【梅田望夫氏×武田隆氏対談】(後編)
2015年ソーシャルメディアの真価が問われる!?
ベストセラー『ウェブ進化論』著者が『ソーシャルメディア進化論』著者に訊く!
武田隆氏率いるエイベック研究所がオンラインコミュニティの開発に着手したのが1998年。SNSの雄・フェイスブックが産声を上げたのが2004年。この間、企業と消費者をつなぐコミュニケーションのかたちは大きく変容してきた。ではこの先はどうだろう?梅田望夫氏とともに、ソーシャルメディアの真価が問われるような変化が到来するであろう近未来に目を向けてみよう。
「あなたじゃなくてもいい」と言い合う、企業と顧客
1960年生まれ。慶應義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学修士。コンサルティング会社「ミューズ・アソシエイツ」をシリコンバレーに設立し、日本のIT起業家に対する支援やマネジメント・コンサルティングを行う。2006年には『ウェブ進化論』でパピルス賞を受賞。「観る将棋ファン」を自認し、将棋の普及に関わる活動にも広く携わる。
梅田 武田さんがオンラインコミュニティの研究・開発を始めたのは1998年。グーグルが創業した年でした。そこから2000年代半ばまでは、グーグルが興隆したオープンインターネットの時代でした。そんななか、クローズドな企業コミュニティの開発・運用にずっと取り組んできたというのは、時代の変化と違う動きでした。それは、あえてそうしていたのでしょうか?
武田 あえて、という意識はなかったと思います。2000年にとりあえずシステムが完成したときは、そもそも、オンラインコミュニティというものに取り組んでいる企業がほとんどなかったので、他を意識することもなかったというか……。完成したといってもα版だったので、その改善に集中せざるをえなかった。時代を意識する暇がなかったんですね。あと、とにかく途中から「もう止められない」とやけくそになっていったので……(笑)。
梅田 SNSの勃興よりも、だいぶ前に始められていますもんね。フェイスブックの創業が2004年ですから。やっぱりフェイスブックは脅威だった?
武田 フェイスブックは私たちにとって初めてのSNSではありませんでした。フェイスブックが出たころにはSNSのネットワーク構造は把握できていたので、脅威は感じませんでした。逆に、SNSの利用者が増えれば私たちのビジネスもやりやすくなるなと思いましたし、実際そうなりました。
怖かったのは、フェイスブック以前に、グーグルが2003年に「orkut(オルカット)」というSNSを実験的に開設したときですね。あれは衝撃でした。初めて触れたSNSがorkutだったので、私たちのつくっているコミュニティと同じようなものを感じ、天下のグーグルと同じことを考えていたんだ! という嬉しさがありましたが、同時に、1998年ごろに押し寄せたインターネットの潮流にあっけなく飲み込まれてしまったときの寂しさを思い出し、orkutと自分たちのコミュニティの違いもよくわからないまま、グーグルに先にやられてしまったという恐怖で……。orkutを見た日は、お酒を飲んだわけでもないのに、会社からどうやって帰ったのか覚えていないです。
梅田 orkutはやはり、大きな脅威だと感じたんですね。
武田 はい。でも、落ち着いてよく考えてみたら、orkutがフェイスブックと同じように、人と人をネットワークで結んでいくのに対し、私たちのシステムは「部屋」でつないでいくというコンセプトだったので、違いがあることに気づいたんです。そこからSNSを徹底的に分析しました。
梅田 エイベック研究所ではこれまで、それぞれの企業コミュニティが活性し、よりすばらしいものになるように、モデレーターをひとりずつつけてサポートしてきましたよね。それは当初の、コンシューマ向けにシステムを開放するという方向から変わってきたわけですね。
武田 そうせざるをえなかったというのが正直なところです。構想段階では、プラットフォームをつくれば、みんな会話したいはずだし、企業も顧客もつながり合いたいだろうし、勝手にどんどん使われると思っていたんです。それこそSNSみたいに。でも現実はまったくそうではなくて(笑)。
企業コミュニティには、船頭が必要だった
梅田 いわゆるコンシューマ向けのSNSというのは、プラットフォームの運営側が手をかけるという概念すらなく、自律的にわーっと広がっていくものです。だから、フェイスブックは今や10億人以上の利用者がいる。しかし、企業コミュニティはそうはいかないでしょう。
エイベック研究所代表取締役。日本大学芸術学部にてメディア美学者武邑光裕氏に師事。1996年、学生ベンチャーとして起業。クライアント企業各社との数年に及ぶ共同実験を経て、ソーシャルメディアをマーケティングに活用する「企業コミュニティ」の理論と手法を独自開発。その理論の中核には「心あたたまる関係と経済効果の融合」がある。システムの完成に合わせ、2000年同研究所を株式会社化。その後、自らの足で2000社の企業を回る。花王、カゴメ、ベネッセなど業界トップの会社から評価を得て、累計300社のマーケティングを支援。ソーシャルメディア構築市場トップシェア(矢野経済研究所調べ)。2011年7月に出版した著書『ソーシャルメディア進化論』は第6刷のロングセラーとなっている。JFN(FM)系列ラジオ番組「マーケの達人」の司会進行役を務める。1974年生まれ。海浜幕張出身。
武田 はい、いかないですね。茶室をコンセプトにしているだけに、その部屋にはやはり切り盛りする主(あるじ)というか、先導役が必要でした。また、密にエンゲージメントを高めていくためには、コミュニケーションの量だけではなく、質を求めないわけにはいかない。ITのシステムを作ったはずなのに、「小さじ3杯」の人的なノウハウが重要なモデルになっていきました。葛藤もありましたが、活性しないと会社が潰れちゃうので、選択肢はなかったです。
梅田 企業が顧客のコミュニティを活性させるためには、それなりの人的リソースを投じなければいけなかったということですね。
2003年くらいから、アメリカでブログブームが始まって、先進的な企業の中には、企業名や製品名を冠したブログでファンを育てていく試みをしたところもありました。フェイスブックが登場してからはフェイスブックグループに顧客を集め、コミュニティをつくろうとしたところもあります。そういった動きを、武田さんはどう見ていたんですか?
武田 難しいだろうと思いましたね。ブログやフェイスブックによって、企業が情報発信しやすくなったのは大きいですが、私たちがつくっている企業コミュニティのコンペティター(競合)だとは思わなかったです。
梅田 それは、なぜでしょうか。
武田 そのころには、コミュニティで育まれる企業と顧客の関係が、かなり密になってきていて、それはオープンな空間の中では生み出せないものだと経験的に知っていたからです。
ブログやフェイスブックのようなSNSは「個」を起点にネットワークが扇状になりますが、企業コミュニティは部屋でつながるため、場の「和」がありきとなって、ネットワークが円状になります。なので、ネットワークモデルが異なるんです。結局、企業と顧客が扇状モデルでエンゲージメントを育むのは難しい。そうではなくて、企業と顧客が和になって場を共に創るという関係で結ばれると、一気に両者の距離は近づきます。
梅田 なるほど。
武田 ツイッターやフェイスブックによって、ソーシャルメディアの認知度や利用者数は格段に上がりました。でもSNSというのは、ソーシャルメディアの一部です。
おそらくこれから、「ユーザーイノベーション」や「コ・クリエーション」といった概念が、マーケティングの舞台でもキーワードになってくると思います。それらがより具体的に、かつ、解像度が高いかたちで求められるようになったとき、「ソーシャルメディア」の真価が問われるのだと思います。
エイベック研究所は、国際調査(本連載第13回コラム参照)や300社のクライアントを通じて、その世界が来るまでに、あと2年と予測しています。
梅田 2015年ですね。それと今のフェイスブック的なSNSの世界との関係は?
インターネットらしいビジネスモデル、とは
武田 フェイスブック的なSNSは今後も存続し、さらに発展すると思います。でも、共同創作(コ・クリエーション)の時代になると、それだけではしんどくなると思います。
梅田 ほう。
武田 マーシャル・マクルーハンは、新しいメディアが生まれたとき、それは必ず旧来のメディアの役割を担わされると言いました。そして、新しいメディアが本来の価値を見つけたとき、旧来のメディアも同じく自分たちの特徴を思い返す、と。これになぞらえて言うと、インターネットのビジネスモデルは旧来のマスメディアの役割から抜けきっていないというのが、私たちの見解です。
梅田 真にインターネット的ではないということ?
武田 はい。インターネットの本質を突き詰めると、それは双方向なメディアであるということに行き着きます。そうすると当然、「インターネットらしいビジネスモデル」というのも、双方向であるべきなんじゃないか、と。企業とつながることで、ユーザーも経済とつながることができるんじゃないかと考えました(本連載第23回公文俊平氏との対談参照)。
梅田 インターネットを、経済とつなげようとしている?
武田 はい。これまでインターネットは、旧来メディアのやり方を踏襲し、物販や広告の代替として、経済とつながってきた。なので、旧来のやり方ではない方法、すなわち企業が顧客と双方向につながれるコミュニケーションモデルとシステムがつくれれば、マスメディアさえも顧客と双方向になり、インターネットと融合することができる。
1991年にノーベル経済学賞に輝いたロナルド・コースの理論に見られる「企業は関係者がつながり合う場所」という考え方のように、企業と顧客が共同創作をすることで、個の力を社会につなげていくことができるのではないかと思っています。実際、企業コミュニティで行ったオンライン・グループインタビューに参加したモニターのうち、96%が「また参加したい」と感じていて、「社会とつながっていることが確認できた」ことがその気持ちを引き出していることがわかっています。
梅田 大きな組織や巨額の資金を持っている人しかできなかったことを、個人でもできるようにしようという思想が、インターネットのムーブメントの根底にありますよね。それとはまた違うのでしょうか?
武田 これまでのインターネットは、旧来のものを敵対視することでアイデンティティをつくってきたと思うんです。その根拠には、個のエンパワーメントで、トップダウンからボトムアップに変えていこうという想いがあった。でも古いものと戦って、これまで当たり前だったものを、インターネット的なものが壊していくというシナリオは、今はもう子どもっぽいなって思うんです。
梅田 その時期は過ぎた、と?
武田 はい。インターネットもそろそろ幼年期から青年期に入っていくんじゃないか。喧嘩も楽しいけど、敵だった相手と手を組みながら、一緒に未来のほうを向いていくモデルを考えてもいいんじゃないかと思うんです。
2015年に始まる、17年越しの勝負
梅田 システムやビジネスをスケールさせるための戦略は?コミュニティごとに熟練のモデレーターが必要ということだと、なかなか一気に拡がらないですよね?
武田 はい。難しいところです……。今は、人に宿ったノウハウを可能なかぎり形式知化して、コンサルタントを増やすことで拡大しています。
梅田 それ以外にスケールの戦略は考えていらっしゃいますか?
武田 じつは、これまでに集まった膨大なコミュニティの行動データから、ファン化のメカニズムが少しずつ解明され始めています。これをもとにアルゴリズムをつくって、大企業のみならず、小さなNPOのような組織にもファンコミュニティが運営できるサービスの開発を計画しています。アルゴリズムは、エイベック研究所が市場の波が来ると予測している2015年を目処にひとまずの完成をさせるつもりです。
梅田 2015年が楽しみですね。ファン化のメカニズムというのは、これまでにどんなことがわかっているのでしょうか?
武田 そこは企業秘密で……(笑)。ざっくり言うと、ファンに至るプロセスには、段階があることがわかっていて、その段階も、コミュニティへの関与のしかたによって分かれます。それぞれがそれぞれにどのように影響しているかということも見えてきています。
梅田 いちばん関与している層というのは、どんな人たちで構成されているのですか?職業や年齢など、何か共通していることがあるのでしょうか。
武田 プロフィールは、コミュニティのテーマによってバラバラですね。強いて言えば、同窓会の幹事をするような人でしょうか。見返りを求めず、寂しがり屋で、コミュニティに参加者が増えると我が事のように喜ぶ。そんな人たちです。そういった資質をもともと持っている人もいますし、何かのきっかけでそういう人物に育っていくというケースもあります。
梅田 育っていくというのは重要ですね。潜在的な傾向を持っている人を探すだけだと、日本にどのくらいいるのだろうと考えて、頭打ちになってしまいそうですが、そういう人を育てるプロセスも、ひとつのノウハウとして確立すれば、スケールするイメージがわきます。
武田 梅田さんにそう言っていただけると、勇気がわいてきます。
梅田 ところで、武田さんは、一生この仕事をやっていきたいと思っていますか?
武田 はい。もう引っ込みがつかないというか……(笑)。創業して10年を超えたあたりから、自分の人生、もうこれでいいやと思うようになりました。組織も事業もメディアも、へたをすると自分の寿命を超えるかもしれないし、そうなったらいいな、と。日本のCI(コーポレート・アイデンティティ)の先駆者、小田島孝司さんに「それはジェネラティビティだよ」と教えてもらいました(本連載第31回小田嶋孝司氏との対談参照)。
梅田 人生と仕事とサービスが一体化しているんですね。2015年に第2幕が上がるとしたら、17年越しの勝負になるわけですね。このまま邁進してください。期待しています。
※次回は、慶應義塾大学 熊坂賢次氏との対談を10月29日(火)に配信予定です。
【編集部からのお知らせ】
大好評ロングセラー!武田隆著『ソーシャルメディア進化論』
◆内容紹介
当コラムの筆者、武田隆氏(エイベック研究所 代表取締役)の『ソーシャルメディア進化論』は発売以来ご高評をいただいております。
本書は、花王、ベネッセ、カゴメ、レナウン、ユーキャンはじめ約300社の支援実績を誇るソーシャルメディア・マーケティングの第一人者である武田隆氏が、12年の歳月をかけて確立させた日本発・世界初のマーケティング手法を初公開した話題作です。
「ソーシャルメディアとは何なのか?」
「ソーシャルメディアで本当に消費者との関係は築けるのか?」
「その関係を収益化することはできるのか?」
――これらの疑問を解決し、ソーシャルメディアの現在と未来の姿を描き出した本書に、ぜひご注目ください。
※こちらから、本書の終章「希望ある世界」の一部を試し読みいただけます(クリックするとPDFが開きます)。
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序 章 冒険に旅立つ前に
第1章 見える人と見えない人
第2章 インターネット・クラシックへの旅
第3章 ソーシャルメディアの地図
第4章 企業コミュニティへの招待
第5章 つながることが価値になる・前編
第6章 つながることが価値になる・後編
終 章 希望ある世界