「イスラム国」指導者に迫る
1月6日 18時20分
イラクとシリアの北部を中心に支配を続けるイスラム過激派組織「イスラム国」。
国際社会にとって大きな脅威となっているこの組織の指導者、アブバクル・バグダディ容疑者とはどのような人物なのか?
取材を進めると、2003年のイラク戦争の開戦後、アメリカ軍によって一時拘束されて入れられた収容所の中で過激な思想に染まり、後に「イスラム国」の幹部となる人物たちと関係を築いた可能性があることが分かってきました。
「謎の指導者」とされるバグダディ容疑者について、ドバイ支局の別府正一郎記者が解説します。
謎に包まれた「イスラム国」の指導者
イスラム過激派組織「イスラム国」は、シリアの内戦の混乱に乗じて勢力を拡大し、去年6月イラク北部の主要都市モスルを制圧すると、シリアとイラクにまたがる広い地域を支配し一方的に国家を樹立したと宣言しました。
この組織を率いている指導者がアブバクル・バグダディ容疑者。
モスル陥落の数週間後、バグダディ容疑者とされる人物がモスルのモスクで説教を行い、世界中のイスラム教徒に対して服従を求める映像がインターネット上に公開され、その存在が内外で注目されるようになりました。
しかし、日本円で10億円以上の懸賞金を懸けて行方を追うアメリカ政府の資料で、1971年にイラク中部のサマラで生まれたとされているものの、これら以外の詳しいことは明らかになっておらず多くの謎に包まれたままです。
「米軍に拘束された経験」との証言
バグダディ容疑者について、イラクの有力な政治家の1人、ハシミ元副大統領が、NHKのインタビューに応じ、「2003年のイラク戦争の開戦前まで、当時のフセイン政権の支配政党、バース党のメンバーだったとみられる」と証言しました。
また、ハシミ元副大統領は「バグダディ容疑者がイラク戦争の開戦後、アメリカ軍を攻撃する武装勢力に参加して、イラク南部の収容所に拘束された経験があるという情報を得ている」と明らかにしました。
ハシミ氏は、2006年から2011年までイラクの副大統領を務め、イラクで少数派のイスラム教スンニ派を代表する政治家です。
「イスラム国」はスンニ派の組織であり、スンニ派の人脈からこうした情報を得ていることがうかがえました。
武装勢力・イスラム過激派収容の「キャンプ・ブッカ」
バグダディ容疑者がかつて収容されていたという場所に向かいました。
イラク南部の主要都市バスラから車でおよそ2時間。
すぐ近くが隣国クウェートとの国境にあたる砂漠地帯には、2003年のイラク戦争の開戦後から2009年に閉鎖されるまで、アメリカ軍が運営した収容所「キャンプ・ブッカ」がありました。
現在は、民間企業の倉庫やイラク軍の施設となっていて、当時の門や見張り塔が残っていました。
開戦後、アメリカの占領下に置かれたイラクでは、旧フセイン政権を支持する武装勢力の攻撃や、イラクに侵入した外国のイスラム過激派によるテロが相次ぐようになって、治安が極度に悪化しました。
占領統治が混迷を極めるなか、アメリカ軍は、武装勢力や過激派のメンバーと疑われた人物を次々に拘束しては「キャンプ・ブッカ」に送り、2007年には、収容者の数が4万人近くに上ったということです。
「過激派の思想に染まった」との証言
この収容所で、アメリカ軍のもとで監視人を務めていたイラク司法省の職員が、NHKのインタビューに応じ、バグダディ容疑者が2006年にこの収容所に入れられていたことを明らかにしたうえで、「当初は過激な人物ではなかったが、ほかの収容者の影響を受けて過激な思想に染まった」と証言しました。
もともとイラクの旧フセイン政権のバース党は、西洋的な近代化を目指す世俗的な思想を基にしていましたが、多くのメンバーが拘束されていた収容所の中で過激な思想を持つ者と時間を過ごすうちに影響を受けていったということです。
バグダディ容疑者もこうした収容者の1人だったと言います。
また、収容者の間でひそかに交わされていた過激な思想が記されたメモや手紙が見つかることもあったということで、この職員は、「収容所は、まるで過激派を養成する学校のようになっていた」と話していました。
しかし、このことはアメリカ軍の担当者にも伝えられたものの、対策がとられることはなかったと言います。
バグダディ容疑者は「絶対的な存在感」
さらに、「キャンプ・ブッカ」の元収容者で、2か月にわたってバグダディ容疑者と同じ棟で収容されていたという33歳の男性からも話を聞くことができました。
この男性によると、バグダディ容疑者は大声を出すようなことはせず、手下の者を動かしては多くの収容者を意のままにしていたということです。
男性は、その様子について「バグダディ容疑者は絶対的な存在感を持っており、仲間を増やしていった」と話していました。
また、司法省の職員によると「キャンプ・ブッカ」には、現在「イスラム国」のスポークスマンの役割を担っているアドナニ容疑者も収容されていました。
アドナニ容疑者は、一時期、バグダディ容疑者と同じ棟にいたということで、バグダディ容疑者が収容所の中で、後に「イスラム国」の幹部となる人物たちと関係を築いた可能性があることも浮かび上がってきました。
「地元イラク人との協力関係」が支えている
こうした過去を持つバグダディ容疑者が率いる「イスラム国」を押さえ込むには何が必要なのか。
ハシミ元副大統領は、インタビューで「去年6月に『イスラム国』がモスルを陥落させた際にも、イラク戦争後の国づくりで排除されたスンニ派の元軍人やバース党のメンバーなど、広範な層が戦闘に加わった」と明らかにし、「イスラム国」が、外国の戦闘員とイラク戦争後の国づくりに不満を持つ地元のイラク人との協力関係で成り立っているという見方を示しました。
「イスラム国」に対しては、アメリカ軍が去年8月からイラクで、9月からはシリアで空爆を始め、一連の作戦には中東やヨーロッパの複数の国も参加しています。
しかし、「イスラム国」が一部の地元の協力を得ているだけに、組織の勢いを止めるのは容易でなく、ことしも、引き続き国際社会にとって大きな脅威になるものと見られます。