中島 滋隆
ナカジマ シゲタカ禁煙なぜできない
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今回のコラムは、たばこを吸っていることに罪悪感のある方、身近な人に禁煙させたいなと思っている方のお役に立つかもしれない情報です。
喫煙は悪いのか
5月31日は、世界保健機関(WHO)の定めた世界禁煙デーで、そこから1週間の禁煙週間です。このような日が設けられていることからも分かるように、喫煙が健康に害を与えると、先進国では一定のコンセンサスができています。
具体的には、肺がんなどのがん慢性閉塞性肺疾患(COPD)、動脈硬化に起因する生活習慣病と心血管疾患、歯周病(付随して口臭が強くなります)などリスクを上げると指摘されている疾患は枚挙に暇がありません。妊娠の際のリスクも上げると言われていますね。
そして近年は、本人だけでなく周囲の人の健康にも害を与えるとの報告が相次いでいます。最も確度が高いのは、公共の場での喫煙を禁止した世界各地のデータを総合したところ心臓発作を起こした人が約25%減っていたというもの。受動喫煙で心臓発作リスクの上がることが示唆されます。妊娠中に喫煙していた母親の子供は、多動など行動障害を発現するリスクが高まるという研究もあります。さらに、タバコの煙の残留物から新たな毒性物質が発生し、煙が消えてから部屋に入った人にも悪影響を与えるという「三次喫煙」なる仮説も、世界的に注目されるようになってきています。
ただ、喫煙者の方々は、ここまでに書いてきたようなことは恐らくかなりご存じのはず。「悪い、悪い」でやめられたら苦労しないよ、と思っていますよね。
さて、本題に入ります。禁煙した方がよいでしょうか。
4年前から禁煙指導とそのためのニコチンパッチ使用などに健康保険の適用が認められていますが、受診していったん離脱した人の7割が半年後には再び喫煙しているというデータもあり、「お医者さんに行けば簡単に禁煙できる」というのは幻想です。むしろ再喫煙が自尊心を傷つけて、いっそう禁煙を難しくするという悪循環も起こり得ます。本当に禁煙したいのか、じっくり考えてから取り組みましょう。
まず発想を逆転させて、誰にも受動喫煙させず、リスクを承知して個人の嗜好として嗜む場合に、どういうよいことがあるのか考えてみたいと思います。そのメリットが禁煙のメリットを上回るならば、無理にやめる必要はないと判断するのが合理的です。逆の時に初めて禁煙した方がよいという話になります。
さて、喫煙のメリットって何でしょう。吸っている方は心の中で挙げてみてください。
気分転換? リラックス? おいしい? ストレス解消?
表現は色々あるかもしれませんが、大体こういった感じのところに落ち着くのではないでしょうか。
次に、これらのメリットは、他のことでは代替できないのか考えてみてください。
喫煙している人といない人とで大きく異なるのは、恐らくこの質問への回答です。
喫煙している人は、とんでもないと思うでしょうし、してない人は、他にも同じ効果の得られそうなことはあるなと思うはずです。
この違いは、一体何なんでしょう。
体と心の二重依存
タバコの煙に含まれる成分のうちニコチンには、脳の神経系に働きかけて、脳内快感物質のドーパミンを強制分泌させる作用があります。吸うとドーパミンが出るので、リラックスできたり、ストレス解消になったりするわけです。
ただし、ここに罠があります。
ニコチンによる強制分泌は、ドーパミンが足りている人の幸福感を増幅するようなことはありません。足りない人の欠乏を補うだけです。生まれて初めてタバコを吸った時に「おいしい」と思いましたか? 思いませんでしたよね。むしろ不快だったはずです。脳内に薬物を入れられて無理やり物質を分泌させられるわけですから当然です。
ところが、ニコチンによってドーパミンを強制分泌させられ続けると、神経系の働きが弱ってきて、むしろ普段のドーパミン量は欠乏気味になることが知られています。ニコチンの存在に体が適応してしまうのです。これが、ある時期を境に、「おいしい」と思うようになるという現象の正体で、その時期というのが体の依存の成立した時になります。
体の依存が成立すると、何が起きるでしょう。
何とも恐ろしいことに、ニコチンなしの日常生活で幸福感が薄くなるのです。そして、ニコチンを補給した時だけ、人並みに幸せを感じることができるようになります。吸わないと不幸な感じがするわけですから、禁煙がつらいことは想像に難くありません。
一度こうなってしまうと、ニコチンを補給せずにはいられませんし、徐々にニコチンに対する耐性ができて、どんどんタバコの本数が増えるようになります。喫煙者の皆さん思い当たりますよね。ニコチンを軽いのにしたから、とか言い訳をしても、その分、肺いっぱい吸い込んでいるはずです。
ただし、問題がこれだけなら、医療で100%近く治せます。人間の体には適応能力がありますから、依存にはまり込んでいった過程を逆に回せば、徐々にニコチン量を減らしていって、最終的には不要の状態に持っていくことができるからです。
これが現在の禁煙指導の背景にある考え方で、現実に3割の人は半年後も禁煙を続けられています。
ところが、せっかくニコチンによる体の依存を抜いたのに、再び喫煙してしまう人が7割いるのも厳然たる事実。その原因になっているのが、心の依存です。
アメとムチの二重洗脳
これまで禁煙を困難にする心の依存として、禁煙によって本人がヒドイ目に遭うというムチの部分が主に注目されてきました。
前項で、実はムチの正体が、体の依存に伴う幸福感の欠如だということを説明しました。そして、そもそも幸福感欠如の原因になっているのが、ニコチンの薬理作用なので、ニコチンを抜かない限り救われないということもお分かりいただけたと思います。ムチに対抗するには、医療的アプローチが極めて有効です。
ただし依存性の薬物に共通することですが、一度タバコの味を覚えてしまった人は、たとえ体からニコチンを完全に抜いたとしても、ちょっとしたきっかけで、たやすく依存状態に戻ります。魔が差したり、本当にやめられたか試してみようしたりして、うっかり1本吸ったら、あっという間に元の木阿弥。禁煙するからには、二度と吸わない決意が必要というわけです。
どうして魔が差してしまうのかと考えてみると、タバコによって得られるメリットもあると本人が信じているからだと気づきます。アメもあるのです。改めて、最初の項で挙げたメリットについて考えてみます。
気分転換とかリラックスとかの効用は、他のことで代用しましょう。ガムを噛んだり、お茶を飲んだり、音楽を聴いたり、散歩したり、考えればいくらでも方法は思いつくはずです。
問題になるのは、「ストレス解消」です。ストレスは、要因である「ストレッサー」と主体である「あなた自身」の相互作用で発生します。喫煙によって平常時のドーパミンが減り、打たれ弱い状態になっていたら、ニコチン補充したくなるのも当然です。
あれ? 何かおかしくないでしょうか。
そもそも打たれ弱くなっていたのは、タバコのせいでした。それなのに、さらにタバコを吸ってその状況に追い討ちをかけていく。
例えるならば、借りる必要のなかった高利貸しから借金をして、その返済のため身も心もボロボロにして家族にも心配をかけながら借金を繰り返すようなものです。
もう一つ。ニコチンを補給したら、本来対処すべき「ストレッサー」は消失するでしょうか。
しませんよね。もしタバコにより解消するストレッサーがあるとすればたった一つ。分かりますか? 「ニコチン切れ」、これだけです。
しかも禁煙開始後3~7日でニコチンは体内から排泄され「ニコチン切れ」というストレッサーはなくなります。
ただし、再喫煙により、速やかに再登場してきます。
例えるならば、夏にクーラーを使って気持ち良かったから、冬も気持ち良いだろうと使って風邪をひいてしまい、熱が出たので結果としてクーラーの冷気が気持ち良い、というような関係です。
これって、本当にメリットなんでしょうか?
来年も再来年も吸い続ける。そんな決心をしている人にも、実は禁煙により、健康やお金の問題ばかりでなく、ドーパミンが正常化することで、人生は今より楽しくなる可能性があるのだ、と最後に指摘しておきたいと思います。