そろそろいいかな。
そろそろ上げますか?
(弟子)はい。
おっなった!また黄色になった。
(弟子)ベージュになりました。
なんだ消えた。
「植物は何をささやいているのか。
懸命に耳を傾ける。
私の仕事のほとんどがそれだと言ってもいい」。
植物から採れる染料で糸を染め縦横に織りなし布にしていく。
そんな日々を過ごしてもうかれこれ60年がたつ。
織り上がった布は着物に仕立てる。
着物は私の心象風景。
色で奏でる物語でもある。
巡る季節の中で植物は黙々と色を蓄えその身を私に投げ出してくれる。
そして着物となって再び生まれ変わる。
植物との語らいの日々を綴った1年間の色ごよみ。
どうぞご一緒に。
5月の終わり思いがけず梅雨が早くやって来た。
雨が上がった隙に草を採りに出かける。
ここ毎朝散歩の道なの。
大好きな道でねかわいいお花が咲いてる。
私が名付けて「モーツアルトの小道」と言ってるの。
これは郁子ですよ。
郁子の何ていうの?いっぱい花が咲いてたんだけど今はもうねこれでもいいんだけど…。
ほらこんなに咲いてるでしょ?時々ここへ採りに来るのよ。
これ柿よね。
わ〜たくさんなってる。
野いちごおいしそうよ。
いっぱいなってる。
採って。
痛いのよ。
だから葉っぱ持って採らないと。
何か向こうから見た時ねあっ染まりそうと思ったのこれ。
染めた事ないけどねやってみよう。
やってみたいわ。
そんなもんの方が面白いじゃない?初めてやるものの方が。
ちょっと蓋開けて冷まさないと熱いよ。
京都の嵯峨野に工房を構えて50年近く。
同じ染織家である娘の洋子と5人の弟子と共に日々色と向き合う。
うわ〜出てるね。
びっくりね。
これ捨てないでおこう。
はい。
想像以外こんなにすぐね緑がかった色が出ると思わなかった。
色は定着するものだ。
はげないものだというふうに思う方ならばそれは化学染料でかっちりやれば安心ですわね。
これは危ないといえば危ないです。
儚いといえば儚いです。
退色するかもしれないどうなるか分からないような不安を持った色ではあるわけ。
私が染色の道へと踏み出したのは31歳の時だった。
植物の色の不思議。
自然や芸術人生の事。
巡る思いを長年言葉にしたためてきた。
毎年6月になると繭が届く。
仕事の元となる糸を授けてくれる繭。
これから繭を採るもんですからちょっとお供えをしてそれから採らして頂こうかと。
やっぱりこれは大事な蚕の命を頂くんですからねと思ってちょっとお供えさせて頂きます。
工房では自然の周期に沿った旧暦で季節の行事を行う。
端午の節句もひとつき遅れの6月に祝う。
いよいよ今年の糸を採る。
「糸は生きていて私に応えてくれます。
抱きしめたいほどいとしいと思います。
釜の中で生きたままの蚕を煮るのはこの私ですのにこんな言葉は白々しいというものです。
しかし最後にこの思いの残るのはどうしようもありません」。
まあきれい。
やっぱりきれいです。
何かねやっぱり琴線に触れるっていうけどそういう感じしますね何か。
これを汚すんです人間が。
白を汚さなければ生きていけない。
だから汚すといってもそれを知りつつより美しく生かさなきゃいけないという事でしょうね。
新しく紅の糸が機にかかった。
今でも機に初めて横糸を走らせる時は心躍るような新鮮さを覚える。
もうすぐ七夕。
機を織る者にとって特別な日がやって来る。
じゃあどっか適当な所へ置いて…そうそうそう。
8月工房の七夕。
七夕は水辺で神に捧げる衣を織った乙女の伝説などから生まれたものと言われる。
一年に一度織姫がいとしい牽牛に会うための大事な衣装。
この紅の着物は織姫に捧げたい。
紅はねほんとに14〜15歳までじゃないかと思ってるんですよ。
ほんとに処女ねほんとのまだつぼみがぽっと開きかけたような感じがこの紅花でどんな花でも色は出ないですね。
それなのになぜか紅花だけは花から色が出るってしかもこういう色が出るっていうのはほんとにね何かこう…10月月の光が次第に冴え冴えとしてくる頃。
新月の日が来るのを待っていた。
何より大切な色を染めるために。
手間暇かけて藍の葉から作られた「すくも」と灰汁お酒石灰などを甕に注いでいく。
この秋初めての藍の仕込みだ。
(かしわ手)きれいな色が染まりますようにお願いします。
新月に藍を仕込むには訳がある。
一番暗いところから満月に向けて生命力が満ちるかのように月が膨らむ。
そのリズムに沿って藍をたてると機嫌が良くなる事に気付いた。
仕込みから10日たった。
最初私もねこの藍をたてている時にこれは何か知らないけどここに生命が宿ってるっていう感じ。
生命が宿ってるっていうものはなかなか日常にはないですよね。
これはある意味で小さな宇宙だっていうかミクロコスモスだっていう感じねそれは思ってたんですよ。
だけどまさか月との関係でこういう事が運行されてるなんてとこまでは思わなかったのね。
ところが洋子が藍をやりだした時に月の光がさしてきて異常なほど何か美しいね充満してるっていうか満ちてる感じだったんですよね。
それであっ月との関係があるんじゃないかと思って染めだしたらすごい色が出てきたので全部自然の仕組みの中でね色が出てくるんじゃないかなと思うんですよね。
だから今私のとこで藍なくしてはもうほとんど染色と言えないですね。
仕込みから15日目。
満月の朝いよいよ藍を染める。
すごいわほんとに今日の藍。
ピリッとしたような甘い感じが一番いいんですけどちょっと甘い感じした。
みんな昔はねここでやって舌でなめたの。
だからベロメーターという人もいる。
それで感覚を知ったっていうの。
満々ですよこれ色が。
染めて下さいってなもんで。
(洋子)染めますね。
(洋子)新月に仕込んで今日が満月でちょうど暦どおりですよね。
ちょっと濃く…。
きれいね。
今回はすごいなぁ。
濃き緑だね。
濃い緑になってきた。
この藍甕から出てきた色が一瞬緑ですよね。
それがぱっと消えちゃう。
そして青になっていく。
これは誰が仕組んだ事でもない。
自然がね瞬間に私たちに見せてくれる幻なの。
それが不思議でね。
この謎は永遠に解けないかなと思うぐらい不思議ですよ。
命じゃないですかね。
そういうものがなかったらやっぱり色は色ですよね。
でも私たちは色は色ではないと思ってるわけ。
そこら辺がねひょっとしたら…色を染めてる色を出してるという感じですよね。
藍のグラデーションに心情を重ねて夜の湖を表した。
降ってますもんね?見えますか?あっちらちらと。
ちょっと…。
「私は太陽の豊かな手のひらが大地を暖め氷に閉ざされ雪に覆われたさまざまの生物に冬を越えよと力を与えているように思われる」。
凍てつく大地にも少しずつ目覚めの兆しはある。
自然のその移ろいとかね季節感とかいろんなもんが入ってきて日本の…何ていうんですか繊細なね色彩感?それはもう自然に入ってくるので自分で意識しないですよね。
私が感じるより先に季節がもたらしてくれる。
それだったらそこに自分の感情とか喜怒哀楽を込めて色でもって表現する。
しんとした雪の世界に人間が暮らしている。
そんな事をイメージした。
晴れてきた。
ちょうどね今蝋梅が咲いてますでしょ。
これがきれいなんですよね。
とっても好きなの。
匂いがしますよ。
ここまで来るとぷ〜んと匂ってますね。
2月寒さ厳しい頃にだけ出会える光景がある。
まだかな?ちょっとまだ早いかな?あ〜まだちょっと早いわね。
これもうすごくきれいなの白梅でね。
ほら。
何かつぼみの頃っていいですね。
ちょっとぽっと咲きかかったとこがすばらしいと思うの。
ほんとにキューッとね力を内に蓄えてこれからぱっと開こうとしてる寸前の。
ほらかわいいでしょ。
これなんかすごくきれい。
縮緬を縫ってね玉にしてねつけたような感じがするの。
あんまりかわいくて。
この何ともいえない予感を思わせる梅のつぼみってのはすばらしいわ。
ほんとにきれいですねこれは。
「こちらの心が澄んで植物の命と自分の命が合わさった時ほんの少し扉があくのではないかと思う」。
寒さの中水は澄み切り冴え渡る。
色は花の咲く前でなければこちら側にとどまらない。
だからつぼみの時期に染める。
どっちを先に染められますか?こっちにしましょう。
きれいね。
こういうのほんとは木の方がよく染まるんですよね。
枝とかね葉っぱよりはこういうとこの方がしっかり染まると思うの。
ここほら。
赤い幹の方に色は蓄えてると思う。
ここに咲こうとしてるものが蓄えてあるという気はする。
何かぽっとピンクに見えたりベージュに見えたりして。
きれいです。
こういう何ていうの?ほのかな色が桜なのよね。
はっきりした色じゃなくてこうほのかな方がいい。
私はそう思います。
非常に臈たけた色ですね。
これを別の時期にやったって出ないと思う。
だから結局…生命ですよ命よ。
植物の命を頂くんだから匂い立つのが本来ですよ。
その植物の持っている命をどうやって導き出すかによるでしょうね。
決められたようにたき出して媒染して出ましたではないと思います。
こちら側に聞かないと分からないですね。
そんなにものを言うわけじゃないんだけどとっても何か…桜の精って感じしますね。
これ生かすのが難しいのよ。
「朝散歩に出た途端季節に先をこされたとそう思った」。
4月桜が咲き誇る頃。
じゃあ頂きましょう。
飲んでみましょう。
おひなさんいただきます。
(一同)いただきます。
工房の桃の節句だ。
おいしい。
甘いね。
おいしい。
昔ふるさとの近江八幡で手に入れたひな人形。
時を重ねて存在感を増す「襲の色目」の衣装。
白い肌細くしなやかな手の妖しさに毎年の事ながら魅入られる。
いにしえの平安貴族に思いをはせて現代の「襲の色目」を作ってみた。
桜の花が静かに終えんを迎える頃背筋が伸びる思いで染め場に向かった。
蓮の糸を染めてみようと思う。
古くから神聖なものとして語り継がれてきた。
蓮糸は茎から繊維を採り出して作る。
日本では蓮が採れる時期も量も限られるためほんの僅かしか採れない貴重な糸だ。
1年ほど前から蓮糸への思いを温めてきた。
蓮糸で織られたという伝説の残る織物。
「綴織當麻曼荼羅」を目にして強く心を揺さぶられたからだ。
阿弥陀如来の化身に導かれ蓮から糸を紡いでゆく中将姫。
蓮糸を井戸の水で五色に染め一晩のうちに織り上げたという曼荼羅。
作られてから1,200年以上蓮糸の物語と共になぜ現代にまで守り伝えられてきたのか。
ずっと考え続けてきた。
泥の中から生まれ出てきた霊力すら感じる蓮の糸。
これまでなかなか染める気持ちにはなれなかった。
植物染料を染めてきて一番大きな課題というからある意味賜り物ですよね。
私も全くその力も信心もないんですけどもこの手に委ねられたという事は事実ですからね。
それをどういうふうに生かすかという事。
仏の教えをどっかに思うようなものをね私は作らして頂かなきゃいけないのかなっていう今そういう思いに何となくはなっていますね。
蓮糸を何で染めたらいいのか。
考えた末お坊さんから頂いた茜を選んだ。
奥の深い大地の色が望ましい。
すごい。
これでも十分赤いわ。
蓮からね。
植物から採れた糸で植物の色を染める。
じゃあ手袋お願いします。
賜り物である蓮の糸。
自分の手で染める。
火つけてくれた?じゃあいきます。
蓮の糸です。
オレンジ色ね。
やっぱり植物繊維についてるという色ね。
絹についてる色とはちょっと違う。
ちょっと違う。
植物繊維の。
私たち人間の我欲とかいろいろなものを少しでも利用して自分たちの生活を楽にしようとかそういうものが一切なくむしろそれに黙々と従ってる……という事が分からなければねもう人間救われないと思いますよね。
このままではね。
今その警告を発しているのが蓮糸かもしれないわね。
早く目覚めよってね。
あまりにも逆行してるわけでしょ自然からね。
だからもう一度流れの根本を変えなさいっていう事を伝えているのかもしれませんね。
5月再び若葉の季節が巡ってきた。
この新芽がきれいね。
なんてきれい!今が一番きれい。
青空と…。
自然だもん。
先生が一番たくさん採るね。
いつでもそうなの。
私がむしゃらに採るから。
みんなお上品に採って。
あれはカラスノエンドウだし。
これがそうなのね。
(弟子)これそうですか?これに集中しましょうね。
今年のカラスノエンドウとまた来年のカラスノは違うだろうしひょっとしたらなかなかもう見当たらないかも分からないでしょ。
結局は植物を敬ってその植物から色を頂くっていう。
そうするとその植物に対して自分たちはどういう向き合い方をしたらいいかっていえば…だから古代はこういう草木で染めるのを祈りの染めだって言ってるんですよね。
みんなこれ薬草なんですよね。
薬草で染めてそれを身にまとう事によって悪から病気とか疫病とかいろんな事から身を守る。
祈りは最高の科学である。
すごいなと思って私。
そういう事もう忘れてますよね。
今の現代人は。
2014/12/28(日) 04:00〜04:55
NHK総合1・神戸
四季と心をつむぐ“色”〜染織家・志村ふくみの日々〜[字][再]
季節の移ろいを鮮やかな“色”に染め上げる人間国宝の志村ふくみさん、90歳。植物からとれる自然染料で糸を染め、着物に織り上げる日々に密着する一年間のドキュメント。
詳細情報
番組内容
今年の京都賞「思想・芸術」部門で、受賞の栄誉に輝いた人間国宝の染織家・志村ふくみさん、90歳。真骨頂は、植物の染料で糸を染め上げる豊かな“色”。深く、鮮やかな“色”を生み出す秘密は、技よりも何よりも、季節を敏感に感じ取る自然へのまなざしにある。京都にある小さな工房で、季節の移り変わりに沿って、志村さんの一年をドキュメント。そこから生まれる“色”と織り上げられた着物を徹底した映像美で描き出す。
出演者
【出演】志村ふくみ
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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