美の巨人たち 歌川広重『東海道五拾三次之内 日本橋・朝之景』 2015.01.03


日本橋川の上に架けられた全長49mのアーチ橋。
かつては日本の道路元標でありすべての国道の起点でした。
しかし今日の作品はこの石造りの橋ではありません。
日本橋のたもとに元禄年間に創業した老舗の漆器店があります。
この店にちょっと珍しいものが伝えられているのです。
およそ350年前に使われていた橋の欄干にのせるこの擬宝珠が今日の作品に描かれているのです。
そうこれです。
風景画の世界に革新的な表現を吹き込み印象派の画家たちをとりこにした江戸を代表する浮世絵師です。
彼の出世作にして空前のベストセラーとなったのが全55枚からなる…。
今日の一枚はその巻頭を飾る日本橋です。
そこに隠されていたのは広重の恐るべき眼差しと粋な技。
いったいどんな?町田市の芹ヶ谷公園の一角に世界でも珍しい版画の美術館があります。
今日の一枚はここにおさめられているのです。
縦22センチ横35センチ浮世絵の版画です。
描かれているのは早朝の日本橋の風景。
画面の上浮世絵独特のベロ藍と呼ばれる青は夜の名残です。
木戸が開くのは明け六つ時。
現代の時刻で言うと午前6時頃です。
魚河岸で仕入れを終えたぼて振りの魚屋や市場帰りの八百屋が集まっています。
頭にのせた桶の上で踊るのは活きのいいタイやカツオ。
おっとおいでなすったと彼らが道をあけたのは国もとへ向かう大名行列の一行が現れたからです。
足並みを揃えた先箱持ちが背負う鮮やかな箱の赤茶色。
後ろには毛槍を高く掲げた槍持ちたち。
更に羽織を着た侍たちが続々と続いています。
橋の格式を示す擬宝珠の造形が際立つ日本橋はほぼ正面の位置から描かれています。
そこにこの絵の最大の狙いが隠されているのです。
いろんなことを工夫してますよね。
最初に広重がイメージしたものにふさわしいものを持ってきてこの画面の中に凝縮して再構成してる。
その辺りのことを江戸の人々はどう思っていたのでしょうか?江戸の人々ねぇ八っつあんどう思う?お前誰なんだよ!早速キングオブコメディのお二人にちょいと江戸時代に行ってもらいました。
てやんでい!しゃらくせえ!ほら長屋の大工さんに。
熊さん大工の仕事がないね。
ああ暇だね八っつあん。
ああ腹も減ったね。
へっへっへ…。
何がおかしいんだい?気持わりい。
いい考えがあるんだよ。
何だい?そのいい考えってのは。
あ?小さくなろうと思ってさ。
アリぐらい。
アリぐらいってお前アリクイみたいなツラしやがって。
小さくなってどうするっつうんだい?小さくなったら飯もちょっとでいいだろ。
ああ確かに米粒1つで腹いっぺえだな。
長屋も片隅ちょいと借りりゃ店賃もいらねえだろう。
おめえさんツラはひでえけど中身は賢いね。
褒めすぎだい。
ハッハッハ。
だから身の丈にあった町を作ろうと思ってな。
手始めに日本橋作ってんだ。
ほう。
まだ途中だけどな。
おおこりゃいい出来だな。
ヘッヘッヘ。
は〜あっなら俺もあるぜ。
今売れに売れてる広重の「日本橋朝之景」だ。
おお!こいつが噂の歌川広重「東海道五拾三次」巻頭の一枚。
ああ。
ん?どうしたんだい?熊さん。
これ何かおかしくないか?あ?どこがおかしいってんだい?江戸東京博物館に江戸時代の日本橋を再現したものがあります。
どうでしょうか。
広重の描いた日本橋とは形も大きさも違うような気がしませんか?ではしかも版木から摺り上げてみると広重の驚異的な技が浮かび上がってきたのです。
果たして歌川広重はどんな思いを込めたのか。
更にこの一枚には当時の日本橋ではありえないものが描かれていたのです。
その謎を解くために立体模型を作ってみたところ…。
ん?なんだこれは。
歌川広重の「東海道五拾三次」には大きな橋を主題にした作品が何枚かあります。
しかしそのすべてが横や斜めからの構図なのです。
最後の同様に橋全体を眺めるように伸びやかに描いていました。
ただ今日の一枚「日本橋」だけがほぼ正面から描かれているのです。
なぜなのか?歌川広重の名が注目を集めたのは天保2年頃に出版された「東都名所」という風景画の連作です。
広重の風景画には特徴がありました。
西洋の透視図法を取り入れ正確な遠近感で江戸の町の風情を描いたのです。
この「吉原仲之町夜桜」では消失点を2つ設けた透視図法を使いスケールの大きな画面を作り上げています。
言い伝えでは「東都名所」が発表された翌年広重は幕府の御馬献上の行列に加わり東海道を旅しています。
このときの取材を得て生まれたのが当時庶民の間では富士詣でやお伊勢参りなど空前の旅行ブームが起きていました。
その気運にのるように「東海道五拾三次」は売れに売れたのです。
とりわけその巻頭の一枚「日本橋」は爆発的な売れ行きで江戸の人々はもとより日本中の人々の心に強烈な印象を刻みました。
おや八っつあんが帰ってきましたよ。
熊さん!熊さん行ってきたぞ!こんな朝っぱらからどこ行ってやがった?スカイツリーか?まだ出来てねえよお前。
日本橋だよ。
ちょっと気になってなあの広重の日本橋がよ。
ああでどうだった?絵のまんまだったよお前。
そんなわけねえだろ!ん?おいらの日本橋のほうがそっくりだろ?いやぁこれはこれでそうなんだけどな何ていうか雰囲気がなそのまんまだったんだよ。
河岸帰りの連中がいてよ犬が2匹いてな橋の向こうからよお大名の行列が眠そうにやってくんだよ。
でな驚いたのはお前空だよ。
何つうかなその空の色とか気配がもうあのまんまなんだよ。
はぁ〜。
空は作れねえ。
今日の一枚の版木です。
8枚の版木の裏表が使われています。
完成させるのに17回の摺りを重ねなければなりません。
仲田昇さんはこの道60年の摺りの名人。
いちばん神経を使うのは空の部分だといいます。
朝焼けの部分には拭き上げぼかしという技法が使われています。
空を摺っていただきました。
版木に水分を含ませその下に薄い紅色の絵の具をおきます。
ブラシで水分と絵の具を混ぜ合わせていくと。
町並みの背後に淡い色に染まった空が浮かび上がってきました。
更に画面の上部にももう1つの技法が使われています。
まっすぐに引くってことがねまっすぐに。
その一文字ぼかしの技法とは…。
先ほどと同様版木に水分を含ませてその上にベロ藍の絵の具をおいていきます。
使うのははけ。
その毛先がこのときの微妙なあんばいで摺り上がりの出来が決まるといいます。
透き通るような青の絶妙なグラデーションが生まれました。
その濃い青は深い夜の名残です。
夜空が明け方の空に消えようとしています。
江戸の町並みの上に淡く薄く広がっているのは茜色の朝焼け。
広重の目は夜と朝の入りまじる微妙な空を紅色とベロ藍たった2色でとらえたのです。
早朝のさわやかさでしょうね。
これはやっぱりあのまあ上の空の一文字とまああの雲がかかってるそこにあの朝焼けがにじみ出てるんですよ。
ほのぼのとパ〜っとこう朝日がまだ出てないわけですよね。
そんな感じをよく出してるんで空だけでも三段階の厚みがありますよね。
でも八っつあんよ空に騙されちゃいけねえよ。
おいらが問題にしてるのは日本橋の形だぜ。
まあそりゃそうだ。
あ〜朝焼けにクラクラっときちまったおいらのほうが悪かったぜ。
だいたい今までに橋を正面から描こうなんて絵師がいたかい?あ〜そいつはそうだな。
そんな広重も横から描いています。
これは「東都名所」の日本橋です。
横から眺めた日本橋を手前においてはるか遠方には富士山。
日本橋と富士山という江戸のランドマークを描くのが王道の構図だったのです。
広重のこの五十三次あたりまでの時代は風景版画というと横版なんですね。
縦に使わないんですよ。
で横で長いものを橋を描こうとすると向こうから見るしかないんですよね。
それをシリーズの始まり…。
とっても意欲的な広重の試みだと思うんですね。
あえて挑戦したんだと思います。
では広重が正面から描こうとしたとき画面の中で何が起きたのか。
江戸東京博物館にある日本橋は当時の記録をもとに実物に近い形で再現されたものです。
江戸時代の日本橋は長さが51m幅が8m近くあったといいます。
正面に回ってみればどうでしょう。
大きさも形もかなり違うような気がします。
青木世一さんは二次元の絵画を立体的に表現するアオキットシリーズで知られる美術家です。
今回広重の「日本橋朝之景」の制作をお願いしました。
立体化していくなかで青木さんはいくつか気がついたことがあります。
視点が2つある。
木戸は正面から描いているのに橋は正面よりやや左に寄った視点から描かれている。
橋が正面にあるんだったら橋もハの字型に見えてないとおかしいんじゃないかって。
つまりこういうこと。
広重の絵では木戸は正面から描き橋はやや左からの視点で描かれています。
それを両方とも正面からの視点で描くと…。
こうなります。
何だか画面に締まりがなくなったような気がしませんか?更に驚くのは橋の大きさと形です。
こういう長い日本橋をぎゅ〜って縮めて幅もぎゅ〜って縮めたのがこの作品なんだと思います。
広重は…。
まああの日本橋ってかなり長い橋なんですけどもその長さを人物を隠すことによっておそらく象徴しようとしたんですね。
それでわざわざ実際よりも湾曲させてわざと曲線を極端にしたんじゃないかと思いますね。
広重は長さ51m幅8mの日本橋をぐっと縮め湾曲させることで大名行列の男たちが続々と現れるその様子を描き上げ緊張感のある画面を生み出しました。
そればかりではありません。
この一枚には実際にはありえないものが描き込まれていたのです。
あれ?どうした?ええ熊さん。
日本橋の近くにこんな木戸あったか?ああ思い当たんねえな。
こいつはどういうこったい。
そう問題はこの木戸。
ここに広重の粋な技が隠されていたのです。
江戸中期に描かれた『隅田川風物図巻』に当時の日本橋の様子が描かれています。
その中にここが歌川広重の描いた木戸のある場所。
しかし通りを隔てて橋からかなり離れているのです。
南詰め日本橋の南詰めの木戸っていうのはですね橋と木戸がある間に一定の空間がありますからもうちょっと木戸は引いてもいいかなっていうのがまあ実際だと思うんですけどね。
歌川広重が描いたこの絵では木戸と日本橋の距離があまりにも近すぎるのです。
広重やっちまったな。
何勝ち誇ってんだよ。
現代の江戸時代橋の南詰めの東側は罪人たちを処罰する晒し場になっていました。
広重はその晒し場を木戸で隠し2匹の犬を描くことで暗示したのです。
江戸っ子の粋な計らいで。
しかも木戸を描いたのにはもう1つの理由がありました。
木戸が開いたよっていう開くというその言葉ですね。
木戸が開くこれから始まるわざわざ手前持ってきたんですね。
離れているはずの木戸を画面に入れることでまるで舞台の幕が開くように旅の始まりを演出したのです。
「東海道五拾三次」。
巻頭の一枚として。
朝一番で魚河岸で仕入れを終えた男たちが世間話に花を咲かせています。
橋の向こうから大名行列の一行がやってきました。
ぎゅっと締められた構図の中で整然と足並みを揃え静かな朝に足音を響かせながら行列がわいてくるように向かってきます。
国元への長い旅路です。
広重はぎりぎりの構図を探りながらすがすがしい旅の始まりの情感を描ききったのです。
西洋の遠近法を学びながらも縛られることなく描きたいものを描く。
歌川広重の新しき日本橋。
いや〜熊さん。
すっかり小さくなっちまったね。
旅に出よう。
あ?広い世界を見てやろう。
あ〜でもこの体でかい?ものすごい時間かかるぞお前。
さあ行くぞ弥次さん。
誰だよ。
日本橋を渡るよ。
ああ。
どこまで行くんだい?知らねえよ。
およそ180年前に描かれた日本橋です。
その日本橋を苦心と工夫を重ね初めて正面から描ききった一世一代の意欲作。
『東海道五拾三次之内日本橋朝之景』。
歌川広重旅立ちの歌。
この男の行くところ人だかりができる。
2015/01/03(土) 22:15〜22:45
テレビ大阪1
美の巨人たち 歌川広重『東海道五拾三次之内 日本橋・朝之景』[字]

毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の1枚は、歌川広重作『東海道五拾三次之内 日本橋・朝之景』。

詳細情報
番組内容
今日の1枚は、江戸を代表する浮世絵師、歌川広重作『東海道五拾三次之内 日本橋・朝之景』。あの『東海道五拾三次』の巻頭を飾る浮世絵です。描かれた早朝の日本橋の中で、気になるのは橋の位置。他の絵は横や斜めから描いているのに、これはほぼ正面なのです。しかも当時の日本橋と形も大きさも違う…そこで番組では『日本橋』の立体模型を制作し謎を解くことに。
番組内容の続き
そこから見えた、広重の恐るべきまなざしと粋なアイデアとは…?
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン

<エンディング・テーマ曲>
「India Goose」
中島みゆき
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

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