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なぜ若い人たちは海外に行かなくなったのか 危機意識を募らせる国と旅行会社

幻冬舎plus 1月23日(金)6時0分配信

渋谷 和宏

 この1月20日、太田昭宏国土交通相は閣議後の記者会見で、2014年に日本を訪れた外国人旅行者が前年より3割近く多い1341万人に達し、過去最多になったと発表した。(1月20日付の新聞各紙夕刊)
 対照的に日本人の海外旅行熱はこのところめっきり冷え込んでいる。東京入国管理局によると成田空港を利用して年末年始に海外旅行に出かけた日本人は33万9000人と前年に比べて18%減少した。(1月9日付の新聞各紙)
 これに限った話ではない。昨年は1964年の海外渡航自由化50年の節目の年で、今年はまさに新たな半世紀の始まりだが、日本人の海外旅行者は急減しているのだ。2013年は1743万人と前年に比べて5.5%のマイナス、2014年も1月から10月まで5月を除くとずっと前年同月比マイナスを続けており、1700万人を割ったのは確実だ。
 1ドル120円近い円安が最近の海外旅行者減少に拍車をかけているのは間違いない。米国やEUを旅行すれば宿泊費や交通費、食事代などが円安で割高になった現実を痛感させられる。
 しかし海外旅行者の減少は実は1990年代の円高時代からすでに始まっていた。大手旅行会社の担当者は「高齢者向けの高額ツアーを除くと、海外旅行ビジネスは長期低落傾向が続いている」と言う。
 とりわけ落ち込みが目立つのが20代、30代の若い男性だ。別の旅行会社の幹部は「若い男相手の海外旅行はもう商売にならない」とまで言いきる。
 海外に行かなくなった若い男たち──その実相と理由を検証しつつ、僕たち日本人のどこが変わったのかを探ってみたい──。

 日本人の海外旅行者の推移を見てみよう。その数は1964年の海外渡航自由化以来一貫して増え続け、1980年には309万人だったのが1990年には1099万人と初めて1000万人を超え、1999年には1780万人に達した。右肩上がりのカーブはここまでで、以降はジグザグを描き、減少傾向を示している。
 その大きな理由が20代の若者の海外旅行離れだ。20代の海外旅行者は1996年に約460万人とピークに達し、以降はずっと減り続け、2012年には約300万人にまで落ち込んでしまった。とりわけ減少が甚だしいのが若い男性だ。若い女性は最近ではむしろ持ち直しており、2013年、20〜24歳の女性の28%が海外旅行を経験したが、20〜24歳の男性で海外旅行を経験した割合は14%に過ぎない。
 僕の世代も含めてかつて海外旅行は若者の憧れだった。バックパックを背負っての1人旅行や貧乏旅行は若者の特権であり、勲章でさえあった。
 そんな世相を反映して、1960年代には小田実氏の欧米旅行記『何でも見てやろう』がベストセラーになり、1979年にはガイドブック「地球の歩き方」シリーズが発刊されて若い人のバイブルになり、1990年代には沢木耕太郎氏の『深夜特急』シリーズが20〜30代の読者の心をとらえた。
 ところが今や「地球の歩き方」の主要読者は中高年になり、かつて日本人バックパッカーの聖地だったバンコクのカオサン通りからは日本人の若い男が姿を消し、中国や韓国の若者ばかりになっている。

 なぜ若い男は海外を目指さなくなったのだろうか。経済的な余裕がなくなったからではないだろう。正社員に比べて相対的に賃金の低い非正規雇用の若者が増えているとはいえ、20年前、30年前の若者よりも全体として貧しくなったわけではない。1ドル120円近い円安にしても、かつての1ドル360円時代、200円時代に比べれば円の実力・購買力は格段に増している。
 そこで何人かの知人──主に学生に尋ねた結果が以下の回答だ。
「海外旅行ですか?  大学に合格した翌月、家族とハワイに行ったのが最初で最後ですね。行きたいと思うか?  機会があれば行ってもいいとは思いますが、積極的に計画しようという気にはならないですね。いろいろやることがあるし、そもそもインターネットにアクセスすれば世界中の観光地、名所旧跡をチェックできますから」
「外国にあまり好奇心を感じないんですよね。だって東京には何でもあるじゃないですか。美味しいイタリアンもスペイン料理も食べられるし、僕は行かないけれどエスニック料理だってあるし。今のままで十分に楽しいです」
「海外旅行に出かける準備とか考えると、億劫になってくるんですよね。それよりも居酒屋で皆と飲みながらワイワイ話している方が楽しいです」
 定量的な調査ではないのであくまで印象だが、十数人に話を聞いたところでは海外の事物や外国での出会いへの渇望があまり感じられないのだ。日本は快適だし、何でもそろっているし、インターネットでいろいろ検索できるし、なぜ大変な思いをしてまで海外に行かなければならないのかわからない──そんな気持ちを大なり小なり共通して持っている気がする。
 その背景には今の生活、日常への肯定が存在しているのだと思う。将来への不安はあるし、ワクワクするような出来事が日々あるわけではないけれど、現状を否定したくなるような不満があるわけではない。そんな思いがこことは違う場所への渇望を希薄にさせているのかもしれない。
 一方、若い女性たちは現状に満足している点では変わらなくても、グルメやファッションなど海外旅行に出かける動機を持ち合わせており、そこが男女の差となって表れているのではないか。

 いずれにしても、海外旅行離れが意識の変化に起因するのだとすれば、この傾向は一朝一夕には変わらないだろう。
 実は国も危機意識を抱いており、グローバル化、国際感覚が時代のキーワードになっているのにもかかわらず、若い男が海外に行かなくなっているのを重く見た観光庁は「若者旅行振興研究会」を設置し、対策を検討している。しかし「海外でボランティア体験」の提案も決め手にならず、若い男の海外旅行離れは依然として止まらない。
 国の危機意識はわからないではない。若い頃の異文化体験は僕自身を振り返ってもやはり得がたい体験だと思う。海外の若い人たちがインターネットで日本を知り、それこそ「何でも見てやろう」の精神で居酒屋や銭湯にまで押しかけている、その好奇心と行動力に比べると、バイタリティーに不安を覚える人もいるに違いない。
 僕自身、世界を見つめるのは自分を見つめるのにつながると思っていた。しかしその考えはもう古いのかもしれない。


■渋谷 和宏
1959年12月、横浜生まれ。作家・経済ジャーナリスト。大正大学表現学部客員教授。1984年4月、日経BP社入社。日経ビジネス副編集長などを経て2002年4月『日経ビジネスアソシエ』を創刊、編集長に。2006年4月18日号では10万部を突破(ABC公査部数)。日経ビジネス発行人、日経BPnet総編集長などを務めた後、2014年3月末、日経BP社を退職、独立。
また、1997年に長編ミステリー『銹色(さびいろ)の警鐘』(中央公論新社)で作家デビューも果たし、以来、渋沢和樹の筆名で『バーチャル・ドリーム』(中央公論新社)や『罪人(とがびと)の愛』(幻冬舎)、井伏洋介の筆名で『月曜の朝、ぼくたちは』(幻冬舎)や『さよならの週末』(幻冬舎)など著書多数。
TVやラジオでコメンテーターとしても活躍し、主な出演番組に『シューイチ』(日本テレビ)、『いま世界は』(BS朝日)、『日本にプラス』(テレ朝チャンネル2)、『森本毅郎・スタンバイ! 』(TBSラジオ)などがある。2014年4月から冠番組『渋谷和宏・ヒント』(TBSラジオ)がスタート。http://www.tbsradio.jp/hint954/

講演等のご依頼は info_shibuya@gentosha.co.jp までお寄せください。

最終更新:1月23日(金)6時0分

幻冬舎plus

 

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