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■金融政策 私の視点

 ――河野さんは日本銀行の大規模な金融緩和に批判的ですが、あえてメリットを挙げるとすると何ですか。

 「普通は金融を緩和すると、金利が下がるから、設備投資が増えたり、消費が増えたりする。だが、最近はあまり期待できない。なぜなら短期金利だけでなく長期金利もゼロに近く、さらにいっそう金利が下がっても、設備投資や消費が刺激されるのは難しいからだ」

 「ただ、財政政策の効果を最大化した功績は多分、あったんだろうと思う。普通は財政刺激策を実行すると赤字国債を発行するので金利が上がるが、金融緩和で大量に国債を買うことで、金利が上がる圧力を吸収しているからだ」

 「とはいえ、こうした効果が財政規律を損なっている恐れがある。結果的に消費増税の先送り決定に大きく作用したと思う。おそらく政策当局、官邸に金利上昇の懸念があれば先送りの決定はできなかっただろうが、日銀が国債を大量に買っているので心配がなかったから、増税の先送りを決められたのだろう」

 ――円安効果は企業収益を押し上げたと言われています。

 「確かに金融緩和が円安を促した可能性もある。ただ、政策当局者が期待していたほどには、輸出は増えていない」

 「その理由の一つは日本の企業が労働力の減少などを背景に、海外に生産拠点を移転したからだ。もう一つの理由は、働く意思と能力がある人々がみな雇用されている完全雇用になったことだ。工場などがフル操業になることで、生産能力が限界になり、いくら円安になっても輸出は増えない」

 「仮に円安で輸出が増えても、完全雇用のもとでは経済全体のパイは大きく増えないため、他の需要が抑制される。現に、円安によって実質購買力が減った家計が消費を控えてしまっている。昨年来の消費低迷の真犯人は円安だ」

 ――金融緩和2年目の2014年度は、消費増税の影響で景気が低迷しました。

 「日本経済は消費増税があった昨年の春から成長できなくなったのではない。振り返れば成長できなくなったのは13年10~12月からだ。私の分析では12年末の安倍政権発足から、13年7~9月までは需要不足が残っていたから日銀のサポートによる大規模な財政政策で成長できた」

 「消費増税は景気に悪影響があったが、それだけではないと思う。13年の終わりには日本経済はほぼ完全雇用になっており、財政金融政策の弊害の方が大きくなっていた」

 ――景気低迷の原因が円安ならば、昨年秋の追加緩和は望ましくないのでは。

 「2年程度で2%のインフレを達成するために、消費増税でダメージを受けた家計に、追加緩和による円安で追い打ちをかけた。賃金が増えないなかで、家計の購買力が減り、消費が抑制された」

 「完全雇用になっていたのだから、むしろ、日本銀行は大規模な金融緩和の手じまいを昨年春から始めるべきだった。そうすれば、円が強くなって輸入物価が下がり、消費増税の悪影響を相殺することだってできた可能性もある」

 ――とはいえ、円安を通じてでもデフレは脱却する必要がありませんか。

 「00年代半ばには輸出が増え、戦後最長の景気回復というのに豊かにならなかった。それはデフレのせいだと多くの人が思っているが、誤った認識だ」

 「当時、輸出も生産も雇用も増えていたのに、私たちの生活がむしろ貧しくなった一番の理由は、新興国の台頭による資源高で輸入物価が上がり、実質的な賃金が下がったからだ。さらにその悪影響に追い打ちをかけたのが円安だった」

 「今、円安は家計の実質的な購買力を抑え、消費の低迷をもたらしている。過去の誤った診断をもとに処方箋(せん)を出されて、不幸な結果が起きている。それが今の状況だと思う」

 ――日銀が13年春から2年程度で2%の物価目標を達成する見通しは。

 「16年には達成できるかも知れないが、家計に負担を強いてまで急いで達成することは果たして良いことなのか。財政や金融政策で一時的に成長を押し上げられても、日本経済をフル稼働した場合に実現できる潜在成長率は高められない」

 「財政政策や金融政策で一時的に成長率は高まっても、それは将来の需要や所得の前倒しにしか過ぎない。さらに言えば、極端な財政金融政策で潜在成長率が下がる恐れもある。労働力が減る中で、生産は海外に移して、限られた労働力は製造業から非製造業に移っていた。だが、円安をテコにこれを無理に変えると、製造業で過剰な設備や雇用を抱えることになる」

 ――具体的にはどのようなことですか。

 「00年代の半ばの超円安の時期に電機など輸出部門は国内で生産を増やそうとした。結局それがリーマン・ショック後の円高で、過剰な設備や雇用になってしまった。これが電機部門が苦境に陥った原因だった。超円安の結果、潜在成長率はむしろ低下してしまった。円安で輸出が増えても一時的なもので、潜在成長率がゼロ近くで低迷したまま、物価だけが上がるなら、それは『スタグフレーション』ではないのか」

 「経済が完全雇用に達したもとでは、第1の矢の金融政策と第2の矢の財政政策はむしろ弊害の方が大きくなっており、手じまいの方向に持っていくことが必要だ。同時に潜在成長率を高めていくべく、規制緩和や構造改革といった第3の矢に注力する必要がある」

 ――2度目の消費増税を延期した影響をどう見ていますか。

 「消費増税が延期されることになった17年4月までは景気浮揚が最優先されることになる。だから、これより前は、日銀が金融の引き締めをするのは難しいだろう。消費増税が行われた後も簡単ではない。増税の反動による悪影響の収束が確認されるのは17年後半とみられ、そこまでは政策変更が難しくなる可能性がある」

 ――昨年末の総選挙の結果、アベノミクスを進め、消費増税を延期した安倍晋三首相率いる与党が大勝しました。

 「政治家は選挙に直面するから短期的な政策を行いやすい。ただ、その政治家が短期的な視野で動く金融市場を見て政策を決定したならば、お粗末な結果になりかねない。今はそうなっているのではなかろうか」

 「低成長のもとでも持続可能な社会保障や財政制度を作ることは、短期的に痛みを伴うため、金融市場は必ずしも好感しない。しかし、市場が評価しない政策をあえてやっていくのが政治としては重要なはずだ。とりわけ、圧倒的な政権基盤を持っているならば、まさにそこに取り組むべきだと私は思う」

     ◇

 こうの・りゅうたろう 1964年生まれ。横浜国大卒。住友銀行(現三井住友銀行)に入り、第一生命経済研究所などを経て2000年からBNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミスト。(聞き手・福田直之)