徹子の部屋 2015.01.09


十日戎は11日まで続き、3日間で、およそ100万人の参拝客が見込まれています。
(黒柳)皆様これお小さい時の今日のお客様のお写真です。
一番この可愛い着物の右端のお嬢さんがそうなんですけど。
何といっても6人姉妹。
(音無)はい。
すごいです。
お父様は素敵なお洋服着てらしたんですけどお父様はお洋服を作ることを…。
ええ。
婦人服のほうの。
あっ婦人服の。
はいそうです。
音無美紀子さん今日のお客様です。
素敵なお着物でおいでくださいました。
色んなお話伺います。
よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
お母様もハイカラな方で。
はい。
音無美紀子さんでいらっしゃいます。
何回も出ていただいてるんですけどいつも色んな格好してくださるんですけどやっぱりこういう和服をお召しになった時とっても素敵でよく慣れていらっしゃるということもあって。
ありがとうございます。
素敵な。
一応お正月なのでね。
新年なので。
新しい年ですので。
本当奇麗。
でも奇麗ですねそこ。
あのね…。
そうですね。
なんかブルーが最近すごく私好きになって。
夏もよくブルーを着るんですけど。
あっそうなの。
いいですよね。
ありがとうございます。
さて先ほどのお写真ですけど大人数の写真で何が何だかおわかりにならなかったからもう一回。
これですね。
まだ12345人しか女の子…。
このあとから妹さんが?もう1人一番下の妹がまだ生まれてない時代ですね。
でもあれですね。
お父さん婦人服作ってらしたっていうのでお洋服がもうすごいですね。
そうなんですよね。
母がデザインやってて裁断したりもしてたんですけど。
お洋服のイージーオーダーって…。
当時デパートの婦人服の人形さんに着せてイージーオーダーをやってたんですね。
あら面白い。
あっそうですか。
なのでうちはたまたま女の子ばっかりなんですけど。
あと住み込みで縫い子さんとかもいたので。
もう本当女所帯でしたね。
女がいっぱいいる。
女がいっぱいの中で父が1人だけ男。
そうねお母様も入れると女…。
あっ本当だ。
だけどなんだかみんながそろう時がなかなかないんですってね。
そう。
これはねたぶんね一番上の姉はもう結婚していたんだと思います。
前に座ってらっしゃるのがあなた?そうですね。
父母でこれが一番下の妹で。
これ私ですね。
これあなた。
ねえなんか猫ですか?あれは。
犬ですか?猫ですね。
猫ですか。
あっ猫ですね。
抱いてらっしゃるのは。
これはもうデビューしてからの写真です。
そうですよね。
なんかもうちょっと芸能人という感じでね。
もうご主人との結婚の話は…。
あっすごいの。
それでねみんながそろうとこんな感じですって。
やっぱりお顔がほら何となく皆さん似てらっしゃるから。
そうですね。
これは…一番右の姉の長男の結婚式か次男の結婚式かそのぐらいでしたね。
でも奇麗ねみんな。
でも本当あなたブルーのお着物お好きって仰ったけど本当ね。
えーブルーのお着物お召しになって。
やっぱりさあなた真ん中ぐらいだろうにちょっと前のほうに「私中心で」って。
これは一番左側があなたですかね。
これ全部お洋服で。
そうでした。
これは誰かの…還暦のお誕生会をいつもやるんですね。
その時の…たぶん。
すごいですよね。
でもさ何ていうの?まああの…お母様もみんなをこう着せるっていうだけでもお仕事とはいいながら大変だったでしょうね。
そうですね。
ほとんどやっぱり上からのお下がりを私たち着てましたけれど。
何かこう卒業式だとか何とかっていうと必ずもう夜なべしてでもお洋服を作ってくれましたし。
セーラー服も全部母が作って。
セーラー服も?ああすごい。
じゃあお母様大変でしたねお忙しくてね。
割と年くっついてるでしょ?みんな近い。
そうなんです。
大体が3つ違いなんですけど間に1人入ったりするので。
私はすぐ上の姉とは年子なんですね。
あっそうなの。
あなた可愛いわねお着物ね。
これお下がりかもしれないけど。
昔の着物はなんか可愛いですよね模様がね。
そうですね。
一番下の右端が今日の音無さんなんですけども。
こんなちっちゃかった子もお母さんになって子供がすごい大きくなって。
はい。
すごいね。
息子何歳ですって?えーと29ですね。
お嬢さんいらしたでしょ?上が32です。
女優さんになってらしてね。
32歳。
はい。
わーすごい。
何ですか?これは。
これはですね昨年主人が9月20日にお誕生日。
古希だったんです。
70?古希って。
はい。
それでサプライズでお誕生会を私と娘と息子とみんなで計画して。
もう主人にはその日まで全く言わないで。
ご主人はさ俺には友達がいないからそんなのやんないとか仰ったんですって?そうそうそう。
そんなのやっても絶対人は来ないし僕は友達いないからいいって。
じゃあもう家族で?そして…そしたら100人ぐらい集まってくれて。
本当に?そうなんです。
もう本人がすごくびっくりして。
なんかレストランでなすったんですって?はいそうなんです。
はい。
ミュージカルに出てらした方とか…。
村井さんはねご主人の村井さんはミュージカルにお出になるのでミュージカルに出てたみんなも集まったりなんかして。
はい。
ちょうどたまたまその日コンサートを他でやってたんですけど。
ミュージカルナンバーばかり歌うコンサート。
その出演してた人がごっそり終演後彼よりも先回りして来てくれてたので。
開けた瞬間みんながいたのでもうすごいびっくりして。
お前たちなんで言わないんだよ!とか言って。
そうでしょう。
でも70におなりなの?お元気ですね。
歌も歌えてね。
おかげさまで。
でもあれね。
息子さんやっぱりお父様似ね。
左側の息子さん。
そうですね。
なんかだんだん似てきましたね。
お嬢さんはやっぱりなんかあなた似っていう感じがちょっとありますよね。
そうですね。
なんか年とともにこう似てくるんですね顔がね。
本当ね。
不思議なもので。
でもまあ70歳のお祝いの時ご主人をご覧になったらあら70でも素敵っていう感じだったんですって?そうですね…。
いやでもねなんか…信じられないですね70歳って。
お会いになったの若い時ですもんね。
そうなんです。
彼が26歳だったし。
でもやっぱり素敵に年を重ねてくれたなっていうふうに思うし。
あらこれ何?あっこれ結婚式の…結婚した時ですね。
ハワイの海岸で撮った写真ですね。
なんかハワイっていってもさ昔と違ってなんかあまり人いないわね。
そうですよね。
何となく。
そうですよね。
これは?これは新婚旅行ですね。
その後数か月経ってから2人でニューヨークに初めて行った時の写真です。
いいですねやっぱりね。
若いですね。
若いやっぱり若い。
だけどほら何見ても同じ職業だとあそこのとこどうだったこうだったって細かいことね。
そうですね。
やっぱりそれは一番正直に色んなことを言ってくれるし私もちゃんと必ず見て…。
ゲネプロね通し稽古なんか見せてもらって色々衣装のこともメークのことも。
いいですよね。
この間ねあなた出てらっしゃる『菊次郎とさき』ね。
あれ陣内さんとそれから室井滋さんのね。
あなたも出てらして。
あなた誰のお母さんやってるって?私はビートたけしさんのおばあちゃん役なんです。
北野武さんのお父さんとお母さんでありますところの菊次郎とさき様がこの前その格好でここにいらっしゃいましてですね。
扮装のままね。
そう。
扮装のままね。
それであなたに言付けをお残しになりました。
メッセージ。
ちょっと音無さん用のメッセージをご覧ください。
「美紀子さん」あー本当だ。
可愛い。
「毎日お疲れさまです」「お疲れっす!あざっす!」「何かあるんですか?音無さんの失敗談」「失敗…。
なんかおっちょこちょいってみんな噂してるっていうけどそんなおっちょこちょいかな?」「意外とねちょっとしたセリフが飛んだり詰まったことありましたよ。
でも全部笑いに変えるしたたかさがありますからあの人は」「私はすっかりごちそうになっちゃったんで前の時」「あっ本当?」「博多座で1か月公演してる時もう毎朝お部屋でご飯食べさせてもらってたんで私はご飯食べさせてくれる人の言うことを聞きます」「あっそういえば俺も名古屋で違う芝居の公演やった時すごいうまいステーキの弁当」「あっ食べさせてもらった?」「差し入れしてくれて」「おいしいの好きだよね」「おいしかったあれ」「私もおいしいステーキを差し入れてくれる人の言うことを聞きます」「ええ本当に」「でもね華のある本当大先輩ですから」「いや本当になんかいてくださるとすごくね安心してやれるからすごく…本当に助かってます」「とにかくねまだ公演も2月いっぱいまで全国回ります」「これから…これからですよね」「ええ。
音無さん頼りにしてますんでね」「音無さんでも体も柔らかいしさ」「そうなんだよストレッチが」「ものすごくストレッチとか…」「ストレッチとかしてるとね本当柔らかいの」「なんか台湾の軟骨曲技団見てるみたいだよね。
本当に」「本当にあれどうしてあんな柔らかいんだろうね」「ねえ。
体も柔らかいしね」「おいしいものをいっぱい知ってるし」「よろしくお願いします」「これからも頑張りますんでよろしくお願いします」「よろしくお願いします」嫌だ。
ハハハ…。
あの2人は役柄でもああやって出てらっしゃる感じなんでね。
でもステーキ弁当もいただいたとかって。
でもあれですよね。
あっこれですよね。
今あなたも出てらっしゃる。
あなたおばあさんの役なすってるからちょっとねそんなお奇麗なのにねと思いますけども。
で今体がすごく柔らかいって皆さんも仰ったけど…。
下のところにいらっしゃるのがあなたね?そこの左側のところ。
そうですはい。
それであれですよね。
体が柔らかいっていうお話がありましたけどもあなた草笛光子さんがご一緒の時…。
そうなんです。
芝居で。
私…今から15年ぐらい前なんですけれど草笛さんとご一緒した時に草笛さんの楽屋をのぞいたら草笛さんが楽屋でストレッチをしてらしてもうめっちゃくちゃ体柔らかいのを発見したんですよ。
で「えー!すごい」って言ったら「あなた何言ってるの。
40年毎日やってごらんなさい」「いくらだって柔らかくなるわよ」って言われたんですよ。
その時に私本当にめちゃくちゃ硬くて体が。
ですぐ自分の楽屋行ってやってみたら全く足は開かないし前にはつかないし。
でその日からやろうと思って。
うん。
それでやり始めたんですけど。
草笛さんもそうですけど例えば浅丘ルリ子さんも柔らかいし寿美花代さんも…みんなすごいですよね。
そうね。
だから大先輩がそうやってああ努力してるんだなと思って。
ちょっと見習ってで本当にあとを追うようにやってるうちに柔らかくなってきたんです。
なんかストレッチやってらっしゃるとこのVTRがあるんだってあなたの。
ちょっと見せていただいていいですか?なんかストレッチ…。
あっ舞台の前ね。
そうですねステージで。
へえー。
「ツースリー…」毎日こう…やるようにしてるんですけどね。
そうですよね。
でも柔らかくなったじゃないですか随分。
そうですね。
でも草笛さんたちにはねとても追っつかないです。
でもすごい。
「567…」数えてるのがすごいね。
フフッ…。
すごい。
ハハッ…。
全然開かなかったんですもん。
「ヨッ!」あっすごい。
おー!すごいすごいすごい。
あれだけ開いてねあれだけ…。
何ていうんですか?立っていられたらすごくいいじゃないですか。
だいぶ本当におかげさまで柔らかくなってきてやらないと気持ち悪くなってきましたね。
でもいいですよ。
そういうふうに先輩の方たちがお元気なのでね私もやってみようってね。
「40年もやってりゃできるようになるわよ」って言ってから随分もう経ちますか?はいもう随分…。
あれからだから十数年。
そうですよね。
だから毎日毎日やってたらあのぐらいね本当おできになるようになるんですよね人ってね。
筋肉もちゃんとつくんですね。
年齢に関係なく。
そうそうそうそう。
そう。
だから怠っちゃいけないなと思って。
そうですよね。
舞台はもう何ていったってね。
そうですね。
ちゃんと歩けてしゃんと立ってられないと。
今見ただけでも段差があるところね。
上がったり下りたりとかね。
色んなのできないとっていうとこありますよね。
でもまあお元気で。
はい。
でもおばあさんの役で残念ですけどまあ。
でもなんか皆さんと一緒に集まって楽屋でご飯召し上がるの?ええ。
長期公演だったのでパート1やった時に。
1か月間博多座っていうところに出てたんですけどやっぱり毎朝ホテルのご飯がもう飽きちゃってなのでもう電気釜でご飯炊いておみそ汁作って。
ちょっとお魚焼いたりなんかしながら。
すごいね本格的に。
朝食は楽屋でみたいな。
あなたのところみんな集まって。
はい。
あっそうなの。
えー。
そういうの全然労力を惜しまないの?あなた。
そういうことをするのに。
そうですね。
結構好きですね。
でなんか家庭…何ていうんですか?おふくろの味みたいなのを作るのは私好きなので。
あっそうなの。
へえー。
付いてる子が作ってくれたりしながら。
室井さんの家が富山なんで富山のお米が来るんですって?そうなんですよ。
そしたら富山からお米が来たりとかあとどこかからお肉が届いたりとかお野菜が届いたりとかして。
いいですよね。
どこかのつくだ煮とかね。
そういうものでいいですよね。
そうですね。
でもあのステーキ弁当っていうのは何?あなた。
それは名古屋の私が気に入ってるレストランから陣内さんに作ってもらって差し入れしたんですけど。
なんかすごくそれがおいしかったって。
私のお料理じゃないんですそれは。
そうね。
今日このあと舞台いらっしゃるんですよね。
大変ですよね。
今日がね六本木のEXシアター。
ええええええ。
すぐそこ。
はい。
今日これから2時から。
大変。
じゃあもうすぐ行ってやっていただかないと。
そうですね。
でも本当は今そういう役やっていらっしゃるけどサザエさんみたいな役やりたかった?そうなんです。
だから私今室井さん映ってらっしゃったけどさきさんっていうのはどっちかっていうとなんかサザエさん的なしゃきしゃきしたちょっとおかしくて愛嬌があって。
そういう役大好きで。
うん。
もうずっとそこを狙ってたんですけどね。
フフフ…。
本当だ本当だ。
ほらサザエさんみたいでしょ。
あなた奇麗ねやっぱり。
おばあさんでも随分奇麗。
年代的にこれはたぶん60ぐらいの時で。
武が大きくなるにつれて私だから今回は80近くのはずなんです。
そうかそうか。
だんだん老けていくんだ。
あっそうなの。
でもやりたいのはサザエさん。
やりたいですねはい。
おかしい…愛嬌のある役がいいですよね。
さてまあ偶然なんですけどご主人の村井國夫さんっていう方は俳優座の養成所の花の15期生。
はい。
その中に地井武男さんがいらっしゃって地井さん『散歩』なんかでね皆さんご覧になったと思うんですけども。
その地井さんがなんか近くに住んでたんですって?昔。
あなたが子供の時。
そうなんです。
後ろに立ってるのが地井さん。
あなた…前が。
たぶんね地井さんこの時18か…。
あっそんな?10代だと思うんですけど。
私が小学校の…。
左の子?はい。
左がそうです。
10歳ぐらいで。
妹なんですけど。
地井さんの田舎に行ったんですよ。
あっそうなの。
えー。
はい。
それで地井さんのお家に泊めていただいて地井さんがあっちこっちこう田舎の色んな…山行ったりとか案内してくれて。
あっ本当に?はいはい。
そのことをね地井さんちょっと『徹子の部屋』で喋って…喋ってっていうかお話ししてくださって。
12年前ですけどもちょっとご覧いただきます。
「あなたがまあ東京へ出ていらっしゃって千葉から」「はい」「その時にすぐ近くに音無さんが」「はいそうです」「音無美紀子さんが」「はいそうです」「なんと皆さんびっくりなさいません?」「後に村井さんと結婚することになるんですけど」「全然関係ないんですけど」「すぐそばだったんです音無さんの家が」「で僕らもお互いに独身同士だったし音無さんの家へ行くと女の子ばっかりがたくさんいる家だったんで」「毎食のように夕食誘われて」「音無さんのお母様が素敵な方だったんですって?」「はい。
もうね…本当に華やかで奇麗で皆さんをこう優しく迎え入れてくれてね」「でいつ行ってもこうたくさん食べるものがあってね」「うれしかったでしょう」「ええ」「ですから音無さんの家行くのが楽しみだったですね」「で後年音無さんが突然女優さんにおなりになってそれであの方が『お登勢』というので…」「『お登勢』でしたよね?」「『お登勢』です」「TBSの。
で主役で」「村井と同じ事務所に当時いたもんですからみんなうちの連中みんなでミコチャンの主演するドラマに協力してあげようよと」「まあ偉そうなこと言えないですけどみんなで出て応援して…」「でもあなたは小さい時から知ってる可愛い子だから」「そうですね。
でそんな思いがあったもんですから事務所の人間…前田吟とか高橋長英とか小野武彦とかみんなで出たんですよ」「同期なのね。
花の…」「花の15期というか」「そうそう俳優座のね」「そんな中に村井が一緒に出たもんですからその村井が音無さんとそうなっちゃったもんですから」「フフフ…」「本当に僕は親代わりの私としてはミコに申し訳なかったと」「でもその前に“あいつだけはやめておけ”って…」「今でも言ってますけど…」フフフ…。
それでそのあと村井さんが『徹子の部屋』にお出になったのを地井さんがご覧になって。
はい。
うん…。
思うことあったらしくて。
なんて奇麗な封筒に入っているんでしょうね。
そうなんですもう。
でねカードがまた…いいですか?見せていただいたんだけど。
こんな可愛いカードなの。
地井さんってこういうところがあった方なのね。
はい。
それにもうねすごく繊細な絵も描かれるし。
そうです。
あっこれはねテレビをご覧になったもんですからあなたの旦那様の村井さんにお手紙を。
ご覧になった感想かたがたです。
「『徹子の部屋』見ました。
国夫さん素敵でした」「ミコチャンとのことそろそろ俺認知しても良いかなーと想えました」「国夫さんのお芝居の頃俺2時間ドラマが入っていて観に行けないかも知れません」「家内がぜひ観たいという事ですでに切符手配したようで楽しみにしている様です」「どうぞお元気で頑張って下さい」「ミコチャンによろしく!地井」はい。
こんな素敵な…。
泣いちゃう?泣いちゃうよね。
だってこんな素敵な手紙を書いてくださった方がこんなに早く亡くなるだなんて誰も思ってもいなかったですからね。
私もね『散歩』の番組やってらしたんでよくそこの廊下でお会いして「これから?」とか何とか言ってね。
とても大好きな方でしたんで。
なんかもう子供の頃から兄貴みたいな感じだったし私が女優さんになりたいって初めて告白したのが地井さんだったんです。
あっそうなの。
それは地井さんが俳優座に入って映画でデビューしたその映画のポスターを駅で見かけて。
で「えっ!地井さんが?」って思って。
それちっちゃい写真だったんですって?写真はなんか。
そうなんですよ。
それで「えっ地井さん俳優さんになったんだ」と思って。
私も実は女優になりたいって言ったら劇団若草のお名刺をくれたんですね。
それがきっかけで私その若草にまず17歳の時に入って。
うん。
まあだからきっかけが地井さんが俳優さんになったっていうところから始まったので…。
小さい時から知ってるお兄さんがいつの間にか俳優なんかになってポスターに写ってたから私もなりたいっていうことでそれで地井さんがそういう手引きをしてくださったっていうかね。
はい。
あっそう。
それで地井さんとはその後なかなか会えなかったんですけどある時私が自由劇場っていう当時アングラの劇団が…。
すぐそこの俳優座の。
はい。
俳優座のとこにあって。
その芝居を偶然なんですけど見に行った時に地井さんがやっぱり出てたんですよ。
うん。
それでもう…「えー!地井さんここでも芝居やってる」と思って。
小さいとこでしたけどね懐かしいですよね。
それでそこ見に行くようになって自由劇場のファンになっちゃって見に行くようになったら村井さんもやっぱり出てて。
その時…最初に見た時のは村井さん出てなかったんですけど次に見に行った時に村井さんが今度出ててもうすごくファンになっちゃって。
で地井さんに紹介してもらって…。
でも小さい時から知ってる本当にお兄さんみたいな人で。
そして偶然あなたの旦那様になった方と同じ俳優座の養成所で15期生で一緒でそれでその方があなたが女優になりたいっていう時の道順をつけてくださった方だとすると本当にあの方が亡くなった時悲しかったでしょ?もう本当信じられなかったですよね。
どうしてでしょうねあんなに…。
なんかちょっと前にご飯召し上がったんですって?一緒に。
ちょうど2時間ドラマを撮り終わって少し時間ができたんだっていう時だったんですね。
それが私最後…地井さんと元気にお話しできた最後だったんですけど。
だから…。
でも1か月ぐらい前だったんでしょ?亡くなる。
えっとね…。
そうでもない?4か月ぐらいですかね。
あっそのぐらい?そうでしたか。
でも何だかいずれにしてもなんか急になんかね亡くなったみたいでしたよね。
そうでしたね。
でうちの村井とか小野武彦さんとかみんな地井さんが一回ちょっと退院した時にみんなでお食事を仲間でねしたって。
その時に…村井とかこれで元気になるってずっと信じていたから…。
そうでしょ。
その時の話も聞いた。
でもね本当に地井さんのご冥福を心からお祈りしますけど。
まあそれにしても随分色んなことありますね考えてみると。
もうそうですね。
人生山あり谷ありっていいますけれど本当にこう…ありましたけど。
でもまだまだどんなふうなことが起こるかわかりませんけれど。
でもやっぱりうちの村井と一緒になってからもう39年。
あっもうじきね40年になる?なるんですよ。
だからもうなんかここまでよく来たねっていう感じもありますしまだまだ続いてほしいっていう気持ちもあるし。
そうでしょもちろんね。
お嬢様が32歳でしたっけ?女優さんになってるのでまた共演とかもねあるかもわからないし。
したいですし。
でご主人…じゃないや。
息子さんのほうは裏方さんやってるんだって?ええ。
色んな…主人の手伝いをしたり私の手伝いをしたり。
そうですってね。
はい。
しながらやっております。
あなたのやってらっしゃるとこの裏方もやったりなんか…。
そうですよね。
でもご主人さんも本当にご活躍だしね。
本当に今年もいい年になるように祈ってます。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
チャンネルはどうぞそのままで。
2015/01/09(金) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋[字]

司会の黒柳徹子さんが、各界の著名人はもちろん、時の人、話題の人をゲストに迎え、絶妙の話術を駆使してゲストの魅力に迫る、昭和51年放送開始の長寿トーク番組です。

詳細情報
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32723(0x7FD3)
TransportStreamID:32723(0x7FD3)
ServiceID:2072(0x0818)
EventID:18716(0x491C)

カテゴリー: 未分類 | 投稿日: | 投稿者: