ソーシャルメディア進化論2014
【第39回】 2013年9月17日 武田 隆 [エイベック研究所 代表取締役]

【梅田望夫氏×武田隆氏対談】(前編)
「あちら側」と「こちら側」はまだ遠い?
ベストセラー『ウェブ進化論』著者が
『ソーシャルメディア進化論』著者に訊く!

シリコンバレー在住の梅田望夫氏が2006年に上梓した『ウェブ進化論』は、発売されるや学生から年配のビジネスパーソンまで幅広い読者を獲得し、一大ベストセラーとなった。おもしろいことに、若い読者がまとめ買いをし、上司や親に配るという現象まで起きたという。
あれから7年。「IT業界のドッグイヤー換算でいえば、2006年はもう50年以上前」と言って笑う梅田氏の目には、この間のインターネットの進化はどのように映っているのだろうか?

2006年、啓蒙書としての役割を果たした『ウェブ進化論』

武田 梅田さんが書かれたベストセラー『ウェブ進化論』。あの本に、エイベック研究所はすごく助けられました。というのも、2006年に『ウェブ進化論』が出てから、われわれの仕事がすごくしやすくなったんです。

梅田望夫(うめだ・もちお)
1960年生まれ。慶應義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学修士。コンサルティング会社「ミューズ・アソシエイツ」をシリコンバレーに設立し、日本のIT起業家に対する支援やマネジメント・コンサルティングを行う。2006年には『ウェブ進化論』でパピルス賞を受賞。「観る将棋ファン」を自認し、将棋の普及に関わる活動にも広く携わる。

梅田 仕事がしやすくなった、というのは?

武田 『ウェブ進化論』を読んだ年配の方、とりわけ企業の中で決裁権を持った方が、インターネットの価値や未来に理解を示してくださるようになったんです。

梅田 そうだったんですね。あの本は、当時不思議な売れ方をしたと聞いています。若い人がまとめ買いをしていく。そして、上司や親に配るという現象が起きていたんです。

武田 私も当時のクライアントにたくさんお配りしました(笑)。

梅田 ありがとうございます(笑)。

武田 『ウェブ進化論』を最初に読んだとき、正直、自分が「知っていること」が書いてあると思いました。ところが後になって、インターネットで起こっている実際とその可能性を、IT業界以外にも広めてくれたんだとわかりました。おかげで私たちの活動もしやすくなりました。

 そしてソーシャルメディアが出現し、多くの方が「名前は聞くようになったけど、ソーシャルメディアとはいったい何なんだ?」「私たちにどんな恩恵をもたらしてくれるものなんだ?」と、その正体に興味を持つような時代がやってきました。そこで、私もソーシャルメディアについて、梅田さんと同じ役割を担いたいと思いました。なので、編集者の常盤さんと相談し、『ウェブ進化論』から「進化論」をお借りして、『ソーシャルメディア進化論』としたんです。

梅田 光栄です。あとがきにもその旨、書いてくださっていますよね。

武田 『ソーシャルメディア進化論』は2011年7月に刊行したのですが、それから5年後くらいに「この本の書いてあった世界が本当に出現した」と思ってもらえるような内容を書いたつもりです。佐々木俊尚さん、武邑光裕さん、宮台真司さん、公文俊平さん、松岡正剛さんなどに、本に書いた未来をオーソライズしていただき、また、多くの読者の方々から賛同のメッセージをいただきました。とても嬉しく、私の本も少しはその役割を担えたのではないかと自負しています。

 ところで、『ウェブ進化論』が出たのは2006年なんですよね。なんだか、もっと昔のような気がしますね。

梅田 IT業界のドッグイヤー換算(IT業界の技術革新スピードを表すたとえ)で言うと1年が7年に相当しますから、もう50年以上前ということになります(笑)。『ウェブ進化論』は、2006年当時にネット業界にいた人たちに、自分で書いた本のように共感してもらえたようです。当時は、グーグル創業者たちのビジョンや、ロングテールの問題など、シリコンバレー発のインターネットの世界について、ある程度のコンセンサスがとれた時期でした。そして、当時のネットに触れていた若い人たちは、そういう世界が大好きだった。でも、まわりには理解されていなかった。

武田 そこで、『ウェブ進化論』が啓蒙の役割を果たしてくれたのですね。

20年間変化がなかった「企業」と「インターネット」の関係

梅田 僕はインターネットの登場に大きな刺激を受け、その震源地に身をおきたいという思いから、1994年にシリコンバレーに移住しました。そして、現地のインターネット業界で起こることをずっと見てきました。そして同時にその間、日本企業のコンサルティングをしつづけ、日本企業の方にインターネットの世界を理解してもらうことの難しさを痛感していました。そして、2005年からは株式会社はてなの取締役に就任し、インターネットで新しいことを始めようとしている若い創業者たちと深く接してきた。この3つの経験が絶妙に折り重なって、『ウェブ進化論』という本が生まれたんです。

武田 隆(たけだ・たかし)
エイベック研究所代表取締役。日本大学芸術学部にてメディア美学者武邑光裕氏に師事。1996年、学生ベンチャーとして起業。クライアント企業各社との数年に及ぶ共同実験を経て、ソーシャルメディアをマーケティングに活用する「企業コミュニティ」の理論と手法を独自開発。その理論の中核には「心あたたまる関係と経済効果の融合」がある。システムの完成に合わせ、2000年同研究所を株式会社化。その後、自らの足で2000社の企業を回る。花王、カゴメ、ベネッセなど業界トップの会社から評価を得て、累計300社のマーケティングを支援。ソーシャルメディア構築市場トップシェア(矢野経済研究所調べ)。2011年7月に出版した著書『ソーシャルメディア進化論』は第6刷のロングセラーとなっている。JFN(FM)系列ラジオ番組「マーケの達人」の司会進行役を務める。1974年生まれ。海浜幕張出身。

武田 なんだか、未開の地を旅する旅行記のようですね。インターネットというのは当初、圧倒的に「新しいもの」として登場したのを思い出します。僕はパーソナルコンピュータを、インターネットで使うより前に、マルチメディアの創作活動に使っていたんです。音楽や映像をつくっていました。やっているうちにマルチメディアというのは、音も映像も色もすべて0と1のデータとして取り込み、一度フラットにすることで、お互いが自由につながり合う機会をつくることだと理解するようになりました。

梅田 デジタルに変換し、等価のデータにするということですからね。

武田 でもこの感覚って、当時、伝統芸術の教授などにお話ししても、理解されないどころか、ちょっと嫌な空気になりました(笑)。

梅田 そうでしょう。マルチメディア、そして次に現れたインターネットは、世の中のエスタブリッシュメントからは、新しく得体の知れないものとして扱われていましたから。

武田 新しいから理解されないのは当たり前だし、それでよし、としていた人もいました。でも私たちはインターネットで新しいビジネスを興そうとしていたので、それでは立ちゆかない。なんとかして、世の中とインターネットをつなげたいけれど、日本ではなかなかその間に橋がかからない。そうしているうちに、グーグルが勢力を増して『ウェブ進化論』でいうところの、インターネットの「あちら側」の世界がどんどん発展していきました。

梅田 すごい乖離がありましたよね。乖離というのは、世代間や、インターネットの「あちら」と「こちら」など、いろいろなところで起こっていたのですが、「企業」と「インターネット」の間にも大きな乖離がありました。この2つの親和性はものすごく低いんです。距離が開きすぎている。

武田 私たちの事業はまさにそこを扱っています。十数年、本当にそう感じてきました。企業は、ステークホルダーと貨幣経済においてコミットしているので、お金に換算できないかぎり、新しいものを受け入れることはできません。一方で、インターネットは、個人と個人が主体的に双方向でつながり合い、創造的なパートナーシップを編み込んでいくという、贈与贈答のコミュニケーションが求められる場です。貨幣による交換取引と贈与贈答という、対極のコミュニケーションをベースとしている両者が乖離してしまうのは、当然と言えます。

梅田 1990年代は企業も、積極的にインターネットを取り込もうとしました。でも、2000年のITバブルの崩壊でその勢いが止まった一方、インターネットサービスはコンシューマの世界で爆発的に進化し、そのことを多くの人が実感した。しかし企業とインターネットの関係は、1994~1995年ごろと比べても、それほど大きな変化がなく今に至っています。

武田 わかります。

梅田 僕はシリコンバレー発の企業が、コンシューマ向けのグローバルなプラットフォームで、ひとつのアイデアやひとつの技術で、一気に世界を覆い尽くしていくという挑戦をずっと見てきました。新しい技術が誕生すると、人々は嵐に巻き込まれたようになり、爆発的に世界中に拡散していく。そして、あっという間に新しい世界に連れていかれる。そういうことを、グーグルもアップルもフェイスブックも実現したわけです。

武田 それこそシリコンバレーの醍醐味。初期のモザイクやネットスケープもですよね。

梅田 そうです。その激動を体感してきた私としては、武田さんが取り組まれている企業コミュニティ創造と、シリコンバレー発のプラットフォーム創造というのは、コンテクストがぜんぜん違うと感じるわけです。武田さんの営みは、たいへんな手間ひまがかかり、着実だけれど亀のように歩みがゆっくりしている……(笑)。

「インターネットで戦争がなくなる」と信じていたあの頃

梅田 武田さんは『ソーシャルメディア進化論』の第2章で「インターネット・クラシックの旅」と題し、インターネットの歴史をカウンターカルチャーという土台も含め、愛情深く紹介していますよね。シリコンバレーのカリフォルニア・イデオロギー的な思想に、深く共感していらっしゃる。

 それなのになぜ、インターネットらしいコンシューマ向けのプラットフォームではなく、わざわざ親和性の低い企業を相手にして、そこにひとつひとつユーザーコミュニティをつくっていくといった、シリコンバレーの対極のような世界にどっぷりと身をおいてこられたんですか?

武田 それには、私が学生ベンチャーとして起業したこと、初期のインターネットの世界に大きな衝撃を受けたことが関係していると思います。私は1996年にウェブ制作を始めたのですが、当時、名だたる大企業がわれわれ学生に発注してくださったんですよ。なぜなら、その当時はウェブサイトをつくれる人がほとんどいなかったから。はじめから私たちは、企業のインターネットの世界にいたんです。私たちには、日本のインターネットを、双方向性を持ったサイトデザインによって支えていくんだという自負がありました。そして、初期のインターネットというのは、もっと世界が小さかったんですよね。

梅田 何が起こっているか、全部見られましたよね。

武田 どこの国で、どんなサイトができたのか、世界中をすべて把握できるくらいでした。そして、インターネットはオープンソースで、ウェブサイトの内部プログラムも全部公開されていましたから、各国で新しいサイトが生まれると、それらの内部をくまなく見て学習し、ウェブをつくる。僕たちのサイトも多くの方に見てもらいました。世界中が、インターネットというプロジェクトを成功させようという熱気にあふれていたんです。ネットワークが地球上を皮膜のように包んでいって、このままいくと戦争がなくなるかもしれないと、本気で思っていました。

梅田 そうでしたねえ。初期のインターネットに触れていた人は、多かれ少なかれそう感じたのではないでしょうか。

武田 それが1998年くらいになると、広告代理店など大手の資本がインターネットに流れてきて、ウェブサイトはテレビCMのおまけの費用でつくられるようになりました。本当に営業の方は「(CMを発注してくれたら)ウェブサイトもつけますよ」とおっしゃっていましたから(笑)。インターネットの本質に言及する人はわずかになり、むしろ既存のビジネスにインターネットをどのように付け加えるかというテーマが主流になっていきました。

梅田 ECサイトなども現れてきましたね。そこで、どうしたんですか?

武田 その大きな潮流のなかで、「日本のインターネットは僕たちが引っ張っていく!」なんて思っていた小さなウェブ制作の学生集団の立ち位置は、数年で大きく転換してしまった。あっという間の出来事でした。かけられていた期待も、自負も、失われていく。

対極の世界に身を置きながら、インターネット黎明期を体感してきた2人。当時から今までの変遷について議論が白熱した。

 そこで思ったんです。今さら、お金儲けのためだけに上場なんかしたくない。インターネットらしいことをできないのであれば、解散しよう。でも、このまま解散するならわれわれも、モザイクやネットスケープを開発したマーク・アンドリーセンのように、インターネットに価値ある何かを日本から提供して終わりたい。お世話になったインターネットへの恩返しをして、世界の人から拍手をもらいたい、と。まあ、若かったですから(笑)。

梅田 それで、何をつくったんですか?

武田 「Beach(ビーチ)」というコミュニケーションツールのソフトウェアをつくり始めました。

この対談の中編は、10月1日(火)に配信予定です。


【編集部からのお知らせ】
大好評ロングセラー!武田隆著『ソーシャルメディア進化論

定価:1,890円(税込) 四六判・並製・336頁ISBN:978-4-478-01631-2

◆内容紹介
当コラムの筆者、武田隆氏(エイベック研究所 代表取締役)の『ソーシャルメディア進化論』は発売以来ご高評をいただいております。
本書は、花王、ベネッセ、カゴメ、レナウン、ユーキャンはじめ約300社の支援実績を誇るソーシャルメディア・マーケティングの第一人者である武田隆氏が、12年の歳月をかけて確立させた日本発・世界初のマーケティング手法を初公開した話題作です。

「ソーシャルメディアとは何なのか?」
「ソーシャルメディアで本当に消費者との関係は築けるのか?」
「その関係を収益化することはできるのか?」

――これらの疑問を解決し、ソーシャルメディアの現在と未来の姿を描き出した本書に、ぜひご注目ください。

※こちらから、本書の終章「希望ある世界」の一部を試し読みいただけます(クリックするとPDFが開きます)。

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内容目次
序 章 冒険に旅立つ前に
第1章 見える人と見えない人
第2章 インターネット・クラシックへの旅
第3章 ソーシャルメディアの地図
第4章 企業コミュニティへの招待
第5章 つながることが価値になる・前編
第6章 つながることが価値になる・後編
終 章 希望ある世界