極上のはなし 演芸図鑑スペシャル対談集 2014.12.28


毎週日曜日の早朝にお送りしている「演芸図鑑」。
落語や漫才マジックなどの演芸とナビゲーターが是非会いたいという人をお呼びしての対談コーナーをお届けしています。
今日は名物となっている対談コーナーの中からこの4人がナビゲーターを務めた回をまとめてご覧頂きます。
そして私は1月からナビゲーターを務めます浪曲師の国本武春でございます。
それでは早速!まずは桂文珍さんの登場です。
お相手は熊谷真実さん森昌子さん妹尾河童さん。
そして文珍さんがドラマでご一緒してその演技に感動したという奈良岡朋子さんです。
それではどうぞ。
へえ〜明るい人が世の中にはいてはんねんなと思うてね。
本当ですか?私自分がよく分かんないんですよ。
明るい明るいって言われるけど。
ええ明るいですよ。
でもね私便所の100ワット…便所の100ワットっぽくないです?便所の100ワット?うん無駄に明るい。
フフフフフ。
こんな時に明るくなる必要がないのにという…。
ちょっと気になる…。
便所の100ワット…いいな〜。
とにかく便所の100ワットにならないように私は気を付けてるんですよね。
ほの明るくしてたいんですいつも。
いや無理無理。
フフフフフ。
お母さんの介護してた?あ…はい。
まあ…。
ね〜偉いね。
介護も…。
ようご苦労さんでした。
いえいえ。
ほいでそのお母さんの介護をしながらお母さんに私がいてよかったときっと思われたでしょ?そうですね。
何か…。
とにかく私に面倒見てもらいたかったみたいで…。
で本当にこの調子なのでずっと…暗くなる事がそんなになかったですね。
楽しくて。
は〜。
母といるだけで幸せなので。
あ〜いいな。
私すごいママっ子だったんです。
う〜ん。
う〜ん。
最後はホスピスだったんですけど。
最後まで…変な話心が病気じゃなかったら体だけ病気なだけで心は…。
だからホスピスでもすごい明るいんですよね。
なるほど。
何て言うんですか…。
いい経験をしました。
心が病気になるのと体が病気になるのとは違うんだなと思って。
なるほど。
母も最後まで明るかったし。
あっそうですか。
3人姉妹でもあなたでないと駄目なんだ。
何か…私が好きだったみたいですね。
まあもちろん妹もかわいいし姉もあれなんですけど…。
それでまあ好きでっていうのはあれなんですけど私が一人独身だったので人…無償に人を…何て言うんですかね?恋しい?ううん。
無償に人の事を…人のために何かをする事を覚えてほしかったっていうふうに言われました。
あっそうだ思い出した。
「何で私なの?」って言ったら「妹は子どもがいるし姉も子どもがいるけど真実はずっと一人だしこれから誰かのために何かをするっていう事を私で覚えなさい」って言って…。
偉い!偉いお母さんやな〜。
それで何かず〜っと…はい。
病気になっていても心の病気にはなってないんだからだから娘にちゃんと伝えるべき事を教えるべき事を教えていこうというお気持ちで。
そうですね。
それであなたにやってもらったとこういう事ですな?そうですね。
は〜いい話ですね。
実は東日本大震災がありましたですよね。
であのニュースを見た時に本当に何にもできない…もちろん頭も悪いですし手先が器用な訳でもないですし…。
ただ私は昔からできる事といえば歌を歌う事。
少しでもいいから…ああやって冷た〜い体育館でストーブが1つか2つしかない…そこで暖をとってる皆さんの前で歌を歌えたらいいなっていう歌を届けに行きたいなっていう気持ちだけで「行かせて頂けないでしょうか?」って言ったんですけれどもなかなか交通機関ですとかそういう事が当時は難しくて。
でもしばらくしてから参りましてそしたら皆さんが本当に温かく…。
あんなにつらい悲しい思いをしてるのにもかかわらず「昌子ちゃんよく来てくれたね〜」って迎えてくれて。
で一曲一曲の歌にもう…本当にもうこんな拍手を下さるんですよ。
私は大した事してないのにただこうして歌を歌ってるだけなのに皆さんが一緒になってこうやって口ずさんで下さった。
その時に初めて私は何かすごくつまらない事で悩んでるんだなって。
なるほど。
歌は音程がもちろん合っていて当たり前の世界ですけれどもそれだけではないな心だな。
心が通じていれば相手に伝わる。
それがやはり…歌を歌う私の使命なのかなって。
私がこの世に生まれてきた運命使命なのかなってそこで気付かされました。
う〜ん。
だから今は本当に心から歌を…うまい下手ではなくて「いいね」って言われたいんですね。
結婚は一年契約にしようって。
1年ごとの契約。
2月6日っていう日にお互いに確かめ合ってまだ延長できるかどうか。
あっ毎年?毎年です。
今も?今も。
それを続けて何年でらっしゃる?53回この間更新しましたね。
偉いな〜。
偉いでしょ。
偉いな〜。
でも家へ帰らない時もあったんでしょ?調べついてるから話しますけどね…。
はい。
3回ぐらいでヤバいなと思った事ありますね。
3回ぐらい。
それでどっちの家帰ろうかと思ったりなんかした…。
どっちの家帰ろうかと思ってね。
そうそう。
でかみさんが全然連絡来ない帰ってこないとね交通事故に遭ったかも分かんない。
どこ行ったか分かんない。
だから帰らない時も電話かけてちょうだい。
何時ごろがいいかって言ったら11時がいいって言うもんだから11時になると…「もう11時よ」って彼女に言われるとねすぐ電話かけるんですよね。
で「今晩は…」って言ってね「今晩は僕は帰りません」っていう事言おうと思って「今晩は…」って言ったら向こうは「…ですか?」って言うんですよ。
「お泊まりですか?」って言うんですよね。
「今晩は…」って言ったら向こうは「…ですか?」って言うんで「はい」って言って切る訳です。
11時ピッタリに電話かけたんです。
それをやっぱりちゃんと約束守らなきゃいけなかったから。
ほかに何か話ないですか?ハハハハハハハ…。
ちょっと脱いでいいですか?とても真面目に…小さい頃から…。
ご両親がクリスチャンでいらっしゃった。
そうなんですよ。
でもそうやって奥様に申告をなさるっていうのは非常に正直に生きていこうというのがベースにあるんですか?僕のおふくろがうそをついちゃ駄目だと。
うそをついちゃ駄目だ。
悔い改めのお祈りをするとまあ許してもらえるけど神様。
絶対うそをついちゃ駄目だって。
だから奥様に11時になったら電話できるんですよ。
それにね好きな人ができたらちゃんとかみさんにね「好きな人ができた」って「いい子なんだよ」って。
うそをついちゃいけない。
いいなと思ったのは奥様がねちゃんとそうやってうそをつかない人だ。
この人はうそをつかない。
何があろうとうそはつかないんだという事をず〜っと…大きな信頼を…。
僕の友人だとかね言いますよ。
あのね手のひらの上だって。
でしょうね。
だけどそんなの飛び降りてみせてやるよという…。
ハハハハハハ!「そんな力もないくせに」って言われるでしょ。
あんまり言うとね絶対降りられないって言ったらやっぱり飛び降りますよね。
だからかみさんがあんまりそんな事言わないでと。
この人やりかねないからって言ってますよ。
あら優しいですね〜。
3年したらじゃなくて毎年何か新しく発見できるような…じゃないとね。
人間性を感ずるとか。
新しい発見がなきゃ駄目でしょ。
いい話ですよ。
新しい発見をするために毎年契約をなさっていく。
発見してるからこの1年…過去の1年で考えたらもう一年はちゃんともつなっていう感じがある訳でしょ。
5年先10年先は分かりませんからね。
結婚式で永遠の愛を誓うなんてうそつけって。
言った途端にうそですからね。
あれうそはいけませんからね。
そうですね。
うん。
新しい夫婦の形かも分かりませんね。
さすが人生の先輩。
う〜ん何とも深みのあるお話。
いや〜勉強になりました!もうこの年になると皆さん遠慮していい事は言って下さるけども悪い事は言って下さらないって自分の中でわきまえとしてあるんですよ。
だからそれは若い人たちにも言うんですけども「褒め言葉っていうのはうれしいもんだ。
だけど褒められたっていう言葉の裏にはその何十倍ものうまくないよくないと思ってる人がいるんだっていう事を忘れちゃ駄目よ」って言うんですよね。
そうじゃないといい気になっちゃうから。
ひと言褒められるとそれが全てみたいに思っちゃう。
自分の若い時の事考えても。
役者の仕事っていうのは…。
奈良岡朋子の人生って一つしかないじゃないですか。
だけど役者をやってるがために役を借りてほかの人生を…。
そうそうそう。
それは噺家さんも同じでしょ?う〜ん…。
話をする度に大家になったり店子になったり…。
いやいややるんですけどそれ全部切り替えてたらね頭バラバラになりそうなんですよね。
それで分裂しそうになりますんでちょっと離れた所から演じてるようで演じてないようなところがあって。
それは役者もそうです。
あっそうですか。
演じていながら第二の目が後ろについているんです。
そうじゃないと何かハプニングが起こった時に対処できませんから。
だから相手がセリフを忘れてボ〜ッと立ってると「お巡りさんあんたさあ今『暗くなって』って言いたいんじゃないの?」って相手のセリフを言うとか。
とにかく進行させると。
「進行させる」ね。
話も実はね自分でもよく忘れますけどね。
忘れてもまあね大先輩にお伺いしますとね「忘れた」って言ってるようでは駄目でね。
「う〜ん」って見つめるんですよお客様を。
そうするとね「すごい間合いだな」とかね「いい間だな」とか言ってくれる。
噺家さんは客席をじっと見つめるってできるけど私たち役やってて忘れたからって客席見つめる訳いかない。
続いては柳亭市馬さんの登場です。
お相手は岡千秋さん。
作家で演芸評論家の吉川潮さん。
ペギー葉山さん毒蝮三太夫さん。
そして最後は私の三味線も弾いて下さっている沢村豊子さんです。
いや〜豊子師匠の三味線はまさに名人芸。
お話の方はいかがでございましょうかね?私にデビュー曲を書いて下さったから。
書きましたよ。
いい歌が出来ましたね。
もうね6年前になりますけども。
そんなになりますか。
このね「会いてえなぁふる里に」というね…。
もう是非歌ってほしいんですがどうでしょうね?それでね私も歌いたい気持ち満々なんです。
なぜか先生が座っていらっしゃるその前にこのキーボードがあってでうちにはですねちょっと手を伸ばすとすぐ出てくるものがあるんですよ。
なぜかね…。
ちょっと…マイク。
そういう仕掛けになってる訳ですか。
じゃあ是非ピアノ伴奏しますので。
お願いします。
よろしくお願いします。
「会いてえなぁふる里に」。
・「故郷じゃいま頃田植えの頃か」・「兄の手紙じゃみんなも達者」・「十五で出て来た東京暮し」・「あの山この村瞼を閉じりゃ」・「会いてえなぁ会いてえなぁふる里に」やった〜!いやいやいや…すばらしい!もうね師匠の声ってね本当に土のにおいがしてね温かい。
やっぱり歌って特にふるさともんっていうとねやっぱりこの温かみが一番の売りなんでねすばらしい。
それを作った先生ですよ。
いやいや。
やっぱりすばらしい声してるからすばらしいメロディーが自然に出てくるもんなんですよ。
お互い褒め合っててもなんなんで…。
こうやってね…。
何で引き出しの中に…。
これはあれですよ。
「侍ニッポン」。
・「人を斬るのが侍ならば」とかこれを突然歌いだしたり何かするその姿を見てですよ。
まあ何かをして最初なかなか皆さんが見てくれる土俵の上へ上がるのも大変ですしねこれだけ人数も多いと。
土俵へ上がるためには何かするかと思った時に何かの…何て言いますかね取っかかりというか…。
だからよく僕も立川流の若い連中に言いますよ。
市馬さんぐらいうまくたってああいう事やってるんだからお前らただ落語だけやってていいのかと。
何か手を考えろと客を喜ばす。
いろんな所へ聞きに行った訳でしょ?一番多い時でね月に40本。
月に40本って事は…。
昼夜とか。
月のうち毎日夜は行って10日間は昼席行ってるって事ね。
やっぱり批評ってのはね批評の「批」の字は「」に「比べる」でしょ。
やっぱり手をかけて比べないと。
という事は多く見ないと比べらんないでしょ。
一人の落語家さんを一席だけ聞いて判断もできないでしょ。
出来のいい時悪い時体調のいい時悪い時あるでしょ。
そうするとやっぱりね最低3回聞いて3回よかったらこれはね文句なしなんだよね。
3回のうち1回でもよかったらそのよかった時を褒めると。
3回ともどうしても駄目って人は聞かなかった事にすると。
大変気ぃ遣いますね先生も。
やっぱりそのぐらい若手を書く時はね気を遣わないと潰しちゃう事もあるしね。
あんまり褒め過ぎても天狗になるっていう事もあるしね。
これはやっぱり程が難しいのよ。
同じ褒めるにしてもね。
お相撲さん大好きなの私。
ですってね。
そしてちょうど入っていらっしゃる所花道ね。
私のすぐそばだったの偶然に。
そうすると皆さんのお尻の形とか色艶とか…。
横綱白鵬さんなんてもうね本当に触ってみたい。
ちょっと手出して痴漢って言われちゃうといけないから黙ってじっと見てる。
でもお相撲さんのお尻の形と色艶でその日のコンディションって分かるわね。
それはやっぱりそばで見てると本当に違いますね強い人は。
強い人は違う。
最近はひいきの力士はいますか?いますよ。
イケメンねみんな。
例えば誰がいいですか?大砂嵐とか勢さんとか。
ああ〜いいね。
みんなお相撲が終わったら映画界に入ったら?っていう感じのね。
勢もいいですね。
勢さんも歌も上手だしね。
一緒にデュエットしたいなと思ってるんです。
それは聞かせてあげたいね。
じゃあね私がここでね相撲甚句を1節。
ペギーさんの前で私が何か歌うなんていくらずうずうしい私でもちょっと気は引けるんですがペギーさんにささげる相撲甚句でまいりたいと思いますが…。
・「ハアーエー」・「時は流れて世は変われどもヨー」・「ハアー歌への情熱変わらない」・「『学生時代』や『ドレミの歌』『南国土佐を後にして』」・「聴く者全てに安らぎと希望を与えるペギーさん」・「歌声とわにヨー」・「ハアーとこしえにヨー」
(2人)・「ハアーどすこいどすこい」かまいあいってよく言うでしょ。
これは近所の…落語でよく言う向こう三軒両隣のつきあいの…。
俺が今思うのは…。
市馬ちゃんは分かんないかな。
隣組の歌知ってる?・「とんとんとんからりと隣組」・「格子を開ければ顔なじみ」・「廻しておくれよ回覧板」・「知らせられたり知らせたり」さすが!
(2人)・「とんとんとんからりと隣組」・「あれこれ面倒味噌醤油」そうそう。
・「ご飯の炊き方垣根越し」
(2人)・「教えられたり教えたり」これだよ!これが今の日本に一番足りないと思わない?なくなっちゃったんですよね。
こんな国じゃなかったんですけど。
これがかまいあいだよ。
昔で言えばおせっかいだけどかまいあい。
だからかまい合うという事が今非常に足りなくなったからおじいちゃんおばあちゃんも孤独になり話し相手がいない。
だって携帯電話も使えないよ。
スマートフォンもないパネルもない。
だったらかまってあげるという事が一番。
それで元気で年を取れば医療費を落とせる訳じゃないですか。
話が随分大きいところへ進んでますけど実際そうですよね。
医療費の…本当に下の方からそうやってお年寄りが元気でいて医者にかからないで済むようになればね。
浪曲の三味線っていうのは何かの民謡だったら伴奏じゃないですか。
浪曲の一応伴奏にはなってるんですけど一応勝手に弾いちゃいけないんですよね。
浪曲の方弾きだしっていってジャンジャ〜ンってありましたら私はこういうふうにやるよとかきっかけとかって…。
でも何か譜面がある訳じゃないでしょ?譜面はありません。
みんな耳で聴いて覚えた。
そこはもうジャズの掛け合いみたいに…。
どんな節が来るか分からないですよね。
浪曲師とそして三味線のこのぶつかり合いというか息の合わせというか…。
本当にそれが難しいです。
豊子師匠をお迎え致しまして楽しく過ごしてまいりました「演芸図鑑」。
ちょうど時間となりましたまたのご縁とお預かりお粗末でしたまずこれまで私もねどういう訳ですか毎回毎回途中で1節歌ったり1曲歌ったりね。
落語協会会長なのにどうしてこう歌うんだと。
自分でも不思議なんですけれどもまあ好きですからね。
つい歌ってましたら歌手協会の名誉会長でもあられますペギー葉山さんとねお話をする事ができましてペギーさんもとってもこの「演芸図鑑」を喜んでくれてご自分のブログにすぐ上げて頂いたり「お知り合いの方からねよく見てたってお話をもらうのよ」なんてお電話頂いたりお葉書を頂いたり。
それがご縁でね私の独演会のゲストに来て頂いてまた2曲も歌って頂いたというなんと私ありがたい事を経験致しました。
本当にふだんなかなか聞かれない面白くてまた興味深い話を随分皆さんから伺いまして私もためになりました。
あの収録が行われてる頃は私落語協会の副会長という事でねそのころ会長でした小三治師匠の下で一生懸命働いておりましたがちょうど番組が私の番が終わる頃今度は会長になっちゃいましてね。
「なっちゃいまして」って言うと変ですけどならせて頂きましてこの番組のおかげかもしれませんですがね。
「終わりよければ総てよし」なんて事言うんですが今年も本当に早いもので暮れていきます。
「演芸図鑑」をお楽しみの皆様どうぞひとつ来年がよい年になりますようにお祈り致しております。
どうぞ皆さん今後とも「演芸図鑑」をよろしく。
よいお年を!残念ながら今年の4月にお亡くなりになった渡辺淳一さんも生前この番組に出演して下さいました。
今日はその回をたっぷりとお送り致します。
先生はどうしてお医者さんで作家なんて事を考えたんですか?それはね僕は中学の時から短歌とか俳句もやってたんですよ。
それ褒められましてね中学の国語の先生に。
それでちょっとあれなうちに仲間が小説書き始めましてね同人雑誌をやってたんです。
それで小説書くようになって。
昔ありましたね同人雑誌っていっぱいね。
そのころ医学部にいて解剖して胃の中にブドウの種が入ってる人がいたんですよ。
本物の食べるブドウの種?はい。
この人死ぬ前にブドウの種飲み込んだのかなと思って。
そこからいっぱいの妄想が湧いてきましてね。
「葡萄」っていう短編を書いた事がありまして。
医学部行ってね脳血管や全部みんな同じなんですよ血管の配置も神経も。
それなのにたくさん人って違うじゃないですか。
この機能的な違いっていうのが解剖学的にはみんな同じなんですよね。
師匠も僕もここには同じ神経と血管全部あるんですけどね考える事も行動もまるで違う。
これにね本当に驚き感動しましてね。
先生は何年ですか?終戦の時は。
僕は小学校5年生…4年です。
4年生。
子ども心にも戦争ってのは嫌だなと思ってました?そりゃあだって…寝るじゃないですか。
枕元に衣類をね…。
5〜6分ですぐ着て防空頭巾かぶっていつでも逃げられる練習しときなさいって言われて。
防空ごうに入る練習を随分やってました。
防空ごうは随分お入りになった?ええ。
入りましたけどあんな所はもう今考えると…。
いるとこじゃないでしょ。
もう爆弾一つ来たらたちまち駄目ですね。
今のようにあれやっちゃいけませんこれやっちゃいけませんなんてこうるさい事親言わなかったですね。
何でも体験しなさいっていうかとってもよかったですね。
あのころ僕らおなか減って…。
昼弁当持ってこれないやつがいるんですよ。
いましたよ。
いましたか。
猛烈な闇屋の息子なんかすごい弁当持ってくるのがいるとそのクラスのボスが必ず…。
いましたね。
すごい弁当持ってきた人に「お前それ全部食うな」と。
「こいつ何にも弁当持ってきてないんだからそいつにやれ」と。
一部白米とか取り上げて貧しい弁当なしの子どもにあげてね。
でもそのかわり弁当もらった子はくれた金持ちの息子が何かケンカして負けそうになると必ず助けに行くっていうかね。
そういうのもきちっとね…。
義理人情って事が…。
勉強しましたね生活で。
今小学校なんかによっては徒競走してもみんな一緒に…バラバラに到着しても。
決めちゃいけないんでしょ?決めちゃいけないなんてバカな教育やってますよね。
あんな甘やかしてるから現実の社会に出ると生きていけないんですよ。
やっぱり子どもの時からね大金持ちと貧しいやつと弁当持ってるやつと持ってないやつといるんだって事。
どうせいずれ分かる事ですからそういう事をきちっと小学生の時から見るというかね学ぶべきですよね。
先生物書きでいらっしゃるから筆一つで女性を表しますよね。
はい。
僕たちはそれ口で言っても駄目な場合があるんですよ。
どうしても形でやんなきゃいけない。
昔ですとここの所から長襦袢の裾をちょっとこの袂の所から出して「やだね」ってこんなとこへやるとそれが正面から見て女の人みたいな目に見える訳でしょ?その場合の先生のお書きになるとこはスラッと書いてらっしゃるんだけどそれが若き男性にしてみるとものすごく興奮する場合があるんですよ。
私も随分興奮しましたけどね。
ありがとうございます。
ああいうのは先生ご自分の目で見ておやりになる?目で見てじゃなくて対女性は実感ですね。
感じてそのとおり書くというか。
恥じらいもなく書くっていうのが作家ですよね。
これ恥じらうとか戸惑うと駄目ですね。
女は恥じらっちゃいけない。
女性を書く場合ですね。
物をお書きになる時にね。
ええ。
僕は男女のセックスっていうのはねいろんな事書いてあるけどね終わったあとが大事ですよね男女の関係っていうのは。
男は終わったあとが非常に粗末ですよね。
すぐガタッて寝ちゃったりして。
もっともっと優しく静かに抱き締めてるとかね。
くたびれませんか?えっ?くたびれませんか?これが体力ですよ。
おい後で俺の手帳持ってこいよ。
ちゃんと書いとくから。
やっぱり異性というのは僕らと同じ性じゃないからとっても勉強になりますね。
勉強しなくちゃいけないと思って。
今日これだけお話しさせてもらって先生がなぜこれだけお若くいられるかよく分かりましたよ。
えっ?そういうものをご自分で描きつついらっしゃるから…。
最後の言葉の「女の人はそういう事が終わったあとが大切ですよ」とおっしゃった。
これはもう今からじゃ私は間に合いませんけどね。
そんな事ないですよ。
まだ頑張ればどうにか…?大丈夫ですよ。
高齢者施設でね80代のお二人に会ってとても仲いい方でね聞いて。
「2人で夜寝る時手を握り合って休むの」って。
それはよく聞いた事ありますよ。
それからね背中とか何かをなで合う。
そうするだけで安心して満足してくれる。
それで心が和んで血圧も下がるしね腰痛症も治ったっていう。
いっぱいいらっしゃってね。
みんな言いたいとか聞きたいのは随分いるんですよ。
どこまでそんな事しゃべって…。
例えば私なんかがそういう話すると「このじじいいつまでたってもすけべだね」なんて言われるから。
すけべって事はすばらしい事ですよ師匠。
ますます尊敬しちゃった先生。
そうですか?僕は絶対そうしていようと思ってますよ。
先生のお話聞いてて人間的な先生だなってしみじみ感じましたよ。
小説は人間書くものですもん。
だから人間好きでねすけべならすけべでいいと思ってますよ。
先生もうひと言だけ最後にお聞きしてよろしいでしょうか?これから生まれ変わりになったとしたら作家でいらっしゃいますかお医者さんでいらっしゃいますか。
いや〜多分作家やるんじゃないかと思いますね。
先生きっと天国でも小説を書いているんでしょうね。
さて次は柳家権太楼さんのご登場。
権太楼さんがお母様との思い出の曲をどうしても歌ってもらいたいというたっての希望で小林幸子さん。
そして片岡鶴太郎さん。
初代林家三平さんの奥様海老名香葉子さん。
夢枕獏さん坂崎幸之助さんです。
それではどうぞ。
おふくろさんのために「雪椿」をお願いしてもいけない?喜んで!実はね今日ここへ連れてきてるおふくろを。
ちょっと待ってね。
こういう私の…親だったんですよ。
このおふくろさんが小林幸子さんの「雪椿」を「いいね〜この人はいいね〜」って言いながら。
よろしかったらば…私のわがままです。
親孝行させて頂けると…。
何をおっしゃいますか。
うれしい。
分かりました。
何かえらい事言っちゃってるようで申し訳ないなと思って。
・「やさしさとかいしょのなさが」・「裏と表についている」・「そんな男に惚れたのだから」・「私がその分がんばりますと」・「背をかがめて微笑み返す」・「花は越後の花は越後の雪椿」そんな…勘弁して下さい。
ありがとうございました。
いい親孝行ができました。
あなたのおかげです。
歌わせて頂きました。
ありがとうございました。
あ〜とんでもないです。
朝早くから湿っぽくしちゃいけないのかもしれないけども。
でも私も本当にいろんな経験をさせてもらってますけども母親ってすごいなと思って。
母親を絶対越す事はできないですね。
あれ何ででしょうね。
何もかも全て越せないです。
本当にそう思います。
それが一番の…そういう事が思う事が親孝行になるんですよね。
はい。
今後はあれですかどういうふうな?今度。
実を言うと何も考えてないんですよね本当に。
結構行き当たりばったりで38の時に絵を描きたいと思ってそれで絵を描くようになる。
そして今度は紙だけじゃなくて例えば「絹に描いてみたらどう?」って誘われてそれが着物の絵付けになっていって。
「土に描いてみたら?」っていって描いてみたらだんだん「器作ってみたら?」って陶芸になっていったりとかそれが絵から派生していろいろ広がってったりしてるんですね。
ですから何かやりたいってふっと思った事はすぐに着手して躊躇せずにやっていこうと。
今58ですから60になった時に何か新しいものやってみたいと思ったらすぐやろうと。
そこまでの間は真っ白にしておけばそこへポ〜ンと行けたらまたその力が出るんでしょうね。
若い時の三平師匠のお話なんかをちょっと聞かせて頂けるとうれしいなと。
どういうお方だったんですか?やっぱり若い時はもう遊んでばっかりいましてね。
噺家さんになった頃はもう…。
気性は真面目なの。
気を遣って下さるし…。
真面目だったんですけども遊びに行くとなったらば転々と飲んで歩いて。
飲みに行っても気を遣ってくれる師匠じゃなかったですか?女の子にも非常に優しかったんだろうと思います。
そうですね。
特に女の子に優しかったんですか?そうなんですよ。
優しいというよりモテましたね。
すごいモテて大変でした。
昭和20年代。
私嫁に来た時。
帰ってこない?帰ってこない。
帰ってこない?帰ってこない。
談志さんも後年あんな…なっちゃいましたけども若い時はかわいい人でしたの。
うちなんか勉強しに来るでしょ。
「源平」なんか作ったりね。
やってましたでしょ。
そうすると「おねえさん何も手ぶらで来ちゃったから」ってうち薪でごはん炊いてましたの。
薪を割っていってくれるの。
お尻はしょって。
何かにつけて優しかった。
一度ヒマラヤの山の中で食料が尽きてしまって。
その時に吹雪でベースキャンプに閉じ込められちゃって最初は汚らしい男同士なんですよ。
「山ヤ」?「山ヤ」ですね。
最初はエッチな話をするんですよ男同士ですからね。
みんなが持ってるエッチなネタを一とおり言ってみんなで大笑いしたあとね何の話していいか分かんなくなっちゃうんですね。
そういう話したあとは。
そうすると神様の話するんですよ最後の最後に。
「神はいるか?」みたいな事をねいい年した大人がね寒いそのベースキャンプのテントの中でボソボソボソボソ話をしてるんですね。
それはどういう心理からそこへ行くんですか?分かんないですね。
先生体験してる?すがりたくなっちゃうんですかね。
本当怖くて…僕はナイフ握ってその時は寝てましたので。
氷河の所なので流された時に雪崩が多分テントが潰れた上に雪崩の雪が載ると思うんですね。
そうした時にナイフ持ってないと素手だとテントの生地を切れないんですよね。
2重か3重なんですよね。
フライまでかかってますので。
僕隊長にそ〜っとねみんながいるとこだとちょっとまずいなと思って隊長だけ呼んで。
「隊長。
僕正直言うと怖いんですけど」って話をしたんですよ。
そしたら隊長がかっこよくて「俺だって怖い」って言うんですね。
「俺だって怖いけれども俺は竜が守っている玉を取りに来たから竜と戦う覚悟をしてきた」ってね言うんですよ。
それはどういう意味でと?山の頂上が竜の守ってる玉ですよね。
例えば雪崩であるとか吹雪であるとかあとはいろんな自然現象が竜ですよね。
そういうものと自分は命を懸けて戦う覚悟はしてきたという意味なんですけど。
「僕はそんな覚悟しないで来ました」ってこの辺まで出かかったんだけど言えなかったですねそれは。
「そうですか」って言って。
でもナイフ使わなくてよかったですね。
よかったですね本当に。
この間ね実は150周年というのに我が母校がなりましてね。
そこで同窓会というんですかそういう人から言われて落語やってくれませんかというので明学の中にあるホールで落語をやったのですよ。
その時に公式行事だったので「校歌を」と言うんですよ。
校歌を歌うといった時に「ALFEEのバージョンで歌います」って。
すごいですね。
俺初めてあの時に「あっALFEEというのはそれこそ島崎藤村に並んだんだ」と。
そんな並んではいないですけど。
アレンジをしただけですよ。
でもね。
歌いました?僕らの伴奏で。
やりました。
みんなで?うん。
あの時はですね僕らアレンジしたのはベル芝というレストランの先にインブリー館というすごく古い大正か昭和初期ぐらいのがあって。
教会に似たというようなのね。
そうですそうです。
あそこが何か保存しなきゃいけないという事になってそれのチャリティーをやろうという事で新宿の厚生年金大ホールでそれをじゃあやろうって。
売り上げを寄付しようって。
そのかわり…僕は除籍で2人は中退なんですよ。
誰も卒業してないんでじゃあシャレで当時の学長に「チャリティーやりますので例えば名誉卒業とか名誉中退とかそんな感じで頂けますかね?」って言ったら「じゃあその話はとりあえず後で検討しましょう」と。
「じゃあよろしくお願いします」と言って売り上げ寄付してCDもそれで作ったんですその時に。
その時に作ったバージョンなんですよね。
そのCDを現場で売ってその売り上げもインブリー館に寄付したんですよ。
そうしておきながらいまだに?そのまんま。
「梨の礫」?本当にそういう学校なのよあれ。
そういう学校ですか。
がっかり。
その後師匠がですね明治学院の同窓会の方に問い合わせて頂いて坂崎がちゃんと会員になってるかどうかってこの認定証のコピーを送って頂いたそうでございます。
1997年の5月23日に同窓会会員として承認されましたと。
同窓会の会員だっていう事がこれで正式に分かった訳ですが実はですねその後もう一つすごい事があって今年の3月に僕らTHEALFEE3人とも明治学院大学を名誉卒業という卒業生という称号を頂きましたよ。
還暦になって卒業っていうのは一つ当時卒業するよりも何か感慨深いものがございます。
しかも僕の場合ほとんど1年しか行ってないんでちゃんとした卒業生に怒られちゃうんじゃないかと…。
また近いうちにですねどこかの機会がありましたらいろんな楽しいお話しさせて下さい。
THEALFEE坂崎幸之助でございました。
さて最後は三遊亭小円歌さん。
お相手は小円歌さんの師匠三遊亭圓歌さん。
番組初の師弟対談となりました。
風間杜夫さん小室等さん。
小円歌さんがどうしても会いたかったという「ベルサイユのばら」の作者池田理代子さん。
そして佐高信さんです。
それではどうぞ。
アハハ。
師匠こんな事お聞きしちゃなんでございますが…。
ない。
えっ?やっぱり。
私絶対そうおっしゃると思いました。
お前なんかどうなの?何かやりたい事あるの?私ですか?私はそうですね。
どうでしょうか?師匠に育てて頂いたあれもありますので三味線漫談でですねもうちょっと頑張って小円歌という…。
いやなれ!もう一流になれんだからなりなさい。
お前なんかの場合はお客から色気で見られてる間はいいんだよ。
なあ。
「あのおねえちゃんいくつになったんだろ?」なんて。
まさかお前が68って知らねえんだから。
げっ!げっ!でも本当よかったよ。
俺今日お前としゃべれてうれしかった。
ありがとうございます。
師匠がものすごい楽しみにして下さってるという事でもうありがたいありがたい。
本当にありがとうございます。
これが遺作にならないように。
えっ?何?師匠これが…いえ何でもありません。
おしまいの番組にならないように。
聞こえてるわやっぱり。
気持ちは分かるけどねまだうまく逝かねえんじゃねえかな。
大丈夫師匠。
まだまだ。
まだまだはいいよ。
えっ?「昨日までここの楽屋で元気だったんですよ」ってそういう死に方したいな。
あっなるほど。
高座で言うんだけど「年老いて万事枯れゆく昨日今日むさ苦しさになるまいぞ夢」。
芸人だからね汚くなったねと言われないようにこれを努力しなきゃ。
だから僕は「圓歌師匠いつまでも若いですね」って言われるより「お元気ですね」って言われる方が好きだよ。
あっそうですか。
「お元気ですね」の方がいいんですか?好きだね。
いつまでももうきれいなおじいちゃまでいてほしいです。
第一その「おじいちゃん」が気に入らねえんだ。
あれ?分かりました。
お兄様とか。
お兄様がいいんですか?師匠。
じゃあそう言わせて頂きます。
実はですねええ…。
エヘヘヘ。
あれ?いきなり。
昨年の10月の29日に初孫が生まれまして…。
これがね僕はびっくりしました。
あまりのかわいさに。
あまりのかわいさ。
今まで見た赤ん坊の中で一番かわいいですね。
それはやっぱりご自分の…。
いや。
よくねだから周りの人に言われるんですよ。
「風間さん孫というのはそれはねご自分のお子さんよりも無責任でいられるから無条件にかわいいものだ」。
そうじゃないんです!僕が言ってるのはビジュアル的に!その完成度の高さっていうの。
本当ですか?ちょっと今写真持ってきてるので見て頂きたいんですよね。
これはね…。
わざわざ持ってきて頂いて。
なぜ私がそれまで言うかって力説するかというくらい…。
どうよ?これ。
ハハハ!かわいい〜!え〜?かわいいですね。
お名前何ておっしゃるんですか?モネというんですがね。
モネちゃん。
これはお正月に頭にみかん載せてこれお供えモネっていうんですけど…。
(笑い声)
(林家三平のものまねで)どうもすみません。
どっちかな?どっちかな?こちらですかね。
は〜いこんな感じです。
この間目に入れたら痛くなかったですね。
もうしまいましょこれね。
ありがとうございます。
まあ本当でもそんなにかわいかったらやっぱりねえ。
だけどねやっぱりこうやってかわいいかわいいって言ってもうじいじとか呼ばれるようになるじゃないですか。
やっぱじいじって呼んでほしい?呼んでほしい訳じゃないですけどじいじじいじって周りがね。
そうすると人間というのはいいじいさんになろうとかね。
かわいいきれいなおじいさんになろうと演じているうちにじいさんになっちゃうんじゃないかと思ってね。
これはヤバいと。
一応私も役者ですからねいずれはじじいの役も来るでしょうけどまだまだ生臭いオヤジでいたいと思ってね。
なるたけ…。
だってじいじって言われると歩き方までおかしくなるんですようちで。
何かこういう…。
じいさんを演じちゃうんです。
ああ〜。
俳優さんだからやっぱり演じちゃうんですかね?じいじに成り切ろうとするという。
それがちょっとまずいなと。
ですからこうやって孫の写真を自慢して見せるのもそろそろ卒業しようかなと。
(笑い声)僕の場合ねこうやって見せてる僕がかわいいんじゃないかと思ってるんですよ。
えっ!だからそれも大きな勘違いだって事。
モネちゃんのためにもいつまでも若々しくいて下さいね。
隠居ライブって…ちょっと小耳に挟んだんですけど。
やるんですか?隠居ライブ。
隠居ライブっていうのはあの〜特に僕らの団塊の世代…僕も無理やりに入れれば団塊の世代で。
その人たちが定年を迎えるというような事になった時に僕は感じたんだと思うんですけど。
定年を迎えてまあ隠居をやむなくされる訳ですよね。
余儀なくされる。
隠居っていうのはね何かこう世の中からお役御免になってあとはひっそりと一人で隠居してっていうんじゃなくてお役御免になったっていうのは何かと言うと今までのしがらみ会社のため何のため家族のためとかっていうような事でどこかでしたくない事もしてっていう事だとするならば定年になって隠居をするって事はこれからはお前自分のために暮らしていいんだよという事なんじゃないかって。
だからそうやって見ると僕なんかでもね何かこう自分が歌いたいようにやりたいようにステージをやる。
目の前にお客様がいればそのお客様に向かって「どう?」っていうような感じでおつきあい頂くみたいな。
そういうライブをこれからはやっていきたいなと思ってそれを僕は自分で隠居ライブというふうに呼ぶ事にしたんです。
私割と早くに更年期障害が来たんですよ。
もう40そこそこで。
えっ!でその時に…。
それまで夢中で突っ走って仕事してきて初めてこう立ち止まって自分が生きてきた時間これから残された時間というのを考えて「あっもう人生の折り返し点が来たんだ」って思ってやり残した夢はないかなってリストアップしてみてまあいろいろありましたけど…。
どんな事あったんですか?いやいろいろありましたよ。
例えば一番に来たのはねお母さんになる事。
お母さんになる事。
でもねやっぱりできないものはしょうがないと。
これはね…。
やっぱり急がないと駄目なものってありますよね。
そういえばすごい子どもの頃から音大に行きたかったなって。
それからもう本当に5年くらい悩みました。
決意したのが45歳。
それから2年間受験勉強してなんとか…。
すごいな。
私絶対できない。
普通だったらもう…。
それこそ私が池田さんでそこまで行ってまあお金も…。
すいません下世話な話で。
いえいえ。
お金も入ってくるいろんなもの…もう頂点に行ったってなったら「もうこれでいいんだ」って思っちゃうんですけどね。
いや〜私はね社会的な成功って本人にとっては意味ないと思う。
やっぱり人生における成功って自分が本当にやりたい事をどれだけやれたかだと思うんですよね。
死ぬ間際にね「あっもう思い残す事ないな。
やり残した事もないな」と思えたらその人の人生大成功だと思うんですけどね。
まさしくそうおっしゃるとおりでございます。
そう思います。
本当ですよね。
でも粋っていうね…。
粋っていうのは何なんですかね?粋っていうのは何か?それはもうだって佐高さんみたいな方でしょ。
またそういうね…本当の事言う。
(笑い声)何かこうどっかやっぱり捨てる事ができる人かなっていう。
何かね…。
そうですね。
小円歌さんもそうでしょ。
だからこっちに行けば得するんだって分かってても得しない方に行くっていう。
そうでしょ?そうです。
捨てられる人っていうのはやっぱり考え方の違いを超えて引かれますよね。
何かやっぱり収まるのが嫌なんですよ。
とかく。
はい分かります。
年取って収まるっていうのはまた嫌なの。
そうじゃないんですね。
あの〜円熟って言葉あるでしょ。
はい。
円熟の境地。
あれ嫌なんだ。
嫌なんですか?誰かが言ってたけども角熟っていうのがいいって。
かくじゅく?どういう字ですか?田中角栄の角。
とがったまま熟する。
なるほど〜深いですね。
まるくならない訳ね人間が。
角熟。
いってるじゃないですか。
うん?いってるじゃないですか佐高さん。
私はもう円熟でしょ。
え〜!?
(笑い声)角角角熟じゃないんですか?うん。
この対談をきっかけにますます親交を深めたお二人が忘年会をすると聞いてカメラがお邪魔させて頂きました。
私の浅草の行きつけのお店なんですけど…。
迷惑かけてるいろいろ…。
迷惑かけてない。
どうぞどうぞ。
どうも。
恐縮でございます。
乾杯!乾杯!乾杯!今年1年ありがとうございました本当に。
あの放送がだって…1月でしたでしょ?小円歌さんで明けて小円歌さんで暮れるという…。
いい事言って下さいますね。
ありがとうございます。
でもねその1月の放送を見た時にいつもは怖いイメージだったのに佐高さんが。
あんなニコニコしてる佐高さん初めて見たって言われました私。
誰かが崩したんだじゃあ。
私かしら?私かしら?フフフ…。
そんな事言われましたよ。
しかし今年一番ショックだったのは年末に来て菅原文太さん亡くなったの。
あっそうですよね。
個人的にもすごいつきあいあったから。
ラジオに最初呼ばれたの文太さんの。
あっそうなんですか。
同じ東北で…。
すごいショックだったね。
今年1年はどんな感じでしたか?「今年1年どんな事になりますかね?」ってな事を1月にお聞きした時に難しい事おっしゃってましたね。
「バカな大将敵より怖い」。
「バカな大将敵より怖い」。
それが更に進化していくんじゃない?進化しますか?うん。
だからね文太さんの後を追って来年はまあいいかなもう。
何を言ってんですか〜。
フフフフ…。
えっ?「憎まれっ子世にはばかる」って。
それもあるのよねお互い。
お互いって言わないの!いや〜ねいや〜ね。
1月に会ったあとちょっと飛行機に乗れなくなっちゃったの。
何でですか?何かドキドキするっていうかさ。
この間10か月ぶりぐらいで沖縄行かなきゃなんなかったから飛行機乗ったんだけど。
沖縄はかみさん連れていって。
おかみさん連れて。
それで一緒に乗って?しばらくぶりで手ぇ握ったりして…。
(拍手)おかみさんおめでとうございます。
よかったわ〜。
何年ぶり?おかみさんの手ぇ握ったの?それはここでは言えないでしょう。
あれ〜?いいんじゃないですか別に。
だっておかみさんだから別にいいじゃないですか。
それはそうだけども。
誰に怒られるんですか?家庭内階級闘争が一番激しいんだから。
そうなのね。
うん。
それでどっちが上なんですか?階級としては。
今熾烈な争いが…。
熾烈な争いなんだ。
そうなんですね。
あ〜。
世界平和より家庭内平和の方が問題だよ。
(笑い声)よかったよかった。
ん?何の話?こういう話じゃないんじゃない?いいじゃないですか。
いいんですよ。
ねえ?経済はどうなのかって話じゃないの?経済はいいんですよ。
来年もよろしくお願いします。
こちらこそ本当に。
このあともまだまだ宴会は続いたそうでございます。
いやいやいろんな人が出ていて楽しかったですね。
この対談と珠玉の演芸ネタをお送りしている「演芸図鑑」は毎週日曜日の早朝にお送りしています。
1月11日の放送からは私国本武春がナビゲーターを務めさせて頂きます。
最初のゲストは浪曲界を温かく見守って下さっている浅草木馬亭のおかみさん根岸京子さんです。
そしてそのあとは木の実ナナさんがお越し下さいます。
どうぞお楽しみに!それでは皆様よいお年を!2014/12/28(日) 13:05〜14:05
NHK総合1・神戸
極上のはなし 演芸図鑑スペシャル対談集[字]

「○○○○の演芸図鑑」のスペシャル対談コーナーから、名場面を総集編としてお届けします。演芸界を代表するナビゲーターが豪華ゲストのとっておきの話を伺います。

詳細情報
番組内容
「○○○○の演芸図鑑」のスペシャル対談コーナーから、名場面を総集編としてお届けします。演芸界を代表するナビゲーターが豪華ゲストのとっておきの話を伺います。
出演者
【出演】桂文珍,柳家権太楼,三遊亭圓歌,柳亭市馬,三遊亭小円歌,国本武春,奈良岡朋子,森昌子,妹尾河童,熊谷真実,小林幸子,片岡鶴太郎,海老名香葉子,夢枕獏,坂崎幸之助,渡辺淳一,岡千秋,吉川潮ほか

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
劇場/公演 – 落語・演芸
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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