僕は『ジム・クレイマーの“ローリスク”株式必勝講座』の日本語版を読んでいません。でも英語版は1年以上前、出てすぐ読みました。

僕は昔、ニューヨークで機関投資家向けセールスをやっていたとき実際にクレイマー&カンパニーを担当していたので、ここに書く意見にはバイアスがかかっています。

ジムは90年代初頭から雑誌「NEW YORK」に株式投資コラムを持っていました。そのコラムはプロの視点からその時々のマーケットで起きている事象を解説するもので、ウォール街関係者にとって必読でした。

最近のジムはCNBCの仕事が忙しいので、じっくりコラムを執筆することに余り労力を傾けていないと思うけど、当時のコラムは毎回、渾身の力作で、「ウーン」と唸らされることが多かったです。

そんなある日、営業部長に呼ばれて「おまえ、クレイマー&カンパニーを担当しろ!」と命ぜられたときはびっくりしました。

クレイマー&カンパニーは運用資産から言えば小さい客でした。だから下っ端の、僕のような者にお鉢が回ってきたのだと思います。でも彼らの運用スタイルはアグレッシブな回転売買だったので、アイデアさえ良ければ、目にもとまらぬスピードでトレードする客でした。

その代りアナリストの推奨が外れると、大目玉で叱り飛ばされます。思い返せば、いつも叱られてばかりでした。その意味では、受話器に伸ばした手が思わず引っ込むような、気が重くなる客でした。

クレイマーのオフィスはマンハッタンの最南端に近いビーバー街56番地にありました。このビーバー街56番地という住所を聞いただけで、ウォール街の古参は(ははぁん)と彼の趣味や考え方を、すべて了解してしまいます。

なぜならそこは名物レストラン「デルモニコス」が入っているビルだからです。ロマネスク様式の細長いビルは星型に交差する五差路に面していて、そこはイタリア商業銀行、リーマン・ブラザーズ別館などが密集した、ある種のパワー・スポットだったからです。しかもサウス・ウイリアムス街を少しNY証券取引所の方向へ戻ると、そこは彼の古巣であるゴールドマン・サックスの旧本店があります。

「デルモニコス」は200年以上も続いている、マーク・トウェイン、チャールズ・ディケンズ、オスカー・ワイルドなどがひいきにした店で、企業と投資家が場のひらく前にブレックファスト・ミーティングをする場所としてもポピュラーでした。スエズ運河を成功させたレセップスが、返す刀でパナマ運河建設に乗り出すとき、投資家向けミーティングをしたのが「デルモニコス」なのです。

「デルモニコス」の店内のパノラマ

「デルモニコス」の入り口は先述の五差路に面しており、その円いロタンダの真上、つまり二階の角部屋に、ジムのデスクがあるわけです。

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(出典:ウィキペディア)

ジムは広い額、頭のてっぺんが禿げ上がっており、その周りにちりぢりの髪の毛がぐちゃぐちゃに飛び出しているという風貌で、見ようによってはマクドナルドのロナルドのキャラクターにも見えるし、あるいは頭をかき乱しながら思索にふけるアインシュタインを彷彿とさせることもありました。


トレードが上手く行かず、キレたときには、その二階のオフィスの窓からコンピュータのモニターを向かいの建設現場(当時)に放り投げる悪いクセがあって、オフィスに行くときは常に頭上に気を付ける必要がありました。

さて、前置きはそのへんにして『ジム・クレイマーの“ローリスク”株式必勝講座』の内容に移ると、ここで書かれていることはいずれも機関投資家の間では常識の範疇に入ることばかりです。

特に決算発表のフォローの仕方や、カンファレンス・コールの聞き所などは基本中のキホンです。

読者の中には「株価には先見性があり、決算やカンファレンス・コールは結果を後から追認するものでしかないので、そんなものを調べていても相場には勝てない」と考えるシロウトが居ますが、それは間違っています。

ジムがこの本の中で論じていることは、カンファレンス・コールを聞くことで、経営者がその会社の将来の業績についてどう感じているか? というニュアンスを汲みとれと言っているのであって、それはforward lookingです。

実際、アメリカの機関投資家の中でアクティブ運用をやっているところの9割以上は丹念に決算カンファレンス・コールをフォローしているので、その共通認識というか、土台そのものが出来てないと、そもそも勝負になりません

もちろん、皆さんが聞く決算カンファレンス・コールが全てドラマや将来の投資のヒントに満ちているか? といえば、それはそうではありません。大部分のカンファレンス・コールは無駄骨です。言い換えれば、そういう無駄骨を幾度となく繰り返し、重要でないコトをバサバサと切ってゆく、そういう「捨てる作業」が重要なのです。

茶の間でジムの出演しているTV番組をボンヤリ観ているヤツは、(なんだこのひと、ギャアギャアわめいてばかりで、品が無い)という印象しか持たないでしょう。でもそのウラで、彼は今でもシラミ潰しに各社の決算リリースを読み、カンファレンス・コールを聞いています。つまり努力の人です。

彼がちゃんと予習をしているかどうかを察知するには、自分もちゃんとカンファレンス・コールを聞く必要があるのです。

それが面倒臭いと感じる人は、先入観や外見だけでジムを毛嫌いせず、ちゃんとホームワークをしている彼の意見を、額面通り聞き入れるのがベストな時間の使い方です。