SmartNews Compass2014での衝撃の発表
佐々木 2014年12月1日の発表、興味深く拝見しました。そこで発表された内容をベースにしながら、SmartNewsは何をしようとしているのか、何を目指しているのか、そして鈴木さんはいったい何を考えているのか、をお聞きできればと思います。
鈴木 はい。では、まずSmartNewsの現状から簡単にお話しますね。SmartNewsは月間アクティブユーザー(MAU)が400万人、日次アクティブユーザー(DAU)が200万人を越えました。DAU/MAU、つまり「どれだけユーザーが頻繁にアプリを使用しているか」をエンゲージメントレートといいますが、これがおよそ50%になります。Facebook のエンゲージメントレートが64%と言われていますから、SmartNewsも十分高い数字と言えるでしょう。
また、テレビ局やビジネス系メディア、さらには箱根駅伝やEXILE TRIBEなどの新コンテンツも増えました。その中でもビジネス系メディアは、四大紙、主要民放テレビ局、共同通信や時事通信から主要ビジネスオンラインメディアまでほぼ網羅できました。SmartNewsはこれらのクオリティメディアすべてを一度に読める、唯一のニュースサービスだと言って間違いないでしょう。
佐々木 米国版も調子が良いようですが、次は各国版ではなくインターナショナル版をリリースするという発表には驚きました。なぜ、インターナショナル版という選択をしたのですか?
鈴木 実は、10月に米国版を発表したあと、世界中のメーカーやメディアから問い合わせが来ただけでなく、たくさんの国の方から「次は我が国でリリースしてほしい」という要望が届いたんです。
佐々木 へえ、それはすごい。
鈴木 当初は「アメリカ版の次はイギリス版やカナダ版を出そう」と構想していたのですが、ここまで反応があると、少しでも早く世界中の人にSmartNewsを体験してほしいという思いが生まれて。それで先にインターナショナル版を出すことにしたんです。
佐々木 インターナショナル版と言っても、世界は広いでしょう。どんなコンテンツになるかいまいちピンとこないところがあるなあ。
鈴木 当たり前なんですが、ニュースって、国によって「面白い」が違うんですよ。同じBBCのニュースでも、アメリカ人にとって面白いニュースとイギリス人にとって面白いニュースは違う。どの国の人がどのニュースに興味を持つか分析して、世界中の人に関心を持たれそうなニュースを取り上げるのがインターナショナル版、という感じです。たしかに、アジアのある国で大洪水が起こったとしても、アメリカ人にとってはさほど興味があるニュースではありません。そういうニュースは米国版では表示されませんが、インターナショナル版では表示される可能性があります。
佐々木 うーん。とはいえ、多くのアメリカ人にとっては興味がないニュースなんですよね? となると、インターナショナル版を読んでもアメリカ人は満足しないのでは?
鈴木 そういうアメリカ人は米国版を見てもらえばいいわけです。インターナショナル版では、アメリカ人が興味を持つようなニュースもある、という感じです。どうしても様々な国の人にバランスよく面白いものになってしまうので、アメリカ人が興味を持つ密度はたしかに米国版のほうが高いでしょうね。
佐々木 ああ、つまり「最大公約数」ということか。ということは、各国版のSmartNewsとインターナショナル版では想定読者が変わってきますよね。「ニューズウィーク」と「週刊現代」では読者層が違うように、ワールドワイドな政治問題に興味がある人は読むメディアが違いますから。
鈴木 インターナショナル版には今のところ、2つのターゲット像があります。1つは、佐々木さんがおっしゃるような「インターナショナルに意識が向いている人」。もう1つが、「いいニュースアプリを使ったことがない人」です。アメリカではニュースアプリが飽和状態でも、たとえばデンマークにはいいニュースアプリが全然なかったりする。そういう人たちにインターナショナル版を提供することで、最低限「優れたニュースアプリでニュースを楽しむ」という体験をしてもらうことができると考えています。
米国版SmartNewsを成功させたキーマン
佐々木 そもそも、米国版のマーケティングはどのように行なったのですか?
鈴木 それを語るには、欠かせないキーマンがいます。それはSmartNewsのVice President for Content(コンテンツ担当ヴァイスプレジデント) のリッチ・ジャロスロフスキ―です。彼はウォール・ストリート・ジャーナルで長年ホワイトハウス付きの政治記者を務めた人物で、そのあと世界最初期のオンラインニュースメディア「The Wall Street Journal Online」をManaging Editorとして立ち上げました。そういったメディアバックグラウンドのあるリッチのおかげで、「ザ・ネクスト・ウェブ」や「CNET」など、英語圏でも記事にしてもらうことができました。
佐々木 なるほど。アメリカのメディアとの関係づくりも彼に任せたわけですね。
鈴木 はい。リッチは「オンラインニュースアソシエーション」というジャーナリストやメディアビジネスの人が一堂に会する団体のファウンダーも務めていて、パブリッシャーの裏側や性格まで知り尽くしている。だから、そのパブリッシャーの個性に合わせて「こんなアプリを出すんだ」という説明をしてくれました。
佐々木 なぜ、そんなすごい人がジョインしてくれることになったんですか?
鈴木 紹介ですね。僕も面接の前に、レジュメの経歴を見てびっくりしました(笑)。米国のオンラインメディアの世界では伝説的な人物ですから。ユーモアのセンスが素晴らしくて、初めて会ったときから魅了されました。リッチは普段はサンフランシスコにいるので、ジョインが決まった6月に3週間、日本に来てもらいました。日本のメンバーと交流したり、ディスカッションしたり、戦略を考えたり、箱根合宿をしたり……。
佐々木 箱根合宿?
鈴木 おいしいものを食べて、温泉に入って、裸の付き合いをしました。こういう仲になれば、メールでもがんがん質問もできるし意見も言い合えますから(笑)。
佐々木 あはは、たしかに。でも、アメリカは日本の比にならないくらいニュースアプリが乱立している状態ですよね。SmartNewsがここまで評価されたのはなぜでしょう?
鈴木 3つあるんですが、それは日本で受け入れていただいた理由と変わらないんです。まず、UI。2つめがSmartモード(電波がつながりにくい場所でもオフラインで記事が読めるモード)。そして、アルゴリズムです。3つめのアルゴリズムの優位性ですが、これについてはあえてPRはしていません。それでも使っているうちに、「このアプリは面白いニュースが読める」と気づいてもらえます。リテンションレート(DL数に対する定着率)の高さがそれを物語っているのではないでしょうか。
ニュースアプリはパーソナライズすると浸透率が低くなる!?
佐々木 今、アメリカのニュースアプリはどういう市場になっているんですか?
鈴木 大きく分けると2つのタイプがあります。1つはNY TimesやCNNなど、自社にブランドがあり、それぞれで編集した記事を掲載するもの。もう1つはYAHOO!に代表されるような、記事や情報の収集に徹するアグリケーター系です。このアグリゲーター系の中には個人の興味関心に合わせたパーソナライズ系も含まれますが、それらは今のところ全部失敗していますね。
余談ですが、フリップボードやフィードリーのようなRSSリーダーは、アルゴリズム的にはパーソナライズされないけれど自分でカスタマイズするので、実質的に「パーソナル」なものです。これらも浸透率が低いんですよ。
佐々木 ということはつまり、ニュースアプリはパーソナライズしないほうがいいということでしょうか。
鈴木 今のところ、パーソナライズしないほうがうまくいっています。けれど、僕らはそれを諦めていないんです。もともと、Crowsnestというパーソナライズを軸にしたニュースサービスを2011年にローンチしてたくらいですから。
佐々木 パーソナライズにはセレンディピティが生まれないし、タコ壺化しかないように思えるけれど、そこはうまくクリアできますか?
鈴木 おっしゃるとおり、パーソナライズファーストだと興味関心が広がりません。たとえば、Crowsnestでは自分の周りから世界の裏まで、ソーシャル上でつながっているニュースを網羅したニュースリーダーを作ろうとしました。けれど、この「パーソナルから始めて世界の裏側に向かう」という方法はうまくいかなくて。SmartNewsではジェネラルニュースから始めて軌道に乗った。だから、次のフェーズとしてパーソナライズを入れていきたいんです。そういった意味で、今の「米国」「日本」「インターナショナル」というエディションによる分類は、まだまだ未熟だと思っています。
佐々木 SmartNewsが行き着く先は、パーソナライズされたニュースアプリということですか?
鈴木 そうなんですが、今みなさんが持たれているような「パーソナライズ」の概念とは少し違うかもしれません。パーソナライズを語るにあたって、「当事者性」の問題は切っても切り離せないんです。
佐々木 当事者性?
第2回につづく。
代表取締役会長 共同CEO
1998年慶応義塾大学理工学部物理学科卒業。2009年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は複雑系の科学、自然哲学で東京大学特任研究員も務めている。著書に『なめらかな社会とその敵』(勁草書房)など。情報処理推進機構から、伝播投資貨幣PICSYが未踏ソフトウェア創造事業に採択、天才プログラマーに認定されている。300年後の社会システムのデザインを構想中。
作家・ジャーナリスト
1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社などを経て、フリージャーナリストとしてIT、メディア分野を中心に執筆している。