まろまろ一笑懸命 2015.01.04


一夜限り、綾小路きみまろの壮絶人生を振り返る
きみまろが40年間で司会をしてきたスター歌手たちが大集合
どのように今の漫談を確立したのか
恐らく、もう二度と見られない昔のネタ披露も
知られざるきみまろブレークまでの真相
綾小路きみまろ:『まろまろ一笑懸命』始まり、始まり。
そこへ…
と、つかみも決まったところで今回、最も重要なこんなものが
玉森:この年表は…。
玉森:潜伏期間が長かったきみまろさんですが。
長い潜伏期間の末にブレークしたきみまろの波乱の人生を昭和の歌謡史とともに振り返る『まろまろ一笑懸命』特別編
きみまろ:「私、きみまろは、下積み時代たくさんの歌手と出会ってきました」「今回は、その方々をお招きし衣装を変え、髪形を変え身も心も、当時の気持ちに戻ってお話しさせていただきます」きみまろ:「実は私、昔を思い出し思わず泣いちゃったんです」「憧れだった、あの方も…」「本当は見られたくない昔の秘蔵映像も公開」「いや、お恥ずかしい」「緊張しました。
お世話になった方々の前で当時の懐かしいネタや即興新作漫談」「まずは、私が生まれてから20代前半つまり、1950年から70年頃までを振り返ります」ローラ・しんまろ:可愛い!玉森:どうぞ、こちらです。
玉森:菅原都々子さん畠山みどりさん笹みどりさんです。
しんまろ:笹さん、67歳畠山さん、75歳菅原さん、87歳。
きみまろ:「菅原さんには昔、忘れられないあるお言葉をいただいたのですがその話は、また後ほど」
なんと、菅原は64年前の『第1回紅白歌合戦』でトップバッターを務めたまさに生きる伝説
きみまろの天国と地獄ヒストリー
まずは、東京に来る前のきみまろの様子を昭和歌謡史とともに振り返ろう
1950年、鹿児島県で綾小路きみまろ本名・假屋美尋、誕生
両親は農耕馬の種馬を飼育し牝馬への種付けを商売としていた
戦後国民の生活は徐々に回復し国全体が、明るい未来に向けて走り始めていた
そしてきみまろが生まれた翌年
♪〜菅原:「丘を越え山を越えあこがれの…」
1951年『第1回紅白歌合戦』がラジオ放送で開始。
そして実は、なんと…
その記念すべき歌唱者第1号が本日のゲスト菅原都々子である
そんな彼女の代表曲がこちら
♪〜菅原:「月がとっても青いから」♪〜「遠廻りして帰ろ」
この曲は…
一躍、菅原は国民的歌手となった
テレビ放送が始まったのはきみまろが3歳になった1953年。
大勢の人が街頭テレビに群がり画面に映るスター力道山の雄姿に一喜一憂していた
もちろん、きみまろもテレビに釘付けになった事は言うまでもない
海外では、エルヴィス・プレスリーがデビュー
その影響から日本の若者たちの間でロカビリーが大流行した
きみまろが10歳となった1960年代
この頃に、今もなお歌い継がれる名曲が生まれた
♪〜「上を向いて歩こう」♪〜「涙がこぼれないように」
1961年に発売された坂本九の『上を向いて歩こう』
アメリカ『ビルボード』誌で3週連続1位になるなどこの曲は世界的にも高い評価を得た
そして、きみまろが中学生だった1962年
本日のゲスト、畠山みどりが『恋は神代の昔から』でデビュー
この曲はデビュー曲でありながらなんと売り上げ150万枚を記録
♪〜「恋をしましょう恋をして浮いた浮いたで」
扇子に袴という奇抜な衣装で畠山は一気にスターに
1964年高度経済成長の象徴ともいえる夢の超特急東海道新幹線が開通
その同じ年の10月には東京オリンピック開催
東洋の魔女と呼ばれた日本チームがバレーボール競技で金メダルを獲得した
そして、1965年後に、テレビ主題歌の女王との異名を持つ笹みどり、デビュー
『下町育ち』が大ヒットしその翌年には『紅白』にも出場する
そんな中、ついに18歳で上京した、きみまろ
玉森:綾小路きみまろへの第一歩。
きみまろ:そうなんですね。
この時代は…。
こんな感じでしたね。
きみまろ:「そんな玉置さんに憧れて花の都・東京に出てきたもののどうすれば司会者になれるかはさっぱりわからずひとまず拓殖大学に入学」「東京に来ればなんとかなるだろうと思っておりました。
すると、ひょんな事から私は夢に大きく近付く事になったのです」玉森:ターニングポイントマル1。
アルバイト先での偶然の出会い。
きみまろ:そういう時はすぐね。
きみまろ:「いつか司会者にとの思いでキャバレーのボーイとして働き始めた私」「更に、ある日チャンスは突然やってきます」玉森:ターニングポイントマル2。
ボーイから、いきなり大抜擢。
きみまろ:「こうして、芸人人生をキャバレーの司会者としてスタート」「それが、ゲストの3人と出会うきっかけにもなりました」「ところが、これが長い長い潜伏期間の始まりでもあったのです」
突然、当時の司会ぶりを再現するという、きみまろ
40年も前の事だがうまく出来るのか…
キャバレーでは漫談ではなくあくまで司会
果たして、今の漫談の形はどう完成していくのか
流行に飛び付いてモンチッチ頭にしていたがほとんど覚えてもらえていないようだ
そんな、きみまろが当時、特に憧れていた人物が由紀さおり
仕事だけでなくプライベートで見にいくほど大ファンだった、きみまろを由紀さおりは覚えているのか?
あの時、私は若かったとかって言ってるじゃない。
それでは、本題
畠山:そうです、そうです。
きみまろ:「菅原さんも当時からすでにスターでしたが実は私、こんな言葉をいただいたのです」私はね…。
ローラ:そうなんだ!しんまろ:うわー!しんまろ:8万って言って8万ももらってるんだ。
だったら、そうか8万はうちは払えないなとか。
何言ってるの、あなたは。
では、きみまろも憧れた87歳、現役の菅原に貴重な歌声を聴かせていただきます
当時の2人は、無名の司会者と手の届かない国民的歌手
それが40年たった今別の形で1つのステージに
きみまろは万感の思いで前口上を読み上げる
菅原:ごめんなさい。
菅原:至りませんで失礼いたしました。
いい思い出を本当にありがとうございました。
このあと、歌っていただいたお返しに、きみまろが当時は見せられなかった漫談を披露
きみまろ:「それではいきますよまず、第1問」きみまろ:この何々のところを答えていただきます。
きみまろ:現在は、何々を繰り返すようになりました。
はい、どうぞ。
はい、畠山さん。
きみまろ:ああ、いい事を…。
ローラ:はい。
きみまろ:はい、どうぞ。
きみまろ:同じところでちょっと、うろうろしてますね。
そう、大体、大体…。
もうちょっと。
きみまろ:入退院の繰り返しという事ですね。
きみまろ:「続いて、2問目です」きみまろ:さて、減るのは何々と何々ぐらいです。
きみまろ:はい、髪の毛。
きみまろ:一応、もうそれは当たりでしょう。
減るのは貯金ばかり。
きみまろ:「3問目、これはちょっと難しいですよ」なんで手を握ってるかっていう事ですね。
はい、どうぞ。
きみまろ:脈を取ってるんだってね。
そういう意味でございます。
きみまろ:「まだまだまいります続いて、4問目」きみまろ:「漫談クイズ5問目です」きみまろ:息をする事を忘れない事だと。
なんか、ほら少数民族みたいでしょ。
それでは、いよいよきみまろが歌のお返しに漫談披露
が、急に3人から漫談に東京オリンピックという言葉を入れてほしいとの、お願いが
即興でのネタ見せとなるが果たして大丈夫か?
きみまろ:失礼をいたしました。
さあ、続いての天国と地獄ヒストリーはきみまろ20代後半
当時の気持ちを思い出し衣装も髪形も変わってます
そう、これも70年代ではやってたプレッピーの格好なんだって。
きみまろ:思い出したくないです。
30年。
きみまろ:ええ。
大事なところですね。
そんな時代に出会ったきみまろヒストリーの証言者は
玉森:続いてのゲスト金井克子さん、冠二郎さんです。
きみまろ:「さあ、次は思い出すと泣けてくる私が20代後半、つらくて長いキャバレーでの下積み時代のお話です」
1973年オイルショックがあった年にこんな曲が大ヒット
独特な振り付けとその刺激的な歌詞
当時は革新的な歌でもあった金井克子の代表曲『他人の関係』
この曲は100万枚以上の大ヒットを記録
2014年にドラマの主題歌として一青窈がリバイバルし話題を呼んだ事はまだ記憶に新しいだろう
そして…
昭和のスーパースターミスタージャイアンツこと長嶋茂雄が現役を引退したその頃…
きみまろは、キャバレーで司会者の仲間入りをし夢に燃えていた
そんな時代に記録的ヒットを飛ばしたのが…
ローラ:食べた事ある。
しんまろ:食べた事ある?まあ、たい焼きはあるだろうね。
テレビの子ども向け番組から生まれた子門真人の『およげ!たいやきくん』はCD、レコード含め450万枚以上を売り上げこの記録はいまだ破られていない
また、76年に行われたモントリオールオリンピックでは白い妖精と呼ばれたナディア・コマネチが体操競技史上初となる10点満点をたたき出しなんと3つの金メダルを獲得
一方、国内でも偉大な記録が生まれる
1977年9月3日
日本中が見つめる中ついに、その瞬間はやってきた
王貞治が通算756号ホームランを放ち当時、ハンク・アーロンが持っていたホームラン世界記録を破るという伝説的な偉業を達成したのだ
ちなみに、きみまろの一番弟子しんまろが生まれたのもこの年である
国内外では華やかなニュース
が、一方、キャバレーでは夢に燃えながらも下積みから抜け出せないきみまろがいた
そして、キャバレーで出会いそんな、きみまろを知る証言者が、この2人
きみまろ:懐かしいですね。
冠:懐かしいね。
しんまろ:これですか?金井:そうなんです。
ローラ:本当だ!金井:本当、本当。
…と司会者、きみまろの印象はほとんど残っていないという金井だがただ、冠とは、どうやら関係性があるようで…
冠:私はね…。
ローラ:行方不明!
かなりすごそうな話だが実は、この苦しい時代にきみまろ漫談の基礎も出来ていく
しんまろ:笑えないですよ。
真面目にやられたら。
…と、同じキャバレーで売れない時代をともに味わった冠だが…
1977年、『旅の終りに』がヒットし、人気歌手の仲間入り
きみまろだけが売れぬままキャバレーの世界に1人、残される形となってしまった
その後、冠は『酒場』そして…
この『炎』などヒット曲を世に送り出し『紅白』にも出場するまでになった
という事で…
トップ歌手とは話す事すら許されずキャバレー仲間は先に売れ芸への一途な情熱だけがどん底のきみまろの支えだったはずだが、ここで…
玉森:次ですねきみまろがとった行動。
あん摩マッサージ指圧師の免許を取得。
ローラ:何、何?何が起こったの?
1970年代キャバレーの司会をしていたが話す事さえ許されなかった憧れの大スター、金井克子
そんな彼女が今夜きみまろ司会の番組で歌います
金井克子さんに『他人の関係』歌っていただきます。
そうですね。
聴いてください。
金井克子さんで『他人の関係』
歌を聴かせてもらったら今度は、きみまろの番
原点ともいえる、40年前のキャバレー時代のネタを披露
そして、その40年後の現在の漫談でクイズも楽しんでいただきます
きみまろ:「それではまず、1問目」きみまろ:ごみ捨てに通う。
きみまろ:「お次は2問目」きみまろ:もう、ここでわかるでしょう。
分け前をね。
以上、きみまろ漫談穴埋めクイズでございました。
憧れの人、金井克子と戦友、冠二郎
そんな2人の前できみまろが40年前のキャバレー時代のネタ披露
それでは師匠の恩返し漫談。
よろしくお願いします。
せっかくなので私がその当時…。
1種類は、どういう方かというと1種類は、どういう方かというとあなたは、ここに座ってゆっくり飲みなさいとご指名をね、してくださってるホステスさん。
もう1種類は呼びもしないのに座ってるやつ。
補助椅子に座ってるのが可哀想なホステスさんでございます。
ちゃんと、そこにも区別が出来てたわけですね。
社長さんは女性を口説くわけですね。
お前、これいるんだろ。
いるんだろ。
いるわけないでしょ。
社長様、いるわけないでしょ。
私、いたらね、こんなところにこんな遅くまで勤めてないわ。
そうか。
じゃあ、俺、今日さ寿司が食いたいからお前も寿司、食いに連れてってやるよ。
ありがとう。
この近くに銀寿司っていう寿司屋があるから、待ってて。
私、着替えていくから。
行くわよ。
私にとってお客様はあなただけ。
そして、お客様はですねその寿司屋に入ってガリを食べながら待っているわけです。
ビール1杯飲みながら。
そして、そのご指名のお姉さんが来るわけですね。
ごめんなさい、社長様。
ふみよちゃんも、あかねちゃんも連れてきたの。
お前、1人で来いって言ったろ。
いいじゃないの。
私のヘルプなのよ、この2人。
さあ、ふみよちゃんあかねちゃん、食べましょう。
寿司屋には久しぶりでございますから食べた事もないアワビ、イクラ、大トロ。
もう、高いものから順にホステスさんは腹いっぱい、そこで。
もう、寿司なんか見たくないというほど食べるわけであります。
食べ終わったら、ホステスさんはもう家路に急ぎたくなります。
社長様おなかいっぱいになっちゃった。
ちょっとお願いがあるんだけど。
どうしたんだ?私ね、今日ね、鹿児島から母が出てきて待ってるの。
ねえ、申し訳ないけど折り一つ作ってくれない?いつ出てきたんだ、鹿児島から。
この間、来てるの。
だからね、母が待ってるから。
アパートで待ってるの。
なんていうアパートだ。
倒れ荘。
いかがでしたか、冠さん。
冠:面白いね。
今の話、でもわかるわ。
しんまろ:わかるんだ。
金井:わかる、わかる。
きみまろ:ありがたいな金井さんにわかっていただけるなんて。
昔の話をいっぱい思い出したけどきみまろさんの事は覚えてない。
金井:ごめん。
では、ここからきみまろ、30代のお話へ
ちなみに3人の格好は…
なんか、さがってるよ。
しんまろ:なんか、さがってる?これね、ポケット。
ポケットをちょっと出すのがいい感じなんだって。
しんまろ:なんかさがってるよ。
で、タイツをビリビリに破るんだって。
そうそう、破れちゃったり…。
ローラ:格好いい。
ファッションですファッション。
きみまろ:ファッションなの?これが。
しんまろ:これがファッション。
その当時の写真。
ああ、これだ。
きみまろ:こういう感じですね。
しんまろ:これですね。
あの頃、もうね徐々に毛がなくなりつつある。
もう、その域に入ってきた頃ですね残念ながら。
これが、もうちょっとこういう感じですね、ちょっと。
次は、きみまろさんが30代の頃の時代を振り返るVTRがあるのでご覧ください。
きみまろの天国と地獄ヒストリー
終わらない潜伏期間
1980年代さまざまな娯楽が登場し日本は大量消費に富む華やかな時代に入る
この頃漫才ブームの波に乗れず森進一の専属司会者となっていたきみまろ
一方、世間では夢と魔法の王国東京ディズニーランドが開園
アメリカ国外では初となるディズニーテーマパークとあって来場客は、年間1000万人近くにも及んだ
更に、家庭でゲームが楽しめるファミリーコンピュータが発売
子どもたちはテレビゲームに夢中になり…
中でも、86年に登場した『ドラゴンクエスト』シリーズは爆発的な人気を呼びソフトを求めて発売日から行列が出来るなど社会現象を引き起こした
一方、相撲界ではスーパースターが誕生
第58代横綱・千代の富士が53連勝という当時では衝撃的な大記録を打ち立て、スター力士に
そして、時代はバブル景気を迎える
若者の間でディスコがブームになりセクシーな衣装を身に着けた女性たちが陽気にダンスを踊っていた
新しい元号は平成であります。
そして、元号は昭和から平成へ
一方、森進一の司会を8年
その後、小林幸子の司会を4年務めた、きみまろ
どちらも大変、世話になった恩人ではあったがきみまろ自身が表舞台で主役になる事は出来ずまだ、潜伏期間は続いていた
そんな時代の証言者とは…
玉森:こちらです、どうぞ。
続いてのゲストは天童よしみさんです。
よろしくお願いします。
天童よしみが…
更に、きみまろ赤面
最初、出てこられた時からお客さんが沸くんですよ。
面白いって。
この人、面白いっていう。
そういう秒数を計ってそれにイントロの文句を入れて。
邪魔にならないようにうまく歌えるようなそういう「はい、どうぞ」という感じでイントロを言わないと。
自分が登場するにあたってステージを本当に温めてくれるというか。
天童:デビューの時に…。
あ、でもね、私だったらねなんか思い付いた。
もし、靴がポン…。
ローラ:さてさて…。
あら、靴がやってきましたよ。
靴は主人公ではありませんよ。
ローラ:どうぞ!どう?天童:可愛い。
ああ、もうちょっとかな。
玉森:天童さんは昔、きみまろさんに心に残る名言をいただいたそうなんですよね。
天童:そうです。
玉森:まず1つ目きみまろ語録マル1です。
壁にぶつかったら、ほにゃらら。
この言葉は天童が楽曲は支持されるもなかなか表舞台に出られない時期きみまろにかけられたひと言だという
玉森:壁にぶつかったら原点に返れ。
原点に戻って、もう1回自分自身を見つめ直してね。
その期間、充電期間になるかもしれないけれど…。
玉森:では、続いて出来る主催…しゅさいさ…。
出来る主催者がいるイベントはほにゃららら。
次は、天童がコンサートのため山口県の市民会館へ行った際その楽屋に、きみまろがわざわざ現れ勢いよく言ったというひと言
きみまろ:仕切りの事だと思うんです、私。
出来る主催者がいるイベントは弁当がうまいです。
ああ、弁当おいしい。
師匠の言葉ですもんね。
天童:そうなんですよ。
しんまろ:パッて当てましょう。
玉森:よしみさんは間違いなくスターになる。
だって僕はほにゃららですから。
きみまろ:これはね言ったような気がしますね。
これは、天童よしみの心に一番残る潜伏期間中のきみまろが言った名言です
玉森:よしみさんは間違いなくスターになる。
だって僕は、スターの司会をしてきたんですから。
歌をずっと聴いてきましたからスターになる人ってなんか違うんですよ。
その後、天童はきみまろの言葉どおり『珍島物語』などのヒット曲で本当に大ブレーク
きみまろ自身は売れずにまたしても1人取り残される事となってしまったのだが…
天童:きみまろさんが他の方の歌手の司会をされてて私、きみまろさんだけ見にいったんですよ。
きみまろ:テレビに出る機会はありませんでしたので別にいいやテレビなんてみたいなね。
ちょっと、そういうところがあったんですよ。
あったんだ。
きみまろ:ええ。
知らなかった。
私、今のきみまろさんしか知らなかった。
天童:そうですよね。
もっと、それこそ変態じゃないや、毒舌でね。
きみまろ:だからそういう中でね潜伏期間をやってたんです。
しんまろ:だって、今はもう100人が100人120人に好かれようと思っていい事しか言わないですもんね。
きみまろ:「やがて、私の漫談は変化していくのですがその話は、また後ほど」だからね、今でもね昔を知ってる人はね昔のきみまろの方が好きだっていう人結構多いんです。
なんで、そんなにね人の顔色見ながらしゃべってんの?みたいな。
なんで、もっと自分を出さないの?みたいなね。
今日、優しかったもんね。
言ってる事が。
しかしその培った話術と毒舌で実は業界内でも、ひそかなきみまろファンが出来始めたらしく、この方々にその証言をいただいた
『ベストテン』出てる頃かな。
その結果…
歌手の方々も自分でしゃべって歌う。
もう、司会者を徐々に外していくっていうか司会者の仕事が場所がなくなってきまして。
なんかこう、世に出れなかったチャンスがなかった運がなかったみたいなね。
ローラ:私、きみまろさんがなんかバスであれしたって聞いた事あるけどそれは、いつなの?それはね、ずっとこれからの話になるから。
ずっと、あとのあとの…。
しんまろ:その作り話知ってるんだローラ。
ローラ:作り話なの?あっ…。
ローラ:え?そうなの?なんか怪しいなと思ったの。
あの話、聞いた時。
本当にあった事ですよ。
本当にあったからこのあと、ちゃんとその事実を私、告白しますから。
幼少期から、つらくて長い潜伏期間までを追ってきたがいよいよ、ここから最終章
続いてのゲスト伍代夏子さんです。
どうもよろしくお願いします。
天国と地獄の分かれ道ブレーク直前に何があったのか
ついにその真相が明かされる
日の目を見ないまま時間ばかりが過ぎきみまろの潜伏期間は20年近くになっていた
♪〜「君を笑顔にかえる熱い思い」
90年代初頭後の国民的スターSMAPがCDデビュー。
更に…
92年開催のバルセロナオリンピックでは弱冠14歳の岩崎恭子が快挙を達成
♪〜「串にささってだんご」
そして99年に発売された『だんご3兄弟』
この曲はなんと発売3日間で出荷数250万枚を突破する異例の大ヒット
一方、時代の流れで専属司会を雇う歌手は減少
そんな厳しい世界にきみまろはなんとか、しがみついていた
そして、最後の証言者伍代夏子と運命的な出会いを果たすのである
ここからブレークへの階段を上り始めるのだがそこには2人しか知らない驚きの事実がいくつも隠されていた
その話、もうちょっとあとでいいですか?その話、すごそうなんで。
では早速、年表の方をいきたいと思います。
きみまろ:「そう。
思い出しますね」「この人も、私の人生を変えた恩人の1人です」伍代:まろさんは要は私がステージに上がる前で漫談してたわけですけどものすごい口が悪くて。
その頃の毒舌っぷりはどれほどのものだったのか
やさぐれていた当時の映像を公開
やさぐれすぎて、いくつか放送出来ない部分もありますが皆さん、こんにちは。
バカみたいな顔しておりますがバカです。
毒舌を売りにしていたきみまろだが実はその素顔は全く別人だったようで…
そのあがり症がやっぱり、世に出れないね1つの大きな要因でしたね。
あがり症でシャイ
毒舌に走っていたきみまろではあったが当時、伍代にはこんな言葉を…
お互い、無名ながら伍代は前座きみまろは司会としてともに仕事をする中で2人には特別な感情が…
ある時そんな2人の人生が一変
伍代:若っ!しんまろ:おキレイな…。
ローラ:キレイ。
伍代が歌う『戻り川』が大ヒットしたのである
きみまろ:うれしかったんです。
しんまろ:一緒にやってきて…。
きみまろ:で、その年は、もうねダーッといろんな賞をもらって。
本当にね…。
『戻り川』のヒットののち自身のコンサートを開けるようになった伍代
一方、単なる司会者ではなく初めて漫談家として自分のコーナーを持ったきみまろ
漫談の形も完成へと近付いていく
きみまろ:「伍代さんのショーでの舞台」「ここで、私は日々漫談を磨いていきました」伍代:これは、すごかったです。
きみまろ:それぐらいになった。
伍代:ウケた。
きみまろ:7年間ね一緒に動きましたから。
1日2回、15分ぐらいのね場所を提供してもらって。
で、徐々にモーニングとかそういうの、1つずつそろえて。
扇子を持ったりしてやり始めたんですよ。
玉森:大胆なイメージチェンジを決意。
ローラ:それが、あのカツラ?言われたの、覚えています。
しんまろ:覚えてますか。
このあと、きみまろの超秘蔵映像に本人も大爆笑
イメチェン前のきみまろ超秘蔵映像が、こちら
イメチェン前のきみまろ超秘蔵映像が、こちら
そんな、きみまろ演技シーンは…
そして、悪い社長役のきみまろは…
愛嬌ある今に比べイメチェン前は少しおっかなかった
きみまろ:売ってるんじゃない。
ローラ:すごいね。
伍代:私ね…。
きみまろ:どうもありがとうございます。
玉森:そしてですね…。
52歳でブレークしたきみまろだがそのあとある疑惑が持ち上がる
そう、髪形の件である
突然、人気となった漫談家の髪がどうもおかしいと多方面で騒がれ始めたのだ。
そこで…
しんまろ:音声?玉森:音声です。
今回は。
師匠、なんで急に、さらっと?何言ってんの、あなた。
しんまろ:本物、本物…。
ローラ:本物だ。
さあ、このあとブレーク直前の漫談を伍代の前で完全再現
その気迫は圧巻です
でも、その前に…
きみまろ漫談穴埋めクイズ始まり、始まりでございます。
中高年の女性の現実をクイズにいたしました。
きみまろ:よろしいでしょうか。
ローラ:はい。
きみまろ:「それでは、早速1問目にまいります」はい、この何々をかけているという…。
きみまろ:「うれしい事言ってくれるね。
続いて2問目」きみまろ:「ローラさんは本当にすごい。
ではこちらは?」きみまろ:「なんか褒められちゃいました」「それでは4問目」きみまろ:「次はかなり難しいですよ」「皆さん、わかるでしょうか」
それでは、いよいよきみまろの恩返し漫談
崖っぷちの中全人生をかけて築いた魂の漫談を恩人、伍代の前で披露
いつもと違う気迫あふれる、きみまろ
その姿は必見です
そして、長かったきみまろヒストリーは現代へ
放送ではね違うと思いますけど今から約12時間ぐらい前です。
しんまろ:2014年もう去年の事になりますがシングルCD『きみまろのあれから40年』が発売。
♪〜「あれから40年」♪〜「あれから40年」♪〜「あっちもこっちも」♪〜「そっちもどっちも」みんな!『きみまろのあれから40年』始まるよ!
果てしなき潜伏期間
道は暗くて長かったが信じて進み続けたらついに歌まで出せました
きみまろ一座が見せます
『きみまろのあれから40年』
口も動いてなければ振りも動いてないもん…。
でもね、こうやって夢を諦めずにやってきて。
せーの…。
2015/01/04(日) 18:30〜20:54
ABCテレビ1
まろまろ一笑懸命[字]

司会のSMAP香取慎吾が“きみまろ”1番弟子に変身します!あれから40年!綾小路きみまろの波乱万丈人生!きみまろ ゆかりの昭和スター歌手大集合スペシャルです。

詳細情報
◇番組内容
『まろまろ一笑懸命』一生懸命笑わせます。聴かせます。歌謡笑! SMAP香取慎吾が“綾小路きみまろ”の1番弟子“綾小路しんまろ”に変身、2人のスターが漫談界で師弟となった、音楽トークバラエティーです。中高年のみなさま、歌手デビューしたきみまろに、Kis−My−Ft2玉森裕太もローラも大興奮!!若い皆さんが微塵も知らない昭和のスター歌手続々登場してスタジオがスゴいことになります。
◇番組内容2
綾小路きみまろ誕生から上京…憧れたあの司会者…アルバイト先で出会ったあの人この人…キャバレーの下積み時代にいだいた野望…思い切ってイメージチェンジしたからこその秘蔵映像。若いころ大好きだったあのスターに再会してみたら…あれから40年…忘れられない出会いも別れもありました。今、この場で恩返しにできることは…そう、お待たせしました。支えてくれた皆様方に、そしてお客さんに漫談を披露させていただきます。
◇出演者
綾小路きみまろ、香取慎吾(SMAP)
玉森裕太(Kis−My−Ft2)、ローラ
◇出演者2
金井克子、冠ニ郎、伍代夏子、笹みどり、菅原都々子、天童よしみ、畠山みどり(50音順)
ほか、VTR出演してくれるスター続々
◇おしらせ
☆番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/maromaro/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
バラエティ – お笑い・コメディ
バラエティ – その他

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz

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