『サガ』は自分にとっての学校。『SAGA2015(仮題)』は学びを経て挑む集大成――伊藤賢治氏インタビュー【『サガ』シリーズ25周年記念企画】(1/3)

生誕25周年を迎えた『サガ』シリーズのキーマンへのインタビューをお届け。第1弾は、数々の作品の楽曲を手掛けてきた音の魔術師・伊藤賢治氏だ。

●新作CDや『SAGA2015(仮題)』への意気込みも!

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 2014年12月15日に、生誕25周年を迎えたスクウェア・エニックスの『サガ』シリーズ。ファミ通ではこの節目の年を記念し、『サガ』シリーズを支えてきたキーマンたちにインタビューを行った。

 最初にお話をうかがったのは、“イトケン”の愛称で知られる作曲家の伊藤賢治氏。過去作の開発秘話から、発表されたばかりの最新作『SAGA2015(仮題)』(プレイステーション Vita用ソフト。2015年発売予定、価格未定)に関することまで、たっぷりと語っていただいた。

※本記事は、週刊ファミ通2015年1月15日増刊号の別冊付録「SaGa Kaleidoscope(サガ カレイドスコープ)」に掲載されたインタビューに、加筆・修正を行った完全版です。

■伊藤賢治氏 プロフィール
作曲家。自身のレーベル“gentle echo”主宰。スクウェア(当時)に入社後、『サガ』シリーズ、『聖剣伝説』シリーズなどの作曲を担当し、2001年に独立。以後、ゲームだけでなく、アニメの作曲など幅広く活動する。


●『サガ』との出会い 植松伸夫氏の教え

――これまでに何度もお話しされていると思いますが、改めて伊藤さんが『サガ』シリーズに関わることになったきっかけを教えてください。
伊藤賢治氏(以下、伊藤) 自分がスクウェア(当時)に入社したのが1990年3月1日で、当時は『FF(以下、ファイナルファンタジー)IV』と『サ・ガ2 秘宝伝説』(以下、『サ・ガ2』)を並行して開発していて、どちらも植松さん(植松伸夫氏)が作曲する予定だったんです。そこで、新入社員だった僕が「『サ・ガ2』を手伝ってくれない?」とお話をもらったのがきっかけでした。


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▲入社してからの数か月は、機材を揃えながらPCでの作曲を学んでいたという伊藤さん。ちなみに、ゲームクリエイターの北瀬佳範さんと井上信行さんは、同じ日にスクウェアに入社した同期とのこと。

――いきなり現場に放り込まれたわけですね。
伊藤 そうですね。僕は、半分以上ハッタリで入社したようなもので(苦笑)、PCも打ち込み(PCを使った作曲)もわからなかったので、勉強を含めての期間でした。最初にバトル曲を担当することになって、植松さんから「ボス曲は俺が作るので、ザコと中ボスをやってみて」と言われたんですが、ゲームボーイの3音で作るという環境以前にゲーム音楽を作った経験がなかったので、教えを乞おうと思ったんです。でも、「修行のためにも、自分の作品として作ってみなさい」と言われてしまって。きっと忙しかったんでしょうね。それで、以降はもう自由にやらせていただきました。

――植松さんの存在は、刺激になりましたか?
伊藤 とてもマルチな方だと思いました。入社前に、『FFII』と『スクウェアのトム・ソーヤ』を買って音楽を勉強したんですが、作曲家が何人かいるんだろうと思っていたんですね。それくらい2作品の音楽性がまったく違っていて。それが入社面接で植松さんから「ひとりで作ったよ」と言われたときは、本当に驚きましたね。いまでも、ひとりで作れる音楽の世界ではないと思うほどです。

――伊藤さんにとっての先生ですね。
伊藤 『サ・ガ2』をいっしょに担当したときに、植松さんから「イトケン、ゲームボーイだからって甘く見て音楽を作っちゃダメだよ」と言われたんですね。「その世界がお前の世界なんだ」と。確かにゲームボーイは3和音しか出せませんでしたし、いま考えるとチープな音ですが、“この音だからいい曲が作れなかった”、“後でオーケストラアレンジするので、そこで判断してほしい”という言い訳は通用しない。ゲームで鳴っている音がすべてだと考えかたを教わりまして、そのときの言葉をよく覚えています。

――『サ・ガ2』が完成したときは、どんなお気持ちでしたか?
伊藤 開発中はとにかく一生懸命で、曲を作ったことに感動している余裕がなかったんです。完成してサンプルソフトを手渡されたときに初めて「自分が作った曲が、このソフトの中に入っているんだ」と、感動がありました。


サガ2おたま

▲『サ・ガ2』の第7世界に登場するキャラクター、おたま。伊藤さんは、「こういうメロディーが合うんじゃないか」と、おかっぴきの“おたま”のテーマ曲を作って提案したものの、容量の関係でボツになってしまったそうだ。

●『ロマンシング サ・ガ』の社内外での評価の差

――『ロマンシング サ・ガ』(以下、『ロマサガ』)からスーパーファミコンになり、作曲環境などは変わりましたか?
伊藤 とにかくワクワクしました。先に『FFIV』が発売されて、こういう音の世界が作れるのかと知っていたので、『ロマサガ』で自分もそこに近づけるといううれしさがあって。ただ、当時の『FF』で使っていた楽器は使わず、自分はこういう楽器を使おうと、いろいろと差別化を図っていました。

――河津さんから、楽曲について何かオーダーはありましたか?
伊藤 いえ、ありませんでしたね。ただ、河津さんも不安だったんだと思います。それまで、ずっと植松さんがメインのサウンド担当をしていたのが、新人がいきなりスーパーファミコンのゲームを担当するわけですから。開発が終わる4ヵ月くらい前にはほとんどの曲を納品していたんですが、河津さんの中にずっと引っかかるものがあったんでしょうね。そのタイミングで、「イトケン、もしかすると曲を全部作り変えさせるかもしれんぞ」と言われて。あと4ヵ月しかないのに(笑)。正直、「なんで途中で言ってくれなかったの!?」と思いましたが、もちろん言えず。当時は上司とどう接すればいいのかわからない小僧だったので、小僧なりの抵抗として、「こんなことが続くんじゃ曲はできません!」と金土日と休んだんです。「これでダメだったらもう辞めよう」と思いつつ、週明けに出社したらサウンドプログラム担当の赤尾さん(赤尾実氏)から「もうちょっとだから、がんばろう」とメールをいただいて……。これにはついつい泣いてしまって、改めてがんばろうと曲の手直しをして、発売までこぎつけたんです。ですので、河津さんを含めて、社内ではあまりいい評価はいただけなかったんですね。

――それは意外ですね……。
伊藤 でも、発売後は『FF』の音楽と違う方向性で、誰にでも聴きやすいという、いい評価をファンの方からいただいて。きっと河津さんの耳にも届いたんでしょうね。あとで、「社内よりも外のほうが評価いいね。ただ、もうちょっと社内でも評価を得られるようにがんばりなよ」という言葉をもらいました。

――そして、また『ロマサガ2』へと続いていくわけですね。先ほど『FF』と使う楽器を変えたというお話がありましたが、具体的にはどのように変えていたのでしょうか?
伊藤 たとえば『FFIV』と『ロマサガ』を比べると、ドラムやベースの使いかたですね。『FFIV』ではタム(ドラムセットを構成する打楽器のひとつ)がないので、『ロマサガ』ではあえてタムを加えたり、オープンのハイハット(ドラムセットのシンバルのひとつ)の音を入れたりして、ベースでは『FFIV』が1本の指で弾く音色にしているのに対し、『ロマサガ』はチョッパーという鋭いベースの音色を使ったりと、細かい音色の差を出しています。

――『FFIV』の曲を聴きながら分析などをされたのでしょうか?
伊藤 それはしましたね。まずは植松さんのクセを知って、あえてそれを外すといった手法を使いました。ですので、個人的には『FF』はキレイな音を使っていて、『サガ』は荒い音を使っていたという気持ちがあります。