社説:日本人人質殺害 許せない冷血の所業だ

毎日新聞 2015年01月26日 02時30分

 冷血の所業と言うしかない。イスラム過激派「イスラム国」とみられる組織の人質として殺害予告を受けていた湯川遥菜さんの遺体とされる写真が24日、インターネット上で公開された。もう一人の人質、後藤健二さんが遺体の写真を手に持って、「安倍(晋三首相)がハルナ(湯川さん)を殺した」との声明を読み上げ、新たな取引を日本政府に提示したのである。

 もはや2億ドルの身代金は必要でなく、ヨルダン当局が収監している女性死刑囚の釈放と引き換えに後藤さんを解放するというのだ。

 ◇後藤さんの無事解放を

 許せない、という言葉がこみ上げてくる。残酷で狡猾(こうかつ)である。むごたらしい遺体の写真で日本人を恐怖に陥れるとともに、中東で「イスラム国」と戦う国々に2億ドルの非軍事支援を表明した安倍首相をあざ笑い、日本の対応を高みの見物で見守りながら、虎視眈々(たんたん)と仲間(死刑囚)を奪還しようとしているのだ。

 この死刑囚は2005年、ヨルダンの首都アンマンの同時テロに関与して捕まった。多数の死傷者が出た事件だけに簡単には釈放できない人物だろう。それに加えてヨルダンは「イスラム国」と戦う有志国連合の一員であり、作戦中に墜落して「イスラム国」に拘束された空軍兵士の解放を求める声が強い。

 自国兵士を差し置いて後藤さんと女性死刑囚の交換解放に応じるのは、ヨルダンにとって苦しい選択だろう。安倍政権も「人命を最優先しつつテロリストには屈しない」という姿勢を貫く難しさがあり、解放交渉は難航必至の情勢だ。

 しかも、誘拐組織の気が変われば直ちに交渉が打ち切られる危うさもある。交渉の実態も明らかにされていない。こうした状況下では、政府はあらゆる機会と人脈を生かし、現実的な対応によって人質解放を実現してほしいと言うしかない。

 他方、テロの標的にされた現実を重く受け止め、再発防止の対策を講じなければならない。従来、「イスラム国」による人質事件は米英など有志国連合の国民が主な標的だった。軍事作戦に参加していない日本が狙われたのは異例である。

 昔から日本とアラブ諸国は関係が良好とのイメージがあり、日本人は誘拐やテロの対象になりにくいとされていた。1991年、イランのホメイニ師が作者らに死刑宣告を出した小説「悪魔の詩」の訳者、五十嵐一(ひとし)・筑波大助教授が殺された例はあるにせよ、概してイスラム教と日本の摩擦は生じにくかった。

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