中島 滋隆
ナカジマ シゲタカ「わかっちゃいるけど、やめられない」? 依存症
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何かをやめようやめよう、と思っても我慢できず、気づいたらそれなしでは生きられない状態になっていた。
そんな落とし穴は、案外、身近にあるかもしれません。
依存症というと、耳慣れているのはアルコールや薬物、ニコチン(タバコ)あたりでしょうか。とはいえ、「自分は無関係」という感覚が普通かもしれません。
しかし、依存症は難しいことに、本人が問題を自覚するのはたいてい病気が進行した後です。受診時には合併する精神・身体症状が重くなっていたり、また、好転してもしばらくすると「少しなら大丈夫」とたかをくくり、再び乱用に陥る例がほとんどです。そうしているうちに幻覚や妄想にさいなまれたり、脳の萎縮が起こったりします。
本人だけでなく周囲の人、特に家庭が巻き込まれてしまうのも、依存症の特徴。他人事と言い切れない事態が知らないところで進んでいる。そんな可能性もありそうです。
「依存症」ってこんなもの。
はじめに、依存症とはどんなものをいうのか、確認しておきましょう。簡潔にいえば、「快感や高揚感を伴う物質の摂取を繰り返し行った結果、有害とわかりながらその刺激なしにはいられなくなった状態」です。
世界保険機構(WHO)が作成した「疾病及び関連保険問題の国際統計分類(ICD-10)」では、「精神作用物質使用による精神及び行動の障害」の一つに、物質による「依存症候群」というカテゴリーを設けています。
また、米国精神医学会作成の「精神障害の診断統計マニュアル(DSM-Ⅳ-TR)」では、11種類の物質に関係する精神障害を「物質関連障害」と呼び、その中で「依存」の診断基準を示しています。
どの依存症でも共通する症状の特徴は以下のようなもの。
①強迫性。
ある依存症の物質のことが頭にこびりついて離れず、抑制しようとしても抑制できない。
②反復性。
やめられないために、同じ物質の摂取を繰り返す。
③衝動的。
思いつくまま即、行動に移してしまう。他に目がいかなくなり、冷静な判断に欠ける。
④貪欲性。
執拗なまでに、その物質ばかり追求する。「むさぼる」。
この制御不能の状態を特に、「精神依存」と呼びます。セルフコントロールができないので、日常生活は乱れ、仕事や人間関係でもトラブルを重ねるようになっていきます。友人や家族との約束を破っても、学校や仕事を休んでも、嘘をついても、借金をしてでも、その物質なしではいられなくなるのです。
タバコでも立派な依存症。
ご存じかと思いますが、長期にわたる喫煙は心疾患や肺ガンのリスクを高め、吸わない家族も受動喫煙で悪影響を受けるもの。そう頭でわかってはいても、禁煙はなかなか大変です。これは、精神的依存のみならず、ニコチンの耐性による身体依存をともなうため。程度を超えれば立派な依存症です。平成18年からは禁煙治療の一部に公的な医療保険が適用されるようになりました。医療機関で専門プログラムに沿って進められます。アルコールやタバコなど、合法的に自動販売機で売られているようなものでも、依存を引き起こすのです。
こうして悪循環が続きます。
物質依存は、精神的な依存にとどまらず身体にも変化や症状が現れます。
まず、重要な特徴として、「耐性(薬物耐性)」があります。依存性のある物質を摂り過ぎていると人間の身体の方が適用するようになり、代謝が速くなったり神経組織が反応を弱めてしまったりして、効かなくなることがあるのです。これが「耐性ができた」という状態で、以前と同じ快感を得るためにどんどん摂取量を増やしていく事態に陥ります。
さらに摂取を続けていると、物質によっては「身体依存」が起きます(アルコールやモルヒネなどでは起こりやすく、覚せい剤やコカインなどでは起こりにくいようです。)その物質が依存しているのが通常の状態であるような錯覚がおき、体内から消失していく過程で不都合な症状が現れるようになります。これが「退薬症候(離脱症状)」。いわゆる禁断症状です。手の震え、集中力の欠如、イライラ、不眠など、物質によりその症状はさまざまで、幻覚や妄想、けいれん発作等を生ずるものもあります。
この不愉快な症状を軽減したり回避したりするため、同じ物質(または関連物質)を探し求め、摂取することになります。こうして、耐性と身体依存による退薬症状を抑える行為の繰り返しによって、依存は強化されていくのです。
また、依存症は「否認の病」といわれるのをご存じでしょうか。2種類あるといわれます。第一の否認は、依存症であることを認めないもので、現実を歪曲したり過小評価して事実を認めない傾向があります。第二の否認は、依存していること以外に問題は生じていないと主張し、コミュニケーションや対人関係の問題を認めないものです。否認は依存症と診断される上で必須の項目ではありませんが、重要な特徴です。家族など周囲の人は、本人の状況を客観的に見極めて、否認を助長しないように注意しなければなりません。
意外と近くにある依存症。
少し具体的に見てみることにしましょう。
もっとも身近な例であるアルコール依存症の人は、全国に推計で80万人以上いるといいます。
典型的な特徴として、飲み始めると自分の意思ではやめられず、酩酊するまで飲んでしまう「強迫的飲酒」や、常にアルコールへの強い渇望感があり飲み続ける「連続飲酒」、そして耐性の増大や退薬症状などが挙げられます。飲酒でトラブルを多く起こして激しい後悔するも、忘れようとまた飲酒する、こんなパターンも一般的。
誰しも当初は毎日飲むわけではなかったのが、何らかの原因で毎日飲む習慣性飲酒に移行して、いつの間にか依存症に陥ってしまうといいます。傍目には本人が自分の判断で好んで飲酒しているように見え、患者自身も好きで飲酒していると錯誤している場合が多いとか。そのため患者にアルコール依存症だと告げると、「自分は違う」などと、激しく否認します。しかし、依存が重度になると禁断症状を避ける目的で飲酒を繰り返すので、もはや自分の意思だけでお酒を断つことは非常に困難なのです。
このような推移と悪循環は、アルコールに限らず、その他の薬物依存症でも同様です(表)。しかも、最近の傾向としては、低年齢化が深刻です。中高生の若者の薬物依存の入り口はシンナーといわれます。仲間に誘われて「シンナーくらいだったら」と、興味本位でやってしまうようです。けれども、いずれ覚せい剤や大麻などにまで手を伸ばし、深みにはまってしまうことが珍しくありません(もちろんいずれも犯罪行為です!)。こんなことから薬物依存症が、10代後半から30代の若者の間で急速に増えているのです。
なかでも近年、社会問題となっているのが、「違法ドラッグ(いわゆる脱法ドラッグ)」です。法律的な定義はありませんが、中枢神経に作用して多幸感や快感等を高めると称して販売されている物質。平成19年4月には、薬事法が改正され、中枢経系興奮等の作用があり保健衛生上の危害が発生する恐れのある31物質を厚生労働省が「指定薬物」に指定し、取り締まりに乗り出しました。しかし、巧みに法規制を逃れているものも存在しています。
このように無意識だったり出来心から始まったりするのが依存症。陥る危険性は、意外と自分や家族のすぐ隣にあるのかもしれません。
どうやって治療するの?
依存症には、専門的治療・対応が必要です。
例えばアルコール依存症の場合、専門病棟や専門クリニック等では、アルコールで傷ついた臓器の治療、離脱症状の改善、合併症の治療などが行われます。多いのが、肝障害や消化性潰瘍、貧血、そして糖尿病や虚血性心疾患です。たいていの場合、禁酒と家族との関係修復のためにも入院治療が有効な手段となっています。また外来でも、二日酔い状態を強める抗酒薬が処方されるなどします。
アルコール以外の依存症治療についても、まずは精神科病院等、専門医療機関での入院・外来治療が回復への糸口になります。精神・身体症状の改善とともに、薬物依存を自分の問題として捉えることができるよう、さまざまなプログラムが試みられています。
いずれにしても、基本は断酒・断薬。しかし、断酒・断薬を続ける薬や依存を止める薬はありません。その意味で、医師には、本人を軌道に乗せ導く役割も大きいといえます。
また、本人には病気との自覚がないのが通例なので、家族が意識的に本人を治療へと向かわせることも重要です。実際かなり大変ですが、まず家族が率先してクリニック等に相談に行く、など確たる対応が必要。実は、依存症は「家族の病」ともいわれます。家族全体のゆがみが最も敏感な人に依存症として現れて、SOSを発するというのです。家族が本人の依存状態を無意識に支えているケースも頻繁にみられます。お金をあげてしまったり、本人の起こした問題の尻拭いをして、結果、自分で決して解決する必要を与えず、両者とも悪循環に陥ったりします。家族自身が、依存症の本人に必要とされることで自分の存在意義を見いだしている、つまり本人に依存した状態(「共依存」といいます)なのです。
専門の治療機関では、こうした家族に向けた「家族教室」を実施しています。治療の促進に大切なのはもちろん、共依存状態に気づかせ、家族自身が自分のために自分の力を使う「楽な生き方」を身につけることも目的です。
各都道府県に設置されている精神保健福祉センターも活用できるでしょう。専門職員が本人や家族、関係者からの相談に応じてくれます。まず電話を。ここでも家族向け教育講座が開かれています。
そうして断酒・断薬を始めて2年ほどたつと、次第に落ち着きが出てきて、家族も多少安心できるようになるとのこと。しかし、ここで油断は禁物。例えば断酒と回復の過程には左表のように4段階あると考えられ、特に厳しいのは第3レベル以降。第4レベルまで来れば一応ひと安心、ですが、そこまで行きつ戻りつ、最低3年はかかるとか。それでも克服し、社会で活躍している人も多いのです。
自助グループを活用しましょう。
通院・入院治療と並んで、自助グループへの参加が効果的。依存症の人たちの自主的な集まりで、各自の体験や胸の内を話したり聞いたりして共感しつつ自覚を深め、回復していこうというものです。その機能は、①ほっとできる空間、②精神的サポート、③情報とアドバイス提供、④生活のリセットを促すペースメーカー、⑤自己洞察・成長の場、⑥自尊心を取り戻す場、というのが経験者の感想です。
現代社会の抱える病、つきあいは一生続きます。
お気づきかと思いますが、依存症の場合は「治った」とか「治癒」という言葉は使わず、「回復」と表現します。というのも、表面的におさまったようでも内心の欲求はなくならないため。少し良くなっても誘惑に負けてふりだしに、ということを繰り返し、本人も家族も、何年にもわたる厳しい闘いになります。「ほしい気持ちは一生続く」と言っている経験者も。
また、アルコールにしても、その他の薬物にしても、依存症とされる人の層は近年、広がっているといわれます。若者や定年退職者、そして女性の増加も目立つとか。
その理由には、社会が豊かになって経済的・時間的・空間的ゆとりができたこと、その一方で、情報化により対人関係とそれに際するセルフコントロールが複雑化し、その緊張状態から解放されたいという渇望が依存へと向かわせていることなど、いろいろな社会的背景がいわれています。こうした社会状況の生み出す「空虚さ」「自信のなさ」「人から何かしてもらいたい」という気持ちを埋めようとするところから、依存症が始まるというのです。そう考えると、まさに現代社会の抱える病といえるでしょう。
繰り返しになりますが、本人と家族、それぞれが自分たちの問題を自覚することが、回復へのカギといえそうです。