中島 滋隆
ナカジマ シゲタカ毒か薬か アルコール
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『百薬の長』という呼び名があるお酒。でも、お酒で体を壊したなんていう話もよく聞きます。一体何が正しいのか、健康との関係を確認しておきませんか。
酔いと二日酔い
毒や薬について、医療者にとっては常識だけれど一般の人にはあまり知られていない概念があります。それは、毒も薬も体に何らかの影響を与えるという意味では同じもの。同じ物質が、濃度によって薬として作用する時もあり、毒になる時もあるということです。つまり濃度や量を無視して、毒か薬かを議論してもあまり意味はないのです。それから、ある物質が体に与える影響には、急性のものと慢性のものがあるというのも重要です。
なぜ、わざわざこんな話を冒頭に書いたかというと、お酒も全く同じだということに、皆さんご納得いただけると思うからです。体質的に全く受け付けないというのでない多くの人にとって、お酒は少しならおいしくて気持ちよいものだけれど、量が過ぎると気持ち悪くなったり、翌日に頭が痛くなったりしますよね。それから、お酒で体を壊したというのも、一度にたくさん飲んだ場合と長年にわたって飲み続けた場合とがあります。
さて話を始めるにあたって、学生時代に化学で習ったであろうことを復習します。お酒のアルコールは、エタノールでしたね。1回酸化されてできるのがアセトアルデヒド、さらにもう1回酸化されると酢酸になり、最終的には水と二酸化炭素になります。
名前の出てきた物質のうち、私たちがお酒の作用として認識しているような現象を引き起こすのは、主にエタノールとアセトアルデヒドの二つで、それぞれ体への影響は分けて考える必要があります。
端的に言うと、エタノールによって、もたらされるのが酔い。エタノールには中枢神経(脳)を抑制する働きがあり、適量なら一種の精神安定剤と考えることも可能ですが、過量だと毒になります。対してアセトアルデヒドの方は、適量という考え方が成立しないほど、微量から毒として作用します。気持ち悪くなるのも、動悸がするのも、頭が痛くなるのももっぱらアセトアルデヒドの仕業。要するに二日酔いの原因です。ちなみに「酒臭い」熟柿の匂いも、アセトアルデヒドに由来します。
体内に取り込んだエタノールは主に肝臓で酵素の助けを借りて酸化処理(代謝)されます。エタノールを代謝する酵素と、アルデヒドを代謝する酵素は別々で、遺伝子の多型(本誌連載『あなたにオーダーメイド医療を』4回目など参照)によって、それぞれ働きに強い弱いがあると知られています。酵素の働きが極端に弱い人が、「体質的にアルコールを受け付けない」人です。
両方の酵素の強い人は、大量に飲んでもケロリとしていることになります。ただし、それはあくまでも物質の濃度を低く抑えられているだけで、肝臓や消化器に負担がかかっていないというわけではありません。
エタノールを代謝する酵素が強くてアセトアルデヒドを代謝する酵素が弱い人は、アルコールの気持ちよさをあまり感じられないのに、アルデヒドの毒は長時間感じることになるので、恐らくあまりお酒を好きではないはずです。自分にウソをつかず、ほどほどの量にしておくのが、体のためにもいいでしょう。
逆に、アルコールを代謝する酵素は弱いけれど、アルデヒドを代謝する酵素が強いという場合、ちょっとのアルコールで気持ちよさが持続し、しかも二日酔いにはなりにくいという、お得な体質と言えるでしょう。ただし依存症に気をつける必要はあります。
両方とも弱い人は、説明するまでもありませんね。
何が薬で、何が毒か
まず、お酒の中のエタノールが体に与える急性の影響を見ていきましょう。若者向けの雑誌であれば、ここを最重点に解説していくところですが、人生経験豊富な方も多いと思いますので、軽く確認だけにとどめます。
アルコールは脳の活動を抑制します。その程度によって、薬とも毒ともなりえます。
アルコールの血中濃度が低いうちから抑制されてくるのが、脳の中でも主に理性を司っている大脳新皮質です。相対的に、本能や感情を司っている大脳辺縁系の働きが活発になるので、楽しくなりますし、リラックスできるということになります。普段は言いにくいことが言えたりするという効用もあるでしょうか。血管が広がって末梢循環もよくなります。
ただし楽しいと感じていられる濃度は狭い範囲(表参照)。あっという間にオーバーして、気が大きくなったり、怒りっぽくなったりしてきます。これを自覚した所で飲むのをやめられればよいのですが、残念ながら、飲むのをやめようと自制する大脳新皮質は既に麻痺しています。
この後は、飲めば飲むほど抑制される脳の領域が広がって、酩酊、泥酔、昏睡と進み、下手をすると急性アルコール中毒で死に至ります(表参照)。死なずに済んだとしても、頭痛や嘔吐、下痢などを伴って、翌日は大変な二日酔いに襲われます。
ほとんどの方が、お酒を飲み過ぎてヒドイ目に遭ったという経験をお持ちと思います。無理やり飲まされてという場合だけでなく、楽しく飲んでいたはずなのにという場合もあるはずです。なぜそうなってしまうのか、次項で改めて考察します。
次に、お酒が体に与える慢性の影響を見てみましょう。健康という観点からは、こちらの方が重要ですね。
まず『百薬の長』の言葉を裏付けるような疫学データとして、全くお酒を飲まない人よりも少しお酒を飲む人の方が死亡率が低い、しかし大量の飲む人は飲まない人より死亡率が高いというJカーブ現象が知られています。
死亡率低下に働いた要因として、適量の飲酒は、心筋梗塞などの虚血性心疾患リスクを低くさせると言われています。
一方で、飲酒によって発症リスクが上がるものも多々あります。
最も直接的なのが、アルコール代謝の際に細胞が傷めつけられる肝臓など消化器に疲労が蓄積され、だんだんと機能が落ちてくるものです。特に肝臓は自覚症状の出にくい臓器であるため気づいた時には大変なことになっているという例も少なくありません。これは代謝酵素の強弱によらず、処理するアルコールの量に大きく左右されることなので、酒に強いという人こそ、十分に注意してください。
また、舌、咽喉、食道など上部消化器の発がんリスクが上がるようです。脳機能低下や性機能低下といった悪影響も知られています。
さらに中枢神経に作用する薬物と切っても切れない関係にある悪影響として「依存症」もあります。依存症の場合、適量に済ませることが不可能になるため、あらゆる病気のリスクが跳ね上がります。
なぜ適量で済ませられないのか
ここまでのことから健康に関して教訓を引き出そうとするなら、要するに適量にしましょうということに尽きます。ただ、そんなことは皆さん言われなくても分かっていますよね。なぜ飲み過ぎてしまうのか、原因をきちんと把握して、一つひとつ丁寧に対処した方が建設的です。
まずは、アルコールの量を自分で把握するのが意外と難しいという問題です。家などで瓶や缶から飲んでいる場合は別ですが、外で飲んでいる時など、頼りになるのは自分の感覚だけという場合もありますよね。
ところが、飲酒してから酔いが回ってくるまでには、アルコールが胃腸から吸収され、肝臓を経由して脳に到達するというまでの時間として、30分から1時間かかります。逆に言うと、酔いが自覚されない飲み始めのうちに、自制のタガが外れてしまうくらいの量を飲んでしまっている可能性もあるわけです。
今まさに真夏ですから、そんな飲み方ができるわけないだろうとの声も聞こえてきそうですが、あえて申し上げるならば、最初の1時間かけてゆっくり「適量」飲むということを心がけてみると、飲みすぎずに済むかもしれません。
時間差とは別に摂取総量が増える要因として、薬剤耐性の問題もあります。他の薬と同様、アルコールについても、常用することによって効き目が悪くなることが知られています。
つまり、快感を得るための最低限の量が多くなってしまうのです。効き目が悪いからといって代謝する負担まで低くなるわけではありません。
耐性は、下手をするとその先にアルコール依存症が待ち受ける危険な状態です。耐性が出てこないように上手に飲む必要がありますが、そのためには常用しないことが必要で、つまりやるべきは、週に何日か休肝日を作るということになります。単に肝臓のためだけでなく、いろいろな意味で大切なんですね。
このほか、いったん心地よい酔いの状態に入ると、その楽しさを維持しようとして杯を重ねてしまうというのも、ありがちなパターンだと思います。これを防ぐには、肝臓がアルコール処理できるスピード(表)をよく把握して、それ以上のペースで飲まないということを心がけましょう。
標準男性を例に上手な飲み方を具体的に示すならば、ほろ良い期を超えてしまわないように、飲み始めの1時間に日本酒なら2合まで(ご自分の『適量』については、前項の換算式を参照してください)。その後は1時間につき日本酒0.5合のペースとなります。現在の飲み方より随分遅いと思いますが、とにかくゆっくりが王道です。
なお、ゆっくり飲むと時間を持て余すからと喫煙するのは論外です。様々な発症リスクを一気に1ケタ上げてしまいます。要は、喋ったり、食べたりしていれば、自然とゆっくり飲むことになるわけですから、できるだけ知人・友人と一緒に楽しく食事しながら飲むというのがいいですね。