【佐々木俊尚氏×武田隆氏対談】
2012年、ソーシャルメディアに「何」が起こっているのか?(前編)
twitterやfacebookを企業活動に導入する動きは加速するものの、当初期待した成果は得られず、ソーシャルメディア・マーケティングに活路を求めていた多くの企業は、今や方向性を見失いつつある。この現状を2011年の時点ですでに予見していた本があった。『ソーシャルメディア進化論』(小社刊)だ。
本連載では、同書の著者であり、ソーシャルメディア構築市場トップシェア(矢野経済研究所調べ)を誇るエイベック研究所 代表取締役の武田隆氏が、ソーシャルメディアの実態と展望を描きつつ、ソーシャルメディア活用の“最後の砦”と言われる「企業コミュニティ」について、各界の最前線で活躍するキーパーソンとの対談を交えて解説していく。
記念すべき第1回は、IT分野に精通し今もっとも注目を集めるジャーナリストのひとり、佐々木俊尚氏を迎える。ソーシャルメディアに何が起こっているのか、現状の利用のされ方にはどこに問題があるのかをおおいに語り合っていただいた。
フェイスブックは、個人のメディア
武田:上場の話題もあったりして、フェイスブックがますます持ち上げられているみたいですね。
佐々木:みんな、すぐに持ち上げますからね。
武田:おそらく来期予算で4月から、フェイスブックページを作る企業がばーっと出てくると見ています。一方、先行して実施している企業からは、「フェイスブックページで消費者とつながるのは難しい」と判断するのに2ヵ月もかからないという声も挙がっています。例外的な企業を除いて、多くの企業がそのような状況のようです。
まず、「いいね!」が集まらない。集まったとしても、そこから先につながらない。大手コンビニチェーンで25万いいね!が集まって、こんなにファンが多いんだから何かやれば反響があるだろうというので、ある飲料の5万人プレゼントというキャンペーンをやったんだそうです。応募者数がリアルタイムでわかるカウンターまで作って準備した。でも、2週間たっても応募総数が2万くらいまでしかいきませんでした。
作家・ジャーナリスト。
1961年兵庫県生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。毎日新聞社、月刊アスキー編集部を経て2003年に独立し、IT・メディア分野を中心に取材・執筆している。「『当事者』の時代」(光文社新書)「キュレーションの時代」(ちくま新書)「電子書籍の衝撃」(ディスカヴァー21)など著書多数。
総務省情報通信審議会新事業創出戦略委員会委員、情報通信白書編集委員。
佐々木:それは、フェイスブックのようなソーシャルメディアをどうとらえるかという基本概念を間違えている。最近の取材を通じて見えてきたのは、結局フェイスブックやツイッターというのは個人のメディアだということ。
武田:本当にそうです。フェイスブックは、個人による個人が輝くメディアですね。
佐々木 :それは前から言われてきたことでもあって、なぜツイッターでNHK_PRや加ト吉(現・テーブルマーク株式会社)の人気が出たかというと、公式アカウントではなく、キャラクター性を持たせて一個人にやらせたから。
ツイッターは個人と個人がつながる、情報が流通する基盤、あるいはキュレーション的なやりとりが行われる基盤であって、消費者が企業からの情報を受けとる場ではないんです。
場を作らないメディアは、マーケティングに使えるか?
佐々木:場というものが、これからものすごく大事になってくる。
エイベック研究所 代表取締役。
日本大学芸術学部にてメディア美学者 武邑光裕氏に師事。1996年、学生ベンチャーとして起業。クライアント企業各社との数年に及ぶ共同実験を経て、ソーシャルメディアをマーケティングに活用する「企業コミュニティ」の理論と手法を独自開発。その理論の中核には「心あたたまる関係と経済効果の融合」がある。システムの完成に合わせ、2000年同研究所を株式会社化。その後、自らの足で2000社の企業を回る。花王、カゴメ、ベネッセなど業界トップの会社から評価を得て、累計300社のマーケティングを支援。ソーシャルメディア構築市場トップシェア(矢野経済研究所調べ)。2011年7月に出版した著書『ソーシャルメディア進化論』は、今年1月に第5刷のロングセラーとなっている。1974年生まれ。海浜幕張出身。
武田:まさに「場」の時代ですね。そして、フェイスブックもツイッターも、場にはなりづらい。「場」というより「線」でつながるイメージです。
佐々木:最近、ソーシャルメディアには、フィード型と広場型の2種類があると言っています。
今までのほとんどのメディアは、広場型だった。2ちゃんねる、パソコン通信のフォーラム、ミクシィのコミュなんかもそうですけど、「アゴラ」ですよね。古代ギリシャのアゴラみたいな広場が中央にあって、そこにいろんな人が集まってきて、情報のやりとりをしたり、対話をするのが今までのコミュニケーションメディアのあり方だった。
そこに、ツイッターは、フォロー/フォロワー関係という新しい形を作り出しました。要するに、情報が集まる広場はどこにも存在しなくて、情報が人的な関係性の上をただ流れていく。こうしたフィード型であることが、実はソーシャルメディアの一番画期的な発明なんです。
これまでだと、たとえば料理に関するコミュニティがあったら、料理に関することしかつぶやかれない。ほかの種類のコメントをすると、「それは本コミュには関係ないのでやめてください」みたいなことを言われる。
でも、フィード型はそうじゃない。個人個人が中心なので、「僕は普段はITの話題をツイートしているけど、こんな料理の話も書きます」というのも、ぜんぜんアリなんですね。ITの話が得意だからという理由でAさんをフォローしていたら、そこに料理やら旅行の情報も流れてきて、「こんなのがあったのか!」と発見するみたいな、セレンディピティも期待できますし。
でもこれは、ユーザー側から見るとメリットだけど、逆に企業がそこでマーケティングをしようとするとマイナスが多い。さんざんツイッターで失敗して、フェイスブックが出てきたから「今度こそ」と思っているんでしょうけど、個人個人が軸のメディアであり続けるかぎり、多分永久にうまくいかないんじゃないかな。
武田:同感ですね。フェイスブックもツイッターも個人による個人のためのメディアだから、そこに企業が入っていくのは難しい。友人どうしが居酒屋で仲良く飲んでいるような場所に商品を突然告知したら、無視されるか非難を受けるかしかない。
『ソーシャルメディア進化論』のなかでも紹介していますが、フェイスブックはつきつめると、個人と個人がつながりあって、メーリングリストのように使われていくだろうと思っています。企業としては、メルマガよりも伝播力がありますから、あまり双方向を意識せずプッシュ型の情報配信に徹すれば、ファンの活動を表出するメディアとして十分に機能するのではないかと思います。
「我が事化」が「ただならぬ関係」をつくる
武田:ではソーシャルメディアの時代に、企業が消費者とつながるにはどうしたらいいのでしょうか。
佐々木:最近の若い人は「何がおもしろい?」と質問すると、映画のタイトルとかではなく、「場」を答えるんだそうです。パッケージ型のコンテンツではなく、ニコニコ動画とか、フェイスブックとか「自分が参加できる場所がおもしろい」というふうに感覚が変わってきている。
武田:参加することに勝るインセンティブはないというか、どんなに素敵なコンテンツでも、単に上から降ってきているぶんには「我が事化」するのは難しい。それが、自分が参加すると、途端に自分と「ただならぬ関係」になってしまう。
佐々木:明らかに消費感覚の変化、パラダイムシフトととらえるべきでしょうね。これまでのメディアは、チャネル発想だった。広告を出す企業は、新聞、テレビ、雑誌にどんな配分で出稿するかという具合に、チャネル、つまり情報の流通経路を広告代理店と話し合ってきたわけですよね。
現在は多分そうでなくて、メディアはチャネルからレイヤーに移りつつある。要するに、GoogleやApple TVといった配信基盤のようなものが前提にあって、そこに広告レイヤー、決済レイヤーなどが重なっていくプラットフォームモデルになりつつある。
そして、コンテンツを配信する人も、受信する人も参加し、さらには、そこで行われるやりとりそのものも2次コンテンツになっていく。これが多分これからのメディアのあり方なんです。
代表的なのが、ニコニコ動画。完成度の高いコンテンツを作る人がいるわけではない。しかし、いろんな人が音やら映像やらを持ち込んで、ひとつのコンテンツがどんどん改変されていき、そこに付けられる字幕さえも2次コンテンツとして楽しまれている。
武田:そして、いい作品、みんなを引きつける作品がたくさんたまってくると、ニコニコ動画という場全体がひとつの集合知を創るプロジェクトになる。そこでは、個人が視聴者から参加者へと変わり、より主体的に場とかかわっていくようになる。個人の意識が高まることで、より有用な情報が集まるようになり、集合知のレベルが上がり、さらに参加者を惹きつけていく。
佐々木:ひとつひとつの断片は、たいしたことはない。それが、総体になるとものすごく価値のあるものに変わっていく。結局、そうした集合知の場をどういう方法で生成するかとういうのが今後の一番重要なところになるんだろうね。
視界不良なマーケティングの風景
佐々木:去年、『キュレーションの時代』という本のなかで、ビオトープという話をしたんです。今って、情報圏域がすごく細分化されていて、「何百万人、何千万人も集まる場がいくつか存在するのではなくて、小さなビオトープがたくさん存在する」という未来像を書いたんです。
ただ、それはマーケティングをする企業側からすると、見通しが悪いんですよ。ミシシッピ川の流域に見られる木の生い茂った沼と湿地みたいな構造で、それぞれのビオトープではみんなが楽しく暮らしていて、たしかに場が存在している。だけど、上空から見てるだけでは何が起きているか全然わからない。
武田:エスノグラフィック(文化人類学で異文化の中に入って、集団や社会の行動様式を観察、記録すること)的に、実際に自分が入っていかないと見えないものがあります。
ただ、フェイスブックなどのSNSがビオトープになれるかというと難しいかもしれません。つながればつながるほど、窮屈になる問題を解決しないといけない。
以前に主婦を対象に調査したことがあるのですが、「ミクシィ疲れ」はかなり過酷な実態でした。「足跡」(この調査を行った当時にミクシィにあった機能)がついたらつけ返さないといけない、コメントをもらったら返信しないといけない、とか。なかには、「お金持ちが買うものと仲間内で認識されている『男前豆腐』は、投稿する食卓の写真から外さなきゃいけない」といったものまで(笑)。
佐々木:面倒くさいですね。現実の関係に依存したクローズドなコミュニティだから、そこで同調しないとリアルでも仲間外れになる。
武田:現実の関係をベースにつながるのか、価値観をベースにつながるのかは、ソーシャルメディアの性質に大きく関係します。
あるクライアントの要望で、「歯周病」に関して観察したら、匿名性の高いQ&Aサイト「ヤフー掲示版」では、「歯周病」は投稿数が1万件以上を超える人気トピックなのに、ミクシィのコミュはたった2つしか見当たりませんでした。つまり、友人にあまり知られたくないんですね。
佐々木:リアルとつながっているから、コンプレックス系の人気がないんですね。
武田:ほかには、不動産なんかも発言しづらい。「不動産を購入しようとしていて、渋谷の松涛で探している」なんてことが知られると仲間から生意気と思われるかもしれないとか。それから、ペン習字のような習い事も発言しづらいようです。自分で大切にしている目標だから、おおっぴらにしたくないという心理が働く。
佐々木:自分という多面的な存在が、一面的なところに押し込まれてしまっている感じがしますね。SNSは、中学校のクラスみたいになってしまう。
これからのSNSはそうでなくて、趣味のSNS、同級生のSNS、あるいは会社のSNSなどが複合的に構成された場になっていくんじゃないでしょうか。そして、フェイスブック上でアカウントをたくさん作るとか、ツイッターでマルチアカウントにするということではなくて、「多面的な自分が、それぞれのSNSともっと緩やかにつながっていく」、そんな方向性もありなんじゃないかな。
武田:まずは「ソーシャルメディア=フェイスブック」という誤認を解かなければなりませんね。
多面性のある消費者と企業はうまくつながれるのか? この対談の後編は4月10日(火)配信予定です。
【編集部からのお知らせ】
大好評ロングセラー! 武田隆著『ソーシャルメディア進化論』
◆内容紹介
当コラムの筆者、武田隆氏(エイベック研究所 代表取締役)の『ソーシャルメディア進化論』は発売以来ご高評をいただいております。
本書は、花王、ベネッセ、カゴメ、レナウン、ユーキャンはじめ約300社の支援実績を誇るソーシャルメディア・マーケティングの第一人者である武田隆氏が、12年の歳月をかけて確立させた日本発・世界初のマーケティング手法を初公開した話題作です。
「ソーシャルメディア」とは何なのか?」
「ソーシャルメディアで本当に消費者との関係は築けるのか?」
「その関係を収益化することはできるのか?」
――これらの疑問を解決し、ソーシャルメディアの現在と未来の姿を描き出した本書に、ぜひご注目ください。
※こちらから、本書の終章「希望ある世界」の一部を試し読みいただけます(クリックするとPDFが開きます)。
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序 章 冒険に旅立つ前に
第1章 見える人と見えない人
第2章 インターネット・クラシックへの旅
第3章 ソーシャルメディアの地図
第4章 企業コミュニティへの招待
第5章 つながることが価値になる・前編
第6章 つながることが価値になる・後編
終 章 希望ある世界