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【社説】

できること全て尽くせ 日本人 人質事件 

 日本人人質、湯川遥菜(はるな)さんが殺害されたとみられる場面の画像が公開された。許し難い蛮行だ。もう一人の人質、後藤健二さん救出に全力を挙げたい。

 画像は二十四日夜、インターネット上に公開された。湯川さんとみられる男性が殺害された場面の写真を持つ後藤さんが英語で「遥菜は殺された。同じことをさせないようにしてほしい」などと述べている。安倍晋三首相は「画像の信ぴょう性は高い」とし「強い憤りを覚える」と非難した。

◆新たな要求手掛かりに

 イスラム教スンニ派過激派「イスラム国」とみられるグループが二人を拘束、身代金二億ドル(約二百三十五億円)を支払うよう要求していた。湯川さんの父は「非常に残念だ」などと声を震わせた。家族の気持ちを思うといたたまれない。残虐さへの怒りがあらためてこみ上げてくる。

 後藤さんは画像で犯人からの新たな要求として「サジダ・リシャウィの釈放」を挙げた。同死刑囚は二〇〇五年十一月、夫とともにアンマンのホテルで自爆テロを試みヨルダンで死刑判決を受けた。現地対策本部を拠点にヨルダン政府への働き掛けを強め、以前人質救出に成功した交渉ルート活用など救出のためできることは全て尽くしたい。

 湯川さんは昨年八月に拘束されたとみられる。日本政府による救出は進まず、後藤さんは湯川さんを捜すため、「イスラム国」支配地域に入ったという。後藤さんの妻には同十一月以降、身代金を要求するメールが届いていた。こうした状況の中、安倍首相は今月、中東を訪問しイスラエルのネタニヤフ首相と会談した。

 今回の事件はテロが日本にも身近になってしまったことをあらためて示した。アルジェリアでは二年前、ガス生産施設が襲撃され、人質の邦人十人が犠牲になった。米国主導の有志国連合が「イスラム国」拠点への空爆を開始後、パリの新聞社襲撃など、このところ各国でテロが相次ぎ脅威は高まっている。

 日本のイスラム教徒らは「イスラム国」を批判、二人の無事解放を祈っていた。憎むべきはテロリストであってイスラムではない。冷静さを保ちたい。

◆武力だけでない対策

 武力だけでは、「イスラム国」をはじめとする過激派を根絶することはできない。過激派を生まないための根本的な対策を考えていくことが必要だ。

 「イスラム国」対策は大きく三つある。武力による制圧であり、資金源を断つことであり、最終的にはこの地域の安定化である。

 一つめの軍事作戦は米国を中心とした空爆とクルド人部隊による地上戦が目下主体となっている。

 空爆は軍事施設のほか石油精製施設を標的としている。石油密売は身代金と合わせ大きな資金源となっている。クルド人部隊は同族の救援、失地回復の使命を帯び士気が高い。

 資金源遮断のため米国主催の多国間会合は何度も開かれている。米国防総省には、「イスラム国」側はすでに守勢に立っているという見方も出ている。

 しかしトルコ国境では、人とモノの出入りは頻繁で、武器弾薬はシリア軍、イラク軍から奪ったものがまだ残る。緊張と各国連携を保ち、着実に包囲をせばめてゆくしかない。

 戦闘員は推計約三万という。イラクやシリアの陸軍に比べれば、一けた少ないが、それでも相当な数である。ネット映像を使った巧みな宣伝もある。

 日本では欧州からの志願兵が大きく伝えられるが、サウジアラビア、ヨルダン、チュニジア、モロッコなど中東地域からの方がむろん多い。米中枢同時テロを起こした国際テロ組織アルカイダが吸引したようにアラブの若者を集めている。

 中東はなおアラブの春のあとの混沌(こんとん)、余燼(よじん)の中にある。

 民衆の不満の根底には、米欧によるイラク戦争、アフガン戦争の不始末やイスラムに対する軽視感などが感情としてある。テロと戦争が繰り返される土壌がある。

 米国のオバマ政権は米軍撤退を使命としている。その後の構想は示されず、すきを突くように出現したのが「イスラム国」だった。掃討作戦と並行してその後の安定を図る政治も必要になる。

 二十世紀は戦争の世紀といわれた。資源を争奪した。新しい世紀はそれを超えたい。

◆引き続き民生支援を

 人質事件は、国際的な不安、文明の差異、命の重みなどさまざまなことをあらためて考えさせた。日本は難民、医療、教育などの民生支援を引き続き行ってゆく。事件があったから後退するのではなく、むしろアジアの一員としてより貢献すべきだろう。

 

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