シリーズ世界遺産100「法隆寺〜日本〜」 2015.01.09


(テーマ音楽)法隆寺は一度火災で全焼し再建されました。
しかし火災の前に作られた仏像は無傷のまま。
なぜなのでしょうか?奈良・斑鳩の法隆寺。
聖徳太子が建てたものの焼失し20年余りたった持統天皇のころに再建されたとされてきました。
元の法隆寺は現在の位置の南東にありました。
戦前からの発掘調査でその遺構が見つかっています。
出土した瓦は1,000度以上の熱にさらされ溶けて固まったもの。
法隆寺はすさまじい炎に包まれ焼け落ちたのです。
現在の法隆寺で最も古い金堂。
そこに火災の前に作られていた仏像があります。
本尊の釈迦三尊像です。
銅で鋳造され表面に金を施した金銅仏。
当時はまばゆいばかりに輝いていたことでしょう。
光背の裏側には仏像が作られたいきさつが記されています。
聖徳太子が亡くなった622年親族と家臣が太子を浄土に往生させることを願い完成させた。
聖徳太子の背丈で作ったとあります。
聖徳太子は天皇の摂政となって業績を残す一方仏教にいち早く帰依し法隆寺を建立しました。
太子の一族は釈迦と太子の姿を一体化させた仏像を作り法隆寺で大切に守っていました。
しかし「日本書紀」によれば太子の死からおよそ20年後一族は滅亡。
670年法隆寺も火災によって灰じんに帰します。
ところが釈迦三尊像に火事に遭った痕跡はありません。
事前に別の場所に移されていた可能性があるのです。
最近の金堂の調査で材料に使われた木材が668年に伐採されたことが判明しました。
元の法隆寺が焼失した670年より前に既に金堂は存在し釈迦三尊像が安置されていたのではないか。
そんな説が浮上したのです。
668年は天智天皇の時代。
これまでその娘である持統天皇が法隆寺を再建したとされてきました。
当時天智天皇は朝鮮半島の戦いで大国唐の軍隊に惨敗したばかりでした。
やがて日本も唐に攻められるという危機感があったといいます。
内政をとにかく固めなきゃいけないということですよね。
法隆寺の整備であり…。
天智天皇が国難を乗り切るために聖徳太子の威光を利用し金堂を建てた。
その可能性が出てきたのです。
古代史の謎を秘めながら法隆寺は悠久の時を超え静かにたたずんでいます。
2015/01/09(金) 04:15〜04:20
NHK総合1・神戸
シリーズ世界遺産100「法隆寺〜日本〜」[字]

再建の謎 ▽文化遺産 【語り】松平定知 【テーマ音楽】久石譲

詳細情報
番組内容
再建の謎 ▽文化遺産 【語り】松平定知 【テーマ音楽】久石譲
出演者
【語り】松平定知
音楽
【テーマ音楽】久石譲

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:12639(0x315F)

カテゴリー: 未分類 | 投稿日: | 投稿者: