メディアアートを切り拓く仲間として
石井:江渡さんと初めて会ったのは、たしか2001年の日本科学未来館。ボールの流れでインターネットの仕組みを再現する「インターネット物理モデル」を制作されていたころのことですね。同じメディアアートの分野の逸材として注目していました。
江渡:13年前ですね。私を含む5人がヘッドになって、総勢、50人ぐらいで全体の設計・制作を行いました。パケット通信の仕組みを伝えることを目的にしたメディアアートです。その後に仮想生物の創作・共有環境「Modulobe」などを発表しました。
石井:「Modulobe」は一種の人工生命体?
江渡:というより、創造性の連鎖がテーマです。ある人が作ったものに、他の人がインスパイアされて、新しい種類のクリエイティビティが発揮される。
そのための環境を整えることが大切だと考えていました。アプリを配布して、ユーザーがモデルをつくって投稿できるようにしました。どういうアプリを設計するかによって、人々の創作意欲や創造性を発揮する土台が変わっていくことに関心がありました。
石井:どういう工夫で人々は触発されたんですか。
江渡:このときの工夫は、モデル一つひとつにユニークなIDを埋めこんだことですね。それがコピー&ペーストされて新しいモデルができたとき、樹形図ができる。
石井:知的触発の連鎖をテーマとした作品は、安斎さん&中村さんの「連画」など、いろいろなアーティストが探求していますね。 私としては、カール・シムズが創り上げた人工生命の進化のアルゴリズムのような、より原理的かつ普遍的なメタなエンジンの探求まで行って欲しいところですね(笑)。
江渡:そこまではないですね。
石井:「Modulobe」はもう終わっちゃったの? それはもったいないですね。海賊的な形でもいいから、長期間継続されていくと、そこからまた新しいものが生まれるかもしれない。その後ですね、「ニコニコ学会β」を始められたのは。これはどういう狙いなんでしょうか。
「ニコニコ学会β」が目指すもの
江渡:僕は創造性の過程がどのように生まれるかに興味があって、2009年にはWikiが誕生した歴史的な経緯を調べて『パターン、Wiki、XP~時を超えた創造の原則 』という本を出しました。「ニコニコ学会β」を始めたのは2011年からです。
もともとの発想は、イノベーションがどのように起こるのか、ソニーのウォークマンのようなイノベイティブな製品がなぜ日本から生まれなくなったのか、それを問うてみたいということだったんですが、そのとっかかりとして、学会における研究論文の評価基準ということを考えました。
いま学会論文の評価基準は、新規性、有用性、信頼性という3つのポイントに置かれています。ただ、新規性の判定は難しく、最終的には査読者の主観に委ねられることになります。特に新しい分野が生まれる瞬間には、その有用性の判断はますます困難になります。
例えば、ティム・バーナーズ=リーがWorld Wide Webを開発し、この内容を当時のハイパーテキストに関する学会に投稿したところ、却下されてしまったということがありました。
単にインターネットとハイパーテキストをつなげただけのもので「新規性」に乏しいという判断だったようです。しかし、その後Webの影響がどのように広がったかは言うまでもないことです。
このような従来のアカデミアの評価基準にとらわれずに研究している人に僕は注目したいと思いました。そのとき出会ったのが「ニコニコ動画」です。ここには、自分でさまざまな実験をして、その結果を投稿している人がいる。
内容はたいしたことのないものもあるけれど、それでも自分が好きなもの、大切にしているもの、自分にとっての新しさをひたすら追求している。それって面白いなと。
そういう人が集う場をつくり、そこにプロの研究者も加わって、お互いに研究発表しあうことで、お互いの知見を交換し、高め合えるような、そんな学会をつくろうと思ったんですね。
石井:なぜ「ニコニコ動画」だったんですか。なぜ日本語でやられたんですか。これからのイノベーションはそれがグローバルな広がりをもつかどうかが重要な試金石になると思うんです。日本に閉じた形でやると、その存在意義が薄れてしまうように思うんですが。
江渡:以前、石井先生とお話したときも同様の指摘を受けましたが、僕は明解な答えを持っています。「ニコニコ学会β」は一種の孵卵器、インキュベーターなんです。グローバルな状況では生き残れないようなかすかなアイデアを生き延びることができるようにする、そのためにこそローカルでやる意味がある、と。
石井:う~ん。最初からYouTubeで、しかも英語でやればいいんじゃないかと僕は思いますが……。ともあれ、それからどうなりましたか。
なぜ日本語で? なぜニコニコ動画で?
江渡:ニコニコ生放送に特化した「ニコファーレ」というスタジオがあり、「ニコニコ学会β」のシンポジウムはここで毎年行われるようになりました。
普段は音楽のライブイベントに使われる会場ですが、壁が全部LEDで覆われていて、シンポジウムや発表をネットで見ている視聴者のコメントがそこに流れます。バーチャルな形で放送しているはずなのに、コメントをナマで受け取ることができる。そのインパクトは発表者にも感動を与えます。
発表内容にもこれまでにない、新しさがあるように思います。例えば、第2回のシンポジウムで発表された「スケルトニクス」という動作拡大型スーツ。沖縄高専の学生チームが開発したものですが、いっさい動力は使っていない。ふつうロボットというモーターや電力が必須ですが、これは純粋にメカニカル。
ロボットはこうあるべきだという常識にとらわれず、純粋にこれを作りたいというパッションだけで作った。ここに僕は、これからの日本が進むべきイノベーションの方向性の一つがあるんじゃないかと思っています。
石井:既成概念にとらわれないということはよいことだし、僕も江渡さんもそれをしてきたと思う。ただ、どうしても「なぜ、ニコニコ動画なの」という疑問はぬぐえない。
日本のアカデミアの現状を打破するために、一種のステッピングストーン(飛び石)として「ニコニコ学会β」を始めた。それは素晴らしいけれど、それが日本特有の形のままに進化すると、一種のガラパゴス化になってしまわないか、それを僕は危惧しますね。
発明として面白いモノは僕も好きなんだけれど、こういう発明を1000個つなげただけでは、パラダイムは変わらないのではないか。間違っても、コンフォタブル(居心地のよい)なジャパンにとどまっていてはだめだと思います。国際的な舞台で、徹底的に他流試合をしかけることが必要だと思うんです。
いま日本の産業界はイノベーションという意味では沈滞していますよね。さらに原発事故があったりして、それをきっかけに文化社会的な危機も露呈している。沈没しつつある日本を引き上げるだけのインパクトを持つモデルはどこにあるのか。それを設計するアーキテクト、 実現すべきアーキテクチャはどこにあるのか。
エンジニア向けに言い直すとすれば、日本のエンジニアたちはこれからどういうところに命を燃やし、人の役に立ち、世の中をよくしていこうとするのか。そこがよく見えてこないんですね。
アーキテクトが生まれる土壌に注目
江渡:アーキテクトが必要だという先生の話はよくわかりますが、アーキテクトがどういう土壌や条件から生まれるか、に僕は注目したいと思うんです。私たちの学会では「野生の研究者」という言い方をしますが、野生的つまり人間の知的欲求にどこまでも忠実であることも、その条件の一つです。
例えば、アフリカのモーリタニアで「サバクトビバッタ」を研究している前野ウルド浩太郎という研究者がいます。このバッタの群が植物を食い尽くすと農業に大きな被害をもたらします。
飢饉を予防する上でも重要な研究なんですが、前野さんはなによりバッタが好き。「自分はバッタを研究するために生まれてきた」と公言するような人です。自分がいま何を研究すべきかを知っていて、研究者としての能力も高い。
現在は、京大の次世代研究者育成支援事業でモーリタニアの研究所に行っています。こういうタイプの研究者に、最大限の自由度を与えられること。それが増えないと、イノベーションの前提条件が変わらないという気がしてならないのです。
石井:今の話はわかります。自分が情熱を注ぎこめるテーマを見つける。それが自分の天職だと思って取り組む。そういう研究者やアーティストが次々に現れることは嬉しいことです。
ただ、やはり、もう一方で、スケーラビリティのあるアーキテクチャが必要です。バッタが食物を食い尽くす、という現象を、どういうふうに社会変革の知につなげて行くかが鍵になる。自然科学の研究者が、社会のことに無関心であることには、僕はあまり共感できないんですよ。
重要なのは、問題をよりクリティカルに捉えること。深く洞察し、本質的に考えること。好きなことをがんばる人も大切だけれど、今必要なのは、自分の研究を通して得た知見を、社会的文脈の中で再翻訳し、世界にインパクトを起こせるような戦略を、システィマティックに考えることができる知性だろうと思います。
江渡さんも、デジタルメディアのコンペティション「アルス・エレクトロニカ」で何度も受賞されているけれど、2014年のアルスでゴールデン・ニカ(最優秀賞)を獲った西條剛央さんがいますよね。彼は構造構成主義という哲学をエンジンとして、システィマティックに世界の直面する課題を捉えることができる人だと思いました。
瞬間芸ではなく、より深いアーキテクチャを
江渡:西條さんの仕事には僕も注目していますよ。構造構成主義の方法論を適用することで、東日本大震災の大川小学校の悲劇を科学的に分析していますよね。素晴らしいことです。僕も違ったアプローチから世界を変えるための方法論を模索しています。
研究者といわれている人たちだけでなくて、一般の人も新しいイノベーションを起こすことができることを検証する場として「ニコニコ学会β」を起ち上げました。ユーザー参加型研究を実現するための土台は何か、それを示すための方法論は何かを今まとめようとしています。
それが最終的には社会に対するアウトプット、資産になると考えています。
石井:研究というのは、どこかの段階で、抽象化(アブストラクション)、原理原則化(プリンシプル)、一般化(ジェネライゼーション)、そしてグローバル化していく作業が求められます。そうすることで、他の人もその研究成果や方法論を自分の分野の問題解決に応用することができるようになる。
これまで僕が影響を受けた方法論という意味では、例えばニコラス・ネグロポンテの「ビットとアトム」という概念がある。ヘーゲルの弁証法の哲学の中の「アウフヘーベン」、あるいはドーキンスの「ミーム」という概念もパワフルです。
こうした概念は、メタフォリカル(比喩的)であるがゆえに、多くの人の思考をクリスタライズ(結晶化)することができます。西條さんの構造構成主義も、たんなる手段ではなく、哲学であり、指針であり、それをテストベットにして思考を磨くことができるものだと思います。
僕が求めているのは、「こんなものを作りました」という瞬間芸ではないもの。ウルトラマンのようにシュワッチ!とやれば一瞬だけ受けるけれど、すぐにみんな忘れてしまう。そういう一過性のものではなく、オントロジカル(存在論的な)なアーキテクチャなんです。
江渡さんが追求している、集合知の研究にこそそういうアーキテクチャが必要なのではないか。集合知(コレクティブ・インテリジェンス)とは、一人では解決できない、グローバルで社会的な課題にどういうふうに人間の知性を集合させるかということ、なのですから。
江渡:今回も石井先生からは厳しいご指摘を受けました。それを踏まえて、「ニコニコ学会β」をより高次のレベルに引き上げるようこれからも頑張っていきます。
対談者者プロフィール
江渡 浩一郎氏
独立行政法人 産業技術総合研究所 主任研究員
1997年慶應義塾大学大学政策・メディア研究科を修了。大学から大学院における専門はメディアアートで、在学中よりメディアアーティストとして作品を発表してきた。2010年東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程を修了。博士(情報理工学)。専門はメディアアート、集合知、共創プラットフォーム。2011年からユーザー参加型のイノベーション創発のプラットフォームとして「ニコニコ学会β」を起ち上げ、現在は実行委員会委員長を務める。
マサチューセッツ工科大学(MIT)
メディアラボ教授 石井 裕氏
1956年生まれ。北海道大学大学院修士課程修了。NTTヒューマンインターフェース研究所を経て、95年マサチューセッツ工科大学準教授。メディアラボ日本人初のファカルティ・メンバー。現在MITメディアラボ副所長。2006年、国際学会のCHI(コンピュータ・ヒューマン・インターフェース)より、長年に渡る功績と研究の世界的な影響力が評価されCHIアカデミーを受賞。2012年には内閣府から「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」の一人に選ばれた。
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