今回ばかりは
諦められるか
■雪深いりんごの国に婿入りした雪之丞。昭和の激動から離れ、北の家族と静かに巡る四季は、親を知らない彼の中に何かを降り積もらせてゆく。それは冬、妻の朝日が寝込んだ日。雪之丞の行動が、りんごの村に衝撃を与えた…。親を知らない夫、りんごと育った妻、夫婦は林檎の村の禁忌を破った…。りんごの時間が動き出す、田中相初連載作!
「地上はポケットの中の庭」(→レビュー)の田中相先生のオリジナル連載になります。各所で注目新人としてピックアップされている印象があるのですが、書店での積まれっぷりはやや控えめな印象でした。うちの近くの本屋さんだけなんでしょうか。「地上は〜」は読切り集だったので、本格連載はこちらが初。前評判に違わぬ、興味深い作品になっています。
舞台となるのは昭和50年前後の青森。捨て子でお寺に育てられた過去を持つ雪之丞は、りんご農家の後を継ぎたい女性・朝日の元に婿入りをします。捨て子という境遇から育ての親に対してもどこか遠慮がちで、どこか心許なさを抱えて育った雪之丞。そんな彼が婿入りした先は、田舎ということもあり隣家ともつながりも強い、田舎特有の家族関係が根付く場所。戸惑いながらも、その土地の風習、そしてりんご農家としての仕事に段々と馴染んで行く雪之丞でしたが、ある日を境にそれは一変します。妻の朝日が熱で寝込んだある日、道中見つけた林檎の木から林檎を拝借し、すりおろして朝日に食べさせます。しかしその林檎の木「何人たりともその実を食べてはならぬ」と伝えられる木。知らずして村の禁忌を犯してしまった雪之丞と、巻き込まれた朝日。食べさせた翌日から、彼女の身体に変化が現れはじめ…というお話。
黒森のりんごを取ることが禁忌である事を知らずに、それを破ってしまう。その日から、雪之丞の毎日は一変する。
物語の入りから、普通の林檎農家で生きる青年の話かと思ったのですが、中盤で村に伝わる禁忌という形でファンタジックな要素を投入。実に静かな序盤から、一気に見応えのある話へと変容しました。詳しくは作品を読んでもらえばわかるのですが、禁忌を破ると、簡単に言うと生贄になってしまうのです。捨て子という過去から生きる事をどこか投げているというか、自分がいるべき場所というものを持たずどこか心許ないままに生きる主人公・雪之丞が、禁忌破りによって妻を命の危機にさらす事によって、どうあがいても強い人間関係というものの中に身を投じざるを得なくなる。村の中に、そして家族関係の中に強制的に組み込まれるというのが、言わば物語の肝になるのではないでしょうか。捨て子故の八方美人っぷりや、事なかれ主義が崩されたとき、雪之丞がどういった表情を見せるのか、2巻以降もそこが見所になると思われます。
そんな雪之丞に対して、妻の朝日は自分の置かれた状況を理解しつつもどこか楽天的。何か手があるかのように雪之丞には伝えますが、その内容は明らかになりません。元々りんご農家を継ぎたい一心で生きる彼女が願う死に様は、土葬によってりんごを育てる土、そして栄養となること。
禁忌を破る事によって迎える運命は、奇しくもその願いを叶える形となっているわけですが、それに対して彼女が何を思っているのか、非常に気になるところです。とにかく明るい彼女の存在が、暗く閉じがちなムラ社会の中の一筋の光となっているのですが、さてこの様子は今後変わっていくのか。表紙見てもわかるかと思うのですが、良い形で雪之丞との対比が取れているんですよ、これが。
ITANコミックス恒例となっていますが、表紙の裏っかわの作りこみもなかなか。ここまでこだわりを持って仕上げるって、なかなか難しいと思うんですよ。作るのすごく時間かかると思いますし。こういうのを見る度に、嬉しさで顔が綻びます(笑)
正直この作品の魅力というか、凄さをちゃんとお伝えできている自信が無いのですが、これすごく面白いです。そしてきっとこれからもっと面白くなるはず。新人さんでこのテンションの導入で、そこから静かにけれども力強くにガッと盛り上げるこの感じ、やっぱり読んでもらわないとわからないかなぁ。もし少しでも気になるようでしたら、手に取る事をオススメしますよ!
【男性へのガイド】
→マンガ好きであれば読んでおいて損はないかと。男性視点ってところも良いですし、違和感もないです。
【感想まとめ】
→ちょいと暗い雰囲気漂う作品ですが、読み応えはしっかりとあります。面白いと思いますよ。オススメです。
作品DATA
■著者:田中相
■出版社:講談社
■レーベル:KC ITAN
■掲載誌:ITAN
■既刊1巻
■価格:562円+税
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