ソーシャルメディア進化論2014
【第2回】 2012年4月10日 武田 隆 [エイベック研究所 代表取締役]

【佐々木俊尚氏×武田隆氏対談】
2012年、ソーシャルメディアに「何」が起こっているのか?(後編)

IT・メディアの分野に精通するジャーナリスト・佐々木俊尚氏と、ソーシャルメディア・マーケティングの第一線で活躍するエイベック研究所 武田隆氏。この対談の前編では、現状、多くの企業がソーシャルメディアを活用しきれていない原因はどこにあるのかを分析していただいた。
後編となる今回、お2人の話題はいよいよ核心へ。企業がソーシャルメディアを通してユーザーと真につながり合うためには、いったいどうしたらよいのだろうか?

企業が「メディア」になっていく?

佐々木前回の対談で情報圏域が細分化されビオトープ(小さな生息空間)になっているという話をしましたが、実は消費者から見て「自分の求めるビオトープがどこに存在するか」を見極めるのはとても難しいことですよね。

武田:フェイスブックのようなSNSだと狭くて窮屈になるし、かといって、インターネット全体に発信したところで、相手にされなければ寂しい思いをする。こうした状況のなか、企業コミュニティは興味深いポジションにあるのではないかと考えています。

 たとえば、カゴメの企業コミュニティでは、カゴメが提供するトマトジュース専用トマト「凜々子(りりこ)」の苗を自分で育成する消費者たちが交流しています。狭すぎず広すぎず、ちょうどいい紐帯が生まれる。現実世界やほかのSNSでは、なかなかありえないことです。フェイスブックで毎日トマトの話題ばかり投稿していたら、変わった人だと思われる(笑)。

佐々木俊尚(ささき・としなお)
作家・ジャーナリスト。
1961年兵庫県生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。毎日新聞社、月刊アスキー編集部を経て2003年に独立し、IT・メディア分野を中心に取材・執筆している。『「当事者」の時代』(光文社新書)『キュレーションの時代』(ちくま新書)『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。
総務省情報通信審議会新事業創出戦略委員会委員、情報通信白書編集委員。

佐々木:なるほど。企業が特定のテーマについてのメディアになっていくというのは、すごくアリなんじゃないかと思う。

 アメリカの事例ですが、自動車メーカーのブランド・ディレクターが、デザイン系のニュースサイトで、自動車のデザインをテーマにキュレーションをしています。

 サイト側としては、情報量が増えて質も上がるので嬉しい。ユーザー側もいい情報が入ってくる。同時に自動車メーカー側としては、「自分の会社はこんなに自動車のデザインに通じた専門家を抱えている」と訴えることで、ブランドの価値が上がる。

 今までのマスメディア時代には企業はジャーナリストを通じてしか情報を伝えられないという状況があった。けれど、オウンドメディア時代になってくると、企業が自ら中心になって情報をやりとりすることが起きる。

武田:企業が既存のアゴラに入っていくのではなく、自分のアゴラを形成するわけですね。

フェイスブックでは本音を引き出せない

武田:私は、インターネットを使ってグループインタビューを行うMROC(マーケティング・リサーチ・オンライン・コミュニティ)という手法で200社ほどの調査をお手伝いしてきました。このような調査では、モデレータの役割がとても重要になります。通常、モデレートは、調査担当とコミュニティの活性担当が二人三脚で行います。

佐々木:場が活性しないことには調査にならないということですね。

武田:はい。また、本音を出していいのだと被験者に感じてもらうための「場」の設計も同じくらい重要です。本音の空間をシステム化するにあたり、私たちは日本の伝統芸術に多くを学びました。

佐々木:日本の伝統芸術? おもしろいね。

武田:たとえば、千利休がつくった茶室が京都の山崎に残っています。茶室に入るための入り口はわずか60センチ四方しかなくて、刀を腰に差したままでは入れない。心と心が交流する茶室には、俗社会のしがらみやヒエラルキーを捨てて入ってこいというメッセージを放っているんですね。

 ソーシャルメディアにしても同じことで、現実世界の制約を取り払わないと出ない本音もある。だから、実名性やオープン性を強要されるフェイスブックでは本音が出づらいんです。

佐々木:フェイスブックはよく、「いい人演じ合い大会」だと揶揄されていますね。日曜日になると、遊園地に行ったとか、映画を観に行ったとか、出かけた話をいっぱい投稿し合っているから、「家にこもって仕事している自分はなんなんだ!」という気になる(笑)。

武田:オンライン・グループインタビューは、参加しているメンバーだけしか見られない“秘密の部屋”で行います。被験者どうしはニックネームで呼び合うので、現実世界の「立場の制約」から解放されるんです。

武田隆(たけだ・たかし)
エイベック研究所 代表取締役。
日本大学芸術学部にてメディア美学者 武邑光裕氏に師事。1996年、学生ベンチャーとして起業。クライアント企業各社との数年に及ぶ共同実験を経て、ソーシャルメディアをマーケティングに活用する「企業コミュニティ」の理論と手法を独自開発。その理論の中核には「心あたたまる関係と経済効果の融合」がある。システムの完成に合わせ、2000年同研究所を株式会社化。その後、自らの足で2000社の企業を回る。花王、カゴメ、ベネッセなど業界トップの会社から評価を得て、累計300社のマーケティングを支援。ソーシャルメディア構築市場トップシェア(矢野経済研究所調べ)。2011年7月に出版した著書『ソーシャルメディア進化論』は、今年1月に第5刷のロングセラーとなっている。1974年生まれ。海浜幕張出身。

 次に「空間の制約」も取り払います。インターネットにつながれば、全国同時に、しかも自宅から参加することができます。調査対象になる商品やサービスを使うのは自宅ですから、その現場から声を出してもらうことでより本音に近づきます。

 もうひとつ、なによりも大きいのが、「時間の制約」を取り払って長い期間にわたって調査できることです。

佐々木:そうか、普通のグループインタビューだと2時間などに限定されて、それ以上できませんからね。

武田:調査開始から1週間を過ぎたあたりから、全員が修学旅行の夜みたいになるんですよ。オープンになることを求められる場の空気の中で、まわりがどんどん告白するから自分もわくわくしながら告白するという状態になります。

佐々木:「自分の好きな子を互いに打ち明け合う」という世界ですね。

武田:調査用語で「ラポールを形成する」といって、「この場では安心して発言しても大丈夫ですよ」とモデレーターがリードするテクニックがありますが、茶室化されたコミュニティがもたらす効果は、その比ではありません。

コミュニティ活性のカギを握る「マイクロインフルエンサー」

武田:オンライン・グループインタビューの参加者に事後アンケートをとると、20社の平均で96%もの人が「もう1度参加したい」と答えている。理由を聞くと、「自分の深い気持ちをオープンにできた」というのと、「調査元の企業を通して社会に参加した気持ちになれた」という2つが挙がるんです。

佐々木:なるほど。わかるな、その感覚。

ソーシャルメディアの未来が楽しみだというお2人。今後も企業と消費者のつながりから目が離せません。

武田:消費社会の成熟が極まると、企業側は消費者を数字としてだけとらえがちですし、消費者側も企業を交換可能な存在と見るようになります。お互いに「おまえじゃなくてもいいよ」と言い合っているような状況ですよね。

佐々木:不健全(笑)。消費者は、油断すると企業にだまされると思っている。そこには根源的な不信感があるよね。

武田:そうですね。でも、本音のやりとりをした後は、多くの人が参加したことに満足するんです。「自分の意見を聞いてくれてありがとう」という感謝の気持ちも生まれている。

佐々木:企業と消費者の間にものすごく強いエンゲージメント、ロイヤルティが生まれているってことでしょうね。これを販売促進に活かした場合、どんな効果が見られるんですか?

武田:ある消費財メーカーの例ですが、企業コミュニティのメンバーは、一般の消費者に比べて9.1倍も自社のコンテンツを知っているというデータがあります。もともとの違いはなくても、企業コミュニティに参加しているうちに関心が高まるようです。

 また、別の事例では、企業コミュニティの参加者は一般の消費者に比べて、ツイッターやフェイスブックなど、外部のソーシャルメディアでその企業や商品について語る数が18倍になりました。

佐々木:参加者からの波及効果が期待できるということですね。情報のハブというか、伝道師のような存在になっていくんだろうね。

 私は、小さなコミュニティ内でほかの人たちに影響を与え、情報の流れの軸となる人たちを「マイクロインフルエンサー」と呼んでいるんですが、それと似ていますね。企業としては、その人たちにどうやって情報を届けるかだと思います。

武田:その人たちにコミュニティに入ってきてもらう。いや、その人たちを自社の企業コミュニティ内で育てるという発想ですね。

佐々木:別のレイヤーのメディアで関心を持ってもらい、自社の企業コミュニティに参加してもらう。そして散らばっていって、いろいろなメディアで発言してもらう。まるで、キリストの十二使徒のような伝道者の世界ですね。

他者のリアルな体験談ほど効果の上がるものはない

武田:ECサイトの事例では、企業コミュニティの参加者は、参加する前と比べて年間の購入総額が1.43倍上がりました。これは1回あたりの購入額の向上よりも、購入回数の増加によるものでした。

佐々木:態度変容するのは参加者だけなんですか?

武田:いいえ。参加はしていないけれど企業コミュニティを外から見ている閲覧者にも影響があります。閲覧をする前とした後でアンケートをとると、45%が購入動機を高めたという事例もあります。他者のリアリティある体験談は読み手の心をも動かすようです。

佐々木:すると、企業コミュニティそのものを2次コンテンツ化して外部のオーディエンスに見せるという方向性も考えられますね。

武田:楽しみな展開です。また、企業側の担当者の態度変容も企業コミュニティの効果として見逃せません。

佐々木:コミュニティを介して消費者と触れ合うなかで、自社のサービスや商品の価値を再認識できる、と。

武田:そうだと思います。『ソーシャルメディア進化論』でも書きましたが、あるカラオケ機器メーカーが企業コミュニティを運営して1年が経ったころ、商品開発の担当者が「私たちのカラオケマシンって、本当にお客様に歌われていたんですね」と涙を浮かべておっしゃったことがあります。

佐々木:カラオケマシンは歌うためにあるのにね(笑)。

武田:業務の分業化、流れ作業化を進めた結果、企業の担当者から消費者が見えなくなってしまっているんでしょうね。自分たちが社会に向けて、どのような喜びを提供していたのかを忘れてしまうこともある。

佐々木:流通が巨大化して、家電メーカーよりも家電流通が強いとう世界が広がり、上流のメーカーと消費者が乖離していく状況が、日本ではここ何十年続いています。

武田:逆に、直営店を持っているメーカーの方は、「いつもお客様と触れ合っていますよ」とおっしゃるかもしれません。ですが、売り場でのコミュニケーションは、あくまでも顧客の顔とサービス提供者の顔との接触です。商品を買って、自宅に持ち帰って使用して、その結果、生活にどのような変化が起こったかまでは知ることができない。

 そこに目を向けて、消費者の本音に浸るというのが、本当のソーシャルリスニングですよね。

佐々木:それは、日本の産業界を正常化する手段になると思う。消費者をまったく見てこなかったから、こんなことになった。特に家電、エレクトロニクス系とかね。でも、今はソーシャルメディアを通して、企業と消費者がお互いに顔の見える関係になっていくチャンスがある。

武田:売上高や会員数といった、別の消費者と置き換え可能な数字としてだけ接するのではなくてということですね。

佐々木:そう考えてくると、ソーシャルメディアの話は単なるマーケティングの話ではなくて、企業のあり方そのものが変わる可能性があるという話につながりますね。企業と消費者がつながることで、お互いが変わる。

武田:そうなれば社会が変わりますね。福沢諭吉は「ソサエティ(Society)」という英語を、「社会」ではなく「人間交際」と翻訳したそうです。ソーシャルを社会と訳せば、硬く動かない固定されたものという印象を与えますが、人間交際と言えば、柔らかく変化する人々の自由な交わりを想像させます。社会は私たちの交際や社交の力で変化させることができるものだという気持ちになってくる。

佐々木:ソーシャルメディアの未来も、なかなか楽しみです。

※次回は、メディア美学者 武邑光裕氏と武田隆氏の対談「日米最新ソーシャルメディア比較」を4月24日(火)に配信予定です。

 


 【編集部からのお知らせ】
大好評ロングセラー! 武田隆著『ソーシャルメディア進化論

定価:1,890円(税込) 四六判・並製・336頁ISBN:978-4-478-01631-2

◆内容紹介
当コラムの筆者、武田隆氏(エイベック研究所 代表取締役)の『ソーシャルメディア進化論』は発売以来ご高評をいただいております。
本書は、花王、ベネッセ、カゴメ、レナウン、ユーキャンはじめ約300社の支援実績を誇るソーシャルメディア・マーケティングの第一人者である武田隆氏が、12年の歳月をかけて確立させた日本発・世界初のマーケティング手法を初公開した話題作です。

「ソーシャルメディア」とは何なのか?」
「ソーシャルメディアで本当に消費者との関係は築けるのか?」
「その関係を収益化することはできるのか?」

――これらの疑問を解決し、ソーシャルメディアの現在と未来の姿を描き出した本書に、ぜひご注目ください。

※こちらから、本書の終章「希望ある世界」の一部を試し読みいただけます(クリックするとPDFが開きます)。

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内容目次
序 章 冒険に旅立つ前に
第1章 見える人と見えない人
第2章 インターネット・クラシックへの旅
第3章 ソーシャルメディアの地図
第4章 企業コミュニティへの招待
第5章 つながることが価値になる・前編
第6章 つながることが価値になる・後編
終 章 希望ある世界