1月11日、佐賀県知事選挙が投開票され、元総務省役人の山口祥義候補が、自民公明推薦の樋渡啓祐候補に勝利した。安倍政権にとっては、昨年の滋賀県、沖縄県に続く敗北で、今後の政権運営や4月の統一地方選挙への影響が懸念されている。
この選挙結果を地元メディアはどのように分析しているのだろうか? 県内で読売や朝日を抑えてトップシェアを誇る地元紙『佐賀新聞』の辻村啓介が、J-WAVE「JAM THE WORLD」の中で堀潤に語った。
堀潤 ―番組ナビゲーター/ジャーナリスト― (以下 堀)
辻村啓介 ―佐賀新聞 報道部デスク― (以下 辻村)
@ J-WAVE「JAM THE WORLD」 (2015/01/09)
堀:
J-WAVE「JAM THE WORLD」、金曜日は堀潤がお送りしています。続いては「CUTTING EDGE」のコーナーです。
3連休の真ん中、今月11日に投開票が行われた「佐賀県知事選挙」。地元の農業団体が推す元総務官僚・山口祥義さんが、自民公明が推薦する前武雄市長・樋渡啓介さんを破り、「農協vs中央政府」という構図ばかりがクローズアップされています。
一方、地元メディアは今回の選挙結果をどう分析しているのか? 県内で読売や朝日を抑えてトップシェアを誇る地元紙『佐賀新聞』 の報道部デスク・辻村啓介さんにお話を伺います。
辻村さん、こんばんは。よろしくお願いします。
辻村:
こんばんは。よろしくお願いします。
堀:
まずは、与党が擁立した候補が立て続けに自治体の長の選挙で破れているということからも注目を集めた佐賀県知事選挙でしたが、一般によく取り挙げられる「農協vs中央」という、本当にその構図だけで語って良いものなのか、という辺りから教えていただきたいんですが、実際にはどうなんでしょうか?
辻村:
そこが中央メディアでは1番クローズアップされていましたけれども、実際のところは、むしろ「反中央」というところが大きな要素を持っていました。全国的にも有名な樋渡さんの政治手法に対して、県内のほかの首長さんたちや農協団体が強い懸念を持っていて、そこがそもそもの原点で今回の保守分裂という構図になっています。
樋渡氏の政治手法への強い懸念が原点
堀:
樋渡さんというと、中央のメディアでよく伝えられるのは、これまでの地方自治体にはなかったような斬新な図書館であったりとか、改革派として非常に注目されている自治体の長なんだという印象がありましたけれども、実際にはそれとは違う語り口が地元ではあるようですね。
辻村:
そうですね。そういった色んな改革に対して期待する県民もいたんですけれども、片方で強引とも評される政治手法のところで、首長や農協団体が強く反発したということですね。
堀:
具体的にはどういう部分に反発があったんでしょうか?
辻村:
政策を進める上で、行政と農協というのはかなり連携しなければいけないんですけれども、その点で農協の声が樋渡さんのほうになかなか聞いてもらえなかったということがあります。
堀:
ただ、実際には、安倍政権としては、いわゆる岩盤規制、既得権に切り込んでいくということから成長戦略の柱のひとつとしていきたいという姿勢ですから、そうした声がなかなか地元では受け入れられなかったと見るのか、それとももっと属人的な部分でこういう対立が深まっていたのか、これはどのようにご覧になりますか?
農協改革が争点ではなく、候補者で支持が分かれた
辻村:
この点が中央と地方で大きく見方が違っているんですけれども、知事選の中では農協改革自体が大きな争点として論戦が行われたということはなく、むしろ候補者のところで支持が分かれていたんですね。農協自体も「反自民ではない」ということで、そこは今もよく主張されています。
堀:
そもそもさかのぼると、前の佐賀県知事の古川康さんが衆院選に出馬したがきっかけで保守分裂が起きたとも言われているようですけれども、この辺りはいかがですか?
辻村:
前の古川さんが辞めたことで急遽知事選が行われることが決まって、樋渡さんがいち早く手を挙げたました。その一方で、先ほど言ったような、反樋渡さんの保守の人たちが別の候補を擁立しようとしたんですけれども、それが1回、党本部の意向で断念に追い込まれたんですね。そういうことから中央に対する反発が強く出てきたということが、保守分裂になった最初の要因ですね。
堀:
たしか、小選挙区の0増5減で佐賀県の区割りが3人から2人に減って、そもそもの選挙区にいらっしゃった現職の今村雅弘さんが比例に回ったんでしたよね。で、僕が聞いているのは、期待していた名簿順位ではなかった、と。で、それは結局、自民党本部に対して、なぜきちんとした優遇をしてくれなかったのか、というところで、地元の県連から党本部に対して不満があったというのも少し耳に入ってきたんですけれども、それは本当なんでしょうか?
辻村:
0増5減で議席が1つ減るということで、小選挙区2人と、もともと3人の国会議員がいましたので、あと1人の枠を比例枠で優遇するんだという約束を元に、この0増5減を佐賀県の自民党としては受け入れたという経緯があります。
ただ、実際、蓋を開けてみると、本来単独で比例の1位になると思っていたところが、小選挙区と重複立候補した人の下のほう、31位だったわけですね。それで、小選挙のほとんどの人が上がらないと比例分での当選が難しいという側面もありましたので、そこにかなり反発がありました。「約束違反ではないか」ということですね。
堀:
その辺りは、いわゆる分裂の火種のひとつになっていたわけですかね?
辻村:
なぜ冷遇されたか、というところが、山口さんの前に別の中央官僚を擁立しようとした動きがあった時に、それには今村さんも関わっていたんですけれども、そこでその動きに対して党本部がその措置をしたのではないかということでの反発が強く出たわけですね。で、その比例名簿31位ということが露骨にそれを表したということで、その反発が強く出ていました。
堀:
今回の選挙で当選した佐賀選出の3人の議員さんは、知事選ではどちらを応援していた形になるんですか?
辻村:
古川さんは、党が推薦した樋渡さん。もうひとり、比例の岩田さんも、同じく樋渡さんを推したんですけれども、今村さんは最終的に山口さんのほうに付きました。
堀:
それはそれまでの経緯があったから、ということですよね?
辻村:
そこが大きいですね。
堀:
お話を伺っていると、農協改革そのものというのは、やはり本質ではなかったということなんでしょうかね?
辻村:
そうですね。
堀:
実際にはそういう伝えられ方をして、それだけに今度の統一地方選でも、中央のやりたいことと地方のやりたいことというのは乖離があるんだ、というような論調になっている部分もありますけれども、その辺り、改めて辻村さんはどうご覧になっているんですか?
辻村:
たしかに農協自体の力、存在感を示した選挙ではあったと思うので、自民党が大きく支持を得ている候補者の人たちにとっては、農協に背かれると脅威だ、と。農協の票が全てではないですけれども、当選させられなくても落選させることはできると、そういう懸念の声もありますので、そういう側面でそういう論調が広く伝わっているのではないかと思います。
堀:
実際のところはどうなんですか? 佐賀県の地元の農協の皆さんというのは、今、中央政府がやろうとしていることに対しては、どのような温度感でご覧になっているんでしょうか?
辻村:
農協のほうは、もともと知事選前から「農協自身の改革でやっていくんだ」ということをも主張されていましたけれども、ただ一方で、中央主導の岩盤規制の改革に対して懸念をされていることは間違いないですね。
堀:
今後の佐賀県政で気になること、大きな問題として、やはりオスプレイの配備の問題がありますよね。山口知事は就任会見で、「オスプレイの配備は白紙にする」と明言されていますが、ただ一方で、政府としては新年度予算案で配備に関連する予算も計上済みですし、特に沖縄の基地の負担を軽減させる上では、本土の各空港や施設がどうやって分担していくのかというのは非常に大事な観点だと思うんですが、この問題、佐賀では今後どうなっていきそうでしょうか?
辻村:
前の古川さんは「民間空港として利用する際に支障がない場合は受け入れる」と前向きな姿勢を示して、それを国も歓迎する感じだったんですけれども、今回、山口知事は就任会見で、「前の知事の言っていることを鵜呑みにするわけにはいかない」「改めて自分の目で再度点検して検証して、その上で県民の意見を聞いて、判断したい」と言っていますので、防衛省が描いていたようなスケジュールよりもかなり時間が掛かるんではないかと思っています。
堀:
選挙期間中はオスプレイの問題についてはそれほど積極的に触れてこなかったようにも聞いているんですけれども、実際にはどうでしたか?
辻村:
山口さん自身は、良いとも悪いとも明確にされていませんでしたので、そのことを強く主張されるということはなかったですね。
堀:
県民の皆さんの反応というのはどうなんでしょうか?
辻村:
今後どのようになっていくかというのは、特に佐賀空港がある佐賀市の住民の方は強い関心がありましたので、そこにはやはり物足りなさがあったみたいですね。
堀:
取材の中ではどういった声が多いでしょうか?
辻村:
ひとつは、自衛隊のオスプレイが来ることでの騒音等に関して実際どうなるのか、という部分があります。
また、それに付随して、政府は沖縄の普天間基地からのアメリカ海兵隊のオスプレイの利用もあるということを要請していますので、そこのところが実際どういう運用をされるのか、詳細なところが分からないので、その辺を知りたいという声が多かったですね。
堀:
それを聞いて、賛成か反対か、具体的にどういう選択をするのか、ということを決めていくということなんですよね。
どうなんでしょう? 実際に僕も色々と取材をしている中で、佐賀空港がまさに沖縄の基地の負担先としては非常に重要な地点であるということを防衛省の関連の方々もお話されているのを聞くんですけれども、実際に沖縄の米軍基地の県外移設先としての可能性というのは、辻村さんとしては、これまでの取材でどのようにご覧になってこられたんですか?
辻村:
基地そのものが移るということまではないとは思いますけれども、オスプレイの訓練の拠点としての利用というのは、政府の意向として強くありますので、十分あり得る、だからこそ、そこは詳細な計画を知りたいというのが県民の思いだと思います。
オスプレイ訓練の拠点としての利用はあり得るので、県民としては詳細な計画を知りたい
堀:
そういった意味で言うと、今後の山口さんの判断で注目されている点というのはどの辺りになるんでしょうか?
辻村:
まずは、先ほど挙げられました、オスプレイの佐賀空港配備の計画に対して、どういう対応を取っていくのか、「対話重視」ということを掲げられていますので、政治家としては未知数のところの手腕をどう発揮していくのか、ということです。
また、佐賀県には玄海原発がありますので、この再稼働の問題に対して、どういうようなプロセスを踏んでいくのか、ということを注目しています。
堀:
沖縄の新知事は中央政府からかなり厳しく対応を受けているようですけれども、山口さんの場合は、中央政府と上手く話を付けられるかどうか、この辺りはどうでしょうか?
辻村:
そこも大きな焦点だと思います。山口さん本人も、「政府や自民党に抗ったわけではない」ということで、「選挙が終わればノーサイド」ということを強調されています。そこもひとつの政治手腕として注目したいと思います。
堀:
辻村さん、ありがとうございました。以上、「CUTTING EDGE」でした。
個人的にはメディアで取り挙げられるなど知名度の高い樋渡氏が負けたということに驚いています。外から良いように見える部分以外を県民の方はよくご存知で、その民意が反樋渡につながったということなのでしょう。また、自民党の内部分裂という要素も見逃せません。これは年明けのTOKYO FM「TIME LINE」で上杉隆氏が「与党が強くなりすぎると分裂が生じる」 とおっしゃっていて非常に印象に残っているのですが、まさにそれを表したのではないかと思います。大きな組織になると、まとまるものもまとまらなくなるのでしょう。これから春の統一地方選までの流れ、見逃せません。(編集部)
@YomuRadioComさんをフォロー |