1959年から61年、三年の大飢饉(ききん)は文化大革命と並ぶ現代中国最大の悲劇だが、中国人自身の丹念な調査でその実態が明らかになった。養父をこの飢饉で失った著者は新華社高級記者として90年代から精力的に調査を始め、執念で本書をまとめた。
原著は『墓碑―中国六十年代大飢荒紀実』(上・下、香港・天地図書)で大陸では発禁となった。千頁(ページ)を超える大著なので、著者自身が外国人読者のために簡略本を作った。本書はその邦訳で、とても読みやすい。
著者は中国全土を席捲(せっけん)したこの大飢饉のすさまじい被害と毛沢東、劉少奇などリーダーの非人間性や無責任ぶり、飢えのなかで子供まで食べてしまう地獄図を描き切っている。いま中国ではこの大飢饉で結局何万人が犠牲になったのかがホットイシューになっている。本書原著によると、国家統計局データを使うと不正常な死と出生減を含めた人口損失は4770万人、地方志や地方の統計を集計すると5318万人だが、楊継縄の現地調査やインタヴューをまとめると不正常な死3600万人、出生減4000万人で、結局人口損失は7600万人にのぼるという。
この恐るべき数字が正しいのか、確かめるすべは私たちにはない。だが本書の価値は、詳細な現地調査やインタヴューで過酷な事実を発掘しただけでなく、大悲劇の原因に迫ろうと必死に格闘していることだ。当局の“言い訳”に、(1)気象データではこの時期の作柄は順調だった、(2)ソ連の援助停止は飢饉にほとんど影響していない、と反論しながら、数千万も餓死者が出たのは、水増し報告にもとづく穀物の無謀な強制買い上げ、反革命分子や地主の「妨害」のせいにして行った反右傾運動、危機の中での対外援助(59年の食糧輸出量は415万トン)などのせいだ、つまり大飢饉は全くの人災だったと暴き出した。そして「もっとも遅れた、もっとも野蛮な、もっとも人間性のない極権制度」がその根源にある、と楊は摘発するのである。
それにしても、読後に残るのは、こんな失政がありながら、なぜ共産党の統治はいまも変わらないのだろう、という重い問いである。
(早稲田大学名誉教授 毛里和子)
[日本経済新聞朝刊2012年5月27日付]
毛沢東
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