水墨画発祥の地中国。
数限りない名品を生み出してきたその中国で今ある日本人の画家に熱い視線が注がれています。
荒々しい筆。
大胆に形を捉える線。
その手にかかると何気ない山の風景が異次元の空間へと変貌します。
室町時代に生きた水墨画の巨人雪舟等楊。
48歳の時日本人の画家として初めて中国に渡りました。
揚子江を船で遡りながら雄大な風景をスケッチする旅。
本場で技に磨きをかけ大いなる自信を手にします。
そして帰国後。
大胆極まりないその筆で独自の境地を切り開きました。
なぜ今中国で雪舟なのか。
時空と国境を超えて躍動する雪舟の筆に迫ります。
「日曜美術館」です。
今年もどうぞよろしくお願いします。
さあ今年最初に取り上げるのが雪舟ですね。
室町時代の僧侶で「画聖」とも呼ばれています。
作品のうちなんと6点も国宝に指定されている。
そうした画家というのは他にはいないという事なんですね。
雪舟が型にはまらず人間の感情とかそういった生々しさを表してるのが僕はとても好きな所なんですけれども。
その雪舟が今とても中国で評価をされているという事なんですよね。
それはすごい面白い現象が起きてるなと思いますね。
日本の画家の多くが当時水墨画を学んできていましたけどもそれが今逆に中国の方が雪舟を評価してるというのはとても興味深いですね。
なぜ今中国で雪舟なのか。
その動きからご覧下さい。
古くから文化や芸術が栄えた街です。
去年6月ここであるシンポジウムが開かれました。
テーマは室町時代の日本の画家雪舟。
水墨画の研究者や画家大学生などおよそ60人が集まりました。
雪舟の絵を学びながら現代の中国の水墨画にどう生かすべきか意見が交わされました。
雪舟の作品は中国の一流の専門家や画家が見ても驚くほどレベルが高く見る度に感動します。
私は雪舟を崇拝しています。
代表作の一つ。
いてつくような寒さが漂う冬山の風景。
切り立った断崖。
太く荒々しい線で描かれた岩や冬枯れの木々。
道行く人は山裾の楼閣を目指しているのでしょうか。
何より不思議なのは天へと伸びる一本の線。
なぜか途中で切れ岩壁がどこまで続いているのかも分からない。
時が静止したような幻想的な世界です。
雪舟の作品は中国の山水画のすばらしさを現代に浮かび上がらせています。
それはとても意味のある事です。
中国と東アジアの美術界が発展していくうえで大変重要な人物です。
なぜ今中国で雪舟なのか。
大きな理由はある時代の水墨画の再評価です。
経済成長を背景に活況を呈している美術品のオークション。
特に盛り上がるのが水墨画です。
この日およそ750年前南宋時代末期から活躍した画家の作品が出品されました。
めったに出ない時代の画家の作品。
1億5,000万円で落札されました。
南宋は1127年に建国され杭州に都を置きました。
経済が潤う中皇帝が芸術を奨励。
唐の時代に始まった水墨画がこの時期最盛期を迎えます。
南宋を代表する画家夏珪。
輪郭線を引かず墨でぼかすように描く事で生き生きとした生命力を与える高度な技。
大胆な余白。
あえて描かない事で見る者の想像力に委ねます。
それによって生まれる詩情豊かな世界。
南宋時代の絵には画家の心のゆとりまで描写されています。
水墨画がこれほどの高みに至った時代は他にありません。
しかし1279年栄華を誇った南宋は武力に勝る元の侵攻を受けて滅亡。
混乱の中南宋絵画の多くが散逸します。
数々の名品が海を渡り日本へとたどりつきました。
そうした南宋の水墨画を見て当時の日本の画家たちは盛んに模写をしました。
これは雪舟が梁楷の絵を模写し後の画家が写したもの。
一枚の絵に梁楷の名前と自分の名前を記しています。
こちらも雪舟が描いた夏珪の模写。
雪舟は南宋の絵に学びながら最高峰の技を身につけていきました。
そして晩年に描いたのがこの「破墨山水図」。
遠く霧にかすむ山。
手前には草が生い茂る水辺の情景。
南宋の絵に学んだ余白が見る者に無言の対話を誘います。
しかしやぶを描く大胆な筆は紛れもない雪舟自身。
かつて中国で失われた南宋の伝統を受け継ぎながら独自の画風を作り上げました。
雪舟の絵は躍動感にあふれています。
単なるまねではありません。
雪舟は南宋の技術を見事に習得したうえで自らの表現を自在に加えています。
それがこれからの中国の水墨画を考えていくうえでとても重要なのです。
雪舟の作品は中国絵画の歴史に位置づけても大変すばらしい。
それは表面上の事ではありません。
目に見えるものだけでなく心で悟ったものを描いているのだと思います。
この日雪舟をめぐる議論は4時間に及びました。
長年雪舟を研究する島尾新さん。
去年台湾で雪舟について講演を行うなど海外での評価に注目しています。
日本の水墨画史の中で見れば雪舟は明らかに突出した存在です。
中国絵画史あるいは東アジアの絵画史の中にも位置づけられる画僧だと思っています。
北宋の山水画から元の文人画明の文人画浙派そういう全てを含めた中で雪舟が評価されるという事であればそれは本当にうれしい事ですよね。
さあ今日のゲストは水墨画家の傅益瑤さんです。
どうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
よろしく。
仏教美術の名品が安置される国宝殿。
その壁を傅益瑤さんの水墨画が飾っています。
仏教が大陸から日本に渡ってきた歴史を釈や道元などの物語を通して描きました。
1980年に来日して以来仏教や日本をテーマに創作を続けています。
それにしても本場中国の研究者の方たちが今なぜそこまで雪舟に注目しているんでしょうか。
墨絵というこの特殊の領域というのはずっと1,000年以上の歴史の中にずっと伝えてきました。
でも文化大革命の一つ時代によって大変中断されました。
中断されてしまったと。
そうです。
画家であっても中国墨絵の中の肝心な命がどこから生まれたか分からなかったんですよ。
それででも今はこの反動で墨絵の神髄を求めるようになってて。
その時は雪舟のすばらしさが目に入ったらもう忘れられません。
だからこういうシンポジウムのようなみんな共同の研究が始まりました。
そしてそこまでして中国の方が南宋という時代に着目する理由…?宋の時代は墨絵の最高の境地。
ゴールデンタイムと言われるぐらいいろいろ最高のテクニック美のための追求は大変極めてたんです。
豊かな時代だったんですね。
そうなんです。
全く違うところは一つすごく著しいところあってやっぱり空間がいっぱいあった。
余白存在するようになった。
この余白が逆に豊かな内面の精神を表現できるような空間になった。
これはやっぱり一枚の紙の上に一角だけ描くというような風格になりました。
この風格オリジナルの風格はねみんなぱっと風靡されました。
そうしたその南宋の特徴というのを更に雪舟の絵でもいろいろこうじっくりと見ていきたいと思うんですけれども。
ここに「秋冬山水図」がありますが具体的に言うとこの絵のどの辺りに南宋の伝統らしさを感じますか傅さんは。
この絵はねほんとに何回見ても陶酔しちゃう。
訳はこれは墨絵の一番求めるの…何か精神が内面の自分の心の動きを映し描く事になったんですよ。
だから遠くから見てとてもやっぱり輪郭がある。
ちょっと強い雰囲気持ってる線ですけど近く見ると大変自由のこの動きがある。
何か踊りのように歌うようなこの線の存在がありまして。
それからさっき言ったように南宋の絵は空間が一番重視してる。
その空間ただ紙が何かよけて一部分だけを描くんじゃなくてその全体この宇宙の中に存在するという空間なんです。
だからこれ見て私もこちら現場にスケッチに行ったんですよ。
実際この景色をご覧になった事がある。
それで岩がほんとにしっかりした天まで届く岩があったんです。
もし普通のスケッチだったら紙以上に描くじゃない。
だから必ず紙を潰しちゃうんですよ。
でもこれ見て。
わざと途中で止まったこの一本の線が逆に上までどこまで行くか想像力働かせます。
だから見ると…現場見るよりこの方が宇宙に行っちゃう。
現場を超えてる。
超えてます。
そうです。
だから500年前の雪舟であっても目の前にいると同じような親しみをそれも生々しさというかそれもみずみずしさを感じます。
さあ雪舟は水墨画の発祥地中国へ渡ります。
そこでどのようにして本場の技術を学んだんでしょうか。
1420年現在の岡山県に生まれた雪舟。
若くして都に上り京都五山の一つ相国寺で修行を積みます。
相国寺は将軍足利義満によって創建された禅宗の大寺院です。
幕府の御用絵師をはじめ著名な画僧を数多く排出。
しかし雪舟の前に大きな壁が立ちはだかります。
師匠となったのが相国寺の画僧のトップに君臨していた周文。
南宋の絵画にならいながらみやびな画風を作り上げ絶大な人気を誇りました。
こまやかな筆が都の人々の心を捉えたのです。
一方雪舟の若き日の作品。
同じ山水図でも周文とは対照的です。
こまやかさとは程遠い筆。
崖のたもとで禅問答にふける人物もさっと筆を走らせたような描き方。
更に山は感情をそのままぶつけたかのよう。
雪舟の絵は都の好みに合わず望むような成功を手にする事ができずにいました。
そこに転機が訪れます。
周防の国現在の山口県の大内氏の下で働かないかと誘いを受けたのです。
35歳の雪舟は都落ちを決意。
その地で殿様の肖像画や寺の仏画などを描いて過ごします。
そして48歳。
大きなチャンスが訪れます。
大内氏が送る遣明使の一員に選ばれ中国へ渡る事になったのです。
日本人の画家として初めて水墨画発祥の地に上陸を果たしました。
寧波から北京まで1,500キロ。
船で大運河を往復する旅です。
揚子江に浮かぶ名勝金山寺。
絵でしか見た事がなかった風景が目の前に広がっていました。
雪舟の仕事は街や風俗をスケッチし伝える事。
丁寧で情感あふれるその筆から雪舟の感動が伝わってきます。
「揚子江中流也」。
唐の時代に築かれた石造りの橋宝帯橋。
全長317m。
当時の日本では想像もできないスケールです。
旅を続ける中で更に重要な発見がありました。
実際に見る本場の絵が日本とは画風が違っていたのです。
これはその当時中国で流行していた浙派の画家の作。
南宋絵画の流れをくみながら庶民的で自由な画風を作り上げました。
岩の表現をよく見て下さい。
荒々しい筆。
こまやかさよりもダイナミックな躍動感を出そうとしています。
浙派というのは浙江省出身の画家たちの画風なんですがそれはどちらかというとやはりラフでちょっとラフでそして力強いものなんですね。
雪舟はそれを見てああこれだと思ったんだと思います。
極端に言えばなんだ本場の方が俺に近いじゃないか自分の画風に近いんじゃないかと思ったんだと思います。
本場の画風に自分の資質に近いものがあるという事を発見した事は雪舟にとって大きな自信になりました。
そして北京にやって来た雪舟は大きな仕事を任されます。
中国で描いた…この絵を見た宮廷の人々がその腕に驚き役所を飾る大作を依頼したのです。
堂々とした力強さ。
本場の画家に負けないという意気込みが伝わってきます。
人々の暮らしと自然の息遣い。
中国で大きな自信をつかんだこん身の大作です。
自ら「日本禅人等楊」と名を入れ日本人である事を知らしめようとしました。
雪舟が旅の行き帰りに滞在した寧波の天童寺。
中国の禅宗五山に数えられ日本の栄西や道元も修行した寺です。
その壁には雪舟の肖像と共に中国で得た「天童第一座」の称号が掛けられています。
北京で宮廷を訪れた雪舟は皇帝の側近たちから丁重にもてなされその返礼として大きな山水画を描いて贈りました。
それは確かな目を持つ側近たちを大いに驚かせる出来栄えでした。
その絵が皇帝に差し出されると皇帝は日本の画僧がここまで描けるのかと感動して雪舟に天童第一座の称号を与えたのです。
およそ1年半に及んだ中国の旅。
雪舟は大いなる経験と称号を胸に帰国の途につきました。
こうやって見ても雪舟の自由さっていうのは若い頃から全くブレてないですね。
それにしてもこの当時外国人が皇帝に認められるというのはとってもすごい事だったんじゃないですか?おっしゃったとおり。
明の時代は朝廷が画院を作っています。
あの時の長官がね画院のアカデミーの画家を集めて怒ってたの。
あなたたちはどうしてこういう絵を描けないんですか。
本場の国の画家なのにこんなに立派な画家が目の前で恥ずかしくないのとか言うぐらいなんですよ。
私は雪舟はとても幸せだと思います。
やっぱり彼は自分の歩んだ道が間違っていない。
それもみんなが認めてくれる分かってくれる事もまた一つ幸せじゃないかと思います。
そしてこの「四季山水図」ですよね。
これも本当によく見ると気合いが伝わってくるというかやっぱり本場の人たちに見せるためにもうんと力を込めて描いたっていうのが伝わってくるんですけれども。
全体見てとってもがっちりした立派な力強い絵なんですけどでも見るととっても楽しい。
いろいろ人物も入ってるし生活の部分も入ってるし。
だから雪舟がどのくらい細かく中国の現実がね見つめてるか。
それもねただ見るじゃなくて自分がもう入ったように天人一体というか中国の山水画風景も中国の人も自分も一体になってると思います。
やっぱり人物があったりそれもまた建物もあったり生活空間。
普通は中国の山水画の中に生活空間が入ってないんですよ。
生活空間は無いんですよ。
やっぱり仙人のところと思うぐらい。
これは中国人が思いつかないところだろうと思います。
この中に人間の生活は山水の偉大さと同じレベルと見てる。
それも雪舟の人物像だと思います。
ほんとに実りをたくさん得て雪舟が日本に帰国しましてそこからまた更に真の個性というのが花開いていくんです。
帰国後雪舟は十数年にわたり九州や岐阜など各地を転々とする日々を送ります。
その後周防・山口に庵を構え80代で亡くなるまで絵を描き続けました。
山口県防府市の毛利博物館に晩年の大作が所蔵されています。
やって来たのは中国でシンポジウムの企画にも関わった汪永江教授です。
雪舟は晩年どのようにして独自の境地に到達したのか。
汪さんはずっとその作品を見たいと思っていました。
16mにわたって移り行く四季の風景が描かれた壮大な絵巻です。
冒頭は早春。
年老いた人物がお供を連れて山道を登っていくところから始まります。
この人物は絵を見る私たちそのものあるいは雪舟の姿とも言われています。
行く手には大きな岩。
先に延びる道を行くと霧にかすむ家々。
まだ寒さが残っているのでしょうか。
一面が湿った空気に包まれています。
水辺の漁村に出ました。
帆を下ろし舟の上でくつろぐ漁師たち。
暖かい日がさしているのか洗濯物が掛けられています。
夏のんびりとした漁村の光景です。
穏やかにゆらめく水面。
雪舟は人々の暮らしを静かに見つめています。
これは雪舟が中国を旅した時に実際に目にした情景と四季の風景とを組み合わせて描いたものではないでしょうか。
雪舟がそれまで習得した技術を全て盛り込んで描き上げた作品だと思います。
例えば岩の硬さを表現する時に筆で強弱をつけています。
これは夏珪などがよく使った南宋山水画の典型的な技法です。
木の枝をこうして細い線で描くのも全体に南宋の風格がよく表れていると思います。
この絵には平民も文人も子供の姿もあります。
山水画の粋を集めた集大成です。
秋たくさんの人でにぎわう山あいの村。
収穫を持ち寄り市が立つのでしょうか。
一人一人さりげなく色を塗り分け人々の活気を描いています。
最もカラフルな場面です。
木々や岩もうっすらと色づいています。
やがて季節は冬。
色が消えた城壁の街。
山には雪が降り積もっています。
空はどんよりと暗くいてつくような寒さ。
全てを支配する静寂。
最後に現れるのは緑に色づく松。
再び春が訪れ永遠に時が巡っていきます。
雪舟のほとばしる情熱と勢いを感じます。
山水画のあらゆる技法を見る事ができてまさに壮観です。
構図や墨の使い方筆遣いは先人の技を受け継いでいるだけではありません。
伝統を深く理解しそこから自らの個性を打ち出しています。
雪舟は中国の水墨画の未来に重要なメッセージを投げかけていると思います。
そして「山水長巻」から10年。
76歳の作「破墨山水図」。
遠い山から下りてくる霧。
その霧にかすむ水辺の風景。
墨をまき散らしたような描き方はもはや前衛絵画。
墨がにじむに任せたように躍動しています。
雪舟がたどりついた境地。
それはどのようなものだったのでしょうか。
傅さんが「破墨山水図」を模写して読み解きます。
これ見たとおり筆下ろした時が同じ下ろし方はないんですよ。
このにじみの変化が変える事も隠す事もできません。
だから自分がイメージいくら持っててもこちら描いたらもう決まり。
もう直す事できない。
筆を下ろした瞬間墨は画家の手を離れにじんでいきます。
偶然に任せながら偶然をコントロールする雪舟の筆は果てしない鍛錬によるものだと傅さんは言います。
雪舟の偶然さと普通の人の偶然さは違う。
彼は自分の主導があるからそれでこの自然見ながら自分はね進めていく道がはっきり見えてる。
これは雪舟のすごいとこ。
実際模写をされて雪舟の筆の魅力どのように感じましたか。
これはねほんとに即興曲なんですよ。
即興曲…。
そうなの。
その瞬間の全てができちゃうんです。
もちろん心の中にモチーフあって。
でも筆下ろしたらこのモチーフはメロディーに化してそれで流れていく。
リズム自然に変化していく。
だから終わるまでがねほんとに歌を歌い終わるまでのように多分雪舟もため息してるんですよ。
最高に興奮してると思います。
だから模写してもやっぱりその興奮さが抑えられなくてだから声も上がっちゃったり自分もどういうふうにすればいいか分かんなくて。
でもその時雪舟は最高のテクニックと最高の魂の融合の瞬間がぱっと感じるようになったんです。
ほんとに全ての頂頂点に集まってこそできる偶然。
だからこれを見てもこの一筆が濃いところ薄いところ行ってちっとも戸惑い…。
戸惑いがない。
それもまたリズムがあるの。
こちらはねちょっと速い。
こちらはゆっくりじゃないけどちょうどいい具合の時間で。
こちらの小さい建物とか舟とか特にこういう木が何とも言えない魅力がある。
訳は空気の中に出てきたから。
その空気の中に何回描き直してその空気を作るという事ありえない。
できない。
だから筆の動いた時が筆の一筆の中に濃淡とそのスピードによって空気が生まれてくる。
その一瞬で勝負。
これ一番飽きない絵なんです。
いつまでも見ていられるような。
見ると何か新しい発見が出てくるんですよ。
例えばこちらのこういうところどうしてこんなに透明感あるの。
やっぱり光がぱっと出てきた。
こちら一筆でね黒い山がやっぱり光が一番当たってる所これは陽の面です。
だからこの一筆の力強いものは陰の面表現したんですよ。
だから陰陽五行全部入ってます。
そうなんですね。
だから一流の画家こそこの自由さが感じる。
これ見ると七十何歳のあの時代だったら七十何歳は老人以上の老人だったから。
でも天真爛漫の子供っぽさがすごく出てくる。
だから絵を描くと彼は年取った事ありません。
ただ成熟していく全て成熟していく。
でも天真爛漫の純粋の人間はそのままいらっしゃる。
その中でも今中国が雪舟から見いだそうとしてるものは傅さんは何だと思いますか。
それぞれなんですけどテクニックのたくましさ巧みさそれも絵の強さとかいろいろあるけどでもそれは境地が低い。
実際は墨絵というものが心の伝わりなんです。
心ができていないのにどうして絵が描けるか。
それで今悟り始まったんですよ。
これは雪舟の行動雪舟の生涯が実行した事が今中国人に大変いいメッセージを投げてるんです。
雪舟の作品からももちろんですけど雪舟の生きた人生そのものからも学ぶべきところが今あると。
そうです。
だから雪舟はどういう人物か。
雪舟の作品から人物行動全てがワンセットに理解するようになってそれで大変勉強…それも影響されます。
それは今の時代は一番必要な新しい時代が始まる基本なんです。
今日は雪舟への愛あふれるお話とてもよく分かりました。
本当にありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
楽しかったです。
2015/01/04(日) 09:00〜09:45
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「中国によみがえる“雪舟”」[字]
いま中国で雪舟が熱い!雪舟は、室町時代に活躍した水墨画の巨人。雪舟のシンポジウムが開かれるなど、水墨画の本場、中国の研究者が注目。国境を越える雪舟の魅力とは。
詳細情報
番組内容
室町時代、中国に渡って水墨画を学び、独自の境地を極めた雪舟。その作品が、いま中国で高く評価されている。2014年、杭州で、雪舟をテーマにしたシンポジウムが開かれ、中国の水墨画家や研究者が熱い議論を交わした。背景には、経済成長により国が大きく発展を遂げる中、中国文化の神髄ともいえる水墨画を見直そうという意識がある。その重要な鍵を握る絵師として雪舟が注目されているのだ。国境を越える雪舟の魅力とは。
出演者
【出演】水墨画家…傅益瑶,【司会】井浦新,伊東敏恵
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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