだと」
「……そうなんですなぁ。初耳でしたわ」
「そうですか。なら、覚えておいたほうがいいです」

 フードの下で、男が喉を鳴らして笑った。

「今、貴方の隣りにいる者は、貴方の知らない者であるかもしれないのですから」

 麗鸞が目を見開いた刹那。
 世界が暗闇に沈んだ。

 麗鸞は驚きのあまり、辺りを見回した。
 そして気付く。『誰そ彼』と言うのは、術式を発動させるための発動キーだったのだということを。

「だから、詰めが甘いと昔教えたのに」

 それと同時に、背筋をなぶるような声が聞こえる。女の声だった。それも、極上の美声。
 麗鸞は金縛りにあったかのように動けなくなる。
 そんな彼女の頬を包み込んだ女は、紅が引かれた唇を歪めて笑う。

「結界のほうの致命的な穴は直しておいてあげたから、感謝して頂戴?」
「な、して……」
「あらあら、そんなに驚かないでよ。別に取って食おうってわけじゃあないわ。ただ、ちょっと助言でもしてあげようかと思って」
「……助言と言いますと、なんでっしゃろうか?」

 麗鸞は早々に負けを認めた。彼女相手に嘘が通じないことなど、昔からよく知っている。素直な火神に、華王はふふふ、と笑った。
 彼女は黒髪をなびかせて離れる。既にその身に、外套はなかった。どうやら脱ぎ捨てたらしい。
 麗鸞は目の前佇む女を見つめた。

「ねぇ、麗鸞。あなたたち、これから鎖国をして外交を徹底的に断つつもりなのでしょう? 他の州の代表者には、それ言ってあるの?」

 桜姫の口から何が出てきても、驚くことなどない。
 そう分かっていたはずなのに、麗鸞は酷く動揺して取り乱してしまう。
 知らず知らずのうちに唇を噛み締め、唸る。

「そないこと言えるわけあらしまへん……南洲以外は男神が統べる場所です。逃げただのとのたまわれるだけですわ」
「そうね。じゃあ、表向きは関わってなどいないと、そういうことにしときましょう。だから私が仲介して、南洲が鎖国した際の利益を説いてあげるわ。その様子だと、人神たちが戦争を起こそうとし始めたことも知っているのでしょう? そこを引き合いに出せば、彼らとて納得するわ」
「なしてあなた様がそないことまで知っとるか、ちゅうことは……聞かないでおきます」

 いつの間にか筒抜けになっている情報に、麗鸞は苦い顔をする。しかしその相手が桜姫ならば仕方がない。
 そう。この女神は遥か昔から、そういうタイプの女神なのだから。
 麗鸞が自身を納得させようとしている姿勢を見て、桜姫は首を傾げる。

「で、今回は、南洲が鎖国中の食糧を天界が提供してあげる、という話をしようと思ったのだけれど」
「……は、い? いや、待ってくださいな! そないことができるんどすか!?」
「ええ。南洲のほうに転移門を設置しておけば、可能だけれど。もちろんなかなか、違法手前の行動だけれど」

 にこにこと微笑む桜姫を見て、麗鸞は唖然とした。もともと彼女たち華神に、秩序や法則など意味をなさないだろう。あくまで守らないと面倒臭くなるから、という理由でやらないだけだ。
 麗鸞が知る桜姫は、どこまで行っても傲慢かつマイペースな王だった。

 しかし麗鸞としてはありがたい。なんせ南洲で栽培できる食物には限りがあるのだ。そもそも南洲では、食物が育ちにくい。その穴を天界側が埋めてくれるのなら、願ったり叶ったりというやつだろう。

 されどそのようなことを、桜姫が理由もなくやるはずがない。
 麗鸞は警戒しつつも口を開く。

「こちらとしては願ったり叶ったりどすが……桜宮さくらのみや、何をお考えで?」
「その言い方だと、私がいつも悪どいことを考えている、みたいに聞こえるのだけれど」
「何を言うとるんですか。南洲に断りなく来はっといて。しかもうちだけを囲うてこないことするなんて。理由がないんなら、やれることとちゃうのではあらしまへんか?」
「理由、ねえ……」

 桜姫はそうぼやいて、首を傾げた。その所作ですら妙な艶を感じ、麗鸞はぶんぶんと頭を振る。それを見た桜姫はさらに首を傾げたが、そこには触れないでいた。

「ねぇ、麗鸞」
「はい、なんですか?」
「私が今までしてきたことに、あなたは意味があったように思う?」

 麗鸞は呆然とした。そして目を瞬かせ、震えた口を動かす。

「それは……どういう……」
「そのままの意味よ。だって、天界で最も気分屋で傲慢で面倒事が嫌いな私が、今期一番面倒臭そうな案件に首を突っ込もうとしてるのよ? これに何か意味があると、あなたは考えるの?」

 桜姫の言葉は、麗鸞の中の何かに引っかかった。しかし深く考えてみると、彼女は別にどちらが正しいのだということを言っているわけではない。ただ純粋に、「麗鸞ならばどっちだと考える?」と、質問に質問を重ねているだけだ。

 それはつまり、麗鸞自身が導き出した答えを聞くまで、彼女が答えを言うことはないということだ。だから麗鸞は、ひとつ頷いて前を見た。その目は先ほどとは違い、君主の目つきをしている。

「少なくともうちは、桜宮がしてきたことに、意味があったと思います」
「そう」
「せやから……深い理由は、聞かんことにします」
「そう」

 二度目の相槌は、一度目のものより嬉しそうに聞こえる。その違いに気付いた麗鸞は、自分の選択が正しかったことを悟った。

「食糧を提供する代わりに、鉱物を寄越しなさい。それが最低条件よ」
「桜宮、ほんまにおおきにぃ」

 桜姫の行動を理解できるほどの頭はなかったが、その言葉に嘘偽りはないことは確かだった。麗鸞は彼女からの後押しを受け、深々と礼をした。
 それを見た桜姫は、ふと思い出したようにぼやく。

「ただ、気をつけなさい、麗鸞。黄昏は、終わりであり始まりへの道筋なの」
「……それは、どういう……」
「サキ。そろそろ帰らないと、鈴代さんから大目玉を食らうかと思いますが」

 そこで出てきたのは、ルシフェルだった。麗鸞は彼を見て、やはりと頷く。今の声をさらに低くすれば、先ほどのような声がするのだ。しかし思っていた以上に雰囲気が変わるため、麗鸞は思わず首を傾げたのだろう。
 鈴代の名を出されて肩を竦めた桜姫に、麗鸞ははにかむような笑みを浮かべる。

「彼女は、ようやってはりますか」
「ええ。よろしく伝えておく?」
「お願いいたします、桜宮」

 分かったわ、と頷き、桜姫はルシフェルの側へと歩いていく。そして何やら、足元に円が浮かんだ。どうやら転移術式らしい。

 それを見た麗鸞は思わず苦笑した。

「ほんま、どこまで行っても規格外どすな」

 しかしその声は、ふたりには届かない。
 残ったのは、かすかに残る桜の花の香りと一枚の羽根だけだった。
 純白の羽根を拾い上げた麗鸞は次の瞬間、世界が日暮れの際に戻ったことに気付く。
 そこには、途方に暮れたようにほうける四十もの男たちの姿があった。

「麗鸞さん、すみません……逃げられてまいました」
「……ええです。うちが合図を出すのが遅うなったのがいけないんやし。皆、今日はおおきにぃな。もう上がってええどす」
「いや、麗鸞様、やけど……」

 たじろぐ武官たちに向けて、麗鸞は羽根扇をはためかせる。

「ほな、しばらく忙しゅうて城の中から出れへんようになりますから、家族団らんしてきなはれゆうとるんです。いかへんのなら、仕事増やしやすで?」
「喜んで行かせていただきます!」
「そ、それじゃあ麗鸞様、おおきにい!」
「ほな!」

 麗鸞からの後押しにより立ち去っていった武官たちを一瞥してから、彼女は踵を返す。その後ろには宰相が付き従っていた。
 それを見て、麗鸞は片眉を吊り上げる。

「帰らへんでええんどすか? せっかくのええ機会やろうに。たまには休んだほうがええと思うで?」
「なら、麗鸞様も一緒に休みましょか。わしの気苦労が増えますさかい」
「……あんた、ほんま憎らしゅうなりましたな」

 麗鸞はため息を吐き出してから宰相がを睨んだ。しかしその宰相は、にこりと笑みを浮かべている。

「憎らしゅうて結構です。わしは麗鸞様の右腕ですから」
「……ほんま鬱陶しゅうなったわ」

 麗鸞は照れ隠しを隠すように、そっぽを向いた。そちらには今にも消えそうな太陽が、地平線の果てへと落ちている。
 そして夕暮れを見て、先ほどの言葉を思い出す。

「……誰そ彼、か」

 宰相にさえ聞こえない声でぼやき、瞳をすがめる。
 そして麗鸞は、耳朶に残る美しい声を確かめた。






 それから二十二日後、南洲は鎖国と題して一切の貿易と外交を取り去った。
 他州から批難が来るといったところで、南洲は全土に渡り大規模な結界を用い、さらに鉱山の神力を使って火山を作り上げる。
 湧き上がるような熱気とマグマの波は五百年に渡り止まず、南洲と他州を切り離す大きな手助けになったという。

 それにより、神界は様々な意味で湧くことになった。

 そしてそれが後に『十神姫じゅっしんき戦争』と呼ばれる、史上最悪の戦争の火付けとなる――
+注意+
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