貧困は連鎖する

「豊かな日本なのに、ホームレスの方がいて驚きました」。カンボジアから留学に来た友人の率直な感想だ。日本の貧困問題は「世界の貧困に比べれば、問題視するほどではない」と、あまり光を当てられずにきた。しかしアフリカや各国にはびこる飢餓のような「絶対的貧困」の問題としてではなく、日本で考えなければならないのは、その社会のなかに身を置いたときに、生活上の望ましい状態を維持することができるかどうか、つまり「相対的貧困」だ。

 

わたしがこの日本の貧困問題について考え始めたのは、学生時代だった。もともと幼いころから母子家庭に育っていたため、生活が楽ではないことには慣れていた。けれどもそんななか、家庭を支えてくれていた母が癌を患った。手術後の経過は良好ではあったが、癌以外の病も患うこととなり、以前のように働ける状態ではなくなってしまった。

 

そこでわたしたちはまず市役所に行き、生活保護を申請することにした。すると役所側からこんな答えが返ってきた。「生活保護を受ける上で、保険は財産にあたります。まずは解約して下さい」。もちろん生活保護受給期間は、医療費は基本的にはかからない。けれども生活保護は一生受けられるものではない。生活保護を打ち切られた後、癌を発病した母がふたたびどこかの保険に入ることは難しい。そんななかでもし再発してしまったとしたら……。

 

さらに役所はこうつけ加えた。「娘さんが大学に進学する場合、娘さんは生活保護を受けることはできません」。もちろん一理あるかもしれない。大学など行かずに働くべきだと言えばそれまでだろう。けれども「いい就職には大学」「進学が将来を切り開く」、そんな世間の風潮と自分の置かれている状況がどこか切り離されている気がした。貧困家庭はどこまでいってもいい教育を受けられず、いい就職もできない……母とわたしがそうであったように、その連鎖が自分の子どもにまでつづいていくのだろうか。疑問は絶えなかった。

 

今回のレポートでは若者の貧困、とくに若年ホームレスにフォーカスを当てたい。若年のホームレスがとくに増加したのは、2008年のリーマンショック後と言われている。市内5カ所に自立支援センターがある大阪市。支援の中身を検討するため、いったん希望者全員が入る自立支援センター「舞洲1」の年代別データによると、30代以下の割合は2006年度15.0%、07年度18.9%だった。これが09年度4~12月の入所者500人では、33.2%と急上昇した。現在でも問題が大きく改善された状況とは言えない。

 

ここから先はわたしが取材してきた「若年ホームレス」(30代・20代)の2人がこれまで経てきたことをもとに、日本の貧困問題の根底にあるものを探っていく。

 

 

それぞれの貧困

 

【ケース1】佐久間善男さん(仮名・39) ネットカフェ難民

 

佐々木善男さん(39)は、7年前に山形から上京してきた。高校卒業後、職にありつけずに自衛隊に入隊。しかし職場に馴染めず除隊。上京後、工事現場などで、日雇いの仕事を繰り返してきた。寝泊りしていた上野公園の近くでは、朝になると業者が車で労働者を拾いに来るのだ。

 

4年前、新宿の炊き出しに並んでいた際に、ビッグ・イシューの女性スタッフに出会い、販売を始めた。毎晩12時まで、コンビニの100円スナックなどを食事に公園などで時間をつぶし、ネットカフェで朝6時まで1000円のナイト・パックを利用する。シャワーは3日に1回ほど浴びることができる。販売の額が思わしくない日は、24時間営業のマクドナルドで朝まで時間をつぶす生活を送っていた。

 

 

ネットカフェの時間まで、100円スナックの夕飯を取りながら時間をつぶす佐久間さん

ネットカフェの時間まで、100円スナックの夕飯を取りながら時間をつぶす佐久間さん

 

 

問題1 ホームレス人数認識の問題

 

厚生労働省の発表によると、ホームレスの数は、平成24年の調査では 9,576 人とされ、平成19年の 18,564人の約 6 割に減少している。自立支援施設など、対策の効果が表れたとの見方もあるが、調査方法は路上の段ボールの数を数えるなどの方法であるため、居場所が変わる人々の数が反映されにくい。つまりネットカフェや簡易宿泊所などで寝泊まりしている人々は、ここには含まれない場合が多いのだ。また家賃滞納などで退去寸前の人々、病院や刑務所から退院・退所しても行き場のない人々など、“広義のホームレス”は、むしろ増えつづけているとも言われている。

 

 

問題2 日雇い労働の危険

 

2003年、朝日建設事件と呼ばれる事件が山梨で起きている。これは山梨県都留市の朝日川キャンプ場の建設現場で、日雇いで就労していた労働者たちが、賃金未払いであったことを指摘したところ、殺されて埋められてしまったものだ。下請けのさらに下請けの現場では、日当1万円ほどが提示されるものの、宿泊するプレハブの宿泊費、食費などで手元にはいくらも残らなくなる。これに加えて佐々木さんのように住所不定で身元がはっきりしない労働者が、このような被害に遭うケースも度々起きてきている。

 

 

【ケース2】後藤雄介さん(仮名・25) 貧困ビジネス

 

高校卒業後、航空会社の下請け会社に就職し、成田空港に勤務していたが、激務の毎日であった。ある日飛行機の清掃中、掃除機を倒してしまい、数センチの傷が飛行機のドアについてしまった。飛行機のドアは交換となってしまう、それを機に、彼は依願退職というかたちで会社を辞めることになった(自己都合での退職となると、失業保険を申請しても約3ヶ月の待期期間として受給することができない)。寮も追い出されるのだが、彼は実家がなかった。両親はすでに他界していたのだ。2009年3月、寒さが残る赤羽公園での寝泊りが始まった。役所の福祉課にも足を運んだが、「若いんだから」「住所がないんじゃね」と当初生活保護を申請させてもらえなかった。

 

その後NPO法人「もやい」などがあいだに入り、無事に北区から生活保護を受けられることが決まる。区に紹介された自立支援施設に入居した。施設側には生活保護費の管理も委託することになっていた。しかし住宅の家賃は、ベニヤ板で仕切られた2畳ほどの個室に対して53,700円、ビッグ・イシューの販売などで施設で食事が取れないにもかかわらず、食費や光熱費などで5万円以上引かれ、最後に手元に残るのはわずか7,000円ほど。明らかな貧困ビジネス住宅であった。その後、保証人の代理をしてくれるNPOなどの支援を受け、アパートに入居。知人の紹介で六本木のバーでの仕事に就いたものの、バーが摘発を受けるなど、なかなか生活が落ち着かなかった。

 

 

アパート入居後も、生活苦のため電気を止められてしまった後藤さんの部屋

アパート入居後も、生活苦のため電気を止められてしまった後藤さんの部屋

 

 

問題1 ハローワークでの問題

 

実際に職を得る上で、採用が決定すれば当然それを知らせる手段が必要となる。住所や携帯電話の連絡先がなければやはり職を得るのは難しい。ホームレス生活から脱するためには、まず最初に職を得ることが必要に思われるが、じつは住居の確保が最初に突破しなければならない問題なのだ。しかし役所の窓口に行くと、後藤さんのように話をとりあってもらえない、たらい回しにされるなどのケースが後を絶たなかった。こうしたなかでやがてハローワークに通うことをやめ、先のように統計に表れない失業者となってしまうことも少なくない。

 

 

問題2 生活保護の申請

 

生活保護を受けられる基準を満たしている者のうち、実際に生活保護が受けられている人の割合は、およそ2割程度とされている。住む家がなく住民票を取れないときは、最寄りの福祉事務所に申請することになっている。法律上、居住地がない人や居住地が明らかでない人に対する生活保護は、その人の現在の居場所を担当する福祉事務所が窓口となって実施することになっている。(生活保護法19条)

 

賃貸アパート等への入居の際の敷金も保護費から支給されるほか、保護施設で保護を受けられることもある。「住所がないから生活保護を受けられません」というのは明らかな違法行為となる。後藤さんのように自治体窓口で保護の申し出を拒否されたうち、60%近くが自治体の対応に生活保護法違反の可能性があったと日本弁護士連合会が指摘した。

 

 

問題3 貧困ビジネス

 

職を得る上で、あるいは生活保護を受ける上で住居の問題が大きな壁となってくるのは先に述べた通りである。例えば敷金・礼金0という謳い文句の「ゼロゼロ物件」は利用できないのか? そこには思わぬ落とし穴がある。こうした物件は一日でも家賃を収めるのが遅れた場合、高額な違約金を請求されたり、突然、荷物ごと追い出されてしまうケースも取材中見受けられた。現行の「借地借家法」では、このような数日の家賃滞納では賃貸を解約されず、借主は保護されている。しかしこうしたゼロゼロ物件では、契約書が「借地借家法」の適用される賃貸契約ではなく、「施設付鍵利用契約書」となっていることが少なくないのだ。

 

また後藤さんのように自立支援住宅でのトラブルも後を絶たない。生活困窮者に無料か低額で居室を提供し、自立を促す民間施設が近年、多く登場するようになった。社会福祉法で第2種社会福祉事業に位置づけられ、特別な資格がない任意団体や個人でも開設できる。後藤さんのケースの場合、さらにこの自立支援住宅が都の認可を受けたNPO法人だったことにも問題がある。

 

 

問題4 貧困の連鎖

 

若者ホームレスの多くが、親の庇護を受けられない状態にあると言われている。後藤さんは母親の生活が苦しく施設で育ち、高校を卒業して就職後母親が他界している。貧困家庭で育つ→学歴が低い→就業機会が低いという連鎖が生まれてしまうのだ。例として大阪府堺市では、生活保護受給世帯の25%は、育った家庭も生活保護を受けていたとの調査結果を出している。

 

ここまで貧困の現状を伝えてきたが、取り組みとして興味深いものをここで一つご紹介したい。【次ページにつづく】

 


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