ブラタモリ「丸の内」 2015.01.03


果たし討ちみたいですよ。
これ新しい。
(美輪明宏のものまねで)あなたね一緒に一度いらっしゃいよ。
見直さなきゃいかんね。
軽く見てたね。

(テーマ音楽)今回は「丸の内」という事なんですけどもタモリさんどんな印象ですか?丸の内はきれいな街ですよ。
あのね…ここのビルでしか売ってないんですよ。
それをね定期的に買いに来るんでねそのついでにこう…「ブラタモリ」個人的にやってますよ。
口の中を消毒するお薬を…。
ここは非常にきれいな…こう見るとほんと大都会なんだなって。
歩いてるだけで一流企業に勤めてるような感じがします。
確かに。
私は…あ〜丸の内大手町ね。
来ます?ここに。
めったには来なくて。
なんかイメージだけですね。
すてきなOLさんたちがかっ歩してる…。
東京・丸の内といえば一流企業のオフィスが集中する日本一のビジネス街。
最近では再開発が進み有名ブランド店も数多く進出。
ショッピングを楽しめる新しい街並みも注目されています。
そんな丸の内。
およそ400年以上前にはこんな景色が広がっていました。
江戸時代に入ると海は埋め立てられきらびやかな大名のお屋敷が並び建ちます。
「ブラタモリ」今回は海がビジネス街に変貌した丸の内の秘密に迫ります。
さてタモリさん。
まずは東京駅近くのメインストリートを歩き始めました。
丸の内って言うんだけども…まあ座って。
丸の内って何で言うか知ってます?丸の内?ちょっと古地図を見てみますとこうなってるんです。
ここお城。
江戸城のすぐ近く。
皇居ランナーがいっぱいいるところ。
そうですね。
つまりこれは…え?そうなんです。
そもそも丸の内とは濠や塀などで囲まれたお城の内側の範囲全てを指します。
現在はその中の一部分が地名となって残っているんです。
でもそれ気持ちは分かりますね。
大学でですよ。
丸の内弁当って言っておかしな事言ってるなと思って。
東京駅で売ってるからって。
タモリさんここで早くも江戸の名残を発見しました。
大名小路。
お〜さっきの地図だと…。
大名小路。
ほんとだ。
いかめしいような名前が。
え〜知らなかった。
今すっかりオフィス街ですけど。
オフィス街大名小路って言うんだね。
江戸時代と変わってないと言い方は。
「あの大名小路の角で待ってるから」とか。
果たし討ちみたいですよ。
この辺りには贅を尽くした壮大な大名屋敷がズラリ。
きれいだったと思いますよここは。
本当にきれいな通りだったと思います。
両側が大名屋敷でね。
この辺も全部…今も結構大きなビルがあるのはちょっと雰囲気としては似たものが…。
だから似てるんですよね。
一流企業が集まってる。
丸の内に大きなビルを建てるっていう事が江戸城の前に大きな屋敷を構えるという。
エリート武士です。
う〜ん。
出世街道をひた上る。
そう変わってないんですよね。
さてこの歴史ある通りで専門家の先生と待ち合わせです。
ああ先生お久しぶりです。
こんにちは〜。
お久しぶりです。
その節はいろいろと。
今日は…都市の歴史を研究している岡本哲志さん。
何気ない現代の風景にも江戸の名残を見つけだす達人です。
昔はすごいたくさんあったって地図で見たんですけど…そうですね。
街区?道路に囲まれた…。
この辺がそうだったという。
しっかり残ってる所が1か所だけあるので。
江戸時代と同じ区画が現代にも残っているそうです。
早速案内して頂きました。
この辺り…。
ここから向こうの方まで。
ずっと2番目の信号まで。
えっ2番目の信号まで1軒!?ええと1つの街区。
私が今言ったのは…ここの街区。
この一画。
松平相模守。
これでかいですね。
大きいお宅ですね。
古地図のこの一画は現代の区画とピッタリ重なります。
その一辺は…このように江戸以来丸の内には大きな敷地がそのまま受け継がれています。
一つ一つが丸ビルが建つぐらいの大きさなので…他の街みたいに土地が細分化されなかったんです近代になっても。
そのために今大きな敷地が残っててその上に高層ビルが建てられる。
近代化現代化しやすかった。
高層ビルにも江戸の歴史が宿っていました。
ここ歩きやすいんですけど…高低差はないんですが面白いのは…今立っているのはこの辺り。
江戸より前の時代海はこのように広がっていました。
入り込んだ海を「日比谷入り江」突き出た陸地は「江戸前島」と呼ばれていました。
ここもう海を歩いてる。
タモリさんは海の名残の地形を感じられる場所にやって来ました。
この日比谷の辺りが多分一番低いんですよ。
今でも大雨が降るとこの辺水浸しになるそうです。
よく見えますね。
ねえこの辺で見ると…。
向こう側上がってる感じが…。
そこから下がってますねスッと。
近づくとよく分かるかもしれないですね。
低い方へ低い方へ…。
かつての海の底を目指して歩きます。
タモリさん高低差がお好きっていうのは…じゃないですね。
こんな僅かでも。
こんな僅かでも昔の地形を覚えてるっていうか昔の地形がざまあみろと言っているのか忘れられてたまるかって言ってるのが面白いんですよね。
皇居のお濠のそばにやって来ました。
やっと久保田さんの期待してる水辺が…。
こういう風景を見せてもらうと水があったのかなって分かるんですけど。
ここが一番…一番っていうか深かった所。
かつて海が広がっていた時代この辺りに流れ込む川があったと考えられています。
これ水の流れと同時に…そうそう。
流れ下るようにやっぱり行くんです人も。
なかなかね傷を負って上がるのはつらいです。
やっぱり下っていくんです。
ねえ。
すばらしいと思います。
人間も生理的に…。
そうですそうです。
さてもっと低い所を目指して歩きます。
下がってますよね向こう側。
ちょっと行ってみますか。
行ってみましょうか。
ほら下がってるでしょ。
ず〜っと。
これは公園としてこういう造形にしたんじゃなくて元からの。
いやいやいやいや違います。
上がってま上がってます。
「上がってま」って。
何で関西弁なんだ。
そうですね。
この辺が一番…。
ですからこの池がここから流れてきた濠の名残ですね。
延長線上ですね。
ちょうどここに。
あの濠がず〜っと流れて…ここが一番低いんでしょうね。
今ちょうど池がある…。
日比谷公園にあるこの池。
かつての海の名残だともいわれています。
しかしもっと古い時代に遡ってみると…いつの間にか縄文から氷河期ですか。
そうなんです。
時代を遡ること2万年前の氷河期…川が地面を削ったため今でもこの辺りが一番低いんですねえ。
水がどんどんどんどん引けていって残った所に川が流れますよね。
ここ。
ここを流れてた可能性が高い。
今はこの池ですけど。
大都会に潜む川と海の記憶。
たどってみましょう。
明治時代皇居に近い丸の内には文明開化の象徴として西洋風の街並みがつくられる事に…。
タモリさんはその通りへとやって来ました。
今の景色と比べてみると…。
これ…。
ヨーロッパの街並みみたい。
すてきですね。
当時と同じ場所に建つエレガントな建物。
明治27年に造られた「三菱一号館」です。
昭和43年に一度解体されましたが去年かつての姿そのままに復元されました。
実はこの建物こそ…失礼しま〜す。
中のオフィスも再現されています。
触っちゃいけないという感じがありますね。
これは当時の重役椅子を再現したもの。
ブーツ履いてたんですか。
オシャレですね。
いいバッグじゃないですかこれ。
サラリーマンっていうのはエリートなんですよ。
サラリーマンイコールエリート。
今はみんなサラリーマンですがサラリーマンになれる人は本当に一握り。
花開きつつあった都市文化の象徴が丸の内のサラリーマン。
さっそうとしたスーツ姿は人々の憧れでした。
続いて向かったのは当時銀行として使われていた場所。
わ〜何ですかね。
どうぞどうぞ。
どうぞ。
あ喫茶店になってんだ。
すてきですねここ。
当時の照明はガス灯。
近代化を象徴する都市の明かりです。
あれ一つ作るのに結構大変な…。
あの柱の。
他の所は事務所ビルなのでそれほどデザインを凝ってないんですがここは銀行建築なので…。
柱の上なんてそんなに見上げないような気がするんですけどああいうところに凝るんですね。
そうですね。
かつての大名屋敷街に突如現われた西洋建築。
それが三菱一号館。
丸の内ビジネス街の歴史はここから始まりました。
じゃあ行きましょうか。
行ってみましょう。
お茶はいい。
いいからお茶は。
一見何でもないモノがタモリさんの目を通すと面白く見えてくる。
撮影した本人が語る…これは壊れた看板なんですよね。
右新橋銀座左東京って書いてあるんですけどね。
有楽町のところですが。
真ん中に蛍光灯があって…。
むき出しになってますね。
下の方に割れたプラスチックが残骸があるんですよ。
誰か気付くでしょうね。
片づけるでしょこれ。
駅のすぐ横ですよ。
もしかしたら…あります。
そういう…。
中野か何か昔…子供のために「とまれ」って書いてある。
あれ1か所だけ間違えて「とれま」って書いてあったの。
とれま…。
随分前から「とれま」だったの。
それを放送したんですよ。
直ってましたよ。
これも直る可能性がありますよね。
ちょっと注目ですね。
さてタモリさんがやって来たのはご存じ東京駅です。
東京駅ですね。
この私たちの目の前。
駅の正面から皇居に向かう道ですね。
歩道が広々…。
ここはいいですよ。
あんなにもうシートに覆われて。
ねえ。
東京駅は現在造られた当時の姿に復元する工事の真っ最中。
こんな全面シートに覆われた東京駅なんて見た事ないですよね。
2012年の春ごろには戦前の東京駅がよみがえる予定です。
タモリさん…ここはもう思い出深い所ですよね。
関西京都奈良回って東京に。
何泊だろう…。
大旅行ですね!6泊のうち…。
それで騒ぐでしょ。
寝ないんだから。
それは高校生なら。
ほとんどみんな1週間寝ずに。
そこ一番寝ちゃ駄目なところじゃないですか。
あどうも。
こんにちは。
はじめまして。
(3人)よろしくお願いします。
建築や土木について詳しい林章さん。
今回は「鉄道の歴史遺産」について語って頂きます。
まず初めは東京駅。
大正3年に完成したこの駅は首都の表玄関として国の威信を懸けて造られました。
あそこに見えますね。
当時やっぱり造られました時に…今でこそ他の建物に埋没してますけど…今回撮影の許可を頂きましたんでそこへ行ってみましょう。
林さんによれば東京駅に実際に触るとそのすばらしさがもっと分かるというんですが…。
はいここです。
何の変哲もなさそうに見えますけども今見る事のできる触る事のできるのはここだけなんですよ。
触ってみましょう。
いいんですか?ただのれんがに見えますけど…。
タイルですねこれね。
一つはねこれが…ほとんどタイルレベルですね。
れんがじゃないですねこれ。
それから何よりも今や日本ではここでしか見れなくなってる…まあ明治の名残と言ってもいい非常に特殊な目地ですよね。
卓越した匠の技を必要とするこの覆輪目地。
その丁寧な仕事は建物の外観も引き立てるそうです。
こういう覆輪目地のような細工がしてありますんでね微妙な影が建物全体にできるわけです。
一日のうちの日の移りに応じてあるいは天候雨だ曇りだそれから更には四季季節の移り変わりに応じて建物の全体の表情が微妙に変わっていくわけですね。
そこが私の気に入ってるところでね今や日本でそういう建物はないと思いますよ。
我々これ残そうとするけど。
熟練の職人の魂が今も東京駅を支えています。
さてタモリさん東京駅すぐ脇の線路沿いにやって来ました。
実はここにね…明治時代…当時鉄道を高架として造るのは都市が発展するうえで画期的な事でした。
当時の人が偉かったわけですね…高架って…すごいねその当時考えたの。
あっこれ。
は〜。
これが…当時の可能なかぎりの頑丈さでもって造られているといいます。
ゴジラもよう持ち上げる事ができない。
ゴジラも。
計算した人がいるんだよ。
ものすごいでしょうね。
ゴジラも無理だこれは。
この上乗ってもちゃんと耐える。
この上を電車が何本通っていったんでしょうね。
高架橋を間近に見られる場所へ行ってみました。
福岡なんか高架になったの遅いよ。
これが要するに明治時代に施工されたもの。
ちょっとやっぱりれんが違います。
先ほどより質はだいぶ違うでしょ。
この場所は高架の構造の移り変わりを一度に観察する事ができます。
耐久性とかねその…力機能においては決して劣るものではない。
もう今もって100年たっても使われていると。
そうです。
そのとおりです。
頼もしい明治の高架。
しかしこの高架には更にすごい秘密が隠されていました。
この下ですか?上を蒸気機関車が通っていく。
地盤が弱いこの辺りで高架に施された工夫。
さて一体何でしょうか。
なんか掛け声が聞こえるような聞こえないような…。
わ〜!すごい!こんな…。
出た。
丸太だな。
これ1本分っていう事を表現しているんですか?これ今タモリさんがおっしゃったように…高架の重量を支えるため地下には地上部分よりはるかに長い杭が打ち込まれているのです。
水に強い松が使われました。
一日に1本か2本がやっと打って…17mの杭…。
平均10mぐらいですよ。
この辺が特に海が深い。
だいぶ低くなってきましたよね。
重たそうですねこれ。
今6人で持ってもこんなに大変そうだったのを。
基礎工事の入念さはこれだけではありません。
杭を打って基礎を造った後その上に750tのレールを積み上げて土台が沈まないかテストまでしていたのです。
実は先ほど見た…明治時代建てられた時にはこちらにもその地下にびっしりと松の杭が打ち込まれていました。
このように丸の内の全ての建物は徹底した基礎工事の上に建てられているのです。
いや〜ここまでやってるとは知らなかった。
すごいね!すごいもんですよあれは。
こういう態度が後々やっぱり日本の技術を…。
まさにそのとおりなんです!あれ?省エネ司会なんですか?省エネ司会って言われてますよ。
声は張らない力抜いてるっていう。
それはタモリさんの確立されたスタイル。
最低限の事しか言わないって。
縁の下…いや高架の下の力持ち。
ちょっとのぞいてみましょう。

(汽笛)高架の下の空きスペースはお店としても利用されています。
いわゆる「ガード下」なんて呼ばれてますよね。
高架下に店が並んでる。
結構お店屋さんがあるんですね。
想定外だと思いますがね。
アーチになってる空いてる部分を有効利用してるわけですね。
古めかしい造りにあえてしてるんですね。
「女賭博師鉄火場破り」。
お若いかっこいい〜。
美輪さん!これ新しい。
これは新しいですよ。
(美輪明宏のものまねで)あなたね一緒に一度いらっしゃいよ。
(笑い声)「駅馬車」だよ!貴重だねここ。
でしょうね。
ええ〜!?今風の言葉で。
「丸の内新聞事業協同組合」。
新聞事業って何だろう?新聞…組合…はて何でしょう?こんにちは〜。
はい!すみませんちょっとお話いいですか?どうもどうも。
新聞配達の販売店です。
この辺一帯の?そうですね。
種類の違う新聞もまとめて持ってきてほしいという6,000を超えるオフィスの要望に応えた丸の内ならではの特別な配達システムです。
このバイクはどこへ向かうのかというと…。
なるほど。
皇居にもこの新聞屋さんが配達していました。
高架下で良かった事?ありますよ。
ただ…結構線路の下なんできちっとした建物と違って…そう!新聞はぬれたらもう大変なんで本当大変なんですけど…雨漏りするんだ。
ここがこうこの辺まで。
でもね…ここを店とかね事務所とかにするとは考えてないんで雨漏りの事まで考えてないですよ。
全く想定外の需要ですね。
「それを言われちゃ困るよ」というね。
さて新聞屋さんの奥へと進んでみると…。
高架を突き抜けてる感じ…。
あれ?俺この真ん中の通り知らないな。
え〜。
なんか…こんな中の道が…。
あったんですね。
明治の高架に沿ってできた昭和の高架。
その下はアーケードになっていました。
これは昭和に入ってからの…。
向こうから入ればここに来られるんですね。
ここからが昭和の…でその下にできた。
なんか迷い込んでしまったみたい。
それにしても知らなかったな。
タモリさん今日せっかくですから…いやもうねそろそろ薬が切れる頃だ。
それは何の薬ですか?腎臓にちっちゃな石があるんだ。
はい。
これは1ミリ以下なんで出る可能性が高いと。
「どうしたらいいですか?」「いっぱいビールを飲んでくれ」と。
「いっぱいおしっこをすればそのうち出るから」って。
それはちょうどよかったです。
飲まなきゃいけないんです。
このれんがの下でいかがですか?ここは昭和ですからね。
ちょうど境。
こんにちは。
こんにちは。
うわ〜!
(拍手)こんにちは!飲み物はどうしますか?生ビール2つ下さい。
失礼しま〜す。
おお早い。
今日おつかれでした。
どうもありがとうございました。
いただきます!まずい…。
え〜!?タモリさんそれは…。
もうにやけてますよ。
まだ外が明るいうちに飲まなきゃビールは。
いい!おいしい!俺は一番印象に残るのはやっぱり…あんなに大変だったって知らなかった。
やっぱりちゃんと誠心誠意やんなきゃいけないね。
かつて海だった丸の内。
先人たちが築いた大地に街がそびえます。
「ブラタモリ」楽しんで頂けましたか?それでは御機嫌よう。
2015/01/03(土) 10:05〜10:53
NHK総合1・神戸
ブラタモリ「丸の内」[字][再]

タモリさんが独自の視点で街歩き。今回の舞台は日本最初のビジネス街といわれる東京・丸の内。そもそも海だった土地に巨大オフィスや東京駅が…。その秘密に迫ります。

詳細情報
番組内容
タモリさんが独自の視点で、街歩きを展開する番組。今回の舞台は、“日本で最初のビジネス街”といわれる東京・丸の内。そもそも海だった土地に、大名屋敷が建ち並び、やがて巨大なオフィスビルや東京駅、日本最初の鉄道高架橋が出現。その陰にあるドラマに迫る。都市史家・岡本哲志さんの案内で、地形の高低差をたどり、海の名残を探索。また、著述家・林章さんの案内で、東京駅に残る貴重なレンガ壁の秘密にも迫る。
出演者
【ゲスト】都市史家…岡本哲志,著述家…林章,【司会】タモリ,久保田祐佳,【語り】戸田恵子

ジャンル :
バラエティ – 旅バラエティ
趣味/教育 – 旅・釣り・アウトドア
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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