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連載「折れない葦」に登場 ALS患者死去 ベッドの脇にうつぶせで倒れていた。夜の転倒。自分で起きあがることはできなかった。 1月から始めた医療と福祉を追うシリーズ連載「折れない葦」の第1部で記事にした筋委縮性側索硬化症(ALS)患者のベアさんこと谷岡康則さん(53)が1日朝、逝ってしまった。 最後に会ったのは死の3週間前。独力で行っていた胃のチューブへの栄養液注入が「腕が弱って、できなくなりつつあります」と打ち明けていた。たん吸引も必要だった彼にとって、転倒は命の危険に結びつく。伝い歩きも限界に近づいていた。
1年前に突然ALSを発病してから、谷岡さんは声や食事といった全身の機能を次々に失っていった。「数年先の死を見つめる」と彼は何度も繰り返しつつ、家族を高知の実家に置き、埼玉県でひとり暮らしに挑んでいた。 フリーライターだった谷岡さんは発症から死の告知、声を失って見つけたことなどをユーモアを込めてまとめ、最後の本を書こうと執念を燃やしていた。彼とのメール交換を続け、これからも生の記事にしようと約束もした。 もらった「最後の本」の企画書にはこうある。 第6章 それでもまだ終わらない 被介護までのスケジュールは秒読み段階を迎えた。迫り来る独居生活との別れの後に何が待ちかまえているのか? 色濃くなる死の影が怖くないわけではない だがまだ生きている。生きているからこそ、生き続けるのだ。 谷岡さんは「在宅で胃ろう(胃への経管栄養)で暮らす人が増えてます」といい、一人で栄養液や薬を注入するアイディアをいくつも開発、だれにでも使えるマニュアルにまとめていた。クリップなどささやかな道具を使い、不自由な手で薬の封を切る彼の手つきが目に浮かぶ。「完全被介護となった半年後にも続編を書きたい」。 訃報を聞いて埼玉県越谷市の自宅に駆けつけ、夫人と初めて会った。高知県にいる高齢の谷岡さんの母を介護しており、谷岡さんを今月末に高知に連れて帰る準備を進めていた。夫からのメールに誤入力が増え、急速な病の進行を気遣っていた矢先だった。 夫人は埼玉の自宅の後片付けをしていて、パソコンのキーボードのキーがいくつか抜いてあるのに気付いた。思うように指が動かず、誤入力が増えたことへの対策だったらしい。取材したころと同じ、谷岡さんらしい工夫を、最後まで続けていたことを知った。
独居を生きがいに 家族は呼吸器を着けてほしいと説得し、苦しみ抜いてきた。「高知に連れ帰って、説得するつもりでした。呼吸器を着けた主人を最後まで看取(みと)りたかった」 病が進行し、次々に医療や福祉の足りなさや矛盾に突き当たるたび、工夫と文末の「(笑)」を絶やさず、闘志を燃やしていた彼が、この先にどう生きるか、何を書くのか楽しみにさえ思っていた。あまりに早い死だった。 映画「カサブランカ」のハンフリー・ボガードのせりふ「明日のことは分からない」を引いて「可能性がまったくなくなったように見えても、いまだあるのが人生ですね」とメールをくれた谷岡さん。在宅で一人でできることを突きつめた彼の生き様は、日本の福祉を厳しく問うている。 [京都新聞 2006年3月22日掲載]
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