非道と言うほかない。

 中東の過激派組織「イスラム国」が、拘束している日本人に関するものとする新たな画像と音声をネット上に公表した。

 人質の後藤健二さんが写真を手にもっており、英語のメッセージが流れている。写真には、もう一人の人質、湯川遥菜(はるな)さんが殺害されたとみられる画像が写っていた。

 安倍首相はきのうのNHK番組で、「残念ながら、今の時点で信憑性(しんぴょうせい)は高いと言わざるを得ない状況だ」と語った。

 湯川さんの安否について確実なことはまだわかっていない。だが、過激派が予告通りに殺害を強行したのだとしたら、心の底から怒りを禁じ得ない。

 「イスラム国」はこれまでもシリアやイラク北部で少数派の異教徒を殺害、奴隷化したり、米国人らを誘拐して殺したりと残虐の限りを尽くしてきた。

 こんな言葉が届く相手ではないとわかりつつも、あえて言わねばならない。

 これ以上、命を奪うな。

 どの国籍であろうが、どの民族であろうが、どんな宗教を信じていようが、人の命を一方的に奪うことは許されない。

 ましてや、殺害予告で家族らを不安の底に突き落とし、画像の公表で犯行を世界に誇示しようとしているのなら、卑劣であり、言語道断である。

■理不尽な拘束理由

 民族や宗教がからみあう中東地域では、第2次大戦後も繰り返される紛争で数えきれぬ人命が奪われてきた。

 そしていまでも「イスラム国」や、そのほかの武装勢力や、政府軍も入り乱れた戦闘行為などで、たくさんの罪のない市民が犠牲になっている。

 現地のこうした窮状に、多くの日本人も心を痛めている。安倍首相が最近表明した2億ドルの拠出は、周辺諸国への難民の「命をつなぐ支援」にほかならない。戦後日本が培ってきた平和主義に基づく、この地域の人々との協調の証しである。

 黒装束の脅迫者が口にした「日本は十字軍への参加を志願した」などという言葉は、とんでもない言いがかりだ。

 後藤さんは、紛争地の実情を取材し、世界に伝えようとしたジャーナリストだ。湯川さんも人々に危害を与えようとシリアに入ったわけではなかろう。

 2人とも、死の恐怖にさらされなければならない理由は全くない。イスラムの名をかたった理不尽な拘束と脅迫を、世界が厳しく指弾している。

■ヨルダン揺さぶりも

 この事件はもはや、日本と「イスラム国」との問題にとどまらなくなった。

 脅迫者らは人質解放の条件を、身代金ではなく、ヨルダンに収監されている仲間の釈放に変えたとしているからだ。

 ヨルダンの首都アンマンで05年に起きた爆破テロの実行犯として、死刑判決を受けて収監されている。イラクの混乱が隣国ヨルダンにも拡散した衝撃を内外に与えた事件であり、釈放は簡単ではあるまい。

 この要求には、「イスラム国」への空爆作戦に加わっているヨルダンに揺さぶりをかける意図もうかがわれる。

 アンマンには日本政府が現地対策本部を置いており、人質事件について両政府が緊密に協議してきただけに、その分断を狙っているのかもしれない。

 両政府にとって立場は極めて難しいが、テロ組織側の思惑に乗せられることなく、団結を保ちながら立ち向かうしかない。

 ヨルダンに限らず、トルコやイラク、サウジアラビアを含む湾岸諸国など周辺の国々との連携を深める努力も欠かせない。

 この地域には、部族のつながり、人の流れ、宗教上の事情などを通じて、「イスラム国」や、その関係者らにアクセスできる様々なルートがある。あらゆる可能性を探りつつ、事態の打開を図る必要がある。

■一層の対テロ連帯を

 中東・北アフリカ地域では、今後も日本人がテロや事件に巻き込まれることが予想される。このような事態に備えるためにも、日ごろから周辺の国々と一定の深度の協力関係を築くことが中期的に求められる。

 現時点ではとりわけ、「イスラム国」による脅威が深刻だが、その不安は地域を問わず、どの国も共有している。

 民族や宗派間の憎悪をあおり、平和的な統治の秩序を破壊する組織は、アラブ諸国の政府にとって重大な懸案だ。

 過激思想に触発された者たちによるテロの脅威に直面した欧米社会にとっても、「イスラム国」への対処は喫緊の難題だ。

 日本人の人質事件を注視する世界各国のまなざしには、これからの世界の安全をどう守るかをめぐる不安がある。

 アラブ、欧米を中心にした反過激派の連帯の中で、日本も多様な取り組みを重ねたい。多くの国を巻き込んだ協力態勢の中で、捕らわれた人たちが元気な姿で戻って来ることを望む。