きっと見ていて
おねがいね
■3巻発売、完結しました。
陸郎宅に居候しながら、村に留まる雪之丞。朝日を救う唯一の手掛かりは、六十年前の出来事を記録した“祭文”だった…。冬至の祭事“嫁拝み”も終わり、季節は大晦日。雪が降りしきる中、妻は裸足で夫のもとに。妻の生命か。村の未来か。ついに最終巻!
〜完結しました〜
3巻で完結しました。ネットを彷徨ってみても、ガッツリと書ききったような感想はあまり目にすることがないのですが、なんとなく納得。というのも、如何とも形容し難い読後感であったり、魅力なんですよね。というわけで、総括すると非常にりんかくのぼやけたまとめしか出てこないのですが、ともあれ非常に面白かった/良かったってのは間違いありませんので。もし読んでいらっしゃらない方がいたら、是非チェックしてみてほしい一作でございます。
〜見えた気持ち〜
2巻では運命に逃げる形で抗うも、結局抗いきれずに村に戻って来てしまった二人。引き離され会うことも叶わないままに、時間はどんどんと経っていきます。そして久々に出会うことが出来た時には朝日は非常に小さくなっており、段々と“その日”が近づいていることを明確に感じさせる姿となっていたのでした。意識もだんだんと浸食されてきているようで、時間の感覚が無くなったりする時があるようです。こうして恐怖や夫への愛情を忘れながら、段々と“向こう”に行ってしまうのかなぁ、なんて残る側にとって寂しさや怖さを感じさせる話だったのですが、その直後の朝日が…
…こわい
と小声でその心情を吐露したのでした。これまで努めて明るく振る舞って来た朝日だけに、このタイミングでこうして涙を流したというのが非常に驚きで、実に強く印象に残るシーンでした。これを見せられたら、雪之丞も奮起しないわけにはいきません。ただそれが、思わぬ行動だったわけなのですが……。
〜居場所を与えられたんだ〜
1巻冒頭から一貫して描かれていたのは、雪之丞の居場所の無さみたいなもの。あてども無く舟を漕ぐという夢でそれが現されており、朝日と出会ったことでその夢を見なくなったという描写があります。ここからイメージできるのは、雪之丞がここに自分の居場所を見出したというもの。ただ大事なのは、それが“場所”の話ではないということ。この土地にいられれば良いのではなく、彼が見出したのは他でもない朝日の隣なのです。愛の形は様々ですが、彼の場合はそういった想いが奥底にあると思われ、だからこそ必死に彼女を救おうとするのでしょう。そして彼は神を殺しにかかるわけですが、そう易々と殺せるものではありません。常世とでも言うべき不思議な空間に飛ばされ、そこで朝日と邂逅します。ここでのやりとりが一番大事なポイントかなと。朝日は、こんなことを言うのですよね…
私はあなたさ戻って欲しいの
そして
あの村がどうなるのか見届けて欲しい
朝日がいなくなれば無くなるはずであった居場所=彼自身の存在意義ですが、こうして再び彼女によって与えられる形となったのです。そして彼はそれに従うようにして、あの村に留まるのでした。あれだけの大事をしでかしたのですから、叩きだされてもおかしくなさそうですが、それもまたある意味で神の一部にでもなった朝日の力に依るものなのでしょうか。あの村に留まれたのは、必然であったという感が非常に強いです。
さて、結局最終的にどうなったかは分からず。とはいえ、神の嫁からの祝福は未だ続いているという。いや、わからないからこそ、雪之丞がいる意味があるってことなのですよね、きっと。
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