水に電気を通すと、水素と酸素ができる。学校の理科で習う水の電気分解だ。逆に、水素と酸素を反応させると、どうなるか。水とともに電気エネルギーが得られる。それを取り出して利用するのが、「水素エネルギー」のおおまかな仕組みだ。

 20世紀後半、エネルギー政策の柱となった石油は同時に環境問題を引き起こした。もう一つの柱として期待された原子力も、福島第一原発の事故で、国の存立をも揺るがす危険があることを露呈してしまった。

■先行する日本の技術

 そうした中で、水素エネルギーが注目を集めている。太陽光などの再生可能エネルギーと並んで次世代の主役となり、新たな成長を促して社会をも変える力になりうると期待が集まる。

 東京都港区。東京タワー近くの一角で、工事が続く。15年3月の開所を目指して岩谷産業が手がける水素ステーションだ。首都圏初のステーションは東京ガスが昨年12月、練馬区に設けた。政府は15年度中に4大都市圏で100カ所ほど整備が進むよう支援する目標を立てる。

 起爆剤になったのは、12月にトヨタ自動車が発売した水素自動車「MIRAI(みらい)」だ。市販車としては世界初。当面は年間700台しか生産しないが、技術の核でもある燃料電池関連の特許約5680件は、他社に無償で提供し、社会全体での普及を優先する。

 岩谷産業の上羽尚登副社長は「世界的な規模の企業であるトヨタが本気で水素に取り組む意味は大きい。消費者になじみのある車という形で出てくることで、水素がぐっと身近な存在にもなる」と話す。ホンダや日産自動車も15年度以降、水素自動車を発売する予定だ。

 トヨタに限らず、水素に関して優れた技術をもつ日本企業は多い。天然ガスなどからの水素で電気と温水を供給する家庭用燃料電池「エネファーム」。大手ガス会社などが09年に発売し、原発事故を契機に需要が急増、昨年中に10万台を突破した。世界で追随する企業はまだない。燃料電池に関する特許出願件数も日本が世界一だ。2位以下を5倍以上引き離す。

 水素を核にしたまちづくりを模索する自治体も出てきた。川崎市は民間企業と組み、臨海部と住宅地を結んで製造から消費までつなげて水素を供給・利用する仕組みをつくる。東京都も20年五輪で会場輸送や選手村の運営に水素を活用し、世界にアピールする計画を練る。

■コスト・安全に課題

 水素エネルギーの利点は、なんといっても無尽蔵にあることだ。化学プラントなどの副産物として発生するほか、化石燃料にも含まれている。木材や汚泥からも取り出せる。

 温暖化対策の点からも有望だ。トヨタが開発を急いだ背景には、米欧で強まる自動車の環境規制がある。天然ガスから水素をつくったとしても、ガソリン車に比べると二酸化炭素(CO2)の排出量は約半分だ。再生可能エネルギーを使って水から水素を取り出す手法が確立されれば、CO2の排出はガソリン車の1割以下になる。

 もちろん、普及に向けてはまだ課題のほうが多い。最たるものはコストだ。

 「MIRAI」の価格は約700万円。エネファームも、当初に比べるとだいぶ下がったとはいえ、まだ100万円の大台だ。水素ステーションの建設は、設備の安全基準を確保するため、ガソリンスタンドの5倍以上費用がかかる。

 安全性への配慮もいる。水素はエネルギー効率が高いぶん、万が一事故が起きれば被害が大きい。輸送や貯蔵といった面でも、より安全性の高い技術の開発が必須だろう。

■普及に向けた政策を

 量産されるようになれば、コストは下がる。しかし、当面は需要が広がるよう、補助金制度など政策的な手当てが必要だ。昨年末に決まった経済対策でも、水素ステーションやエネファームの設備導入に対する補助金が盛り込まれた。

 規制改革も必要だ。貯蔵タンクの強度、水素ステーションの設置基準など、材料の開発などにあわせて安全性を確認しながら認めていく。

 経済産業省は、昨年4月のエネルギー基本計画で「水素社会の実現」をうたい、6月には2050年までに実施すべき対策を定めたロードマップも策定した。着実な実行を求めたい。

 70年代の石油危機以来、政府は「サンシャイン計画」「ムーンライト計画」「ニューサンシャイン計画」などを掲げ、石油代替エネルギーの開発に取り組んできた。しかし、予算の多くを原発の維持・推進に振り向けてきた結果、ほかのエネルギーは十分には育たなかった。

 世界も水素の活用に動き出している。次世代に引き継げるエネルギー社会を構築する。原発事故を経た日本は、その先頭を走るべきである。