(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(拍手)
(桂文楽)ようこそのお運びでございましてありがたく御礼を申し上げます。
相変わらずお馴染みのところでご勘弁を頂きますが。
上州安中の在に蒟蒻屋で六兵衛さんというこの方若い時分は江戸で「親分」とか「兄ぃ」とか言われてた人でね訳あって上州のほうへ引っ込んで今では蒟蒻屋をやっているというんでねこの人を頼って江戸を食い詰めた遊び人がのべつゴロゴロ居候をしてたんだそうでして…。
「おう八公。
ちょいとここへ来なよ」。
「何です?」。
「いやお前もな俺ん所へ来て早えもんで二月になるな」。
「ええ。
いろいろ厄介になってますよ」。
「いや幾日何十日俺ん所へいても構わねえんだがなまぁこういう田舎はないろいろうるせえんだよああ。
お前もいつまでも遊んでちゃいけねえやな。
お前のその頭に毛が無えのがちょうどいいんだがな」。
「チョッチョッチョッ親分待って下さいよ。
私はこれね好き好んで毛が無え訳じゃないんですよ?病で抜けちまったんですから」。
「いやそれがちょうどいいんだよ。
実はなこの村に寺があるんだがなそこにな住職がいねえんだ。
どうだ?お前そこの住職にならねえか?」。
「住職ってぇとなんですか?坊さんですか?そりゃ私は構いませんけど私はお経なんぞは知りませんよ」。
「お経なんぞあんなものはお前何だって構やぁしねえんだよ。
どうせ聞いてるのは死んだ人間なんだから。
な?『今のお経は間違ってました』なんてな事言う訳はねえんだから。
お前なんだろう?『いろはにほへと』を知ってるだろう?」。
「ええええ。
まぁ言えっていやぁ言いますがね書けって言われると困るんですがね」。
「あれに節をつけりゃなお経に聞こえるんだ。
俺が一度やってやるからな。
『い〜ろ〜は〜に〜ほ〜へ〜と〜』。
ゴ〜ン。
『ちりぬるをわかよたれそつねならむ〜ういの』ポクポクポクってやってりゃお前お経に聞こえるだろう?」。
「あっなるほど。
うまいもんですね」。
「でこの宗旨ではな引導ってぇものを渡すんだがなこらぁ文句が短けえからな都々逸がいいんじゃねえかと思うんだ」。
「都々逸ですか?いや都々逸とくりゃ私はちょいとうるさいですよ。
おつな文句がありますね『婀娜な立て膝鬢かき上げて忘れしゃんすな今の事』なんてね」。
「そりゃお前ちょいと色っぽすぎるよ。
この都々逸の終わりの所にな『喝っ』ってのをつけるんだ」。
「ハア〜『喝っ』ですか?なるほどね〜。
喧嘩でも何でも勝たなきゃいけませんからね〜。
じゃあもう一度やってみますからね。
『雨の降る日と日の暮れ方は』ってぇのはどうです?」。
「お〜お〜これは良さそうだな」。
「『江戸も田舎も同じ事。
喝っ』ってのはどうです?」。
「それでいいんだよ」なんてんでねのんきなもんでねこの男が住職に収まりまして。
権助が1人いるんですがねこれはもう主従なんてもんではございませんでして友達づきあいで。
「お〜う権助権の字」。
「何だね〜?」。
「俺ゃな蒟蒻屋の親分の世話でこの寺へ来て早えもんで半年になるな」。
「早えもんだね〜。
『光陰は矢の如し』てぇぐらいのもんだね」。
「何だお前のほうが学問があるじゃねえかよ。
この半年の間お前弔えが一っつも無えじゃねえかよ。
俺だってお前棺桶の前に座ってよ〜な?『いろはにほへと』のお経を上げて都々逸の引導を渡してやりてえじゃねえかよ。
この近くにはお前くたばりそうな奴はいねえのかよ?」。
「いや。
いねえ事は無えだがね源十どん所の婆様はえかく大病でなあああの婆様おっ死んでくれればな〜田地田畑はあるし婆様の馬まであるだよ〜ああ。
俺だってお前穴っ掘りができてな〜銭儲けになるだがな〜」。
「どうだ?その婆さんがな一日も早くこの寺へ乗り込んでくるいい工夫は無えもんかな?」。
「別に無え事は無えだがねそんなにお急ぎなれば夜中に忍び込んで締め殺すか?」。
「おい。
ばかな事言っちゃいけないよ寺でもってお前内職に人殺しをしてるなんてぇのはお前穏やかではねえじゃねえかよ。
まぁいいや。
な〜?どうだい?今日辺り一杯やろうじゃねえかよ」。
「よかんべえ。
般若湯くん飲むかね?」。
「そうだお前にいろいろ寺の符牒を教わったな〜ええ?酒の事を般若湯ってんだっけな〜。
鮪の刺身は何てんだい?」。
「ありゃ赤豆腐だよ」。
「赤豆腐はいいね〜。
卵の事は何てんだい?」。
「ありゃお前御所車だ」。
「ハア〜どういう訳で?」。
「中に君
(黄身)がましますってな」。
「ハア〜ッ寺の符牒なんてぇものは暇な野郎が考えたんだね〜。
蛸の事は何てんだい?」。
「ありゃ天蓋だよ〜。
天蓋ではお前様しくじった事あっただね〜。
檀家の衆が大勢ござらっしゃった時に大きな声で『権助。
流しにある天蓋を酢蛸にしろ』ってそう言ったんべえ。
ええ?」。
(笑い)「天蓋まではよかっただがあとの酢蛸でぶち壊しだよ〜。
俺慌ててお前様の衣の袖を引いたら『違った違った酢天蓋だ』ってそう言ったんべえ。
酢天蓋ってのはおかしかんべえ」。
「ハッハッハッそんな事あったな〜。
泥鰌の事は何てんだい?」。
「ありゃ踊りっこだよ」。
「あ〜ピョコピョコしてやがるからな。
どうだい?今日辺りな踊りっこでもって般若湯といこうじゃねえかよ」。
「よかんべえ。
なれば俺ぁなんだハア〜踊りっこを買ってくるだからな」。
「あ〜頼むぞ。
それからなんだ御所車もな3つ4つ買ってこなきゃ駄目だぞ」。
「分かってるだよ」なんてんでこれからね本堂の銅鑼を磨いて鍋の代わりにしてね泥鰌鍋で一杯てんでやったり取ったりしてると…。
「おう。
権助」。
「何だね?」。
「今表のほうでな『頼もう頼もう』って声が聞こえるんだけどな」。
「あれま。
本当だね。
こりゃあんだよ〜お客様ござらっしゃっただよ。
ああ。
お客様ってのは弔えの使えだよ〜。
おお〜。
俺ぁちょっくら出てみるべ」。
玄関の障子を開けてみると鼠色の衣に鼠色の脚絆甲掛の旅僧で。
「いらっしゃいまし。
お前様はあんだね弔えの使えではなかんべえと思うだがねどこからござらっしゃっただ?」。
「拙僧は越前国永平寺沢善と申す諸国行脚雲水の僧にござりまする。
ご門前を通行のみぎり戒壇石に『葷酒山門に入るを許さず』としてございます。
まさしく禅家の御寺と心得大和尚ご在院ならば修行のため一問答願わしゅう推参つかまつった。
御前よろしゅうお取り次ぎの程を」。
「ハア〜左様でございますか。
ちょっくら待ってておくんなせえ。
和尚様」。
「どうだ?ああ?弔えは立派か?」。
「いや。
弔えではねえだよ『諸国般若の面被って歩く』って坊様来ただよ」。
「何だ?その般若の面被って歩くってぇのは。
ええ?かっぽれでも踊ろうってぇのか?」「いや。
そうではねえだよ〜。
問答の坊様だよ」。
「何だい?その問答ってぇのは。
俺はまだお前食った事はねえぞ」。
「いや。
食い物ではねえだよ〜。
お前様と旅の坊様が向けえ合って旅の坊様が『何々は如何に〜』ってこう聞くだよするとお前様が『何々の如し〜』って答えるだよ。
ああ。
答えられればええだがな答えられなかったればお前様の負けだからああ唐傘1本背負わされてこの寺をおん出されるだよ〜。
おお。
で勝った坊様がこの寺の大和尚になるってぇなぁ宗門の決め式だよ」。
「誰がそんな事を決めたんだよ冗談じゃねえぞおい。
そう言ってやれよな?『家の大和尚はな問答はやらねえんだ』ってそう言ってやんな」。
「いや。
そういう訳にはいかねえだよ〜。
門の所に書えてあるだよ〜。
『問答なればいつでもやるべ』ってしてあるだよ」。
「そんな事書いてあるのかよ?俺はお前字が読めねえからちっとも知らなかったよ。
だけどなんだなその坊主は俺が問答ができねえって事がよく分かったな」。
「そんな事は分かる訳はねえだよ〜。
誰がここの大和尚だかも分からねえだよ」。
「あっ分からねえのか。
あっそうか。
それならいいや。
じゃあ俺が出てな断っちまうから。
あ〜大丈夫大丈夫だよ。
いらっしゃいまし。
え〜今飯炊きから聞いたんですがねお前はんですか?家の大和尚と問答がやりてえってのは」。
「拙僧にござります。
拙僧は越前国永平寺沢善と…」。
「エエ〜ッ皆まで言わなくて結構です。
ご高名は雷の如くに承っております。
まずはお控えなすって。
お控えなすってお控えなすって。
早速お控え下さいましてありがとうござんす。
手前親分…。
あっ親分じゃねえや家の大和尚はね問答好きなんだようん。
問答ならね夜っぴてやっててもいいってぐらい好きなんだけどあいにく出かけちゃってるんだよ。
2〜3日帰らねえかもしれねえんだよ」。
「2〜3日ご不在?しからば庭詰めを致してお待ち受けを致す」。
「何だ?その庭詰めってのは。
ええ?ここで?飲まず食わずに?お前さん待ってるってぇの?ヘエ〜ッ偉いね〜。
だけどこれがね2〜3日で帰ってくればいいよね?これが5日10日一月も帰らなかったらお前はん困るだろ?」。
「一月二月はいと易き事。
ご近在の托鉢をしてお待ち受けを致す」。
「いやだからさそれがねね?一月や二月で帰ってくりゃいいんだよ。
なにしろ家の大和尚はねああ気まぐれなんだから。
この前もそうだったんだよ『湯行ってくるよ』ってんでね手拭いぶら下げてパ〜ッと出てったと思ったら10年帰らねえ事があったんだ」。
(笑い)「これはお戯れを。
これはたとえ10年が20年命のあらん限りお待ち受けを致す。
幸い当村には旅籠がございます故あれに宿を定め日々推参つかまつる。
今夜にも大和尚ご帰院になられましたら御前よろしゅうお取り次ぎをお願いしてまた明朝推参つかまつる。
ごめん」。
「勝手にしろ。
何だと思ってやんだ。
ええ?手前の言いてえ事だけ言って帰っちめえやがって冗談じゃねえぜ本当に。
おう権助。
何だ?あの坊主は」。
「いや〜お前様あの坊様は一筋縄ではいかねえ坊様だぞ。
どうするつもりだ?」。
「どうするつもりったって俺だってお前ええ?『まだ大和尚は帰らねえ帰らねえ』ってんで俺お前断わり続けるよ」。
「そんな事言ったって駄目だぞ。
ああいう坊様だでな『そんなに帰らねえなれば帰るまで俺がここの大和尚になるべ』ってこう言うだよ」。
「冗談言っちゃいけないよ。
俺がここの大和尚じゃねえか。
嘘だと思ったらお前村の五人組にでも何でも聞いてみろってんだよ。
そんな事言いやがったら『冗談じゃねえぞ本当に』ってんでええ?俺はクルッと尻まくって彫り物見せてやるから」。
「彫り物なんざ見せたって駄目だよ〜ああ。
そうなればお前様がここの大和尚だって事が分かるから『そんなれば問答やるべ』って事になるだよ。
どうだ?勝てるか?」。
「あっそうか。
とどのつまりはそこへ行くんだ。
ハア〜するってぇとなんだな俺に勝ち目は無えな」。
「まぁ俺の見たところではお前様は唐傘1本に縁が近えだね」。
「おやおや弱ったな〜。
どうすりゃいいんだよ?」。
「まぁ俺お前様の味方だでああここばかりが日が当たる訳ではねえだよ〜。
俺の在所へござらっしぇよええ?信州の丹波島だよ〜ああ俺炭焼きでもしてお前様養うべえ」。
「本当かよおい。
ありがてえな〜。
それよりしょうがねえな〜。
じゃあお前と二人でもって信州へ駆け落ちって事にするか。
な〜?ついちゃあなんだよお前銭が無くっちゃしょうがねえじゃねえかよ」。
「どうだ?ああ?本堂の金目の物をな道具屋へ売っ払っちまったらどうだ?」。
「あっいいとこへ気が付いたよ。
そうだよここへ置いてったってなみんなあの坊主の物になっちまうんだからな。
おお。
じゃあお前なんだ道具屋呼んでこい。
俺ぁな金目の物をこう集めとくから。
早く行ってこいよ。
どうした?もう行ってきたのか?」。
「いや〜道具屋までは行かねえだよ〜ああ。
門前まで行ったればな蒟蒻屋の親分さんござらっしゃっただよ」。
「おやおや変な時に妙な人が来るね〜。
どうも。
いらっしゃいまし」。
「何がいらっしゃいましだよ。
ええ?お前はこの寺へ入ったっきり俺ん所へ陰覗きもしやしねえじゃねえかよ。
婆さんが心配してな『体の具合でも悪いんじゃねえか』ってそう言ってるから俺はわざわざ来てみたんだけど元気そうでなによりだ。
何だ?今日は。
ええ?坊主頭に鉢巻きなんかしちゃって大掃除か?」。
「いや。
大掃除じゃねえんだよ。
ええ。
えれえ事になっちゃってるんでねちょいと上がってくんねえ。
お前はんなんですか越前の永平寺って寺知ってますか?」。
「ああ〜知ってるよ。
この宗旨の大本山だよ」。
「あっそうですか。
ちっとも知らなかった」。
「おい。
何だよ情けねえ和尚だな〜。
越前の永平寺がどうかしたのか?」。
「いやそこからね問答の坊主ってぇのがやって来ましてね問答やろうってんですけど私は問答ができねえんでね『大和尚は今留守だ』ってそう言ったんですよ。
そうしたらね『命のあらん限り待ってる』ってんですよ。
なにしろ毎日来るってんですからどうにも断て切れねえんでねしょうがねえからねええ権助と二人でもって信州へ駆け落ちしようじゃねえかって。
ええ。
ついてはあ〜銭が無くっちゃいけねえからじゃあ本堂の金目の物をこう道具屋へ売っ払っちまおうっていう相談が今まとまりましてねえ〜なんたるめでたい」。
「何がめでたいだ。
ああ?あれはお前の物じゃねえんだな?俺の物でもねえんだあらぁ村の宝物だよ。
そんな事されてみろお前村の人たちが迷惑するんじゃねえか。
全くしょうがねえ野郎だな。
でなにか?その坊主は毎日来るってぇのか?」。
「ええ。
毎日来るってんですよ」。
「毎日来るってんじゃ明日も来るんだろうな?」。
「まぁ来るでしょうね〜」。
「じゃあ明日来たらな『俺はここの大和尚だ』ってんでなその坊主と問答やっちまおうじゃねえか」。
「あれっありがたいね〜。
こりゃ驚いたなこんな近間に問答のできる人がいようとは思わなかったね〜。
でなんですか?お前はん問答は相当やるんですか?」。
「俺はお前問答なんざできゃしねえよ」。
「なんだよがっかりさせるのも早いね〜。
お前はんが問答ができないとなると唐傘2本になるね」。
「何を言ってやんだ。
俺はお前見てた事があるんだよな。
明日その坊主が来たらな俺はその大和尚の身装をして控えてるから俺の前へ連れてこい。
な?いろいろ何かこう言うだろう。
言われたってこっちは何も分かりゃしねえんだから俺は黙ってるからそのうちになお前に聞くだろう。
『大和尚にはお返事がございませんが如何致したんでございましょう?』なんてんで聞かれたらそう言ってやんな『実は家の大和尚は耳が聞こえねえんだ』ってそう言ってやんな。
な?じゃあってんで何か書いて出そうとしたら『そんな事をしても無駄ですよええ。
目は開いてるんですけども見えないんです』。
『それでは一言お言葉を』ときたら『実は口がきけねえんだ』と」。
(笑い)「どうだ?この3点張りでいくんだ」。
「なるほど〜」。
「いいだろう?な?向こうだって生き物だよいつまでもにらめっこしてる訳にいかねえじゃねえかよ。
な?足はしびれてくる腹はへる厠は行きたくなるよ。
立ち上がるだろ?立ち上がったところを構わねえからな角塔婆でもって向こう脛かっ払っちゃえ。
『あっ』ってんで倒れたらな大釜いっぱいに湯煮立たしといてなこいつ頭からぶっかけてやれ。
どうだ?二度と再び来やしねえ」。
「なるほどうまい考えだね〜。
するってぇとなんですね最後は坊主を湯がくんですね?」。
「蛸だねまるで。
まぁそうと話が決まったらな明日俺ん所へな朝になって迎えに来るってぇのはなものは後手になるからな今晩俺はこの寺へ泊まっちまうか?」。
「そうしてくれりゃありがたいんですよ。
久しぶりにねお前はんと一杯やろうじゃありませんか。
ね?そんなにたくさん要りませんよ3升もありゃいいんでね今権助に買いにやらせますからねお前はんのその財布の中からね銭出してもらって」。
「何だ俺が買うのかよ」なんてんでそれから酒盛りが始まりましてね。
「おう。
そろそろ夜も白々明けけてきたようだな。
支度にかかろうじゃねえか。
おい権助。
湯は沸いてるか?」。
「ああ〜。
大釜にグラグラ煮立ってるだよ」。
「そうか。
大きな柄杓が要るな」。
「ああ〜。
今肥柄杓入れたところだよ」。
「何だよ汚えもきれいもありゃしねえな。
まぁいいやしょうがねえやな。
うん。
衣を持っといで。
おい。
もっときれいなやつがあったろう?」。
「あ〜きれいなほうはねこの間質屋に入れちまったんだ」。
「何だしょうがねえな。
袈裟持っといで。
ええ?おい。
これなんだな袈裟輪が無えな。
ここに輪っかがあったろ?あれどうしたんだ?」。
「あ〜あれね。
あれこの間ね道具屋へ見せたらね象牙なんだってんでね『高く買います』ってぇから売っ払っちまったんですよ」。
「何だお前は何でも売っちまうな〜。
何かこうなええ?黒い物が付いてるけどこれ何なんだ?」。
「あ〜それね蚊帳の吊り手」。
「何だいしょうがねえな全くな。
ええ?帽子を持っといで」。
「何です?その帽子ってぇのは」。
「頭へ被る頭巾だよ」。
「あ〜あ〜あのとんがり頭巾」。
「何がとんがり頭巾だ。
ええ?おい。
随分こらぁお前焼けっ焦がしができてるじゃねえかどうしたんだ?これは」。
「ええそれねこの間門前でぼやがあったんですよ。
その時にそれ被って火がかりしたんですよ」。
「おい。
こんな物被って火がかりする奴も無えもんじゃねえかしょうがねえな全くな〜。
払子を持っといで」。
「何です?払子ってなぁ」。
「何も知らねえんだな。
こう毛の付いた棒があったろ?」。
「あ〜あ〜あの達磨の毛ばたき」。
「何だその達磨の毛ばたきってぇのは。
お〜い。
厠行ってどうしようってんだ?」。
「ええこれでもっていつもね厠の掃除してるんで」。
「しょうがねえなこんな…。
ア〜ア〜アッ何だい毛が無くなっちゃってるじゃねえか全くな〜。
おい。
ちょいとな前へ回って見てみろ。
うん?どうだ?大和尚に見えるか?」。
「なるほどお前はんは根っからの大和尚だね〜ええ?鼻はあぐらかいててさ〜鼻の脇のほくろから長い毛が3本とぐろを巻いてるところなんざどう見たって大和尚だよ。
ええ?こりゃいいや。
じゃあ私はね門前でもって待ってますから」なんてんで。
そんな支度ができていようなどという事は知らない旅僧は案内につれて門を入る。
龍の髭を踏み熊笹を分けて玄関に近づく。
障子を左右に開くと寺は古いが煌々としたものだ。
高麗縁の薄畳は雨漏りに黄ばみ安信の描きしか格天井の雲龍は鼠小便により胡粉地となり金泥の丸柱は剥げわたる。
運慶の彫りか欄間の天人は蜘蛛の巣に閉じられ旗天蓋は朝風に翻る。
正面には釈牟尼仏右手の方には曹洞禅師達磨左手の方には普賢菩薩。
三体の尊像はいずれも煤を浴び黴が生え一段前に法檀を設けて一人の老僧。
頭には帽子を戴き手に払子を携え座禅観法寂寞として控えしは当山の大和尚とは真っ赤な偽り何も知らない蒟蒻屋の六兵衛さんが。
「一不審もて参る。
『東海に魚あり尾も無く頭も無く中の鮨骨を断つ』」。
「ほら始まったよ。
ええ?大きな声だね〜?どこから出るんだろうね?ああいう大きな声が。
ええ?何を言ったってこっちは分からねえんだから一人で勝手にやってりゃいいんだよ」。
「『法華経五字の説法を八編に綴じ松風の丹堂は松に声ありや松また風を生むや有無の二道は禅家悟道の悟りにしていずれが理なるやいずれが非なるや』これ如何?」。
「何を言ってやんだ何が如何だよ〜。
こっちのほうがよっぽど如何だよ〜。
今に見てろよ〜角塔婆に煮え湯なんだから」なんてんで何を言っても答えができない。
旅僧のほうが学問がございますから「これは禅家荒行のうち無言の行」と察し…。
「なれば我また無言にて問わん」。
「ハッ」。
「うん?何だ?ええ?俺が何も言わねえもんだから今度は手真似できたよおい。
手真似なら俺だってできるんだから。
ああ。
そっちがそれなればねこっちはホオ〜ッ」。
「ハハ〜ッ」。
「面白いねええ?おじぎしたよ」。
「ハッ」。
「じゃあはんけだ」。
「ウワ〜ッ。
ハッ」。
「ハア〜ッ」。
「ウワ〜ッ」。
「おうおう。
どうしたんだ?どうしたんだ?本堂から慌てて駆けだして逃げてきたけどな問答はどうなったんだ?」。
「当山の大和尚は博学多識。
とてもとても拙僧ごときの及ぶところではございません」。
「じゃあなにかい?家の大和尚が問答勝ったのかい?」。
「ええ。
2〜3問いかけましたるところお返事がございませんのでこれは禅家荒行のうち無言の行と察しなれば我また無言にて問わんと『大和尚ご胸中は?』と問えば『大海の如し』とのお答え。
『十方世界は?』と問えば『五戒で保つ』。
及ばぬ事とは存じながらいま一問答『三尊の弥陀は?』と問えば『目の前を見よ』とのお答え。
いずれもごもっともでございましてとてもとても拙僧ごときの及ぶところではございません。
両三年修行の後またまかりこします。
御前よろしゅうお取りなしの程を」。
「当たり前だてんだよ〜家の大和尚はなええ?問答のほうじゃかすり取りなんだからな?荒神山の縄張りやなんか持ってるんだから。
お前なんぞ衣があるだけ幸せなんだい。
帰れ帰れ。
うまくいくもんだね〜。
こんなにうまくいこうとは思わなかったな〜。
どうもご苦労さまでした」。
「何がご苦労さまだ。
ええ?お前が追いかけてって門の所で追いついたから張り倒してやるのかと思ったら逃がしちまいやがって何だってお前逃がしちまうんだよ?」。
「だってなんだよお前はん問答に勝ったってぇから」。
「何を言ってやんだ。
俺は問答なんざできる訳はねえじゃねえか」。
「そうなんですか?」。
「ああ」。
「だって向こうは褒めてましたよ『問答はうまい』って。
本職が褒めるんだからね〜。
お前はんよっぽどうまいんだよ。
蒟蒻屋の片手間になんですね問答を内職でやってたんじゃないんですか?」。
「何を言ってやんだい。
あの坊主はなんだって?越前の永平寺の坊主だって?嘘をつきやがれ。
この辺ほっつき歩いてる乞食坊主に違えねえんだよ。
な〜?端のうち何かギャアギャアギャアギャア言ってたんだよ。
そのうちにな俺が何も言わねえもんだから他人の顔ジ〜ッと見てやがってな俺が蒟蒻屋の親父だってぇ事が分かったんだなええ?手真似でもって俺ん所の蒟蒻にけちをつけ始めやがったんだよ」。
「そうなんですか?」。
「ああ。
『お前ん所の蒟蒻はこんな小せえ』って言いだしやがったんだ。
ええ?悔しいから俺は『こんな大きいんだ』ってそう言ってやったんだよ。
そしたらお前『10枚でいくらだ?』って値段を聞いてきやがったんだよ。
どうせ買やぁしめえと思うからさ〜『500だ』ってそう言ったらしみったれな坊主じゃねえかお前。
『300にまけろ』ってぇから『あかんべ〜』をしてやったんだ。
(拍手)2015/01/03(土) 05:30〜06:00
NHKEテレ1大阪
日本の話芸 セレクション 落語「こんにゃく問答」[解][字]
落語「こんにゃく問答」▽桂文楽▽第658回東京落語会
詳細情報
番組内容
落語「こんにゃく問答」▽桂文楽▽第658回東京落語会
出演者
【出演】九代目 桂文楽,斎須祥子,金近こう,古今亭半輔,瀧川鯉○,三遊亭遊松
ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
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