取り組みとして
2009年9月6日、サッカーの本場であるイタリア・ミラノ市で、一風変わった大会が幕を開けた。世界48カ国から500人の選手が集まったストリートサッカーの世界大会。そんな華やかな舞台の参加者全員がホームレスなのである。
「ホームレス・ワールドカップ」と呼ばれるこの大会は、2003年のオーストリア大会を皮切りに、年に1度開催されており、ミラノ大会で第7回目であった。ホームレスの自立を支援しているストリートマジン『ビッグ・イシュー・スコットランド』の共同創設者であるメル・ヤング氏(57)が大会組織委員長をつとめ、年々規模を拡大してきた。
大会には企業や一般寄付の他、セリエAのACミランやインテルも支援に名乗りを上げ、集められた資金は50万ユーロにも及んだ。欧州サッカー連盟やミラノ市も巻き込んでの大々的な開催となった。 参加資格は現在ホームレス状態である者、または1年以内にホームレス経験のある者をはじめ、難民として職が得られない者、ホームレス経験の後にアルコールやドラッグ依存症の更正プログラムを受けている者などさまざまである。年齢や性別の制限はとくに設けられていないため、女性選手や10代の選手も多く見受けられた。「ホームレス」と一言に言っても、バックグラウンドは国によってそのあり方も異なる。
「サッカーはとてもシンプルなスポーツです。年齢や性別に関係なく、貧しい国でも豊かな国でも受け入れられるのです。」メル氏は数あるスポーツのなかでサッカーが選ばれた理由をこう語った。その言葉通り、会場となったセンピオーネ公園では、普段の路上生活からの開放感に加え、サッカーという世界共通語が文化を異にする選手たちに熱気に満ちた連帯感を生み出していた。
大会の趣旨は貧困問題の世界へのアピール、そして何より参加者の自立支援である。そのため選手たちがこの大会に参加できるのは1度だけ。次の年には何らかのかたちでの自立が求められているのだ。実際にホームレス・ワールドカップ出場選手のうち、7割以上が社会復帰を果たしていると大会側は表明している。
日本代表「野武士ジャパン」がこの大会に初めて参加したのは、2004年のスウェーデン大会のことだった。チームを組織しているのは『ビッグ・イシュー・ジャパン』。野武士ジャパンのメンバーもその販売者のなかから選ばれている。結果は28カ国中26位と振るわなかったものの、スウェーデン大会後、参加した8人のうち7人がビル管理や飲食店などの職や住居を得ている。
しかしなぜ、直接ホームレスの生活支援ではなく、サッカーの世界大会というかたちに力を入れているのだろうか。「自立とは必ずしも物や場所、お金を与えてすぐに達成できるものではありません」。そう語るのは野武士ジャパンを指揮する「ビッグ・イシュー・ジャパン」東京事務所副代表(大会当時)、服部広隆さん(30)だ。
「たとえ生活保護を受けられたとしても、自立に結びつかない場合が多々あります。それは何より希望が持てず、人生を否定してしまうことが原因なんです」。ホームレスとしての生活が長くつづき、孤立した状態に置かれる時間が長いほどに、コミュニケーション能力などの社会復帰能力や自尊心も薄れていく。そんななかで見出された目標が高ければ高いほど、遠くまで飛ぶことができる。世界大会をひとつの大きな目標にしようと、ミラノ大会も参加に踏み切った。
ミラノ大会での「野武士ジャパン」はスウェーデン大会から5年ぶり、2回目の出場であった。選手の平均年齢41歳、2003年に出場したチームよりも10歳以上も若く、最年少は22歳の選手。ホームレスの若年化がチーム内だけでも伺える。
出場選手が決まっても、大会までの道のりは決して平坦ではなかった。ほとんどのメンバーに海外経験はなく、第一の難関はパスポートの申請であった。ドヤにしばらく寝泊りをして住民票を取った者もいれば、実家に頭を下げに行った者もいる。大会直前にようやく全員渡航の手筈が整った。
8日間の試合を終え、結果はカザフスタンとコートジボワールの失格で2試合が不戦勝となり、2勝11敗、最終順位は48カ国中46位となった。それでも日本チームは、果敢な姿勢が評価され、「ファイト・スピリット賞」が贈られた。「自立に向けてもし、諦めたくなることがあったら、ミラノで乗り越えたことの数々を思い出してほしい」。選手たちの背中を押してきたスタッフたち、ボランティアたちが、大会の最後に選手たちに語りかけた。帰国後、それぞれがビッグ・イシューの販売継続や就職、アパート入居など、少しずつではあるが自立への道をたどり始めていた。彼らの本当の“闘い”は、日本が舞台なのだ。その後、野武士ジャパンは2011年のパリ大会にも出場を果たしている。
取材のなかで、改めて自分自身のことを振り返ってみた。母は貯金を切り崩しながら、不定期な派遣のバイトで食いつないでくれた。母自身の知識、そして学校の教師の知識の助けもあり、わたし自身は奨学金や学費免除などを受けながら、大学を無事、卒業することができた。しかしそもそもこの奨学金や学費免除の知識が届かず、進学を諦めてきた同世代にも多く出会ってきた。この「情報社会」にあっても、自身の生活で手一杯ななかでは、自力で情報を“探す”労力さえ割けないことがあるのだ。
よく「自己責任」という言葉を耳にする。しかしその背後に隠された、自己責任だけでは片付けられない幾重もの問題には、なかなか光が当たらない。「働けるだろ」と生活保護を申請させてもらえない、就職に年齢制限がある、住所がなければ職が得られない、そして彼らを待ち受けている貧困ビジネス。そんな生活のなかで失われていく希望と意欲。
ホームレス・ワールドカップは選手たちに飛躍のきっかけを与えた。そして同時に、この隠された問題にも光を当てた。わたしたちが目を向けていかなければならないのは大会そのものではなく、この大会を通して見えてくる現実の方だと強く感じた。世間ではほとんど注目されることがなかった、自力では這い上がることが難しい社会の構造。未来を考えるなかでわたしたちの「関心」がいまこそ、求められているのではないだろうか。
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