中島 滋隆
ナカジマ シゲタカ更年期障害 切り抜けよう。
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他人から見ると深刻でないけれど、当人にとっては非常に深刻なことってありますよね。
今回採り上げる「更年期障害」は、まさにそんな疾病です。
『人間五十年、下天のうちをくらぶれば...』というのは、織田信長でお馴染み「敦盛」の一節ですが、いまや人生85年時代、老境に達してなお、何かに挑戦することは決して珍しくなくなりました。信長もビックリの時代です。
老年期をいきいきと過ごすためにも、壮年期からスムーズに移行したいところ。しかし、この移行の「更年期」に、症状の重い軽いはともかく、誰もが通り抜けなければならない精神的・肉体的な変調があります。
それが更年期障害。
一般的な検査では特に異常は出ませんが、原因の分からない苦痛は強く感じてしまうのが人間の性。逆に異常なしだからと甘く見ていると、本当に健康を損ねてしまうこともあります。上手にやり過ごしてQOL(生活の質)を維持できるかどうかは、『敵』をよく知ることにかかっています。
一体何が起きているの?
なぜ壮年期から老年期に移行する時期に様々なトラブルが出てくるのか。今回は単刀直入に、この説明から始めることにしましょう。
性ホルモンの分泌が減って体のバランスが崩れると共に、その乱れをカバーする脳の機能も衰え始めており、自律神経がバランスを崩してしまうから、というのが一般的な説明です。
何のことだか今ひとつ分かりませんね。性ホルモンとは何か、それがどうして減るのか、なぜ自律神経までバランスを崩すのか、頭の中が疑問だらけになったのではないでしょうか。順に説明します。
性ホルモンとは、読んで字のごとく、体や心を男性らしく、あるいは女性らしく形成させる(性差を生じさせる)働きを持ったホルモンのことです。ご想像の通り、男性ホルモンと女性ホルモンとに分けられます。ただし、男性の体内に女性ホルモンも存在しますし、その逆もまた真です(コラム参照)。
最近、更年期障害は男性にも起きるという考え方が一般的になってきましたが、性ホルモンの減少が急激に起きるのは女性の方です。このとき月経不順や閉経も同時に起きるので、更年期に性ホルモンの減る理由が見えやすくなります。
つまり性差を生じさせる性ホルモンが存在する究極の理由は、子どもを産むのに都合良い心身状態をつくるためと考えられ、子どもを産める年代を過ぎると、性ホルモンも「お役御免」になるということです。と同時に脳の機能も衰えてきます。寂しいことではありますが、資源に限りある中で生物が連綿と命をつないでくるには、生殖年齢を限った方が合理的だったのかもしれません。
性ホルモンは様々な場面で体組織の維持にも働いている(表参照)ので、性ホルモン不足が体調不良となって表れます。
さらに影響は、身体面だけにとどまりません。
この性ホルモンの分泌を制御しているのは、脳の視床下部という器官です。視床下部は同時に、脈拍や血圧といった基本的な体の働きを制御している自律神経も司っています。喜怒哀楽の感情を制御する働きもあります。
要するに、あらゆる心身現象の司令塔が脳の視床下部に集まっており、内分泌系の乱れを自律神経系や情操系でカバーしようとするのですが、ストレスによって脳の働きが抑制されたり脳そのものが衰えたりすると、調整がうまくいかず、自律神経失調や心身症に至るというわけです。
これが更年期障害です。男性の場合も、性ホルモンの減少が徐々に起きていて、むしろストレスが強く影響しがちな点を除けば、基本的なメカニズムは同じです。
どんな症状が出るの?
前述で説明したように、更年期障害には①性ホルモンの減少による身体変調②内分泌制御系と神経制御系のバランスが崩れることに伴う自律神経失調とそのあおりを受ける心身症という二つの側面があります。
お気づきかもしれませんが、①は神経系がホルモンの減った状態に慣れれば回復するものです。だから更年期障害は一過性であると言われてきました。しかし実は②の方は加齢現象なので一過性ではありません。
女性の場合、性ホルモンが急激に減るため、①と②が同時に起きて激しい苦痛となるのが一般的です。対して男性の場合、性ホルモンの減少が緩やかなので①の苦痛は軽めです。その代わり、比較的ストレスの大きい環境で脳の働きが抑制されていることが多いため、②が深刻化することも少なくありません。
具体的にどんな症状が出てくるかは、下表をご覧ください。実に多岐に渡ることがお分かりいただけると思います。
気をつけていただきたいのは、症状が当てはまるからといって、更年期障害と決めつけて放置しないでほしいということです。同様の症状の出る疾患は他にもたくさんあり、もし他の疾患だったら、それに応じた治療をすることで、劇的に症状が改善する可能性だってあります。
更年期障害という診断がつくには、自覚症状があり、ホルモン量の低下が見られる他は、検査データに特に異常がなく「他の疾患ではない」ことが条件になります。
こんな風に治療します。
更年期障害は、人によって原因が様々ですから、誰にでも同じような治療が行われるというものではなく、原因のどこに着目するか、患者さんが一体どうしたいのかによって治療法も様々です。
まず、性ホルモンが足りないのが諸悪の根源なら、それを補えばいいじゃないか、というホルモン補充療法は素人にも理解しやすいシンプルな考え方です。ホルモン補充でいつまでも若々しくいられるかも、と期待する方も多いのではないでしょうか。
ただし、性ホルモンにはがんを成長させる働きがあり(コラム参照)、無制限に使えるというものではありません。加齢と共に性ホルモンが減ること自体は自然現象なので、若い時と同じ量にするようなことは目標にせず、あくまでも数カ月程度、自律神経が対応できる程度にまで減少を緩やかにするとの位置づけになります。
後で詳しく述べますが、一過性の改善だけでなく、骨粗しょう症を予防するため、女性ホルモンのエストロゲンを長期間にわたって使用する場合もあります。
次に、バランスの崩れに着目する場合は、バランスの考え方が根底にある漢方の出番でしょうか。ホルモン療法が向かない、あるいはホルモン療法を行いたくない場合などには、「加味逍遥散」や「桂枝茯苓丸」などが有力な選択肢となります。
自律神経さえ正常に働いてくれれば良いのだと考える場合には、過敏に反応していると考えられる神経系を鎮めるか、もしくは反応が落ち込んでいる神経系を興奮させるような薬剤、もしくは全体の神経系全体のバランスを整える自律神経調整薬を用いることがあります。
精神的な症状をとにかく何とかしたいという場合には、抗不安薬や抗うつ薬、睡眠薬などが用いられます。
臓器に異常があるわけではないのだから、「要は気の持ちよう」と、自力で克服しようとする方もいるかもしれませんね。ただし、くれぐれも無理はしないようにしてください。
更年期は、単なる肉体の曲がり角だけでなく、同時に自身の退職や子どもの独立、知人との別れなどといった環境変化が起きやすい時期でもあり、そうしたストレスは脳機能を抑制し更年期障害の症状を重くします。精神症状が重くなると、症状に耐える力も衰え、さらに精神に悪影響を与えるという悪循環が起きる可能性があります。
本物の精神疾患に発展しないうちに、早めに医師に相談してください。
気をつけたいのは更年期の後です。
異常お読みいただいてくるとお分かりと思いますが、更年期障害は決して「気のせい」や「怠けている」のではなく、また女性だけに限られた話でもありません。自分だけであれこれ悩まず、女性は婦人科や心療内科、男性なら泌尿器科や心療内科の医師に相談してください。上手にやり過ごすサポートをしてもらえるはずです。
また家族、特に配偶者が苦しんでいたら、いずれ自分も同じことに苦しむ可能性があると考え、悩みを共有するよう心がけたいところです。それが、夫婦仲良く老後を過ごす大きなきっかけになるかもしれません。
忘れてならないことは、更年期は社会的に大きな花を咲かせる時期であると同時に、来るべき老年期をいきいきと過ごすための準備期間でもあるということです。準備を怠ると痛い目に遭いかねません。
というのが、性ホルモンには体を守る様々な働きがあり、特に女性ホルモンが骨と血管に与えている影響は甚大なものがあるからです。ホルモンが守ってくれない分、自分で心がけて工夫しないと体が弱ってしまうからです。
特に女性ホルモンの力は絶大です。まず、骨にカルシウムを固定して強さを維持する(骨密度を維持すると言います)働きがあります。だから女性ホルモンが減ると、あっという間に骨がスカスカになっていきます。骨粗しょう症です。この恐ろしいところは、ちょっと転んだ程度で背骨や大腿骨といった重要な骨が折れ、そのまま寝たきりになってしまうことです。
骨密度維持には、カルシウムとビタミンD、それに運動刺激が欠かせませんが、更年期以前と同じように過ごしているとカルシウムと運動が足りない危険があります。ことに若いころダイエットを繰り返したような方は、もともと骨密度が低いかもしれませんので、大変な努力が必要になります。
日本人はカルシウム摂取が元々少なめですので、乳製品や小魚などを心がけて摂取しましょう。また、運動しないと骨にカルシウムが固定されませんから、散歩で結構ですので毎日体を動かすようにしましょう。
体を動かすのは、自律神経の乱れを整えるのにも有効です。規則正しい生活とバランス良い食事も、やはり自律神経を整え精神を安定させます。
ちなみに体内の過剰な窒素(たんぱく質の材料)は、体外に排泄される時にカルシウムを道連れにします。運動もせずに肉類ばかり食べているようだと危険信号が点灯してしまいます。
肉類の食べすぎに注意しなければならないのは、女性ホルモンの減少が血中の悪玉コレステロールを増やし、動脈硬化にもつながるからです。お腹回りが太り気味の方はメタボリックシンドローム(〓先月号参照)も気をつけないといけません。動脈硬化は、脳梗塞や心筋梗塞を引き起こします。老後をいきいき、どころではありません。
女性ホルモンには、さらに脳の記憶力を強化する働きもあるのでないか、と最近言われるようになってきました。その説が正しいなら、更年期には認知症への備え(7月号参照)も始めた方が良いということになります。
過剰な飲酒や暴飲暴食を避けつつ、毎日いきいきと体を動かす。今回も最後にたどり着いたのは、毎度お馴染みの心がけでした。