社説:日本人人質殺害 許せない冷血の所業だ
毎日新聞 2015年01月26日 02時30分
ただ、世代交代が進む中で日本のイメージがぼやけ、特に2000年代に入ると、テロ組織が必ずしも日本人を特別扱いしなくなった節もある。01年の米同時多発テロを実行したテロ組織アルカイダの故ウサマ・ビンラディン容疑者は、日本はなぜ広島・長崎に原爆を落とした米国を支持するのかと問い続けた。アルカイダは日本を米欧と共闘する「十字軍」の一員とみなしている。
アルカイダ系のテロとしては、04年にイラク・サマワからの自衛隊撤収を求めて日本人旅行者を誘拐、殺害した事件、13年にアルジェリアの天然ガス関連施設が襲われ、日本人10人が犠牲になった事件などが思い浮かぶが、それでもアルカイダは日本に対して、まだ抑制的な態度を保ってきたように思える。
◇平和的な中東外交貫け
これに対し、アルカイダから離反した「イスラム国」が日本人であろうと容赦しないのは明らかだ。昔のように日本人は安全と思える時代ではない。林立するテロ組織がテロの過激さと衝撃度を競う今日、日本は既に欧米に匹敵するテロの標的であり、平和路線を志向する国だけに狙われやすいかもしれない、と考えてみる必要もありそうだ。
かといって日本の姿勢を変える必要はない。勝手に誤解しているのは過激派の方だ。日本は長年にわたるアラブ・イスラエル紛争も含めて中東の諸問題に是々非々で臨んできた。平和的で「公平、公正」な対応を取れることこそ日本の無形の財産だ。人質殺害に殊更浮足立つことなく、長い歳月をかけて培ってきたものを大事にしなければならない。
パリで新聞社襲撃事件が起きた時、オランド仏大統領は「事件はイスラム教とは関係がない」と早々と宣言した。数人のテロリストの行為が世界16億人のイスラム教徒への偏見や憎しみを生み、社会の分断につながることを恐れたのだろう。
今回の事件にも同じことが言えるが、イスラムに名を借りた野蛮な組織が拡散している現実をどうするか、米国の責任も含めて真剣に考える必要がある。ブッシュ政権がアフガニスタン、イラクで泥沼にはまり込む中、テロ組織は中東からアフリカなどに拡散した。二つの戦争の幕引きを優先するオバマ政権は中東の諸問題に及び腰で、「米国は世界の警察官ではない」と明言した。こうした姿勢が過激派をほくそ笑ませ、「イスラム国」が膨張する大きな要因となったのは確かだろう。
ブッシュ政権以来の「テロとの戦争」の反省を踏まえつつ、世界中がテロ防止に知恵を絞る時だ。まずは後藤さんを確実に解放したい。