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名著で考える「人機一体の経営」

『機械との競争』(エリック・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー著)

2013/07/01
平野 雅章=早稲田大学ビジネススクール教授

 歴史的に、機械・コンピューターは人間を助け、人類の繁栄に寄与してきた。最近、人間が「主」であり、機械・コンピューターが「従」であった関係に異変が起きている。機械・コンピューターが人々の仕事を奪い、人間の最後の砦であったはずの「プロ・職人の勘所」がビッグデータによって無力化しようとしている。経営情報学会会長で早稲田大学ビジネススクール教授の平野雅章氏が、人間と機械・コンピューターとの関係を占う名著を紹介しつつ、経営的視点に立って、人間主体の企業社会を構築するヒントを提供する。連載の1回目は、世の中に衝撃を与えた『機械との競争』(日経BP社)を取り上げる。


本書の主張:機械(コンピューター)が人間の仕事を奪う

 原書は、2011年初秋に電子ブックとして発行され、米ニューヨークタイムズ紙や英ロンドン・エコノミスト誌によって、同年のベストビジネスブックに選ばれています。

写真●『機械との競争』
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 本書では、機械とは「ITを含む広い意味での自動化装置」という意味で使われています。本書の 原題は「Race against the Machine(機械に対する競争)」ですが、本文中には、これからは「Race against the Machine」に希望はなく、「Race with the Machine(機械をもってする競争)」というように考え方を転換せねばならないと書かれています(『機械との競争』という邦題は、どちらの意味にも取ることができて素晴らしい!)。

 米国では1970年代以降、長期にわたって雇用が減少しつつあり、景気が回復したように見えても、失業は一向に減らないという現象が続いています。この忌まわしい傾向の原因を説明する理論は幾つか提唱されていますが、著者らは、ITのとてつもない進歩が雇用減少の根本原因だと主張します。

 「ムーアの法則」(半導体の集積密度は18カ月で倍増するという法則)に代表されるようなハードウエアの進歩は広く知られていますが、アルゴリズム(コンピューターを使った計算方法)の進歩の速度は、これをはるかに上回っているのです。その結果、チェスのようにルールのはっきりしている意思決定だけでなく、従来人間の方がコンピューターよりも得意とされてきた判断を伴う意思決定(例えば、公道上の自動車の運転や、意味を伴う翻訳など)でも、次第にコンピューターが人間の能力を上回るようになってきています。

 この結果、人間と機械(コンピュータ−)とを対置させて、「コンピューターが得意な仕事はコンピューターに任せる一方、人間はコンピューターが不得意で人間の方が得意な仕事に特化して、コンピューターと人間の分業(=共存)を図る」という従来からの考え方が事実として破綻しつつあります。人間の方が得意な仕事というものが急速に減りつつあることを、事例から示しています。

 人間に残されるのは、スピードは必要でないが判断力やセンスを求められるような高度なスキルを要する仕事と、洗濯したタオルを折りたたむ作業のように、ロボットを設置するより非熟練労働者を使う方が安い仕事のみとなる、と予言しています。

 このままでは、今後、人間の方が得意とされる領域はますます狭くなります。失業は増加し続け、中産階級はなくなってしまうので、大胆な政策転換が必要と説いています。(巻末には、教育から法規制まで広範囲にわたる19項目の提言が列挙されています)。

平野教授はこう読み解く:中産階級は崩壊、社会の総需要は減退する

 ホワイトカラーの職場では、中程度のスキルしか必要としない典型的なホワイトカラーの仕事は、ますますコンピューターによって置き換えられていくでしょう。中程度技能を必要とするブルーカラーの仕事は、現地の産業基盤や多文化、遠隔地マネジメントの困難を考えると、人件費の安そうな発展途上国に持っていくより、国内でロボットと3D印刷などに置き換えていく方が安価かつ安定した操業が可能となります。

 スキル水準で見ると、超熟練と非熟練の両端のみが人間に残され、中間的な熟練水準の領域はますます機械化されていくでしょう。

 これに伴い、日本を含む先進国労働市場の大宗を占めている中程度熟練労働者(特にホワイトカラー)への求人は減り、その平均所得は低下していきます。そのため、中産階級は崩壊し、社会全体としての需要は減少していかざるを得ません。

 すなわち、デフレ圧力も大きく働いていくということです。 これは、単なるSFではなく、本書にも多くの事例が紹介されていますが、現実に起こりつつあることです。

新技術理解の人材育成が急務

 個人としての人間の能力は、生物学的制約があるので、飛躍的に向上することはありません。100メートル走のような能力であっても、何百年もかけても2倍になるということはありません。同様に、判断力や仕事の能力も、いくら教育研修に力を注いだところで、いきなり2倍になることはあり得ません。

 これに対して、機械の能力は、指数関数的に(急激に)向上していきます。たとえ独裁者であっても、こうした技術進歩を止めることはできないでしょうから、機械に対抗することによって雇用と業績を守ることは不可能です。