このエントリーをはてなブックマークに追加
Tag [新作レビュー] [オススメ] 2012.07.22
1106176611.jpg田中相「千年万年りんごの子」(1)



今回ばかりは
諦められるか



■雪深いりんごの国に婿入りした雪之丞。昭和の激動から離れ、北の家族と静かに巡る四季は、親を知らない彼の中に何かを降り積もらせてゆく。それは冬、妻の朝日が寝込んだ日。雪之丞の行動が、りんごの村に衝撃を与えた…。親を知らない夫、りんごと育った妻、夫婦は林檎の村の禁忌を破った…。りんごの時間が動き出す、田中相初連載作!

 「地上はポケットの中の庭」(→レビュー)の田中相先生のオリジナル連載になります。各所で注目新人としてピックアップされている印象があるのですが、書店での積まれっぷりはやや控えめな印象でした。うちの近くの本屋さんだけなんでしょうか。「地上は〜」は読切り集だったので、本格連載はこちらが初。前評判に違わぬ、興味深い作品になっています。
 
 舞台となるのは昭和50年前後の青森。捨て子でお寺に育てられた過去を持つ雪之丞は、りんご農家の後を継ぎたい女性・朝日の元に婿入りをします。捨て子という境遇から育ての親に対してもどこか遠慮がちで、どこか心許なさを抱えて育った雪之丞。そんな彼が婿入りした先は、田舎ということもあり隣家ともつながりも強い、田舎特有の家族関係が根付く場所。戸惑いながらも、その土地の風習、そしてりんご農家としての仕事に段々と馴染んで行く雪之丞でしたが、ある日を境にそれは一変します。妻の朝日が熱で寝込んだある日、道中見つけた林檎の木から林檎を拝借し、すりおろして朝日に食べさせます。しかしその林檎の木「何人たりともその実を食べてはならぬ」と伝えられる木。知らずして村の禁忌を犯してしまった雪之丞と、巻き込まれた朝日。食べさせた翌日から、彼女の身体に変化が現れはじめ…というお話。


千年万年りんごの木
黒森のりんごを取ることが禁忌である事を知らずに、それを破ってしまう。その日から、雪之丞の毎日は一変する。


 物語の入りから、普通の林檎農家で生きる青年の話かと思ったのですが、中盤で村に伝わる禁忌という形でファンタジックな要素を投入。実に静かな序盤から、一気に見応えのある話へと変容しました。詳しくは作品を読んでもらえばわかるのですが、禁忌を破ると、簡単に言うと生贄になってしまうのです。捨て子という過去から生きる事をどこか投げているというか、自分がいるべき場所というものを持たずどこか心許ないままに生きる主人公・雪之丞が、禁忌破りによって妻を命の危機にさらす事によって、どうあがいても強い人間関係というものの中に身を投じざるを得なくなる。村の中に、そして家族関係の中に強制的に組み込まれるというのが、言わば物語の肝になるのではないでしょうか。捨て子故の八方美人っぷりや、事なかれ主義が崩されたとき、雪之丞がどういった表情を見せるのか、2巻以降もそこが見所になると思われます。
 
 そんな雪之丞に対して、妻の朝日は自分の置かれた状況を理解しつつもどこか楽天的。何か手があるかのように雪之丞には伝えますが、その内容は明らかになりません。元々りんご農家を継ぎたい一心で生きる彼女が願う死に様は、土葬によってりんごを育てる土、そして栄養となること。


千年万年りんごの子1−2
 禁忌を破る事によって迎える運命は、奇しくもその願いを叶える形となっているわけですが、それに対して彼女が何を思っているのか、非常に気になるところです。とにかく明るい彼女の存在が、暗く閉じがちなムラ社会の中の一筋の光となっているのですが、さてこの様子は今後変わっていくのか。表紙見てもわかるかと思うのですが、良い形で雪之丞との対比が取れているんですよ、これが。
 
 ITANコミックス恒例となっていますが、表紙の裏っかわの作りこみもなかなか。ここまでこだわりを持って仕上げるって、なかなか難しいと思うんですよ。作るのすごく時間かかると思いますし。こういうのを見る度に、嬉しさで顔が綻びます(笑)
 
 正直この作品の魅力というか、凄さをちゃんとお伝えできている自信が無いのですが、これすごく面白いです。そしてきっとこれからもっと面白くなるはず。新人さんでこのテンションの導入で、そこから静かにけれども力強くにガッと盛り上げるこの感じ、やっぱり読んでもらわないとわからないかなぁ。もし少しでも気になるようでしたら、手に取る事をオススメしますよ!


【男性へのガイド】
→マンガ好きであれば読んでおいて損はないかと。男性視点ってところも良いですし、違和感もないです。
【感想まとめ】
→ちょいと暗い雰囲気漂う作品ですが、読み応えはしっかりとあります。面白いと思いますよ。オススメです。


作品DATA
■著者:田中相
■出版社:講談社
■レーベル:KC ITAN
■掲載誌:ITAN
■既刊1巻
■価格:562円+税


■購入する→Amazon

カテゴリ「ITAN」コメント (0)トラックバック(0)TOP▲
コメント


管理者にだけ表示を許可する

この記事にトラックバック
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
タグカテゴリ
月別アーカイブ
リンク
プロフィール

Author:いづき
20代男、Macユーザー。野球はヤクルト、NBAはマジックが好きです。

文章のご依頼など、大事なお話は下記メールアドレスへお願い致します。


■Twitter
@k_iduki

■Mail
k.iduki1791@gmail.com
※クリックでメール作成
RSSフィード
▽最新記事のRSSを購読

a_m.jpg
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Power Push
2012年オススメはコチラ→2012年オススメ作品集


かくかくしかじか
東村アキコ「かくかくしかじか」(1)
レビュー
東村アキコ先生が贈る、美大受験期の自伝漫画。東村アキコ作品らしい勢いの良さだけでなく、急転してのシリアスな締めなど、一冊に笑いと感動が詰め込まれた贅沢な作品。




王国の子
びっけ「王国の子」(1)
レビュー
稀代のストーリーテラー・びっけ先生が描く“影武者”もの。王位継承権を持つ王女の影武者に、町の芝居小屋で役者をしていた少年が選ばれるというストーリー。良く練られた背景を説明するために、1巻まるまる使うような、重みと読み応えのある一作。




シリウスと繭
小森羊仔「シリウスと繭」(1)
レビュー
2012年で一番の掘り出し物。独特の絵柄で描き出すのは、どこにでもあるような高校生の恋愛模様。けれどもそんなありふれた感情を、ゆっくりと丁寧に描くことで、なんともいえない味わい深さが生まれています。出会いから仲良くなる過程、そして恋を自覚し、葛藤する様子まで、その全てが瑞々しさに溢れていて、なんとも愛おしい。




トーチソング・エコロジー
いくえみ綾「トーチソング・エコロジー」(1)
レビュー
売れない役者が、役者仲間を亡くしたと思ったら、お次は隣に高校の同級生が越してきて、さらには何やら自分にしか見えない子どもの姿が見えるように…。どこかゆるさのある不思議なテイストのお話なのですが、いくえみ作品で実績のある「ある者の死と、残された者の感情」を描き出す類いの作品ということで、この先きっと面白くなってくることでしょう。




BEARBEAR
池ジュン子「BEAR BEAR」(1)
レビュー
高校生には到底見えないロリっ子ヒロインが好きになったのは、遊園地のクマの着ぐるみ。着ぐるみの中身は同じ学校の子で、結局付き合うことになるものの、その後も変わらず相手はクマの被り物をしているという、シュールな光景が繰り広げられます。なんとも奇妙な相手役、かつなんともかわいらしいヒロインの、初々しいやりとりに終始ニヤニヤ。




かみのすまうところ。
有永イネ「かみのすまうところ。」(1)
レビュー
期待の若手作家・有永イネ先生の初オリジナル連載作は、宮大工の世界をファンタジックに、そしてファンシーに描いた青春ストーリー。宮大工という伝統ある重厚な世界を、美少女な神様をはじめ、これでもかとポップに描き出します。かといってシリアスさがないわけではなく、コミカルとシリアスが丁度良いバランスで推移。まだ1巻のみですが、これから先の展開を大きく期待させてくれる作品です。