日曜美術館「郷愁に染まる風景〜版画家・川瀬巴水〜」 2015.01.04


(テーマ音楽)
(伊東)浮世絵や版画を扱う老舗の画廊に30年前ジーンズをはいたアメリカ人の若者がやって来ました。
その日に買って帰った巴水の作品がこちらの典型的な日本の風景ですよね。
桜と富士山の。
それで後日秘書の方から電話を頂いて……という注文というかオーダーを受けました。
これですね。
83年の名刺です。
スティーブ・ジョブズ。
独自の審美眼を持つジョブズを虜にしたその版画家の作品とは。
どこか懐かしく心にしみいる日本の風景。
大正から昭和にかけて失われゆく風景を探し求め生涯を旅に生きました。
全国津々浦々。
旅情あふれるその作品は国内はもとより海外でも人気を博しました。
巴水が描いて残してくれた事によって私たちはこんなに懐かしい風景を永遠に自分たちのものにできる。
ここに行ったような錯覚さえ覚える。
ありがたい事ですよね。
当たり前に目にする風景にこそ何よりも大切なものが宿っている。
川瀬巴水の旅へ出かけましょう。
川瀬巴水の生涯をたどる展覧会が開かれています。
初期から最晩年まで日本全国の風景を写したおよそ300点が展示されています。
こちらが大正11年に作られた雪の金閣寺を表している作品です。
へえ〜…これは青と白しか使っていないのにこれだけのものを表してるってすごい興味深いなって思いますね。
雪の表現がまず面白いですね。
濃い青から中間薄いという。
きっと青だけでも何度も版を摺っているんだろうなって。
新さんね版画ってのは静止画なんだけどこの雪降ってるね。
ああ〜!上から落ちてる。
動いてますね。
でもよく見ると「金閣寺」というのがもしここに書かれてなければどこかは分からない…。
ほんとですよね。
このしんしんと積もる静かな金閣寺のこの時間を…。
「しんしんと」ね…いい言葉ですよね。
「しんしん」ってのは音がない事だけどそれを「しんしん」と表現する。
絵もそうでね。
だから音が聞こえてくる。
この作品から。
改めて今日のゲストは映画作家の大林宣彦さんです。
どうぞよろしくお願いいたします。
楽しみにしてました。
大林さんは川瀬巴水のどこに惹かれているんですか?僕ね巴水さんって版画家さんですけれども本質は僕と同じ映画監督さんだと思ったんです。
ええっ?金閣寺を見にきたら「これだけ?」という人も多いかもしれない。
でもそこをあえて選んでこのフレームに入れるところに巴水の覚悟がある。
これを見て金閣寺の何かを感じて下さいと。
私が見た金閣寺はこうなんですよと。
その見せ方の覚悟がなんかとってもうれしい。
そしてその覚悟がひょっとすると見る人をがっかりさせるんじゃないかなという怯えもあってね。
その彼の心の揺らめきがこの切り取られたフレームからいろんな事が見えてきますね。
もう一人巴水に魅せられた人がいます。
作家の林望さんは学生の頃から大ファンで40点近くをコレクションしています。
非常にノスタルジックな…滅びてしまった日本の原風景という感じがするんですよね。
もう今は失われてしまったものの切実な美しさというのがここに描き留められていてね何とも言えないなと思います。
林さんは巴水の風景画にはいくつかの特徴があるといいます。
その一つが水辺です。
「牛堀の夕暮」っていう絵なんですけども。
ほとんど半分画面の半分を水が占めていてしかもこの水に映る光だとか波の動きだとかいう事についてものすごく詳しく写実してるんですね。
他にはこれほど水をうまく描いた版画家というのはいないんじゃないかと僕は思ってるぐらいで。
こういう木版画における写実的な表現というのはほんとに巴水によって完成されたと言ってもいいんじゃないかと思います。
そしてもう一つ。
巴水が好んで描いたのが夕暮れです。
例えばこの絵ですとこの川面に向こう岸の家々にポッと夕方のともし火が窓の明かりがともったのが川面に映じている。
それからこの1艘の船がこれ多分夫婦だと思うんですが乗っていてたき火をしながら船が上っていく。
こういうちょっとした明かりがね夕方の景色だからこそこれを美しく描けるわけですよね。
真っ昼間じゃこんな事描いたって何にもならない。
よく見ると橋のこっち側は少し暗く黒く摺られてる。
向こうにいくにしたがって少し薄くなっていくんですよ。
橋の影の色が。
そういうかすみがボーッと川面に立ちこめていてこれによって橋の遠近法が表現されている。
こんなところもやっぱり見事な摺りの技術だなと思います。
いくら眺めてても飽きないんですよ。
こういう風景はね。
川瀬巴水とはどんな版画家だったのでしょうか。
まずは空前の大ヒットとなった一枚の版画にまつわる物語から始めましょう。
大正14年巴水42歳の作。
当時としては破格の3,000枚を売り上げた代表作です。
この絵のきっかけとなったのが…巴水は銀座で路面電車に乗っていました。
我が家へと駆けつけましたが家も作品も写生帳も全てが火に包まれてしまいました。
震災から間もない頃被災した家の周辺を描いたスケッチが残されています。
荒々しい筆致。
変わり果てた故郷の姿を巴水はどんな思いで見つめていたのでしょうか。
そうした中巴水が避難生活を送ったのが幼い頃から親しんだ増上寺でした。
被災してから初めて東京を描いたのがこの風景だったのです。
地震に耐えた堂々たる朱塗りの門。
吹雪の中を和傘を差して着物姿の女性が歩いていきます。
しんしんと。
降り積もる雪の静かな音が聞こえてきます。
絶望の中新たなスタートを切った一枚。
ここから東京を描くシリーズが始まりました。
月明かりに照らされた大きな松。
震災後巴水が移り住んだ大田区馬込の田園地帯。
空気を染める淡い青は「巴水ブルー」と呼ばれました。
大型船が停泊する隅田川。
こうして描かれたシリーズは「東京二十景」と名付けられました。
東京大田区立郷土博物館の清水久男さんです。
地元の歴史を知る貴重な資料として長年巴水の作品を研究してきました。
「東京二十景」の中の矢口の絵です。
矢口なんですけれども真ん中に川が流れている。
そして岸の方がある。
この川の中に船が描かれていますけれどもこれは多摩川の砂利を採取して運ぶための運搬船。
こちらの馬と牛が引いている二輪車はその砂利を運ぶための荷車です。
このような風景は明治時代くらいから見られたようなんですけど。
「東京二十景」の一枚「矢口」。
この地域で明治時代から盛んに行われていた砂利を採取する作業です。
清水さんは「東京二十景」には関東大震災前と変わらない風景が多い事に気付きました。
隅田川に架かるこの橋も明治時代に造られたもの。
そうした風景の選び方に巴水の思いが表れているといいます。
(清水)この新大橋の中にちょうど真ん中の所に人力車を描いてるんですね。
当時市電が走ってたんですけどその市電の方ではなくて人力車を描いたところにですね巴水さんが心の中に描いていた情緒的な部分を表現して描いたのがこの人力車に象徴されてるんじゃないかなという気がしますけど。
ですから巴水さんにとっては「東京二十景」というのはやはり自分の心象として昔からある風景自分の思い描いてた風景というものが一番表現されてるのではないかなというそんな作品集ではないかと思いますけれども。
「東京二十景」。
巴水が永遠に残したいと願った東京の姿です。
この作品…とても印象に残っていて一番最初に出会った時は近代の新版画のなんてモダンな一枚なんだろうそういう表面しかキャッチする事ができなかったんですね。
でも震災後を受けてこれを描いたと知った時に見えてくるものが全く変わってきて。
番傘を差した人の姿や…。
ああほんとですね!時間は流れて生活があるという。
そしてこの闇夜に降る雨って考えるとなんて…なんていろんな物語がこの一枚の中に思いがあるんだろうと。
うれしいなあ。
僕も今日ね新さんね僕も実はこれ大好きなんです。
二人のお好きな作品の一つ。
いやね巴水ってほんとにこの夜や雨がね暗い所が好きでしょう。
そこにポッと明かりがともってる。
今新さんがおっしゃったように何でもない当たり前の事だけど震災後はこれが真っ暗だったかもしれない。
そこにポッと明かりが一つともる事でほっとするというね。
「東京二十景」の中で大林さんがお好きな作品がこの「荒川の月」。
「荒川の月」だけどね中にポンと明かりがついてね。
ここにやっぱりあれ?子供をおぶってる人が一人。
お母さんか…大きなお姉さんかな。
(大林)ここに生活があって「みんな生きていこうね」という。
巴水自身がほんとに大切なものを失ったあとであるだけに失った事を悲しむよりも残ったものそれは思い出も含めて自分の心に残ったそういう優しさを勇気として生きていこう。
それが日本人の再生復興の在り方じゃないかと。
この一枚はほんとに悲しみとかそういうものを感じないですよね。
この月夜に澄んだ空気…凜とした空気を感じますしその中で子をおぶった女性がそこにいるという力強さというかどちらかといったら「それでも生きていくんだ」という力強さを感じますよね。
宝物って感じね。
僕たち大切なものの。
日本人がこういうものを失っていきつつあるかもしれない時だけに今巴水さんの作品をこうして僕たちが見る事はほんとに勇気をもらいますよね。
新橋駅に程近い通りにかつて巴水の生家がありました。
本格的に画家を志したのは25歳の頃。
日本画の巨匠鏑木清方に弟子入りしますがなかなか芽が出ませんでした。
転機が訪れたのは33歳。
ある人物との出会いでした。
版画店を営んでいた渡邊庄三郎です。
庄三郎は版画の新しい時代を切り開こうとする「新版画運動」の中心的な存在でした。
当時江戸時代に栄えた浮世絵が急速に衰退していました。
西洋化の波の中時代遅れとされ絵師や彫師摺師の多くが職を失っていたのです。
庄三郎は版画を新時代にふさわしいものに進化させようとしました。
その中で絵師として巴水に白羽の矢を立てたのです。
35歳。
版画のための初めてのスケッチ旅行。
叔母が住んでいて度々訪れていました。
子供の頃病気の療養に来た巴水は叔母に背負われこの道を通って温泉に通いました。
塩原の風景が彫師や摺師との共同作業で制作した初めての版画となりました。
道にはバレンの粗い摺り跡がわざと残されています。
土の感触が伝わってくるようです。
巴水は庄三郎や職人たちと斬新な表現に挑戦しました。
収穫された稲穂の束。
これほど細密でリアルな表現はそれまでの浮世絵にはなかったものです。
夏の夜。
川岸に見つけた光景です。
蔵と蔵の間から漏れてくるのはガス灯の明かり。
ガスの炎ならではの強い光が繊細な彫りと摺りで表現されています。
中でも巴水の新版画を象徴するのが雪です。
かつて東京・銀座にあった三十間堀。
暗くどんよりとした空を激しい吹雪が舞っています。
歌川広重の傑作「東海道五十三次」の一場面です。
雪は白い点で表されています。
浮世絵ではこうした平面的な表現が一般的でした。
巴水の雪はそれとは全く違います。
「私と職人との心が一致する時良いものができる」と語った巴水。
はるか遠くの奥行きまで感じさせる吹雪はどのようにして摺られたのでしょうか。
渡邊庄三郎の孫で版画店を受け継いでいる…今回彫師と摺師の方の協力を得て巴水の雪の再現に挑みました。
それでここからは言い伝えなんですけどこの版木を彫る時に雪の表現を出すのにですね版木をタワシとかブラシのようなもので思いっきり傷をつけてこの雪の表現を出したという言い伝えがあるんですよ。
90年ぐらい前の話で私の祖父から私の父私の父から私に話が来る間に話がずれたり誇張されたりあるかもしれないんですけど言い伝えとして版木を作るのにひっかき傷をつけて雪の表現を出したと言われてるんですけどいかがでしょうかね?こすってこんなにきれいに出るかな…分からないけど。
第一あれでしょ。
桜だとこんなにこすってさこするものにもよると思うんですけど普通のタワシじゃとてもじゃないけどこんな格好にはならないですよね。
(渡邊)何しろ関東大震災で版木が焼けちゃってるんで確かめようがないんですね。
まずは版木を彫る作業です。
はじめ雪って聞いてたんでもっとこうつぶつぶの雪とかそういう感じを思ってたんですがこんな吹雪いてる感じでこうちょっと全体的にざらついててもやっとした雪の表現は初めて見たんでちょっと挑戦しがいがあるかなとは思うんですけど。
彫刻刀で雨の筋を彫っていきます。
何種類ものタワシを試した上で硬い金属のタワシを選びました。
それはちょっと摺ってみないと分かりません。
雪の部分の版木が出来上がりました。
全体に細かい傷をつけ彫刻刀で彫った筋も輪郭を柔らかくしました。
続いて摺りの作業です。
摺師の川嶋さんが注目したのは微妙な色の濃淡です。
よく見ると色の濃い所と薄い所があります。
摺りで出したものです。
空の部分やなんか潰して大きいしねぼかしやなんかもかなり深かったりしますから。
江戸時代の浮世絵では摺りの作業に絵師は立ち会わないのが普通でしたが巴水は直接指示を出していたといいます。
つかない。
ここもつかない。
力の加減を変えながら注意深くバレンを動かします。
これ摺りの方の問題だと思うんだけどね。
これ彫ったんじゃなくてこうなってんのかな。
バレンでこうやったあとの筋だからね。
俺まだ飲み込んでないからね。
浮かせるようにバレンを当てます。
摺りを重ねると思った以上にバレンを繊細に扱っている事が分かってきました。
もうちょっとあげるか。
悪戦苦闘する事4時間。
作品に近い雰囲気に摺り上げる事ができました。
どうぞ。
はいはい。
ちょっと。
(川嶋)ここがどうしてもね…そうでしょうねえ。
そうだと思います。
いや見事に雰囲気が出てますよね。
絵の雰囲気がまあ彫師さんの腕で再現されてほぼ同じになってると思いますね。
巴水の雪。
それは職人たちの大胆な発想と繊細な技を引き出す事で生まれたものでした。
巴水もいろいろやりたかったと思うんですよ。
それまでは日本画を描いてて突然版画家に転向しようって結構いけるぞと手応えを感じてた時だから彫りとか摺りにもある程度興味を持って見てたと思うんです。
自分は彫らないにしても自分は摺らないにしても。
うちの渡邊庄三郎祖父もですねいろんな技術のいろんなものの応用を実験していた時でこれもそんなわけで金ダワシを使って補助に使ってやったのがこれだよっていうのが今日に伝わっていて。
何にもないところからそれを考え出すっていうのは本当に大変な事でこの時代には川瀬巴水にも渡邊庄三郎にも何らかの勢いがあったんじゃないですかね。
だから乗ってたから気持ちも乗ってたしやるぞという気力も充実してたのでこういう変わった技法と今伝わってるけどそういったものも試しにやってみたと。
見せ方技で面白いなと思っているのがこちらですね。
「時雨のあと」。
京都南禅寺の三門の前の風景なんですけど水に映り込む描写。
巴水はきっと好きなんだろうなっていうか当時の巴水がチャレンジしてた新版画というのはやはりこの水鏡の中の世界もしっかり描く。
細かく描いてますよね。
これきっと…。
(大林)映画の技術でもね版画に近いCGとかねそういうものでやる時一番難しいのは実は水なんです。
へぇ…。
だから水は避けるんです。
版画もやっぱり水を避けてたんだと思うね。
でも彼はその水鏡の中に揺らめくものに命を懸けたからそれを描きたいと思ってやっぱり冒険ですよね技術としては。
本当ですよね。
あこれこれ。
やっぱり佐渡だ。
相川町。
僕ね今年のね春早くここに行ったんです。
実際に。
この夕日に記憶があった。
このとおりの赤い夕日だった。
同じ色でした?うんそう。
これ僕ね映画に撮ったんですよ。
いや〜…。
でね向こうに夕日あるから影で真っ黒でしょう。
本当はここもそうですよ。
でも巴水の作品の面白いのはそこにほんのりと光を当てて僕たちに物語を見せてくれるのね。
お話聞いてるとまさに映画のワンシーンを見ているかのようにも見えてきました。
そうですね。
今はリアルリアルという時代ですが優れた芸術というのは決してリアルじゃない。
むしろリアリティーというね。
この光だって全部ウソですよ。
これ見ると照明部の方が当ててる光のように見えますもんね。
はっきりは当てないけどこう優しい柔らかな光を暗闇の中で当ててるような本当にそういう。
この線の一つ一つに光と影が忍び込んでる。
ね。
だからここに人生がこの道がいろんな人の人生が歩いたあとって事を感じさせてくれますよね。
とても細やかなデリケートな作業を巴水が彫師さんと摺師さんとがね紡いでいったという。
弘法大師が発見したという群馬県の温泉です。
モダンな造りの大浴場。
窓の外には豊かな緑。
差し込む日ざしに白く輝く湯煙。
何とも心地よい空間でお湯を独占しているのは…。
巴水自身です。
奈良へ写生旅行に行った巴水の映像です。
法隆寺の近くにもかかわらず小さな集落の中を歩き目についた何気ない風景をスケッチします。
名所を描いてもどこか不思議なアングル。
北は北海道から南は鹿児島まで。
生涯旅を続けました。
巴水は多くの写生帳や日記を残しています。
千葉市美術館の西山純子さんはそうした旅の記録をくまなく調べました。
これは写生帳の73で昭和25年のですね10月から11月にかけての旅の記録なんですがあまりあらかじめ旅程を立てずに描きたい所絵心を誘う場所を求めてさまようようにして旅をしていた様子がよく分かります。
香川県にある海沿いのお寺に行った時のスケッチ。
その時の様子が日記にも書かれています。
旅先でのスケッチと完成作を見比べるとある秘密が分かるといいます。
こちらが完成作でこちらが元になった写生なんですけれど比べて違う事がありまして写生にはなかった点景の人物がこちらに登場しているという事も大きな違いですね。
写生帳にはなかった点景人物が完成作では入るという事がこれも巴水にはよくある事で全く人のいない風景よりも人が一人ぽつんといる風景の方が寂しさが感じられるという事はあるのではないでしょうか。
そして74歳。
意を決して選んだ風景が…石段に降り積もる深い雪。
その先にたった一人金色堂へと向かう僧侶の姿。
これが巴水の絶筆となりました。
亡くなる半年前の日記に自ら「版画ノイローゼ」と書き記しています。
いつになく迷い何度も描き直したといいます。
巴水はその20年前にも同じ場所を月明かりの下に描いています。
それを真っ白な雪化粧に変えたのです。
実はこの時巴水の体はガンに蝕まれていました。
巴水は痛みや吐き気に襲われながら亡くなる前まで描き直していたといいます。
絶筆の時はねこれもう具合が悪かったんですよ。
それで寝たり起きたり。
気分のいい時に2階に上がってそれで上がったかなと思うと下りてきたりする時はやっぱり具合が悪かったみたいで。
手術してからは調子良かったんですけど6月の末頃から何となくごはん食べなかったり。
それからはもうほとんど寝たきりですよ。
苦闘を物語る資料が残されています。
よく見ると僧侶の位置が違います。
僅かですが完成作が一番金色堂に近づいています。
巴水は何とか下絵を仕上げましたが版画の完成を見る事なくこの世を去りました。
絶筆「平泉金色堂」。
誰もいない石段を一人歩き続ける僧侶の上にしんしんと雪が降っています。
新さん「名優は後ろ姿で演技する」と言いますね我々の世界で。
背中で。
見せるという事ですか。
つまり正面からキャメラが映すと表情やいろんな事で演技するんです。
人間というのはね目も鼻も口もみんな前向いてるし後ろは何にもないんです。
何にもない後ろを映す事でねお客さんは何が見えるかというと心が見えるんですね。
巴水も後ろ姿で演技する。
私の心を見て下さいという。
これはきっとやっぱり自画像ですよ。
もう一にも二にも旅が好きだったっていうそういう自分自身を映すかのようにこの遊行者をそこに自分の思いを託してこの石畳のまさに自分の歩いてきた人生の道で。
しかも歩き続けていった道ね最後に階段を上ろうとしてる。
そこを描いてるって事はねこの絵自体が何か心象風景というんでしょうかね。
絶筆ですか。
絶筆…。
巴水が74歳でしょう?つまり僕の年齢で…召されてるんですよね。
だからね彼の気持ちよく分かるんです。
70を過ぎるとね全てやっぱり遺作ですよ。
もう本当に自分の残り時間はない人の命には限りがある。
でも芸術の命には限りがない永遠だと。
だから芸術の命に自分の命を映そうというね。
そういう作業だったって事なんですよね。
2015/01/04(日) 20:00〜20:45
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「郷愁に染まる風景〜版画家・川瀬巴水〜」[字][再]

スティーブ・ジョブズが愛した版画家・川瀬巴水。生涯、日本中を旅しながら斬新な風景画を描き続けた。大正時代、大ヒットした東京シリーズから絶筆まで傑作の数々を特集。

詳細情報
番組内容
スティーブ・ジョブズが全作品を手に入れようとしたという版画家・川瀬巴水(かわせ・はすい)。大正から昭和にかけ、失われ行く日本の風景を旅情豊かに描き続けた。浮世絵の伝統が消滅の危機にさらされる中、雪や雨、水、暗闇などにリアルな表現を駆使し、新しい風景画を生み出した。海外で人気を博し、いま国内でも再評価が進む。心に染み入る郷愁の秘密とは。出演、大林宣彦。去年12月に好評を得た番組を特別アンコール。
出演者
【出演】映画監督…大林宣彦,作家・元芸大助教授・書誌学者…林望,【司会】井浦新,伊東敏恵

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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